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泉鏡花の作品は人を選ぶ。わかりにくいと言われることが多い。その理由を考えてみたい。題材に「歌行灯」を用いる。ネタバレありなので、気になる人は読まないように。
さて、鏡花作品が敬遠される理由を挙げてみる。
1 現在では使われない言葉、表現が多い。これは、ちくま文庫版に大量の註が入っていることでもわかる。
2 一文が長く、描写が過剰。映像的とも言えるが、逆に過剰に描写してあるのでわかりにくくなる。
3 時系列がぽんぽん飛ぶので、ストーリーとしてはわかりにくい。また、神の視点を用いて場面を変えるのではなく、登場人物の語りという形で時系列が過去へと飛ぶので混乱しがちである。
とこんなところだろうか。
1に関しては、辞書を引いてもらうなど、で対応してもらうしか対処はない。2はさらに対処なしで、馴れてもらうしかないだろう。
3に関しては、これも作者の特徴と言えばそれまでだが、何故このようなことが起こるのか、考えてみよう。その理由から、鏡花の楽しみ方も見えて来る。
題材には予告しておいた通り「歌行灯」を用いる。3について考えるには、短編よりも少し長めの作品の方がわかりやすいので、この作品を使う。全23章からなっている。内容としては、鏡花の代表作である「高野聖」のような怪奇譚ではなく、芸道ものとも分類される。
まず、各章ごとに何が描かれているか、をざっと記してみる。視点、起こったこと、時系列、で記す。内容の簡単な紹介は、Wikipediaの歌行灯を参照。
登場人物
二人の老人:恩地源三郎(能役者)、辺見秀之進(雪叟、小鼓の名人)
門附:恩地喜多八、恩地源三郎の養子。
宗山:謡の師匠。
お三重:宗山の娘。父の死後、芸者になる。恩地喜多八より舞と謡を習う。
1:二人の老人視点。初冬の桑名駅に二人の老人が到着する。現在。
2:二人の老人視点。二人は車に乗り込む。博多節を唄う男(門附)登場。現在
3:門附視点。門附が饂飩屋に入る。現在。
4:門附視点。二人の老人の宿(湊屋)について尋ねる。現在
5:門附視点。饂飩屋を出る。按摩の笛を聞く。現在
6:二人の老人視点。湊屋にて。現在
7:二人の老人視点。焼き蛤談義。「弥次郎兵衛」と「捻平」と名乗っている。現在
8:二人の老人視点。「弥次郎兵衛」芸妓を呼ぼうとする。現在。
9:門附視点。湊屋に向う芸妓を見かける。現在。
10:門附視点。門附、按摩を呼ぶ。現在。
11:門附視点。按摩を殺したことを告白。現在。
12:門附視点。三年前、古市に来た事。過去。
13:門附視点。古市の宗山に会いに行く。過去。
14:門附視点。宗山に会う。過去。
15:二人の老人視点。お三重(芸妓)登場。現在。
16:二人の老人視点。お三重、三味線が弾けなくて困る。現在。
17:二人の老人視点。お三重、舞う。現在。
18:二人の老人視点。お三重の昔語り、始まる。現在〜過去(お三重語り)。
19:お三重視点。お三重、門附と出会う。過去。
20:お三重視点〜二人の老人視点。お三重、門附から舞と謡を習う。二人の老人の正体、判明。過去〜現在。
21:門附視点。宗山を追いつめる門附。門附の正体、判明。過去。
22:門附視点。宗山自殺。恩地喜多八は破門。過去。
23:門附視点〜二人の老人視点。雪叟の小鼓を聞き、喜多八がお三重の舞う湊屋までたどり着く。源三郎、喜多八の謡、雪叟の小鼓、お三重の舞、で締めくくられる。現在。
気付いた事を列挙してみる。
・二人の老人と門附の視点が交互に変りながら話が進む。しかし、20章に至るまで、この3人が誰なのか、わからない。しかし、話はまるでそういった説明がわかっているものとして進められている。
・過去の話は、全て登場人物の語りで進められる。
・現在の時点のみを考えると、二人の老人が桑名に着いて、芸妓を呼んだら、昔破門した養子の弟子だった、というだけの話。
話がわかりにくい理由は
1 登場人物について説明がなく、わかったものとして話が進む。
2 現在で起こっていることよりも、過去で起こった事がメインなので、時系列がよく飛ぶ。
といったところだろうか。では、登場人物を説明しつつ、メインの過去の話を時系列順にならべるとどうなるだろうか。
時系列順にならべたもの(数字は前述の記載と同じ)
12、13、14:3年前、喜多八の話
21、22:3年前、喜多八の話
18、19、20:喜多八放浪中、お三重に謡と舞を教える
3、4、5、9、10、11:喜多八、饂飩屋にて
23:喜多八、湊屋に向う
以下は別視点(二人の老人視点)の時系列順にならべたもの
1、2、6、7、8:二人の老人、桑名に着いて、湊屋に泊まる
15、16、17:二人の老人、芸妓を呼ぶ
時間順に説明して、喜多八をメインに話を進め、所々に二人の老人の話を入れる(もしくは、23の前に一気に二人の老人視点の話を入れる)とすれば、ストーリーはわかりやすく、そして登場人物の説明も出来る。この並べ方ならば、語りを使う必要もなく、直接的に描写できる。ラストシーンに変更はない。
では、何故鏡花はわかりやすくストーリーを展開しなかったのだろうか。もう一度、各章のエピソードを見直してみよう。今度は、時系列と視点ではなく、起こったこととその印象度(どのくらいインパクトがあるか、私の主観)で見直してみる。
1:初冬の桑名駅に二人の老人が到着する。普通。
2:二人は車に乗り込む。博多節を唄う男(門附)登場。普通。
3:門附が饂飩屋に入る。普通。
4:二人の老人の宿(湊屋)について訪ねる。普通。
5:饂飩屋を出る。按摩の笛を聞く。普通。
6:湊屋にて。普通。
7:焼き蛤談義。「弥次郎兵衛」と「捻平」と名乗っている。普通。
8:「弥次郎兵衛」芸妓を呼ぼうとする。普通。
9:湊屋に向う芸妓を見かける。普通。
10:門附、按摩を呼ぶ。普通。
11:按摩を殺したことを告白。印象度高い。
12:三年前、古市に来た事。印象度高い。
13:古市の宗山に会いに行く。印象度高い。
14:宗山に会う。印象度高い。
15:お三重(芸妓)登場。普通。
16:お三重、三味線が弾けなくて困る。普通。
17:お三重、舞う。普通。
18:お三重の昔語り、始まる。印象度高い。
19:お三重、門附と出会う。印象度高い。
20:お三重、門附から舞と謡を習う。二人の老人の正体、判明。印象度非常に高い。
21:宗山を追いつめる門附。門附の正体、判明。印象度非常に高い。
22:宗山自殺。恩地喜多八は破門。印象度非常に高い。
23:雪叟の小鼓を聞き、喜多八がお三重の舞う湊屋までたどり着く。源三郎、喜多八の謡、雪叟の小鼓、お三重の舞、で締めくくられる。印象度マックス。
実に、10章を経過するまで印象度はあまり高くない。また、この10章に伏線とでも呼べるほどの描写もない(何かを臭わす描写はあるが)。このエピソードの並べ方は、印象度の低い順になっているのだ。
最初が地味で最後が派手という構成は、実はよく見かける小説作法である。具体的に言えば、推理小説や怪談である。では、何故鏡花の作品がわかりにくいと言われてしまうのだろうか。それは、最後のオチとでも呼ぶべき落としどころを共有しにくいからである。推理小説ならば最後に犯人がわかるし、怪談なら何かぞっとして終わる。こういうわかりやすい結末がないために、同じような構成でもわかりにくいと思われてしまうのだろう。
鏡花のくどいまでの描写は、地味なエピソードでも際立っている。そう、まるでジグソーパズルのピースのように。起こったことをわかりやすく説明する、起承転結のようなストーリー展開ではなく、ジグソーパズルを完成させるためにそれぞれのエピソードが語られているのだ。ジグソーパズルを中央から始める人はいないだろう。鏡花も、最後に完成する一枚絵の枠の部分から、ジグソーパズルを始めている。だから、最初は印象度の低いエピソードが続くのだろう。最後に近づくに従い、それぞれのエピソードから絵が見えてくる。ジグソーパズルの最終過程のように、展開は加速し始めるのだ。そして、たどり着く最後の一枚絵。この最後の絵が鏡花の頭の中にはあるのだろう。そして、それを印象的にするために、各エピソードを配置したため、時系列の乱れが生じてくるのだろう。
さて、締めくくりに鏡花をより楽しむ方法を提案しておこう。題名にもあるように、「二度読む」のがコツだと思う。最初に挙げたわかりにくさの問題も、二度目に読む時には、難しい言葉、表現ももう辞書を引かなくてもわかるはずだし、過剰な描写にも馴れてくれていることと思う。良質なミステリは、オチを知ってももう一度伏線を確かめながら楽しむことが出来る。鏡花のオチは、ミステリとは少し違うが、最後の完成図を頭に入れて、それぞれのエピソードがどういう風に嵌め込まれ、完成図へとたどり着くのか、を楽しむことで、よりはっきりとすると思う。最後に向って加速してゆく(ピースそれぞれが互いに関連を示し始めた時のように)その感覚を楽しんで欲しい。
さあ、一度鏡花作品を読んだあなた、是非もう一度読み直してみて欲しい。そうすれば、鏡花作品の面白さがよりわかると思うから。
海野十三と並ぶ、戦前SFの大家、蘭郁二郎の作品が公開された。少しばかり、彼の作品の魅力を伝えて見たい。内容のネタバレを含むので、気になる方は読まないように。なお、作品未公開のため機能しないリンクが一部ある。
海野十三のSFは、工学的なアイデアが中心だと思う。新発明、または新技術がもたらす未来を描こうとしているように思う(金博士シリーズとかね)。一方、蘭郁二郎のSFは、理学的、それも生物学の系統のアイデアが多い。「植物人間」は、新井素子の「グリーンレクイエム」と同じアイデアだし、「火星の魔術師」は、染色体レベルとはいえ、遺伝子改造がネタ。そして、取り扱っているテーマも、「地図にない島」では、フィリップ・K・ディックに通じるようなアイデンティティの喪失など現代的でもある。海野十三、蘭郁二郎ともにSFとは異なるミステリも書いているが、その色合いも少し違う。
と、真面目な話はここまで。SFと言えば「美女」ということで、海野十三と蘭郁二郎の「美女/美少女」を比べてみよう。
海野十三は10作品がヒット。148作品が公開されているから10%以下。またその内容も、
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「おお、なんと貴女(あなた)は、美女であることよ! 紹介状なんか見なくとも宜(よろ)しい。さあ、早く入った、入った」
海野十三「遊星植民説」
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となんか投げやりである。
一方、蘭郁二郎は、公開15作品中でも、「美少女」で5作品がヒット。そして、以下にその箇所を引用するが、なかなかこだわりの感じられる描写である(一部未公開を含む)。
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すると、丁度その時、温室のドアを排して、一人の女性が這入って来た。
途端に、この温室に、パッと花が咲いたように幻覚したほど、美しい女性であった。
あたりが南国的な雰囲気にあったせいか、その美少女の色鮮やかな原色の紅と黄と青との大胆な洋装が、いかにもしっくりと合って、銀座などで相当行き交う美少女には見馴れていた筈の私が、はあっと眼を見張った位であった。断髪であった、それが又美しかった。濡れたような瞳であった、それが亦美しかった。
蘭郁二郎「脳波操縦士」
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彼女は相変らず無言だった。而も彼女はひどく美しいのだ。それは全く予期もしていなかった山の中で、ひょっくり逢ったという特別な条件ばかりでなしに、たしかに都会の中に混ぜ込んでも、くっきりと一際目立つに違いないと思われるほど、彼女は美しいのだ。それは決してのしかかって来みようなアクティヴな美しさではなかったけれど、丁度その彼女の纏っている聊か流行おくれなワンピースの碧羅が、しっくりと吸い附くように似合うような、静かな柔かな美しさであった。
川島はいままで、これほどに緑の服の似合う少女を見たことがなかった。同時に、これほどまでに胸を搏つ美しさにも逢ったことがなかった。
蘭郁二郎「植物人間」
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紺碧《こんぺき》の海に対し、渚にはまるで毒茸《どくたけ》の園生《そのう》のように、強烈な色彩をもったシーショアパラソル、そして、テントが処《ところ》せまきまでにぶちまかれる。そこには、その園生の精のような溌剌《はつらつ》とした美少女の群れが、まる一年、陽の目も見なかった貴重な肢体を、今、惜気もなく露出《ろしゅつ》し、思い思いの大胆な色とデザインの海水着をまとうて、熱砂《ねっさ》の上に、踊り狂うのである。
——なんと自由な肢体であろう。
(中略)
長い間の、うるさい着物から開放された少女たちの肢体がこんなにまで逞《たくま》しくも、のびのびとしているのか、ということは、こと新らしく鷺太郎の眼を奪った。
なんという見事な四肢であろう。まだ陽に焼けぬ、白絹《しらぎぬ》のようなクリーム色、或《あるい》は早くも小麦色に焼けたもの、それらの皮膚は、弾々《だんだん》とした健康を含んで、しなやかに伸び、羚羊《かもしか》のように躍動していた。そして又、ぴったりと身についた水着からは、滾《こぼ》れるような魅惑の線が、すべり落ちている……。
或は笑いさざめき乍《なが》ら、或は高く小手をかざしながら、ぽかんと佇立《つった》った鷺太郎の前を馳抜《かけぬ》ける時の、美少女の群の中からは、確かに磯の香ではない、甘い、仄かな、乙女のかおりが、彼の鼻腔につきささる——。
蘭郁二郎「鱗粉」
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それは、今押した呼鈴の響きに応じて、奥のドアーを排して現われた少女の、その余りの美しさから来る驚きであった。この燻《くす》んだようなバー・オパールの雰囲気とは凡そ正反対な、俗にいう眼の覚めるような美少女がまるで手品のように忽然と現われたのである。呼鈴を押したのだから誰かが現われることはあたりまえなのだが、その少女があまりにも私の好みを備えすぎていたせいか、ふと手品を連想したほどであった。
蘭郁二郎「白金神経の少女」
ーーーーー
とこれだけ引用しただけでも、この作家は、美人でも美女でもない「美少女」が好きなのだ、とわかる。登場する謎の美少女、これだけで、作品が面白くなるのであろう。他にも、妹が登場すると、何故か、皆美少女だったりする。
ーーーーー
村田がいいかけた時に、ボックスの蔭になって見えなかったけれど、其処から、すらりとした美少女があらわれたので、口を噤《つぐ》んでしまった。
なんかというと、鼻の下ばかり擦《こす》っている喜村には、過ぎた妹だった。
蘭郁二郎「睡魔」
ーーーーー
この、異様な火星の果実に取りかこまれた中の一軒家に思いもかけなかった少女が、しとやかにお茶を運んで来てくれたからである。——それは、さっきから妙なものばかり見つけていたせいか、水際だった美しさに、突然ぶつかった感じだった。
「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくり」
「はあ、どうも……、突然|上《あが》りまして」
「いいえ、兄はいつも退屈しておりますから、きっと無理にお誘いしたのでございましょう。今日は、丁度菊も咲きましたし……」
蘭郁二郎「火星の魔術師」
ーーーーー
また、この作家は、フェティシズムにも傾倒していたようだ。引用してみよう。
ーーーーー
しかし、そんな思い出の中で、タッタ一つ、寺田自身も、
(こいつは傑作だ!)
