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2006年8月は、84作品のファイルが公開された。ニュースは特になし。
【公開作品】
2006年8月には、84作品のファイルが公開された。なお、作品未公開のため機能しないリンクが一部ある。
もっとも多くの作品が公開されたのは坂口安吾で24篇(「明治開化 安吾捕物その十五 赤罠、その十六 家族は六人・目一ツ半、その十七 狼大明神、その十八 踊る時計、その十九 乞食男爵、その二十 トンビ男」、「特攻隊に捧ぐ」、「芸道地に堕つ」、「今後の寺院生活に対する私考」、「土の中からの話」、「文学のふるさと」、「新らしき性格感情」、「講談先生」、「茶番に寄せて」、「長島の死」、「露の答 ぬばたまのなにかと人の問ひしとき露とこたへて消なましものを」、「ピエロ伝道者」、「アンゴウ」、「矢田津世子宛書簡」、「安吾下田外史」、「織田信長」、「感想家の生れでるために」、「思想と文学」、「人生案内」)。「明治開化 安吾捕物」が先月に引き続いて、公開されている。
また、8月6日には、豊島与志雄「ヒロシマの声」が、そして15日には、坂口安吾「特攻隊に捧ぐ」が公開された。
次に多くの作品が公開されたのは竹久夢二で18篇(「朝」、「大きな蝙蝠傘」、「大きな手」、「おさなき灯台守」、「玩具の汽缶車」、「風」、「風」、「クリスマスの贈物」、「最初の悲哀」、「少年・春」、「たどんの与太さん」、「誰が・何時・何処で・何をした」、「人形物語」、「博多人形」、「はしがき」、「春」、「日輪草 日輪草は何故枯れたか」、「街の子」、「夜」)。「童話集 春」の作品である。
山路愛山は、6篇(「英雄論」、「詩人論」、「信仰個条なかるべからず」、「凡神的唯心的傾向に就て」、「明治文学史」、「唯心的、凡神的傾向に就て(承前)」)が公開された。
鈴木三重吉は、童話が6篇(「一本足の兵隊」、「乞食の子」、「湖水の鐘」、「ざんげ」、「星の女」、「ぽつぽのお手帳」)公開された。
土井晩翠は、3篇(「「雨の降る日は天気が悪い」序」、「新詩発生時代の思ひ出」、「野口英世博士の生家を訪ひて」)が公開された。「「雨の降る日は天気が悪い」序」には、晩翠自らの手による略歴が収録されている。姓を「どい」と読むか「つちい」と読むについても含めて。「新詩発生時代の思ひ出」は、薄田泣菫「詩集の後に」とともに、新体詩の黎明を語った文章である。
泉鏡花は、4篇(「化銀杏」、「琵琶伝」、「春昼」、「春昼後刻」)が公開された。「春昼」、「春昼後刻」は一続きの作品で、小見出しの数字も連続している。「琵琶伝」は、岩波版の全集刊行の際、内容故にカットされ、第二刷の時に別巻に収録された作品である。
岡本綺堂は、4篇(「近松半二の死」、「栗の花」、「ランス紀行」、「倫敦の一夜」)が公開された。「栗の花」、「ランス紀行」、「倫敦の一夜」は、世界紀行文学全集からの収録。フランス、イギリスの紀行文。
他には、木下尚江が3篇(「佐野だより」、「雪中の日光より」、「臨終の田中正造」)、伊藤左千夫が3篇(「河口湖」、「去年」、「紅黄録」)、中井正一が2篇(「絵画の不安」、「スポーツの美的要素」)、狩野直喜が1篇(「支那研究に就て」)、内藤湖南が1篇(「支那目録学」)、 桑原隲蔵が1篇(「那珂先生を憶う」)、林芙美子が1篇(「下町」)、 小山内薫が1篇(「梅龍の話」)、富田木歩が1篇(「小さな旅」)、水上滝太郎が1篇(「山の手の子」)、菊池 寛が1篇(「大衆維新史読本 07 池田屋襲撃」)、武田 麟太郎が1篇(「反逆の呂律」)、公開された。
最後になりましたが、入力してくださった方々、校正してくださった方々に感謝いたします。また、みなさんのお気に入りを、コメント欄で紹介してもらえると、うれしいです。
バックナンバーは、こちら。
★この文章を書いた人→門田裕志★こんな時間に→2006年09月05日 03:02 ★トラックバック内藤湖南「支那目録学」。
日本で最も有名なの支那学者による、大学での講義録(1926[大正15]年4月〜6月)。
目録学とは、単なる図書目録を作ることでなく、学問全体をどのように捉えるのか、中国文明に於ける学問観を内容とする。
目録学については、この著がもととなり、いろいろと出版されている。
武内義雄『支那学研究法』目録学、『全集』(角川書店)所収
倉石武四郎『目録学』汲古書院
清水茂『中国目録学』筑摩書房
井波陵一『知の座標・中国目録学』白帝社
などですが、ここに紹介するものは、ただいまのところ、著作権が守られています。
Posted by: はまなか at 2006年10月02日 07:32