--- antono_sho.txt 2007-06-25 22:58:32.000000000 +0900 +++ antono_sho.txt.new 2008-09-04 09:05:49.000000000 +0900 @@ -26,6 +26,5 @@  大阪の画工|北※[#「王+睿」、第3水準1-88-34]《ほくせん》の著はせる古今実物語《ここんじつものがたり》と云ふ書あり。前後四巻、作者の筆に成れる※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28]画《さしゑ》を交《まじ》ふ。格別|稀覯書《きかうしよ》にはあらざれども、聊《いささ》か風変《ふうがは》りの趣《おもむき》あれば、そのあらましを紹介すべし。  古今実物語は奇談二十一篇を収む。その又奇談は怪談めきたれども、実は少しも怪談ならず。たとへば「幽霊|二月堂《にぐわつだう》の牛王《ごわう》をおそるる事」を見よ。 -「今西村《いまにしむら》に兵右衛門《へいゑもん -》と云へる有徳《うとく》なる百姓ありけるが、かの家にめし使ふ女、みめかたち人にすぐれ、心ざまもやさしかりければ、主《あるじ》の兵右衛門おりおり忍《しの》びかよひける。此主が女房、妬《ねたみ》ふかき者なるが、此事をもれ聞きて瞋恚《しんい》のほむらに胸をこがし、奴《しもをとこ》をひそかにまねき、『かの女を殺すべし、よく仕了《しおほ》せなば金銀あまたとらすべし』と云ひければ、この男も驚きしが、元来慾心ふかき者なれば、心安く受合《うけあ》ひける。(中略)下女《しもをんな》(中略)何心《なにごころ》なくあぜづたひに行《ゆ》く向うの方《かた》、すすきのかげより思ひがけなく、下男《しもをとこ》横だきにして池中《ちちう》へなげ入れける。(中略) +「今西村《いまにしむら》に兵右衛門《へいゑもん》と云へる有徳《うとく》なる百姓ありけるが、かの家にめし使ふ女、みめかたち人にすぐれ、心ざまもやさしかりければ、主《あるじ》の兵右衛門おりおり忍《しの》びかよひける。此主が女房、妬《ねたみ》ふかき者なるが、此事をもれ聞きて瞋恚《しんい》のほむらに胸をこがし、奴《しもをとこ》をひそかにまねき、『かの女を殺すべし、よく仕了《しおほ》せなば金銀あまたとらすべし』と云ひければ、この男も驚きしが、元来慾心ふかき者なれば、心安く受合《うけあ》ひける。(中略)下女《しもをんな》(中略)何心《なにごころ》なくあぜづたひに行《ゆ》く向うの方《かた》、すすきのかげより思ひがけなく、下男《しもをとこ》横だきにして池中《ちちう》へなげ入れける。(中略) 「日も西山《せいざん》にかたむき、折ふししよぼ/\雨のふるをいとはず、夜《よ》歩きをたのしみにうでこきする男、曾我宮《そがのみや》へ日参《ひまゐり》。此所《ここ》を通りけるに、池の中より『もしもし』と呼びかくる。誰ならんと立ちどまれば、いぜんの女池の中よりによつと出で、『男と見かけ頼み申し度き事あり』と云はせもはてず、狐狸《こり》のしわざか、人にこそより目にもの見せんと腕まくりして立ちかかれば、『いやいやさやうの者にあらず。我は今西村《いまにしむら》の兵右衛門《へいゑもん》に奉公致すものなるが、しかじかのことにてむなしく成る。あまりになさけなきしかたゆへ、怨《うら》みをなさんと一念此身をはなれず今宵《こよひ》かの家にゆかんと思へど主《あるじ》つねづね観音を信じ、門戸《もんこ》に二月堂《にぐわつだう》の牛王《ごわう》を押し置きけるゆゑ、死霊《しりやう》の近づくことかなはず(中略)牛王をとりのけたまはらば、生々世々《しやうじやうせぜ》御恩《ごおん》』と、世にくるしげにたのみける。 「かのもの不敵《ふてき》のものなれば(中略)そのところををしへたまへ。のぞみをかなへまゐらせんと、あとにつきていそぎゆく。ほどなく兵右衛門が宅になれば、女の指図《さしづ》にまかせ、何かはしらず守り札ひきまくり捨てければ、女はよろこび戸をひらき、家へ入るよと見えしが臥《ふ》してゐたる女房ののどにくひつき、難なくいのちをとりて、おもてをさして逃げ出でける。(中略)