と思ったのがあった。それは、水木が町の絵葉書屋から、色々な女優のプロマイドを買集めて来て、それを切抜いたり、重ね合せり、複写したりして、口は東活の冬島京子、眼は東邦プロの春沢美子、耳は……、というように多くの女優の顔の中から、特徴のある部分だけを採って、それで一枚の美人写真を、頗る巧妙に造上げたものだった。
水木は、それをわざわざ教科書の間に忍ばせて来て、
(おい、これ誰だか知ってるかい……)
ともったい[#「もったい」に傍点]振って見せびらかし、「通」自慢の級友たちが、頭をひねっているのを見て、手をうって喜んでいた水木の姿。又、それを洵吉自身も一寸覗き込んで、その余りに整った、創造された美人の顔に、思わずゾッとして冷めたさを感じたことを、今、アリアリと偲い浮べるのであった——。
蘭郁二郎「魔像」
ーーーーー
コラージュ写真ですね。まだこの辺はいいのですが、これが嵩じると、、、(この先は、公開後に読んでください)。また、もっとダイレクトに、
ーーーーー
煙のように、淡く飛び去った幼ない思い出の中に、今でも網膜に焼付けられた、一つの絵があります。——それは小学校の校庭でした。
女生徒の体操の時間で、肋木《ろくぼく》につかまった生徒達が、教師の号令で、跼《かが》んだり起きたりしています。二階の窓ぎわにいた景岡秀三郎が、フト、その一|群《むれ》に、眼をやった時でした。
音もない風が、梢から転び落ちると、恰度《ちょうど》跼み込んだ女生徒のスカートを、ひらりと[#「ひらりと」に傍点]反《かえ》したのです。ハッとした秀三郎は、僅かの間でしたが、眼頭《めがしら》の熱くなるのを感じました。
今、こうして瞼を閉じても、その搗《つ》きたてのお餅のようなふっくり[#「ふっくり」に傍点]とした太腿へ、真黒なガーターが、力強く喰込んでいるその美しさに、吾れ知らず鼓動が高まるのです。
長ずるに従って、次第に瞼の裏には、様々な美しい肉体の粋が、あるいはくびれ[#「くびれ」に傍点]、或はすんなり[#「すんなり」に傍点]と伸びて、数を増し、追っても、払っても、なよなよと蠢めき、薄く瞼を閉じるとそれらは、青空一杯に、白い雲となるのでした。
斯《こ》うした景岡の眼には、自然の草木はなんらの美をも齋らしませんでした。そして肉体の探窮美にのみ、胸を搏《う》たれるのです。
その美への憧れは、案外急速に実現されました、というのは、景岡が大学を出て間もなく、僅かの間に、続いて両親を亡い、それと同時に、少なからぬ遺産を受継いだからです。
そして、美の探窮場として、建てられたのが景岡浴場でした——。
×
従って、景岡浴場というものが、どんな構造になっていたか、大体御想像がつかれる事と思います。
蘭郁二郎「足の裏」
ーーーーー
のような作品もあります。どんな構造の風呂屋か、想像してみましょう。他にも、ツンデレというよりも小悪魔タイプの「葉子」という少女が出て来る「夢鬼」などもあります。
1944年、31歳で亡くなってしまった蘭郁二郎。その作品は、今から考えても(いろいろな)新しい魅力に満ちている。もっと長生きしてくれたら、日本SFも違った方向に進んでいたかもしれないと思う。
複数ファイル検索には YooEdit 1.71を使います。理由は、対象フォルダの指定がかんたんなこと、結果の一括リストが自動的にできあがること、それから、検索と置換がたいへん高速だからです。
たいていのエディタが正規表現での置換に対応しています。けれども、検索の対象が多かったり置換作業が大量だと、エディタによって処理能力に大きなひらきが生じます。またエディタによって正規表現に若干の差異があり、おなじ指令を記述するのにも微妙に異なります。今回のように大量のテキストから外字注記を検索するようなときには YooEdit をおすすめします。Perl 言語(MacJPerl など)をあつかうときにも、Jedit の正規表現ではグループ化の表記などマッチせず、ちょっと苦労します。YooEdit の正規表現のほうがおおむね流用できるので、その分パターンマッチのテストがらくにできます。
YooEdit の検索窓をひらいて、検索文字列に[#と入力します。つぎに「フォルダの指定」ボタンを押す。ダイアログが開いたら、検索したいフォルダをえらびます。たとえば、『インターネット図書館・青空文庫』(2005.11. はる書房)付属 DVD ならば「作家別テキストフォルダ」。このなかに公開済みの全テキストファイルが未圧縮形式で収録してあります。全作品を対象に外字注記を検索したいならば、このフォルダをそっくりパソコンのハードディスクにコピーして、選択すればいいわけです。ちなみにYooEdit でできるのは「複数ファイル検索」であって、複数ファイルを「置換」する機能はありません。
注意点としては、「作家別テキストフォルダ」には 5441ファイルがあって 185.5MB のサイズがあります。いくら YooEdit の検索能力が高くても、処理はマシンパワーに依存します。YooEdit 以外のアプリケーションを起動しているときには、他アプリを終了させ YooEdit へのメモリ割り当て量を増やしておいてください。
これで検索を実行すると、およそ五分くらいかかって 77659行・11.6MB の「検索結果」というファイルが作成されます。
Searching Directory at "作家別テキストファイル:"
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 7: [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 8: (例)[#改丁]
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 32: [#改丁]
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 44: みなさんが、何かゲームのために規則のようなものをきめるときに、みんないっしょに書いてしまっては、わかりにくい[#「わかりにくい」は底本では「わかりくい」]でしょう。國の規則もそれと同じで、一つ/\事柄に
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 131: 内閣は、内閣総理大臣と國務大臣とからできています。「内閣総理大臣」は内閣の長で、内閣ぜんたいをまとめてゆく、大事な役目をするのです。それで、内閣総理大臣にだれがなるかということは、たいへん大事なことです
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 171: [#地から1字上げ]おわり
"00・法律(3):大日本帝国憲法.txt", 12: [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
"00・法律(3):大日本帝国憲法.txt", 13: (例)勅命《ちょくめい》[#底本では「勅命」を「勅明」と誤植]
"00・法律(3):大日本帝国憲法.txt", 83: 第四十二条 帝国議会ハ三|箇月《かげつ》ヲ以《もっ》テ会期トス必要アル場合ニ於《おい》テハ勅命《ちょくめい》[#底本では「勅命」を「勅明」と誤植]ヲ以《もっ》テ之《これ》ヲ延長スルコトアルヘシ
……
このような結果が得られます。順にフォルダ名・テキスト名・行番号、検索文字をふくむ行の先頭部分が表示されます。
この先頭部分というのがくせものです。目的は外字注記そのものを検索することでした。ところがこの結果では注記をふくむ行の先頭部分をリストアップしてしまうので、目的以外の情報が相当まじってしまいます。元のテキストにさかのぼらないと注記にたどりつけません。この問題の解決方法をおもいつくのに最近までかかりました。気がついてみればごく単純なことです。
元ファイルの注記のはじまりとおわりのカッコの前後で、改行を指令してやればいいわけです。
[ → \r[
] → ]\r
\r は改行の意味の正規表現です。こんなふうに処理してやれば、注記の前後で改行してくれるので、段落のなかからその部分だけが切りとられたようなかたちに加工することができます。あとは、そのうえであらためて注記を検索してやればいいわけです。
さきに述べたとおり、YooEdit では複数ファイルの検索は可能なものの、置換はできません。そこで、正規表現に対応していて複数ファイル置換が可能なアプリケーションを探せばいいことになります。Mac ならば、検索置換ラクダv1.01という Perl 系のフリーウェアがあります。
[ → \r[ regex
] → ]\r regex
【 → \r[ regex
】 → ]\r regex
[ → \r[ regex
] → ]\r regex
特例の【、】や、半角の [、] が混入していることもあるので、こんなふうに置換リストを書いてみました。矢印の部分は、じっさいはタブが入ります(regex というのは命令コマンドです)。元データに改行加工をくわえるわけですから、おおもとのテキストデータは作業用にそっくりコピーしたうえで実行することをおすすめします。こうして最初から作業をやりなおすと、つぎのような「検索結果」(102815行・7.3MB)ができあがります。
Searching Directory at "作家別テキスト作業用フォルダ:"
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 8: [#]
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 11: [#改丁]
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 37: [#改丁]
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 51: [#「わかりにくい」は底本では「わかりくい」]
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 140: [#「こんどの」は底本では「こんごの」]
"00・文部省(1):あたらしい憲法のはなし.txt", 182: [#地から1字上げ]
"00・法律(3):大日本帝国憲法.txt", 13: [#]
"00・法律(3):大日本帝国憲法.txt", 16: [#底本では「勅命」を「勅明」と誤植]
"00・法律(3):大日本帝国憲法.txt", 88: [#底本では「勅命」を「勅明」と誤植]
"00・法律(3):大日本帝国憲法_ルビなし.txt", 7: [#]
"00・法律(3):大日本帝国憲法_ルビなし.txt", 10: [#底本では「勅命」を「勅明」と誤植]
"00・法律(3):大日本帝国憲法_ルビなし.txt", 86: [#底本では「勅命」を「勅明」と誤植]
……
前回よりもかなりさっぱりした結果が得られます。なお、これと同様の手順で得られたのが「こもれび」No.1255 で添付したマニュアル内外字注記リストです。
YooEdit が優れているのは、「検索結果」としてファイル名と行番号の一括リストを作ってくれる点にあります。これで作中にいくつの外字注記があらわれ、何回出現するのかがわかります。行番号のあとのコロン「: 」をタブ(\t)におきかえれば、表計算ソフトで読みこんで注記内容でソート(並びかえ)することもできますし、同一行を削除することもできます。そうやって用意できたのが『外字注記コレクション』の新しい版です。
実際には、見てわかるようにまだレイアウト注記や誤植注記などもまじっている状態なので、もうちょっと整理作業がいります。「水準」という語句をキーワードにさらに抽出したり、逆に「誤植・傍点・ゴシック」などの語句を手がかりに行を削除することで、JIS X 0213 文字やそれ以外の注記が得られます。注記の手がかりの中に半角スペースや半角記号が混入していたり、正しい注記カッコで閉じられていない行などもあぶり出されます。
検索結果で得られる行番号は、表示行番号のことではなく論理行番号(段落=パラグラフ番号)のようです。承知のように前処理で注記の前後に改行をくわえましたので、実番号とはズレが生じることに注意してください。
やらせミーティングごくろうさまでした。憲法や法律なんてのもまた、文学みたいなもんですからねぇ。「正しい」ものなんてありえようがないし。伸縮自在のフィクション、幽靈だから。そしてぼくは虚飾に呉れる。1000年文庫。永遠の電子本を手に入れるためにギャラクシー・トレイン70年、というオチかと。じゃにぃ、とぅ・ざ・すかーい♪ by後醍醐クリスタル(腰、痛めないでね)
2006.12.19
しだひろし/PoorBook G3'99
翻訳・朗読・転載は自由です。
大久保君が五回に亘って細かく書いてくれたし富田さんがそれにきちんと答えていらっしゃるし、私などがでしゃばって書くことはほとんどないのだけれども、メールに意見を書いたら、大久保君が背中をポンと押してくれたのでこの場に書いてみる気持ちになった。
文学を支えてきたのは、作品を受ける読み手である。読み手の支持がなければ作品は残らない。読み手の多くは、著作権と無縁のところにいる。私は、決してよき読み手でないのだが、会議をみて私の中で素朴な疑問がわいてきたので、そのままを書いてみる。
パネリストの方々に当然なことでもわたしが答えを会議でみつけることができず、しっくりしないことを大きく2つに絞ってみた。
第一の疑問群
A・根本的な疑問としてなぜ70年なのか?
