2006年08月28日

 【リンク】ウィキペディアとの関連づけ

青空文庫の、芥川竜之介「羅生門」の図書カード、ウィキペディアの「芥川龍之介」「羅生門 (小説)」の項目にみられるように、双方の関連する項目間にリンクをはっています

この作業にあたって示した書式を、以下にまとめておきます。

「青空文庫からウィキペディアへのリンク」は、青空文庫の管理データベースに書き込む必要があります。
関連づけが望ましいものに気付かれた方は、reception@aozora.gr.jpにメールしてください。

「ウィキペディアから青空文庫へのリンク」は、ウィキペディアの「編集」機能を用いて、書き込めます。

▼青空文庫からウィキペディアへのリンク

図書カードの「人物について」もしくは「作品について」から、ウィキペディアの人物名項目もしくは作品名項目にリンクする。

・「人物について」からのリンク

<a href="http://ja.wikipedia.org/" target="_blank"><img align="middle" src="../images/wikipedia_logo_rounded.png" width="110" height="32" border="0" alt="wikipediaアイコン"></a>「<a href="【人物名URL】" target="_blank">【人物名】</a>」

※【人物名】の表記が、青空文庫とウィキペディアで異なる場合は、リンク先(ウィキペディア)の表記に合わせる。

例:
<a href="http://ja.wikipedia.org/" target="_blank"><img align="middle" src="../images/wikipedia_logo_rounded.png" width="110" height="32" border="0" alt="wikipediaアイコン"></a>「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%A5%E5%B7%9D%E7%AB%9C%E4%B9%8B%E4%BB%8B" target="_blank">芥川龍之介</a>」


・「作品について」からのリンク

<a href="http://ja.wikipedia.org/" target="_blank"><img align="middle" src="../images/wikipedia_logo_rounded.png" width="110" height="32" border="0" alt="wikipediaアイコン"></a>「<a href="【作品名URL】" target="_blank">【作品名】</a>」

※【作品名】の表記が、青空文庫とウィキペディアで異なる場合は、リンク先(ウィキペディア)の表記に合わせる。

例:
<a href="http://ja.wikipedia.org/" target="_blank"><img align="middle" src="../images/wikipedia_logo_rounded.png" width="110" height="32" border="0" alt="wikipediaアイコン"></a>「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%85%E7%94%9F%E9%96%80_%28%E5%B0%8F%E8%AA%AC%29" target="_blank">羅生門 (小説)</a>」

▼ウィキペディアから青空文庫へのリンク

人物名項目からは青空文庫の作家別作品リストに、作品名項目からは青空文庫の図書カードにリンクする。

・「人物名項目」からのリンク

外部リンクのブロックに、以下の書式で作家別作品リストへのリンクを書き込む。(外部リンクのブロックが作成されていない場合は、「== 外部リンク ==」と書き込む。)

*[【作家別作品リストURL】 【作家名】:作家別作品リスト]([[青空文庫]])

※【作家別作品リストURL】と【作家名】のあいだは半角空き。【作家名】(人物名)の表記が、青空文庫とウィキペディアで異なる場合は、リンク先(青空文庫)の表記に合わせる。(姓と名のあいだは、青空文庫の作家別作品リストの表記に合わせて、半角あける。)

例:
*[http://aozora.gr.jp/index_pages/person879.html 芥川 竜之介:作家別作品リスト]([[青空文庫]])

・「作品名項目」からのリンク

外部リンクのブロックに、以下の書式で図書カードへのリンクを書き込む。(外部リンクのブロックが作成されていない場合は、「== 外部リンク ==」と書き込む。)

*[【図書カードURL】『【作品名】』【翻訳者名】訳:【文字遣い種別】]([[青空文庫]])

※【作品名】をはさむ括弧には、ウィキペディアの表記に合わせて、二重かぎ括弧を用いる。【作品名】の表記が、青空文庫とウィキペディアで異なる場合は、リンク先(青空文庫)の表記に合わせる。翻訳者の姓と名のあいだは、青空文庫の図書カードの表記に合わせて、半角あける。翻訳者が複数ある場合には、【翻訳者名】を「・」でつなぐ。

例:
*[http://aozora.gr.jp/cards/000019/card4376.html『即興詩人』森 鴎外訳:旧字旧仮名]([[青空文庫]])