B・欧州が70年で日本が50年という現在の状態で何が不都合なのか?不都合があるのであればそれを教えていただきたいし、不都合ということではなく、三田さんのおっしゃるサン=テグジュペリのような場合、−日本が野蛮だと思われているーそのような海外の作家はどのくらいるのか?わずかだとすれば、そのわずかな作家のために20年延長する必要があるのか?現状ではなぜいけないのか?
C・大きな疑問は、なぜ欧米にあわせなければならないのか?
なぜ延長する必要があるのかという根本理由が、私にはわからない。
第二の疑問疑問
松本零士氏の論より。
作家が身を削って作品に向かっていると言うのは十分理解できる。家族のためにも闘っているのだということも。富田さんが引用した芥川さえ、晩年は、家族どころか身内の不幸に振り回され作品を書かねばならなかったし、金策に走らざるを得なかったと私は記憶する。
そういった苦労を著作権延長で報おうというところが私にはわからない。彼らの苦しみと著作権延長が、残念ながら私の中で結びつかないのだ。
現行の著作権50年で松本氏は仲間の家族に「あと数年で主人の著作権が切れる」と言われたという、もし現在日本が70年だったとして、大先輩の遺族に、「それがあと数年で切れるから」と言われたら・・・
今から70年後の話でもいい。長寿国日本!そのときA氏(=70年後の松本氏)がやはり遺族に同じことを 「うちの主人(父でも母でも・・)の著作権が あと数年で切れる」と 言われたらどうするのか?
A氏は、70年に反対を唱え、90年案を提出するのか?それとも著作権は永久に作家のものとするのか?
永久に作家のものとなったら、どうなるのだろう?どうすればいいのだろう?
最後に松本氏他パネリストの方々の話を聴いて私の脳裡にひとつのことがよぎった。
作家は誰に向かって書いているのだろうかと。
大久保ゆうさんの、「『著作権保護期間の延長問題を考える国民会議』第一回シンポジウムに関する雑感(2): aozora blog 発信」で紹介していただいたとおり、パネルディスカッションでの私の発言に対し、フロアーから疑念が呈せられました。
答えようとしたところ、司会ご担当に抑えられて続けられず、「後で話しましょう」と呼びかけて、引き下がりました。
シンポジウム終了後、お話ししたことは、二点です。
▼答えたこと1 「青空文庫が想定する『みんなの範囲』」
私の発言に対するご理解に、大きな違和感はありませんでした。
ただ、多少のニュアンスの違いはあるかと思い、補足点も含めて、まず私自身の言葉で、次のように言い直しました。
青空文庫は、私たちみんなで使えるものにしていこうと思って始めた。
けれど、今になって振り返れば、その時想定できていた「みんな」には、いろいろな形で読書に不自由を感じている人は、入っていなかった。
工夫次第で「みんな」の幅を広くとることができることは、青空文庫の経験を通して、あとから、少しずつ理解していった。
著作権の保護期間が延長されれば、「みんな」が自由に利用できる作品は、20年分古いものに限定される。
それは望ましくないと私は考えており、そのことはこれまでどおり、主張し続ける。
そう発言する今、思い描いている「みんな」には、視覚に差し障りのある人や、紙の本を保持できなかったり、ページをめくれなかったりする人も入っている。
▼答えたこと2 「『みんなの範囲』を広げる本のデザイン」
青空文庫を呼びかけたものは、ある電子本(エキスパンドブック)の支持者だった。
なめらかさを加えた文字を縦に組み、ページをめくる仕立てには、読みやすさを感じた。人がこれまで親しんできた本の形を画面上に再現するのは、本を電子化する上で、賢明な手法と感じた。
ただ、音声読み上げや、使われている文字を分析するためのデータ・プール、翻訳用原文データ、さまざまな電子機器での本文表示など、当初念頭においていなかった使われ方を知ったり、体験したりする内に、提供するファイルの選択によって、「みんなの範囲」を広げられることに気付いた。
電子本は、晴眼者にとっては有効なインターフェイスだ。けれど、これをテキスト・アーカイブの中心に置く「みんなのファイル」の本体と考えるのは、適当ではない。コンピュータ処理に広く門戸を開いた、テキスト、HTMLこそ、核に据えた方がよい。
そうすれば、たとえば目が見えないとか、本が持てないといった条件を、特別扱いしないですむ可能性が出てくる。
ファイルという器に、文章が収めてある。そこから目の見える人は、気に入ったビュワーを使い、字形の連なりとして作品を取り出せばよい。大きい文字の必要な人は、大きな文字で。見えない人は、音声で。
呼びかけた者の電子本に対する固定観念はなかなか切り替わらなかったけれど、使う人の実際の選択や、青空文庫の活動に後から加わった人の批判を受けて、本のデザイン・イメージを、「個々の読み手が抱える条件を、特別扱いしないですむ」ものに変更していった。
それが実行できたからこそ、青空文庫の「みんな」の枠は広がっていったのだと思う。
テキスト・アーカイブに置くファイルは、「商品としての魅力や売り上げ」といったものからは超然としていられる。だからこそ、呼びかけ人は足を引っ張ったけれど、基本ファイルを、見た目の良くないものに、自覚的に、遅すぎないタイミングで変更できた。
ただ、電子出版業界においては今まさに、晴眼者のみに相手を絞った従来型の発想と、幅広い読み方を提供できるものに自分たちの商品を変更しようとする発想とがぶつかっている。
ボイジャーは、「電子かたりべ」と連動させて、「T-Time」に音声読み上げ機能を追加した。電子本を、視覚障害者、高齢者にも活用してもらおうとする提案だ。
ただ、これに対しては、同社の電子本を採用している出版者側の一部に、賛成しない人たちがいる。自社で抱える、朗読カセットやCDのビジネスを損なうのではないかとの懸念。作者に、読み上げに対する了解を求めて回る手間などが、しり込みの理由という。自分のたずさわっている本のビジネスというものは、これだ、これでよいという固定観念が、本のイメージを広げる試みにとまどいを見せているのだと思う。
ただ、「個々の条件を、特別扱いしないですむ」という点は、本を電子化する根拠の、大きな要素だ。
紙の本作りも、今では、電子ファイルを使って進められている。「テキストこそ本体」と発想を切り替え、晴眼者には紙の本や電子本で、読書障害者にはテキストや、開かれた電子本でと組み立て直すことは、難しい話ではない。
福祉という観点から、進めるべきことは確実にあると思う。
そこを充実させることが重要だということは、誰の否定するところでもない。
ただ、物事のあり方、作り方を、「個別の条件を特別扱いしないですむ」よう、切り替えることも大切だろう。
青空文庫が、より広い「みんなのもの」に近づいていく過程で、私はそう教えられた気がする。
最後の落ちまで、はっきり言えたわけではありませんが、大略以上のようなことを、しどろもどろ、話しました。
気が付くと、野口さんが羽交い締めにして、前のめりになる私を抑えていてくれました。
◇諸々の発言について
各所のブログやら何やらで話題沸騰の平田オリザさんの、ものすごい妥協案。
色々な考えの差はあっても、みんなが「お金はどうでもいい」というんであれば、死後70年に延長はするんだけど、その延ばした20年分の収益は、個人のものとするのではなく、国内や国外の文化育成に使うということにしてみたらどうだ! そうすればアメリカの鼻も明かせて一石三鳥ではないか……というものすごい折衷案というか、妥協案を打ち立てた平田さんに、場内の拍手(&和やかな笑い)が巻き起こる。
それは、松本さんが最後、レッシグ博士のコメントで締めるのに納得がいかないと発言した後(あれは私も納得がいかない)、「私としては和気藹々と行きたい」という「和気藹々」とした雰囲気に合致した発言であったことは間違いない。とりあえず、賛成派と反対派が集まった場所では、とかくピリピリしてしまう恐れがある。この当日でも、そのピリピリした箇所が少なくとも一度はあった。(それもネット上の関係各所で話題になっているから、ここでは触れない。)
確かにそれは平田さんの言うように夢物語かもしれないし、実現可能かどうかはわからない。その案が適切なのかどうか、それも現時点ではわからない。しかし、その対立構造の中から、それを一度ひっくり返して、新しいことを考えてみる、という平田さんの姿勢には敬服するばかりだ。
今回のディスカッションには七人の方が参加したわけだが、こういう新しい展開・可能性を見せてくれるのであれば(その評価はどうあれ)、ぜひ今後も他の方の意見を聞いてみたいと思わせるものがあった。特に、病気で直前に来られなくなった漫画編集者の竹熊健太郎さんには、松本零士さんとの対比で、何を発言するのか、とても興味がある。あるいは、もっともっと延長賛成派の人を壇上に上げていいと思う。今回のメンバー構成的には、どちらかというと反対派の方が多いような気がするから、賛成派で「俺にしゃべらせろ」という人は、どんどん話してほしいと思う。私の知らない賛成の理由(心情)が、もっとわかってくるかもしれない。それはぜひ聞いてみたい。
それと、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)の音楽著作物に戦時加算は適用されないという案件で最高裁まで争ってついに勝ったという、指揮者の杉山直樹さん(Wikipedia)。彼が質疑応答に現れたことの意味は、とても大きいと思う。私も恥ずかしながらこういう裁判があったことを今まで知らなかった。この件についての詳しい経緯は、日独楽友協会のホームページにある「ナクソス島のアリアドネ」に書かれている。
その根拠というのは、明瞭単純なもので、たとえイギリスに亡命した代理人がドイツ人の著作物をイギリスで出版したからといって、著作者本人は連合国の国民ではないから、戦時加算が適用されないはずである、というものである。そのことは、私の大好きな日本ユニ著作権センターの裁判記録ページの中にちゃんと入っていて、なんと2006年3月22日の判決には、こんなものもある!
やはり今年の著作権関連の裁判では、「ローマの休日」裁判と「シェーン」裁判、このふたつの裁判を通して、保護期間の定義がいっそう明確化したことが、重要な出来事だった。これによって、著作権は12月31日をもって失効する、という原則が明らかになったことは、著作権を持つ側・利用する側にとって、非常に有益なことだったと思う。(実際の利益や収入は別として、社会的に、という意味)
あともうひとつ重要なのは、「チャップリン廉価DVD」裁判。この裁判ではじめて、映画の著作権者に〈個人〉がありうるということを知った。私にとっては、ものすごい目から鱗な提訴だった。というのも、これはチャップリン映画について、他の団体著作物の映画と同様に公表年から計算して著作権が切れていると考えて、ある会社が廉価DVDを売っていたのだが、実はチャップリンの映画はチャップリン個人の著作物だったから、〈旧法〉においてはまだ著作権は失効していないのではないか、とチャップリンの権利を管理する会社が廉価版DVD販売会社を訴えたというもの。提訴は今年の7月21日東京地裁に出されていて、この動向はかなり気になる。めちゃくちゃ気になる。
(個人的には、角川ヘラルドから出ている Love Chaplin! は、附録の解説番組「チャップリン・トゥデイ」の出来がすっごくいい。本編映画が清水俊二&山崎剛太郎の字幕っていうのも映画ファンにはたまらない。やっぱり正規版はこういういい仕事をしてこそ、廉価版との差がつくというもの。廉価版に対する対抗意識からこういういい仕事ができるのだとすると、廉価版もただ安いだけとか、名画を見るきっかけになる以上の意味があるのだと思う。)
この国民会議ができて、個人的にいろんなことを考えるきっかけになった。このシンポジウムの内容をもとにして、自分なりにいろいろと整理もできた。わからないこともわかった。知らないことも知ることができた。本当によかったと思う。
発起人および事務局、そして参加者のみなさま、本当にありがとうございました。様々なご苦労等あったかと思いますが、第一回シンポジウム、お疲れ様でした。次回にもすごく期待しております。
(この下からは、ちょっと個人的な考えを書きます。)
◇復刊事業の可能性
まず最初に前置き(トートロジーっぽい)。三田さんが話した青空文庫の評価と不安という流れのあと、「著作権の存続している絶版書籍を青空文庫で……」と続けたが、あの〈青空文庫〉という発言は、青空文庫だけを指すのではなくて、富田さんが言い直したように、象徴としてのテキストアーカイヴ全般を指すというふうに考えてもらえるといいと思う。(青空文庫はそんなにすごい組織ではないし、あの使い方は一般名詞的な使い方のような気がする。)
で、そこのところを置き換えて考えて、もし三田さんが言うように、〈絶版になったんだけれども傑作だと思える作品〉が文芸家協会の仲介によってネット上のテキストアーカイヴで公開されて、そこから再評価が高まって、復刊ドットコムなんかで投票して復刊が成る、という公式が成立するのだとする。そうすると、私としては、テキストアーカイヴの可能性というよりは、復刊事業の新たな可能性というものも成立するのではないか、と思ってみるのだ。
と同時に、それは復刊ドットコムの弱点というものも指摘しているのではないか、とも思える。復刊ドットコムは、本好きならもうおなじみのサイトだが、一度絶版・品切れになって入手困難になった書籍を、ユーザーによる100票の投票が入った時点で、復刊に向けて掛け合ってみるよ、というなんとも嬉しい企画である。
図書館・友だちから借りた、あるいは以前持っていたあの本がよかったから、手元でもう一度読みたい。あの噂の本が読みたいから復刊してほしい。そういう希望を叶えるサイトである。ただ、その復刊ドットコムの弱点というのは、復刊へと向かう動機が「以前の読書体験」や「素晴らしい本だという噂」という制限があるということだ。つまり、すでに本を知っている人や、本の情報を知っている人しか、投票しづらいという点である。
もちろん、復刊ドットコムには、簡単な本の情報は書いてある。これこれこんな本で、こんな目次だよ、と。だがそんな情報もないものもあるし、これでは、ふらりと寄った人が、「おおこの本すごい面白いじゃないか復刊投票しよう」ということにはならない。知らない本は知らない本であって、知らない作家は知らない作家である。簡単な本のデータからでは、購入意欲はなかなか湧いてこないのではないか。そして復刊ドットコムには、知られている絶対数が少ないために、なかなか復刊されない本がごろごろしている。
しかし、もし三田さんの言うように、著作権存続中の作品が文芸家協会の仲介でテキストアーカイヴ化できるのであれば、参加型簡易テキストアーカイヴ+復刊ドットコムというような形で、より進化した復刊事業が可能になるのではないか、と考えることができる。
その簡易テキストアーカイヴで読める範囲は、事業や作業効率から考えて、一部分でいいかもしれない。短編集であれば一作品、長編なら数章とか。それを復刊してほしいと思っている人に、ネットから入力してもらう。その誰かが入力した誰かの作品の一部を誰かが読んで、面白いと思えば投票してもらい、そうでなかったらスルー。投票が100票集まって、復刊作業に元が取れる公算が立ったら、事業として全文復刊する(それは別にオンデマンドでもいい)。
そうすると、復刊してほしい人がその本を持っているとは限らないわけだが、そこはもっともっとその本を読んでほしいファンが、その本を持っている人が入力してくれるかもしれないし、誰か(もしくは自分)が図書館から借りてきて、最初の部分だけ入力してくれるかもしれない。最初のひとりは、とりあえず「この本が」というリクエストでも構わない。そこから輪のようなものが繋がっていくかもしれない。そこは作者への敬意の見せどころというものだろう。「その本を読みたい、その本が読まれてほしい」ということを、自らの行動によっていかに大勢のものに示せるかどうかだ。
許諾が可能になることによって、そういったもっと有機的な復刊事業が営めるかもしれない。そうなれば面白いと思うのだけれど、みなさまのご意見はいかが。
◇テキストアーカイヴなるもののイメージ
これはこのあいだの毎日新聞の取材のときに聞かれて答えたことなんだけれども、私は、ネット上のテキストアーカイヴというものを、誰でも利用のできる街角の本棚のようなイメージで考えている。このイメージがあの少ない言葉でどれだけの人にわかっていただけたのか不安なので、ここで少し詳しく説明してみる。
都会にはそういうものがあるのかどうかわからないが、田舎に行くと、割合そういう街角の本棚が存在する。電車やバスの駅、休憩所、集会所、公民館、そういうところにひっそりと作られた本棚がある。それは自由な本棚だ。そこにはたくさん本が置いてあって、誰かがそこで何かを待ちながら読んでもいいし、持って行って読んでもいい。たとえば朝の通勤のときに持って行って、そのまま読み終わって帰ってくるときに戻す。そういう誰でも使えるような本棚がある(ところにはある)。
面白いのは、そこに本棚を作っておくと、だんだん勝手に本が増えることだ。もちろん減ることもあるけど、誰かが、読み終わって、もう読まないかなと思った本を、捨てずにそういう共有本棚に置いていくのである。知らないうちにいろんなジャンルの本が増えていって、そこからみんな本を持って行ったり新しく加えたりする。
そういう利用が進んでいくと、単に読み終わったからという理由ではなく、他の人にも読んでもらいたいから、という理由で本を置いていく人も現れ始める。お世話になっているから、という理由で新しい本を置いていく人もいる。それが著作権法的にどういう扱いになるかどうかわからないが、とても不思議で奇妙な本棚だ。
私にとっては、病院の待合室にある本棚が、いちばん身近なテキストアーカイヴだった。私はそんなに身体の強い方ではないから、就学前にはよく近所の小さな開業医さんのお世話になっていた。そこには小さな本棚があって、私はその本棚がいつも楽しみだった。その本棚は、開業医の本棚なのに、ものすごい色々な本があって、それは小さな私のイメージなのかもしれないが、ともかくもそこが私と本のふれ合う場所だった。行ってはそこの本を読み、待ち時間で読み切れなかったら受付の人に断って持って帰る。そしてまたすぐ病気になってその開業医さんへ本を返しに行くことになる。その一連の流れが、とても楽しかった。
確かに、そこにある本は、いらなくなった本、もう読み終わった本、という感じの、寄せ集めの本たちばかりだった。マンガは途中の巻しかなく、いつ行ってもその巻しなかくて、全編通して読んだことなど一度もなかった。それは開業医さんが誰かからもらったものを置いているのかもしれないし、適当にみつくろって買っているのかもしれない。それがどのようにして出来上がったのか、そのときの小さな私は知らなかった。それでもその中途半端なマンガは、私の脳裏にとても強く残っている。今でもどんな話があったか、あの待合室の匂いとともに、鮮明に思い出せる。
病気になっては、その開業医さんのところへ行って、ベロを出すと、金属のへらみたいなもので、舌をぐっと押さえられて、うぇっ、となる。それから一日三回飲んでねと、妙な味をしたオレンジ色の液体を渡される。それはあんまり面白い体験ではなかった。でも、そのテキストアーカイヴのあったおかげで、私はその開業医さんへ行くことができた。また本に会えるんだ、と思うと、私は喜んで前へ進めたのだ。
もしかすると、私が今、テキストアーカイヴに関わっているのも、今まであまり意識してこなかったけれど、そういう原体験があったからかもしれない。だから、本棚に本を足したいと思うのかもしれない。
ここまでずっとできるだけ論理的に書いてきたつもりだが(でもそんなこともないかもしれなくて、そう思っているのは自分だけかもしれないけど)、そんな私が最後に感情論になるのは何だかおかしな話だ。でも、テキストアーカイヴ——街角の本棚——の可能性が、法律によって小さくなってしまうのだという話を聞くと、とても悲しく、とてもせつない。
私の幼児期は、母に連れられた病院の本棚だった。私の少年期は、祖父に連れられた近所の県立図書館だった。私の青年期は、青空文庫だった。いつもテキストアーカイヴと一緒で、テキストアーカイヴに育てられてきたと言っていいかもしれない。
だからやっぱり、テキストアーカイヴは、いつも人の隣にあってほしいと思う。
(了。ここまで読んでくださったことを、心から感謝申し上げます。)
◇著作権における〈子ども〉
「パネルディスカッションの最後には,会場の福冨忠和ディジタルハリウッド大学教授(発起人の1人)から「保護期間延長に反対の人は,皆さん子供をお持ちじゃないから未来に対するイメージが(子供をお持ちの方と)違う。少なくとも,このパネルディスカッションに参加している皆さん(山形氏,平田氏,富田氏)はそうですよね」という主旨の発言があった。個人的には,この日の延長賛成派の発言の中で,最も説得力のあるものだった。」(神近博三「著作権保護期間について「延長賛成派」の意見を聞いた」ITpro、2006)
という記事は、神近さんのものすごい皮肉を感じてならないのだけれど、確かにこの意見は面白いことは面白い。めちゃくちゃ面白い。だが、それ以上に何かがあるというわけでもない。なぜなら、それは何の実際的な検証を経たものでなく、単なる思いつきに過ぎないからだ。
子どものいる人は著作権延長したがっていて、子どものいない人は著作権の延長をしたくない。そんな簡単な議論だろうか? それこそ調査するとき、子どもの有無と著作権に対する感覚の違いを調査しなければ、この発言は何の意味も持たない。また、その〈子ども〉という言葉からイメージするものも違ってくるはずで、著作権における〈子ども〉の定義って何なのか、ということも考えてみなくてはならないだろう。
たとえば、松本さんの場合、〈子ども〉という存在は、財産を残す対象というわけではないように思う。作品と自己の存在の関係の中で、子どもという要素が切っても切り離せない現実だからこそ、〈子ども〉という存在が出てくるのであって、松本さんが何度も繰り返すように「お金はどうでもいい」のである。つまり著作と不可分な「自己の人格」の中に、子どもというものも入ってくるからである。たとえ創作者であれ、生きるものであり、生活するものである。その人生というのは、妻とともに作るものであり、子どもと作るものである。そしてその人生の中から、作品が生まれる。松本さんが「創作者は妻と子どものために……」というとき、そういう作品との繋がりが頭の中にあるから、そういう言葉が出てくるのではないか。だから、松本さんは、別に見たこともないひ孫などのために財産を残したいというわけではないんだ、という弁解の言葉も言うのではないだろうか。まだ見ぬ子孫と自分の繋がりは、作品において何らの人格的関係を有しないからである。
「子孫に財産を残したい」といっても、単にぼんやりとした〈子孫〉というもの、未来永劫の子孫に対して繁栄を求める人もいれば、そうではなく自分の人格に関わる範囲の子孫に対してしか財産の継承を求めない人もいるだろう。だから、一概に〈子ども〉なんていうのは、ずいぶん曖昧で危険な議論のように思える。
また、子どもはいるけど延長に反対の人、子どもはいないけど延長に賛成の人、そういう人は普通にいるはずである。そういう人の意見も、ぜひ聞いてみたい。そこにどういう感覚の齟齬があるのか、違いがあるのかということが、果たしてどこまでこの著作権延長の議論に関わってくるのかわからないが、もしこの単なる思いつきをさらに発展させていこうと思えば、そういうことも必要なのだろう、と思う。
◇本当にお金を払うだけが著作者への敬意になるのか
本当にすごくびっくりしたのだけれど、富田さんがおもむろに芥川龍之介(子どもがいます)の「後世」を朗読した。実のところ、この作品は私の入力した作品で、すべての芥川作品の中でいちばん好きな文章だ。富田さんは、この作品をずいぶん気に入ってくださったみたいで(入力した身としてはとても嬉しい)、以後よく引き合いに出してくださっている。(「読書blog すいへいせん」の「世話役が推すこの一冊 富田倫生」を参照)
「時々私は廿年の後、或は五十年の後、或は更に百年の後、私の存在さへ知らない時代が来ると云ふ事を想像する。その時私の作品集は、堆(うづだか)い埃に埋もれて、神田あたりの古本屋の棚の隅に、空しく読者を待つてゐる事であらう。いや、事によつたらどこかの図書館に、たつた一冊残つた儘、無残な紙魚(しみ)の餌となつて、文字さへ読めないやうに破れ果てゝゐるかも知れない。しかし——
私はしかしと思ふ。
しかし誰かゞ偶然私の作品集を見つけ出して、その中の短い一篇を、或は其一篇の中の何行かを読むと云ふ事がないであらうか。更に虫の好い望みを云へば、その一篇なり何行かなりが、私の知らない未来の読者に、多少にもせよ美しい夢を見せるといふ事がないであらうか。
私は知己を百代の後に待たうとしてゐるものではない。だから私はかう云ふ私の想像が、如何に私の信ずる所と矛盾してゐるかも承知してゐる。
けれども私は猶想像する。落莫たる百代の後に当つて、私の作品集を手にすべき一人の読者のある事を。さうしてその読者の心の前へ、朧げなりとも浮び上る私の蜃気楼のある事を。」(芥川龍之介「後世」青空文庫、2003)
こういう文章に接すると、本当にお金を払うだけが著作者への敬意となるのか、ということについて、疑問が生じてくる。いみじくも三田さんが「芸術家はお金のために創作している訳ではないが、『誰かにちょっとほめてほしい』と思っている」と発言したように、未来の誰かにその作品を見つけられて、ぼんやりと蜃気楼を思い浮かべて、「あ、これ、いいな」と思ってもらうことが、いちばん大事なことなんだと思う。
だけど、それが三田さんのいう「著作権は、50年後や70年後に誰かにほめてもらうための権利」に繋がるとは思えない。誰かにほめてもらうためには、そのために著作物が存在する場所というものが必要になる。まず、みんながアクセスできる場所にその作品がなければ、誰かにほめてもらうこともできないのだ。
もし、50年経とうとずっとそれが市場に存在して、それを購入することができれば、その行為によって、ある意味、敬意を示すことができるのかもしれない。だが現在、50年経ってどれだけの著作物が絶版にならずに済むかということを考えれば、まずその購入という敬意の行為を取ることすら難しいのがわかるだろう。
2005年7月16日付けの朝日新聞「be on Saturday」に掲載された丹治吉順さんの「保護期間延長で、埋もれる作品激増? 著作権は何を守るのか」という記事とそれに添えられた画像をぜひ見てほしい。積み上げられた本のうち、半分以上が海に浸かっているのがわかるだろう。著作権があるにもかかわらず、50年経ったとき、半数以上の本は購入することができなくなっている。購入はできなくても、図書館に行けばあるかもしれない。だが、図書館に手に取ったとして、そこからどうやって敬意を示せばいいのか。
なにも敬意を示す行為というのは、お金を払うことだけではない。シンポジウムでも触れられたように、ネット上でコメントするとか、人に「この本いいよね」と勧めることとか、amazon の本のページににリンクを貼るとか、その方法はいくらでもあるのだ。
青空文庫の工作員は、概してみんなその作品や著者に敬意を持っている。そして、その敬意をどうやって表現していいかと考えたとき、その行動のひとつとして、「入力校正して公開すること」を選んだとも言えよう。この本から受けた感激を、誰かと分かち合いたい。しかし、この本は誰もが手に取れるわけではない。もはや書店では手に入らない、あるいは入りにくい本なのだ。たとえ人に勧めたとしても、その本が手に入らなければ、どうにもならない。
そのとき、著作権が失効しているならば、その敬意は大きく広がる可能性を持っているのではなかろうか。この本から受けた感動を、みんなにもぜひ感じてほしい、そう考えたとき、自らその本を出版し、多くの人の手に届けるというのは、かなりわかりやすい手段だ。そのときに作品の公有化が法律によって保証されていれば、青空文庫やテキストアーカイヴの活動に参加して、より多くの人に対して、無料で出版することもできる。一度失ってしまった敬意の手段をも、復活させることができるかもしれない。
富田さんが言うように、その復活の機会を、その「ちょっとほめてほしい」という気持ちを、テキストアーカイヴは支援することができる。そして、著作権が延長されれば、その機会というものは、可能性というものは、20年後まで先延ばしされてしまう。
確かに、松本さんの言うように、芸術作品が残るか残らないかは、運命かもしれない。ただ、今この著作権延長問題に関連して、作品の未来というものを、その未来の可能性というものを、狭めようとしているのは、あるいは消そうとしているのは、運命ではなく法律であり、国の主権を持っているはずの私たちなのである。
ぼんやりしているうちに日曜日になり、気が付けば「国民会議」のページでは、この記事も含めてネット上の反応がリンクにまとめられている。事務局のみなさまご苦労様です。こうやってまとめられると、私の記事もだらだらと雑感を書くよりも、どこか面白そうなことをピックアップしていくのがいいかな、とか思えてくる。映像(2)の半分くらいで雑感は止まっているし、このまま続くとこの雑感は下手をすれば(10)まで続くんだけれども、誰も楽しんで読んでないと思うので、そこそこで止めた方がいいと思うのだ(独り言)。ちなみに今回は、青空文庫と再び松本零士さんについて。
◇青空文庫について
このシンポジウムの中で、三田さんは「青空文庫の評価できるところ、不安なところ」ということを述べている。評価できるところが95%だけど、不安なところが5%ある。いいところは繰り返されているのでさておき、残り5%の不安なところ、についても工作員としてやっぱり何かコメントしておきたいという気持ちが湧いてくる。
といっても、その内容を否定したい、というわけではない。三田さんが言うのは、青空文庫にはちょっと出版への営業妨害的な側面がある、ということだ。しかし、三田さんが言うのだから、青空文庫があるからみんな本を買わなくなって営業妨害だ、という単純な議論ではない。そうではなく、「青空文庫というものが、学術的な定本作りのサイクルを阻害しやしないか」という懸念なのである。
青空文庫には、個人文学全集から入力された作品がたくさんある。その個人によっては、全集まるごと入っているものもある。そして、文学全集というのは、研究者や編集者がものすごい労力を使って校訂をして、研究の成果として社会に出していく。でも、その文学全集はものすごい売れ行きを示すわけでもないし、大出版社が出すとも限らない。全集を出した小さな出版社は、金銭的にも小さな見返りを受け、そのお金でさらに学問的にも進んだ新しい全集を出したりする。
そういう細々と行われる文学全集の刊行というものを、出てすぐそこから入力校正なんかしちゃったりして、ただでも売れない全集の営業を妨害しちゃったら、これからみんな全集とか作らなくなっちゃうんじゃないか、そうしたらかなり社会にとっては損害にもなりえるんじゃないか、というような話だ。
これはお説もっともなところもあって、確かに原則論で行けば、著作権が切れてるのだから、新しい全集であろうが何であろうが、そこから入力校正してしまっていいわけだ。でも、ほんとにそれでいいの? と考えると、ここにも創造(というよりは仕事、だろうか)に対する見返りと、利用の自由とのバランスの問題が出てくる。
では、その点について青空文庫はどう考えているのか、というと、私の記憶に関する限り、統一的な見解があるわけではないと思う。しかし、この件については、工作員にも良心の呵責がないわけではなく、個人レベルでいろいろな意見があったように記憶している。
青空文庫というものに人はどういうイメージを持っているかわからないが、このシンポジウムで富田さんがいうように、青空文庫というのは非常に脆弱な団体である。何かしっかりとした機構や組織であるのではなく、ただ「入力校正して作品を公開したいよ」という作業希望者・従事者がたくさん集まっただけの、いわばサークルみたいなものに過ぎない。入力校正とファイル利用ためのルールはあるが、参加者を縛るものといえば、それ以外にない。
私はこれを入力したいのでします、これを校正したいのでします、あるいは校正したいんですが何かありませんかはいこれを校正してくれませんか、はい作業終わりました公開します、というようなやりとりの束が青空文庫なのであって、入力したい人や校正したい人がいなくなれば、青空文庫は明日にもなくなるかもしれない。そんなひ弱な団体、青空文庫。
なので、どの底本からどの作品を入力するか、ということはそれぞれの意志に任されているのであって、三田さんの言ったような懸念に対する態度は、工作員それぞれに委ねられているといっていい。原則論としては、青空文庫の運営側としては、新しい本から作品入力したいという提案があって、その行為が著作権法に反しなければ、たとえどんな本であっても拒否とかできないんではないかと思う。(金子みすゞの例は除く)
そうすると、委ねられた個人はどう考えているのか、ということだが、以前行われた議論によると、こういうことを気にしている工作員は結構いるみたいなのだ。というか、私も割と気にしている方だ。
入力校正というものを長く続けていると、自分ルールみたいなものがだんだんできてくる。たとえば、全集の場合を挙げてみると、全集は全集でも、もう完全に売り切った全集で、図書館でひっそりと棚に並んでいるような全集だけを私は入力することにしよう。あるいは、この全集を作った出版社はもう潰れちゃったし、このまま図書館に埋もれさせるには惜しいから、ここで青空文庫でいっちょ公開してみよう、とか。もしくはこんなマイナーな作家の全集なんて今後二度と出ないだろうから、やっぱり青空文庫に入れておくべきじゃないか、とか。
全集でなくとも、この本は出版されてすぐだから、さすがにやめておこう、とか。私は出版後10年以上経過しないと入力はしないよ! とか、いや私そもそも戦前の本・雑誌しかやらないですよ、とか。むしろ全集とかないなら青空文庫の中でこの作家の全集を自力で作ろう、とか考えている人もいるくらいだ。
またこれは話の観点が変わるんだけれど、全集でもそうやってサイクルを生んでくるような作家というのは、かなりメジャーな作家なのではないだろうか。夏目漱石とか宮沢賢治とか、おそらく青空文庫が入力しようとしなかろうと、きっと新しい全集はどんどん出てくるに違いない。
全集というのものは、本当に限られた人に対してしか作られない。この人はあっていいんじゃないか、と思える人でも、なかなかないことが多い。私個人の考えからすると、野上豊一郎とか楠山正雄とか、その仕事の大きさから考えて絶対あっていいはずなのに、そういうものがない。青空文庫の役割というのは、そういう全集における格差問題(?)なんていうものも浮き彫りにしていくことではないか、とも思う。
もし、そういうサイクルが潰れてしまうとしても、それによって出版社が大作家から小さな作家の方に目を移して、そういう作家たちの全集を作ってくれるのだとしたら、私はとても喜ばしいことだと思う。もちろん、それが自分の所業を棚に上げた発言だというのはわかっているけれども、ひとりの読書家としては、もっともっと出すべき全集ってあるでしょ、と思わずにはいられないし、そのためにも「こんな作家がいるんだ」という意識を出版社および他の読書好きの方々に持ってもらうためにも、こつこつとマイナーな作家の作品を入力したりする。
そして、私はそういう作家の全集ができたら、喜んで全巻購入する。
◇またまた松本零士さんについて
何というか、予想できたことなのだけれど、インターネット上には松本さんへの否定的な反応が多い。でも、それがすべて論理的で、彼の気持ちまで下りていった上で考えられているかというと、そうでもない。私は、たとえば三田さんが言う延長の議論と、松本さんの言う延長の議論は、まったく別のところにあるんではないかと思う。
松本さんって浪人でなくなったんじゃないか、という意見もちらほら聞こえる。若いときものすごい苦労というか、すさまじい生活を送って作品を作っていたけれど、あのときのハングリーさはなくなったんじゃないか、というような意見だ。でも、考えるのは、そのハングリーさがあったからこそ、自分が生み出したものというのは、自分の人生と不可分に結びついていて、自分の作家意識と切り離して考えることができないのではないか、と思う。
彼の思想とは違うが、そういう作家と作品への気迫、という点を考えるために、坂口安吾の文を引用してみよう。
「生きてる人間といふものは、(実は死んだ人間でも、だから、つまり)人間といふものは、自分でも何をしでかすか分らない、自分とは何物だか、それもてんで知りやしない、人間はせつないものだ、然し、ともかく生きようとする、何とか手探りででも何かましな物を探し縋りついて生きようといふ、せつぱつまれば全く何をやらかすか、自分ながらたよりない。疑りもする、信じもする、信じようとし思ひこまうとし、体当り、遁走、まつたく悪戦苦闘である。こんなにして、なぜ生きるんだ。文学とか哲学とか宗教とか、諸々の思想といふものがそこから生れて育つてきたのだ。それはすべて生きるためのものなのだ。生きることにはあらゆる矛盾があり、不可決、不可解、てんで先が知れないからの悪戦苦闘の武器だかオモチャだか、ともかくそこでフリ廻さずにゐられなくなつた棒キレみたいなものの一つが文学だ。
人間は何をやりだすか分らんから、文学があるのぢやないか。歴史の必然などといふ、人間の必然、そんなもので割り切れたり、鑑賞に堪へたりできるものなら、文学などの必要はないのだ。」(坂口安吾「教祖の文学」青空文庫、2006)
あるいは、岩野泡鳴の〈刹那主義〉でもいい。霊肉合致——表象というのは、自分の魂の動きと、自分の身体の動きが一致して、何かを創り出した瞬間にだけ生まれるものだという、あの考えだ。ただ、実のところ泡鳴本人の文を引いても、宗教の秘儀書みたいで何を言ってるのかわからないので、ここは河上徹太郎の解説を引用してみる。
「泡鳴は個性をばできてゐるものと見ないで、できつつあるものと見た。彼の芸術の秘密は、[中略]「現在を精一杯の誠実で演じる」といふことに存する。それを彼は刹那主義とか新自然主義とか称して、全人の燃焼が瞬間的に宇宙と合体したのが自分の行為であるといふ風にいふのだ。思ふに、真の誤りない現実を求めるには、個性が意味を持ち形をとる以前に遡らねばならぬ。然るにかかる状態にあつては、個性は瞬間的な表象の連続として象徴されている筈である。しかもこの象徴とは、人間を構成する単位であり、同時に素朴偏狭な心理的影像でもある。底では意慾と行為とが未だ領域を異にしてゐない。だから、芸術家は各瞬間自分の全存在を打込んでかかる象徴の世界に遊べば、それが映画の理によつて自ら現実的な人間の姿の表現になるわけである。
[中略]
しかも大切なことは、以上の方法が、あらゆる表現に内在する普遍的な理論ではなく、これは誠実な精神力の絶えざる努力によつて漸く可能なことである。[中略]泡鳴は表象のフィルムのこまが絶えないやうに、全能力をあげて世界にぶつかつていつた。しかもその場合に瑣さの自我の分裂も許されなかつた。彼は全存在を以て世界から傷つけられた。しかも傷ついたことによつて、自然主義者のやうに芸術の糧を獲るのでもなければ、世の偉大な俗人達のやうに、経験によつて教へられるのでもなかつた。彼は性懲りもなく傷つくことによつて、ただ表象のフィルムのこまを廻してゐたのだつた。」(河上徹太郎「岩野泡鳴」『河上徹太郎全集 第三巻』勁草書房、1969、p.165)
それはあまりにも真面目すぎる創作者の気持ちかもしれない。自分が生きるために誠実で、それがために作られたものだからこそ、自分にとってかけがえのないものであって、自分と切り離しがたいものなのだ。たとえ生み出したものが物質であって、バルトの「作者の死」のように、結局は制度として著者と作品が結びついているにすぎないにしても、その創作者の人生という現実において、その瞬間が確かに存在していたという記憶・体験のようなものがある限りは、自分の身体がその作品を生み出した瞬間を肉迫的に記憶しているからには、そのふたつの結びつきはその一個の人生における真実なのである。
もしくは、引用するのは中原中也でもいい。
「芸術とは、喩へば金鉱発掘の如きものだ。金鉱を発掘する人は、親や妻子より遠く、山中に分け入るのだ。そのやうに、芸術とは、自分自身に忠実であることだ。
何を描くべきか?——描くべき何物もない! 芸術とは、自分自身の魂に浸ることいかに誠実にして深いかにあるのだ。即ち自分自身であるための誠実が自らなる基準となつて、折にふれて歌ひたくなるものの謂である!
自分自身であるといふことは、嘘をつかないことであり、自分自身であることは意志的であることである。
そして人が、自分自身であること、徒らに迎合的でないことではないか? かの造型性とは!
智識でも慈善事業でも其の他何物でもない、断じてない!
芸術とは、自我を愛することの、誠実であることの、褒賞である!」(中原中也「詩論」『中原中也全集 第3巻』角川書店、1967、p.31)
私はこの文章によって松本さんを擁護しようとしたり、支持したりしようというわけではない。ただ反射的に罵倒されるのは見てられない。松本さんに言うべきは、「著作者人格権」と「著作者財産権」を切り離して考えましょう! そもそも別物なんですよ! とか、著作者人格権は狭義の著作権(著作者財産権)が失効しても、侵害されてはならないって著作権法60条に書いてありますよ! とか、著作者人格権は日本の著作権法では相続できないことになっているので、財産権が延びたって、あなたの人格権には何の影響もないんですよ!(いやまあ、そのへんは遺言で指示できると116条に書いてあるし)とか、そういうことを言うべきなんだと思う。(Wikipedia 「著作者人格権」を参照のこと)
松本さんの言うことはわかる。でも、それは財産権の議論とは、また別のものとして議論すべきなのではないか、と思うのである。もし松本さんが、生存中、あるいは死後の人格権に対する侵害について危惧するのであれば、それはそれとして、著作権の議論として成立するのではないかと思う。しかし、それは財産権とは別に、人格権の議論として考えるべきで、果たして70年延長問題と一緒に考えるべき、あるいは中に含めて考えるべき議論なのかどうか、というのを私は疑わしく思う。
◇富田倫生さんの発言より
青空文庫の富田さんの発言については、この aozora blog をご覧になっている方ならおなじみ(?)の内容なので、ここで改めて補足説明することもないだろう。しかし、この富田さんの発言については、のちの質疑応答において、疑念が呈されている。
その論旨というのは、以下のようなものだったと思う。青空文庫のテキストファイルは、視覚障害者の読書に役立っており、これは著作物の社会の財産という観点から大きな恩恵を与えている。それが著作権保護期間延長によって阻害されるというが、視覚障害者の読書環境に不備があるのは、日本の福祉行政の遅れであって、何もその遅れを著作権法に押しつけなくてもいいではないか、それは別の問題ではないか、とのことだ。
これについては、富田さんも何か言いたげだったが、司会者に「後で」と制止され、結局その件については、何も言えずじまいだった。(なので、ぜひ富田さん、あのときに言いたかったことを書いてください!)
富田さんがいったいあのとき何を言おうとしていたのかは別として、私も視覚障害者の読書環境について色々とかかわったことがあるので、そういう立場もからめつつ、その意見についてコメントしてみたいと思う。
まず、視覚障害者の読書環境が不備であることについて、日本の福祉行政に遅れがあるというのは、疑いようのない事実である。ただ気になるのは、視覚障害者にとって読書環境が〈どれくらい〉不備であるのか、という想定が、あまりにも軽すぎるということだ。いったい視覚障害者にとって読書(というよりは、読みたい本の確保)がどれほど困難なものであるのか、その現状は少なからず考慮してほしいと思う。
たとえば、年間に出る書籍の数は、2001年でだいたい7万点で、目の見える人にとっては、絶版などでない限り、お金さえあれば、そのどの本も購入することで読むことができる。そこで、まずそれだけのアクセシビリティが無条件に保証されているということでもある。しかし、視覚障害者は年間にどれだけ本が刊行されようと、それが活字であり、印刷された本という媒体でのみ刊行されている以上、その本へアクセスできる点数は、ほとんどゼロから始まらざるをえないのである。そしてその出版が毎年繰り返されるわけで、その差というのがどれだけ恐ろしいものであるかわかるだろう。
そしてもし視覚障害者にとって読みたい本があった場合、もし国からの資金援助があれば、そのお金でもって点字出版物の制作会社などに頼み、点字本にしてもらう。あるいは、お金のない場合、とりあえず市販の本を購入して、その本を元にボランティアに点字本の制作や、朗読用テキストデータの制作を依頼することになる。どれも、ひとつひとつ一からの作業だ。たとえお金があっても、援助額は微々たるものだし、そもそも手作業であるわけだからコストや手間がものすごくかかる。会社であれボランティアであれ、一年で制作できる点訳本、基礎データの数というのは限られており、その生産数・スピードは人間の読書欲求のサイクルにほど遠いところにある。本を読みたいと思ってから一年後にようやく読める(聞ける)ようになる、というケースもよくあるのだ。
小説家の三田誠広さんの最後の発言で、文芸家協会が視覚障害者のために私権である著作権を放棄し、録音図書の一括許諾が可能になる、という話があった。もちろん、確かにその点は大きく評価できる。けれども、放棄されたから明日から自由に読書が可能になるかといったらそうではなく、録音図書の制作には依然としてボランティア等の莫大な努力に頼らざるを得ないのが現状だ。一年の書籍の発行点数に比べ、一年にどれだけの録音図書が制作可能だというのか。そこに読書環境の大きな開きがある。
こういう状況において、青空文庫がその福祉行政の遅れをすべて補えるとはとうてい思えないし、著作権法という枠組み自体で補えるとも思えない。本気で読書環境の整備をしようと思えば、すべての出版社が国会図書館へ本を任意で提出しているような同じやり方で、しかるべき機関なりに本の基礎データを納めさせるべきだろう。もしそんなことが可能であれば、一気に物事は解決できるかもしれない(データ変換の作業を考慮に入れないとすれば)。
ただ、青空文庫というテキストアーカイヴのモデルが示そうとしているのは、そういうことではないと思う。何か本というものが公有財産となって、基礎データ化されることについての可能性なのだと思う。基礎データ化されたデータそのものの可能性でもある。
本が基礎的なデータとして公有化されるということは、それまで活字というもの、本という物質形態が持っていたアクセシビリティの壁を、一気に取っ払ってしまうのだ。それはお金という壁でもいいだろう。海外という壁でもいいだろう。本がデータとして公有化された瞬間、誰でも簡単にアクセスできるようになってしまうのだ。
視覚障害者の利用というのは、あくまでもその一例であって、視覚障害者のために本を公有化せよ、という議論ではない。インターネットという技術が生まれたことによって、著作権法にはものすごい可能性が生じてきた。本当に本が自由になる時代が来てしまった。それは自分たちが考えていた以上に、ものすごい展開になっている。ものすごい効果がある。青空文庫が問いたいのは、その可能性を目の当たりにしたわれわれが、議論もなしに、その可能性がなし崩し的に削られるのを黙って見ていていいのだろうか、われわれはその可能性を本当に削ってしまってもいいのだろうか、ちょっと考えてみようじゃないか、ということではないのか。
そして青空文庫としては、その可能性を、常に新しい作品を公有化することで、人々に知ってもらい、感じてもらうことが大事なのではないか、ということで、だから富田さんは、きっと「テキストアーカイヴってすごいでしょ、こんなに可能性があるんですよ」ということを言いたかったのではないか、と勝手に思ってるのだけれども、どうなんでしょうか富田さん。
◇田中辰雄さんの発言より
今回のパネルディスカッションで、私が誰よりもその発言を期待していたのが、この田中辰雄さんの実証的な議論だ。それは田中さんが経済学者として参加されているように、延長の賛成・反対、どちらがより有効な意見なのかどうか、ということをきっちり考えていこうじゃないか、という観点だからである。
議論というのは、感情論で話をしても、あるいは論理的な言葉で話をしても、明確なデータがなければ、客観的に決着がつくということは、ほとんどないといっていい。それぞれ個人の中では、これは正しいと思っているのであって、そう思いこんでいるからには、一方は相手を説得することなどできないだろうし、その逆もまたしかりである。で、あんたの言うことは正しくないと思うけど、しょうがないから妥協点を見つけることにしましょう、ということになる。
田中さんのいう考えていく〈手がかり〉というのは、以下のものだ。(この件については、現場にいた青月にじむさんの記事の方が正確で適切。ぜひそちらを読んでください。10/17追記)
・創造者の側の利益、利用者の側の利益を、多角的に検証する。
(過去においてなされた期間延長による変化とは、どのようなものであったか。延長によって新しいものが生み出されたか否か。多くの国の多くのデータを集めること。)
・直接、話を聞く。
(それぞれのクリエイターの意見。どれくらいの人が、どれくらい本当にやる気を出るのか、出ないのか。)
・作品のライフサイクルを調べる。
(延長によって、どれくらいの本が活用されたり、死蔵されたりするのか。出版経過年数と売り上げの比較。)
・パブリックドメイン化することによる利益を調べる。
(パブリックドメイン作品の市場規模とは、いかなるものか。その作品から再創造された例はどれくらいあるのか。延長によって再創造が延期されるものは、どれくらいあるのか。あるいは、それにまつわる国際貿易の収支はいかに変わるか。)
基本的には財産、収入にかかわる問題なので、そういった側面から攻めるのがフェアな議論で、そのためのたたき台をこうやって田中さんは示したわけだが、まだそれぞれのデータがほとんど出そろっていないし、結論を出すのは時期尚早というのが、彼の意見だ。
おそらくそのデータをそろえる作業と平行して、もっともっと論点を詰めていくということも、賛成派・反対派の議論の中では必要で、定義も一致していない、話す論点も食い違っているではどうにもならないので、次回からは「今回の議題は〈模倣〉について」だとか、「今回の議題はクリエイターの〈やる気〉について」だとか、そういう小さな個別的な議論を積み重ねていく方向になるのだろうな、と見ている側は、勝手に考えていたりする。その整理という面で、田中さんの発言や、その方向性は、非常に効果的なのではないか、という感想を抱いた。
◇なぜ今70年に延長するという議論なのか
という司会の中村伊知哉さんの問いかけに答える三田さんの話は、ちょっとどこかぴんと来ないところがある。まずアメリカやヨーロッパでは70年であるという話を聞いて、聞いちゃったら同じようなものを作っているのに何で50年なんだろう、やる気が出るかどうかはわからないけど、こっちも70年でいいじゃないか、という姿勢なのだとしたら、そこに抜け落ちているのは、「なぜアメリカやヨーロッパでは70年なのか」という思考だ。
アメリカで著作権の存続期間が延びたのは、ひとえに某ネズミさんを守るためだとか、著作権を管理する側の利益のためだとか色々あるわけなのだが、それは著作者本人とは、あんまり関係がない。向こうが70年にしたからこっちも……という論法なら、まずは向こうの論理とやらを精密に検証して、そのことを説明してから、70年どうしましょう、という議論をするのが筋じゃないのか、と思ったりもする。
とりあえず70年だからその70年というお題目を持ってきて、さあみんなどうしよう、という話になってしまうと、そりゃあみんな議論や定義やあっちこっち行って、まとまるものもまとまらない。特に松本さんの場合、おそらく向こうの事情というものはご存じないだろうから(知っていらっしゃったら本当にごめんなさい……)、まずお題目の〈70年〉ありきで話が始まって、そこから和気藹々と話しましょうよ、ということを言うんだけれど、その〈70年〉ってそもそも何なのか。
和気藹々に話を進めようという松本さんにはすごく好感が持てるのだけれど、その辺の理解について、参加者同士で知識の共有をしてないというか、前提の違いというか、そういう溝があらかじめ存在していて、それが詰まってない状態で話が進んでしまったのだと思う。だから私としては、ぜひ今度シンポジウムをやることがあれば、〈70年って何?〉ということをやるといいのではないかと思う。
そういう説明が不足しているから、〈70年〉だけ取り出して、これは人間の一生と同じだから根拠があるんだ、という話になるんだろうと思う。たとえそれが人間の一生に近いとしても、それはただそこから〈70年〉というものさしを作っただけのことで、それが人間社会の、人間の生活のどこに当てはめて妥当性があるのか、その妥当性を検証したことにはならない。たとえば、私の中指の長さを〈一おおくぼ〉としたとき、その〈一おおくぼ〉でいったい何をはかるのか、それがわからなければ、ものさしを作る意味がない。その〈70年〉で死後の何を計るのか。本当に、何を??
aozora blog の11月27日付記事にあるように、12月11日、「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」第一回シンポジウムが東京ウィメンズプラザ円形ホールで行われた。筆者自身は直接その場に参加できなかったが、第二部のパネルディスカッションをインターネットラジオでの生中継、およびその後のストリーミング映像配信によって視聴した。この記事に書くのは、その第二部パネルディスカッションに関する雑感である。
すでに幾人かの方が述べておられるが、この第二部のパネルディスカッションは、いささか議論がかみ合っていなかった印象がある。ITproの神近さんは、それを〈心情論〉と〈実証論〉の溝というようなことを書いておられる。しかし、私にはもうちょっと違ったレベルでの溝もあるような気がする。
どこか、芸術の絶対主義と相対主義の溝のようなものや、あるいは著作権という概念や定義に不統一なものを残したまま議論が進められていて、結局、お互いの主義主張に終始したという気がしてならない。
もちろん、パネルディスカッションの前には立教大学の上野達弘さんが著作権法についての解説を行ってくださったわけだが、もっともっとその解説を踏まえた上で、パネルディスカッションが進んでいれば、もう少し建設的な意見交換が可能であったかもしれない。
パネルディスカッションのまとめに関しては、ITmedia や INTERNET Watch の記事を見ていただくこととして、ここではそれぞれの方の意見に対するコメントをつけていきたい。
◇山形浩生さんの発言より
まず最初は、物書きでありプロジェクト杉田玄白の主催でもある山形浩生さん。山形さんの発言のポイントというのはいろいろあるのだけれど、私が注目したいのは「みんながクリエイター」という社会観である。芸術観ということかもしれない。この著作権延長の問題は、著作者と利用者という対立ではなくて、全員が著作者となった社会において、本当に著作権の延長が社会に資するものであるのかどうか、というところから考えなくてはいけない、という考えだ。
ここにあるのは、遺伝子(ジーン)と模伝子(ミーム)の対立だ。ご存じの通り、遺伝子というのは生物の形質などを次世代に伝える役割を果たす因子のことだが、これと対立的に用いられるミームというのは、生物学者のリチャード・ドーキンスが1976年『利己的な遺伝子』の中で用いた、生物情報でなく、文化情報を次世代に伝達する役割を果たす因子のことをいう。
なじみのない言葉なのでここで簡単に説明すると、ドーキンスによれば、人間が死んだあとにも伝えられるものとして、遺伝子と模伝子のふたつがあるという。遺伝子は生体の情報を伝えるものであるが、模伝子は文化を伝えるものである。それは音楽であったり考えであったり、壺の作り方であったり服装のファッションであったりする。人間はこういった一種の生体の活用法といったものを、遺伝子が精子や卵子を通じて身体から身体からへコピーされるように、模倣というプロセスをもって脳から脳へ複製する。この複製された文化(人間の営み/活動)の単位が〈模伝子〉というものだ。
芸術がそれひとつだけで存在するものでなく、模伝子によって伝達され、さらにそれぞれの個体で変容しながら伝わっていくものなのだとしてみよう。そうしたとき、ある芸術家の作り出した芸術を、その芸術家の遺伝子の伝わった個人にだけ独占的権利を与え、その他の個体によるその模伝子の享受を阻害するのは、果たして正しいのかどうか。
そして、その模伝子がどんどん複製され、残されていくことこそが、その模伝子の元の個体に対する敬意になるのではなかろうか、という考えは、おそらくドーキンスがこの〈模伝子〉という言葉を使ったそもそもの動機にもかかわってくるだろう。人間はいつかは死に、その遺伝子も何百年かすれば、その元の人間がわからなくなるほど分割され混ぜ合わされる。消えてなくなることさえあるだろう。単なる生存機械として遺伝子を伝えるものだけとしての人間像は、どこかはかなく悲しい。少しドーキンス本人の文章を引用してみたい。
「われわれが死ぬ時、後世に残すことのできるものが二つある。遺伝子と模伝子である。われわれは遺伝子機械として、われわれの遺伝子を伝えるようにつくられている。しかし、われわれのその側面は、三世代くらいで忘れられてしまうだろう。[中略]われわれの遺伝子は不死かもしれないが、われわれ一人一人を形づくっている遺伝子の集団は滅び去るのが宿命である。[中略]
しかし、もしあなたが世界の文化に寄与するなら、たとえばあなたが良い考えをもつなら、作曲をするなら、点火プラグを発明するなら、詩を書くなら、それは、あなたの遺伝子が共同のプールに溶解してしまったはるか後までも、損なわれることなく生き続けるかもしれない。G・C・ウィリアムズが指摘したように、ソクラテスの遺伝子で今日まで残っているものは、一つか二つあるかないかであろうが、それでも一向にかまわない。ソクラテス、レオナルド・ダ・ヴィンチ、マルコーニなどの模伝子の方は、今なお強大なまま生き続けているのである。」(鈴木登[訳]『新装版 マインズ・アイ(上)』TBSブリタニカ、1992、p.210)
みんながクリエイター、つまり誰しもその模伝子の受け手となりえるこの現代において、遺伝子というものは、芸術においてそれほど特権的な地位を占めることができるのだろうか。あるいは、遺伝子を受け継いだ人間が、本当にその模伝子を大切に扱うのかどうか。模伝子を賞賛するのは、遺伝子の受け継いだ人間だけなのかどうか。
そう考えたとき、山形さんの言うように、芸術において遺伝子の呪縛を強めるということは、果たして本当に社会や人間のためになることなのかどうか、そういうことを示唆する発言だったように思う。
◇松本零士さんの発言より
一方で、続いて発言をした漫画家の松本零士さんの場合、著作は利用されるされないにかかわらず、著作者本人と切っては切り離せないものとという形でとらえている。著作物にはそれを創造した本人の〈著作者人格権〉というものがあるわけで、著作物には、著作者の魂・気迫というようなもの、いわば生きるすべてがそこに投入されている。
そして生きるすべてが注ぎ込まれた芸術作品というものは、その後の世に残るかもしれないし、残らないかもしれない。残るとしても、残らないとしても、それは芸術作品としての運命がそうさせるのである。そういう考えは、どこか芸術の絶対主義に近いところがある。そしてその絶対主義というものにおいては、著作者と著作物は不可分のものとなる。
そう考えた場合、著作権の消滅というのは、〈著作者人格権〉の消滅に等しく、あるいは〈著作者〉の消滅にも近いのかもしれない。そして著作者の人格というものを最重要の位置に置いたとき、その人格を構成するもの、その人格を支えるものも重要になってくる。たとえば、それが配偶者なのかもしれないし、子どもなのかもしれない。そうすれば、(それが法律的議論かどうかは別として)心情的には、著作者の人格の一部でもある配偶者や子どもにも著作権が帰属してしかるべきだ、という考えに至ることもできるだろう。
ここに松本さんの個人的案件を引き合いにだしていいかどうかはわからないが、このパネルディスカッションでどうして議論がかみ合わなかったのか、という問題を考えたとき、松本さんは基本的に、作品の著作者への帰属意識がきわめて強い人であることを念頭に置く必要がある。このオーソリティ意識の高さは、山形さんの相対主義とはどうしても相容れない。
松本さんの中では、〈著作権〉と〈著作者人格権〉はほぼ同一で、できれば〈著作者人格権〉というものは消えてほしくないと思っている。できれば永続してほしいと思っている。もしくは、〈著作者人格権〉が守られるためには、根本の〈著作権〉の保護が不可欠であると考えている。松本さんには、著作権が切れれば、その著作物がその著作者の作ったものであるという事実(真実)が、もうどこかへ消えてしまうというような恐れがあるのではなかろうか。そういう論法で行くなら、著作者が著作物に対して著作者たらんとするには、著作者と著作物の結びつきが外れないためにも、できるだけ著作権が長い方がいいのである。
その著作物と著作者との結びつきの意識が高いからこそ、本人が述べるようにパロディや改悪については、彼は断固とした態度を取るのであり、自分の著作物が自分と切り離されてしまう未来のことを、懸念する。
ここで重要なのは、創作する人間にとっては、未来に期待と恐れがあるということだ。未来への期待というのは、もしかすると自分の作品が自分の死んだ何十年後、何百年後も伝わっていくのではないか、という明るい希望だ。しかし同時に、自分のものが自分でなくなり、他の人物のものになっていくかもしれない、という恐れもある。自分の生きた証さえ消え、作品だけが残るかもしれないし、その作品さえめちゃくちゃになってしまうかもしれない。埋もれて消えてしまうかもしれない。その期待と恐れは裏表の関係にある。
しかし、それを著作権というボンデージで縛ってしまえば、少なくともそれが続いている間は、むちゃくちゃにされることはないかもしれない。著作者の人格は守られるかもしれない。そういう意識があるとき、たとえ創作者であっても、「もっと著作権を延長してほしい」という言葉は出てきて当然のように思える。
そういう意味では、松本さんの発言というのは、非常に興味深いものだと私は思う。
◇平田オリザさんの発言より
その松本さんの発言とは対照的に、劇作家の平田オリザさんの発言は、〈劇〉という芸術はそもそも相対的なものであらざるをえない、という論点から始める。劇というものは、ただ脚本があってそれで終わり、というものではない。そこにはその脚本から役を作り演じるという役者がおり、さらにそれを演出する演出家がいる。そして舞台では舞台芸術が裏方さんによって作られるし、音楽もその劇とは無縁ではない。ときには会場や観客まで巻き込む劇だってある。
そういう〈劇〉においては、著作物である脚本は、そもそも使われるもの、二次使用されるものとしての著作物として現れる。誰かによって演出されて、あるいは誰かによって演じられて、初めて劇というものが完成する。誰にも演出されない、誰にも演じられないというのは、劇の死といってもよく、〈脚本の死〉であるのかもしれない。
そういう観念に立ったとき、平田さんは著作者として、できるだけ自分の脚本を演じてもらいたい、というふうに考えている。自分の作品が、どこか知らない国で、誰か知らない人に演じてもらうということ、どこか未来で自分の作品が演じられるということを夢見る。それは著作者にとってこの上ない幸福であるかもしれない。
平田さんは、自ら脚本を利用する側としても、演じたいものを演じられるということを大事にしている。また、自らの意志でないところで脚本の利用が阻害されるということを、重い問題と考えられているのは、彼の発言からもわかるところである。
ただ、ここでひとつ注意しておかなければならないことは、これがすべての劇作家の意見を集約したものではない、ということだ。劇作家協会のほとんどの理事が、個人の意見としては延長に反対という態度を取ったように、多くの劇作家の意見ではあるかもしれない。しかし、三谷幸喜のような劇作家も考えのうちに入れる必要があるかもしれない。
三谷さんは、上演許可を出さない劇作家として有名である。彼の作品が面白いからといって、三谷氏と直接交友のない普通の人が許可をもらおうとしても、だいたい許可は下りない。それは、彼の作品が特殊な状況で生まれるからでもある。なぜなら、彼の作品のほとんどは、著作者である彼と同様、演じる役者や演出する人間と不可分のものとして制作されるからだ。
現在、パルコ劇場から販売されている三谷さん脚本の舞台DVDは、そのすべてに以下のような〈お願い〉という文章が書かれている。
「他の劇作家の方はどういう思いで、戯曲を書かれているか知らないけど、僕の場合は、かなり個人的な事情から始まっています。僕がホンを書くのは、大抵は役者のためか、演出家のためか、プロデューサーのため。だから自分の作品が、自分の知らないところで、自分の知らない人たちによって上演されたという話を聞くと、無性に悲しくなるのです。
ですからお願いです。僕の作品を愛してくださるのは嬉しいのですが、だったら、僕が嫌がることは、あまりしないでください。[後略]」(三谷幸喜「笑の大学」PARCO、2005)
また同時に注意されなければいけないのは、これは、舞台において、特に素人舞台において、著作者に無断で上演されることが多いという状況を踏まえての発言だということだ。もちろん、その純粋な動機は、すばらしい舞台を模倣したいという心情である。ただ、それを快く思う人もいれば、そうでない人もいる。著作というものが、著作者個人や、その周囲の人物と強く結びつけられればられるほど、その模倣というものを拒絶する方向に向かうというのは、前述の松本さんの発言からも示唆されることだ。
このシンポジウムをご覧(お聞き)になった方に考えてほしいのは、平田さん本人が言うように、彼の発言は平田さん個人の意見、平田さんを含めた多くの劇作家の意見であり、三谷さんのようにそこから外れる人もいるということを、忘れないでほしいということだ。
それともうひとつ、平田さんの(文化の)先進国と発展途上国の間の収奪の関係は、翻訳においても大きな問題となることがある。興味のある人は、山田三良(さぶろう)という人のことを調べてほしい。彼は日本がベルぬ条約に加盟したのち、多くの国際会議において日本の代表として参加した人物なのだが、彼はある会議の場で、〈翻訳自由論〉というものを唱えている。西洋諸国間というのは、言語が似通っているので翻訳が容易で、そのために翻訳の主体性というものに気が付いていない。しかし東洋の言語というのは、西洋の言葉とはあまりにも違い、おそろしく翻訳が困難である。おそろしく主体性を要求される仕事で、もう一度新たに創造するに等しい、と。だから、国も遠く言語も遠ければ、翻訳物は原著作物の経済活動の被害には決してならないし、世界の文化発展のためには、翻訳が困難な言語の間では、契約だ金だとやいやい言わないで、原則的に翻訳は自由とすべきである、と述べた。
文化発展の差ということを考えた場合、著作権はより自由であるべきだ、という考えは、かなり昔からもたれている。その実際的な実現として〈翻訳権十年留保〉というものがあり、日本はその恩恵をずいぶん受けてきた。それは著作権が五十年で失効する今の著作権法よりも、もっと効果があった。平田さんの発言には、著作権法の相互主義の問題が抜け落ちているけれども(たとえ日本が延長しても、他の国での著作権保護期間が短ければ、その国ではその期間で適用されるから)、発言としては面白いものだと思う。
平田さんはその他にも、財産権としての著作権の話を、松本さんの心情論に反論する形で述べているが、そのあたりのことは、他の方が述べられているので、そちらを参照してほしい。
2006年11月は、73作品のファイルが公開された。ニュースとしては、「「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」発足」があげられる。
【主なニュース】
著作権保護期間の延長の話が進められている現状に一石を投じるが如く、「著作権保護期間の延長問題を考える国民会議」が発足した。詳しくは、ここ。賛成派、反対派ともに議論のテーブルにつこう、という試みである。
青空文庫の活動をしているから反対、という訳ではない。しかし、ここ数年、出版物が絶版になる速度が速いなあ、と感じていた。20年前に出版されたものどころか、10年前に出版されたものですら入手出来ないことが多い。この調子では、著作権が失効する頃には、本そのものが手に入らない状況は想像に難くない。反対派の主張は「創造のサイクルを切らないことが重要」とまとめられるようだが、この意味は「自由な利用が創造を活性化する」というよりも「古い作品を手に入れる機会を増やすことで新しい創造が生み出せる」ということにポイントがあると思う。つまり「自由に」ではなく「利用できる」に重点がおかれるということ。保護期間が50年から70年になることで、さらに作品の入手は困難になる。手に入らない、利用できない、死蔵書籍が増える訳だ。2007年年頭に公開できる作家の作品を入力しようと底本を探したが、新刊書店では高村光太郎,佐藤垢石くらいしか見つからなかった。作品社の「日本の名随筆」を検索して、高村光太郎、佐藤垢石、吉田絃二郎、小金井喜美子、会津八一、の5名の作品が見つかった。現在、来年年頭に公開できる作家のうち、作業未着手な作家が、9名もある。もし、今年保護期間の延長が成立していれば、「日本の名随筆」にあった5名の作品も20年先にならないと公開できないことになる。さて、20年先にこういった作家の作品が(たとえ、随筆のような断片的なものでも)入手できるだろうか。出版のサイクルの変化にともなって、書籍の入手が困難になったとしても、インターネット上の青空文庫のような活動があるのなら、作品は手に入る。その活動を制限することになる、保護期間延長には賛成できない。
【公開作品】
2006年11月には、73作品のファイルが公開された。なお、作品未公開のため機能しないリンクが一部ある。
もっとも多くの作品が公開されたのは、寺田寅彦で15作品(「学問の自由」、「歳時記新註」、「書簡(1[#「1」はローマ数字1、1-13-21])」、「夏目先生の俳句と漢詩」、「箱根熱海バス紀行」、「異郷」、「歌の口調」、「宇都野さんの歌」、「御返事(石原純君へ)」、「塵埃と光」、「瀬戸内海の潮と潮流」、「戦争と気象学」、「短歌の詩形」、「凍雨と雨氷」、「PROFESSOR TAKEMATU OKADA」)が公開された。作業中作品残り4つ、随筆はほとんどカバーしただろう。
次に多くの作品が公開されたのは、江見水蔭で7作品(「悪因縁の怨」、「怪異黒姫おろし」、「壁の眼の怪」、「怪異暗闇祭」、「死剣と生縄」、「丹那山の怪」、「月世界跋渉記」)。江見水蔭は初登録。硯友社で活躍した作家も現在ではあまり顧みられていない。硯友社については、「硯友社の沿革」を参照。
同じ硯友社の出身で、現在でも記憶されている(出版が続いている?)のが泉鏡花。今月は、代表的な戯曲が2作品(「天守物語」、「海神別荘」)、公開された。
豊島与志雄、野上豊一郎、斎藤茂吉がそれぞれ、5篇公開された。豊島与志雄は昭和24年頃の小説(「憑きもの」、「一つの愛情」、「程よい人」、「失われた半身」、「男ぎらい」)、野上豊一郎は紀行文とそのはしがき(「西洋見学「はしがき」」、「「草衣集」はしがき」、「桂離宮」、「奈良二題」)、そして「能の話」の一部(「演出」)、斎藤茂吉は随筆5篇(「雷談義」、「三年」、「孫」、「最上川」、「露伴先生」)、である。
「日本の名随筆」からは、「14夢」から萩原朔太郎「夢」、「48香」から大手拓次「「香水の表情」に就いて 」、「58月」から小島烏水「霧の不二、月の不二」、北原白秋「お月さまいくつ」、上田敏「月」、徳富蘆花「花月の夜」「良夜」、川端茅舎「夏の月」、与謝野晶子「月二夜」、「75商」から織田作之助「大阪の憂鬱」、内田魯庵「青年実業家」、「87能」から野上豊一郎「演出」、「別25俳句」から森鴎外「俳句と云ふもの」、が公開されている。
SFとは少し違う未来小説4篇(江見水蔭「月世界跋渉記」、幸田露伴「ねじくり博士」、直木三十五「ロボットとベッドの重量」、木村小舟「太陽系統の滅亡」)が公開された。
推理小説(探偵小説?)は、大阪圭吉が2篇(「寒の夜晴れ」、「三の字旅行会」)、酒井嘉七が1篇(「京鹿子娘道成寺」)、西尾正が1篇(「放浪作家の冒険」)、公開された。
日本SFの黎明期に活躍した蘭郁二郎(作業中リスト)の小説が12月には公開される。探偵小説として、発表されたものも多い。
他には、楠山正雄が4作品(「瓜子姫子」、「姨捨山」、「人馬」、「山姥の話」)、林芙美子が3作品(「風琴と魚の町」、「魚の序文」、「清貧の書」)、坂口安吾が3作品(「裏切り」、「桂馬の幻想」、「花咲ける石」)、倉田百三が2作品(「出家とその弟子」、「俊寛」)、河合栄治郎が1作品(「二・二六事件に就て」)、森田草平が1作品(「四十八人目」)、土井晩翠が1作品(「晩翠放談「自序」」)、公開された。
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地上に鐘が鳴り響く。人が死んだのだろうか。それとも、死に臨む病人のために鳴っているのか。あるいは、私は自分のことを、今以上に深く考えるべきだということか。周りの人々が私のありさまを見て、何も知らせず私のために鐘を鳴らせているのかもしれない。
地球は我々すべてを包み込む、我々の生きるひとつの世界だ。だから、地球の起こすこと、なすことは、すべての人間にかかわっている。地球に赤子が生まれるのなら、その出来事は私にかかわりがある。なぜならその赤子は、私もその一員である人類というものの中に加わるからだ。同じように、地球に人が埋められ葬られたら、その出来事も私にかかわりがある。
全人類というものは、宇宙という著者によって書かれた一巻の書物だ。ある人が死ねば、その本の一章は破り捨てられるのではなく、死というものへ翻訳される。すべての章は、そのように翻訳されるよう定められている。ただ、宇宙の雇う翻訳者は、幾人かいる。あるものは〈老年〉によって訳され、またあるものは〈病気〉という訳者によって訳されるだろう。あるものは〈戦争〉によって訳されるだろうし、〈正義〉というものによって訳されることもあろう。だが、宇宙はすべてのものを翻訳するのであり、最後にはその手で我々という散らばったページをひとつに綴じるのかもしれない。
鐘は、鐘を意識するもののために鳴る。いったん止んだとしても、あるとき心を動かしたのであれば、そのときから、人は地球と一体になる。太陽が昇れば、その太陽は人の目に入るだろう。災いがやってくるのであれば、それを避けたくなるだろう。どんな時であれ、鐘が鳴れば、その音は人の耳に入らざるを得ない。そして、自分の身体を突き抜けていくその音を、自分の耳から取り除くことのできるものは、この世界に存在しない。
人ひとりというものは、それだけで完結するひとつの島ではない。どんな人であれ、大きな陸の一片であり、大地の一部なのである。もし一塊の土くれが海に流され削られたら、陸は小さくなる。それは、あたかも岬ひとつが削られるに等しい。あなたの友人やあなた自身の土が削られるに等しい。どんな人が死んでも、私はそがれ削られていく。なぜなら、私は人類の一員であるからだ。それゆえに、誰のために鐘は鳴るのか、と問うてはいけない。その鐘は、あなたのために鳴っているのだ。
我々は、他人に苦しみを分けてくれということができない。他人の苦しみを譲り受けることもできない。たとえ、自分の苦しみが足りなくて、隣人の苦しみを背負おうとするにしてもだ。もしそれが可能なのだとしたら、そういう罪深き求めも、許されるものなのかもしれない。
たとえば、誰かが危機に瀕している。危機のために死にゆこうとしている。ならば、苦しみがそのものの心の中に、充ち満ちているのではないか。そして今、鐘が鳴っている。私に誰かの苦しみを知らせる。もしかすると、この鐘の音は、誰かの危機を私に思い起こさせるための音、私に深く考えさせるための音なのかもしれない。
(この記事は、ジョン・ダン「瞑想17」のポストモダン的な翻案です。偉大なる詩人ジョン・ダンよ、時代と必要のため、誤読と読み替えをなすことを、どうかお許し下さい。)