※翻訳者がない場合は、「【翻訳者名】訳」は記載しない。

例:
*[http://aozora.gr.jp/cards/000879/card127.html『羅生門』:新字新仮名]([[青空文庫]])
*[http://aozora.gr.jp/cards/000879/card128.html『羅生門』:旧字旧仮名]([[青空文庫]])

※青空文庫側に、文字遣いの異なるバージョンがない場合は、【文字遣い種別】は略してもよい。

例:
*[http://aozora.gr.jp/cards/001124/card42934.html『阿Q正伝』]([[青空文庫]])

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2006年08月27日

 aozora blogの移行

このaozora blogを始めてから3年も経ってしまいました。当時はblogなんてものが、どんなもんだかよくわからずに始めたのですが、あっという間にブームとなってしまいました。blogの本当の意味の“web log”という目的で使われていることは少ないんですが、誰もが簡単にホームページを作成できるということで爆発的に普及したようです。

ただ、プラスの効果がある場合は必ずと言って良いほど、そのバランスを保つためかマイナスの効果が現れます。それが、コメント・スパム、トラックバック・スパムでした。その対策は、どのブログ・サービス会社も苦労しているようで、ここのサイトも御多分にもれず大変で、その対策をここの管理者に任せておくことに無理が生じてきました。

そこで、自分で管理できるサイトにこのaozora blogを移行しようと思ってます。サーバーのホスティング代は、みなさんのおかげでamazonのアフィリエイトでなんとか賄えるようです。ドメインも、いろんな方の協力の下「aozora.jp」が使えることとなりました。

なんとか9月から、10月くらいにはサイトを移行しようと思っています。その間、やたらとコメント・スパム、トラックバック・スパムが書き込まれていたり、せっかく書いていただいたコメントを誤って消してしまったりとご迷惑をかけますが、ご辛抱下さい。
また、せっかく「aozora.jp」が使えることとなったので、blog以外にもいろいろとやっていこうかな、とちょっぴり思っています。

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2006年08月26日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」20 大久保ゆう訳

20

 さて、王子くんが、さばくを、岩山を、雪の上をこえて、ながながとあゆんでいくと、ようやく一本の道に行きついた。そして道をゆけば、すんなりひとのいるところへたどりつく。

「こんにちは。」と、その子はいった。

 そこは、バラの花がさきそろう庭《にわ》だった。

「こんにちは。」と、バラがいっせいにこたえた。

 王子くんは、たくさんのバラをながめた。みんな、その子の花にそっくりだった。

「きみたち、なんて名まえ?」と、王子くんはぽかんとしながら、きいた。

「わたしたち、バラっていうの。」と、バラがいっせいにこたえた。

「えっ!」って、王子くんはいって……

 そのあと、じぶんがみじめにおもえてきた。その子の花は、うちゅうにじぶんとおなじ花なんてないって、その子にしゃべっていた。それがどうだろう、このひとつの庭だけでも、にたようなものがぜんぶで、五〇〇〇ある!

 その子はおもった。『あの子、こんなのを見たら、すねちゃうだろうな……きっと、とんでもないほど、えへんえへんってやって、かれたふりして、バカにされないようにするだろうし、そうしたら、ぼくは、手あてをするふりをしなくちゃいけなくなる。だって、しなけりゃあの子、ぼくへのあてつけで、ほんとにじぶんをからしちゃうよ……』

 それからこうもかんがえた。『ひとつしかない花があるから、じぶんはぜいたくなんだとおもってた。でも、ほんとにあったのは、ありきたりのバラ。それと、ひざたけの火山みっつで、そのうちひとつは、たぶん、ずっときえたまま。これじゃあ、りっぱでえらいあるじにはなれない……』そうして、草むらにつっぷして、なみだをながした。

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 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」19 大久保ゆう訳

19

 王子くんは、たかい山にのぼった。それまでその子の知っていた山といえば、たけがひざまでしかない火山がみっつだけ。しかも、きえた火山はこしかけにつかっていたくらいだ。だから、その子はこんなふうにかんがえた。『こんなにたかい山からなら、ひと目で、この星ぜんたいと、ひとみんなを見わたせるはず……』でも、見えたのは、するどくとがった岩山ばかりだった。

「こんにちは。」と、その子があてずっぽうにいうと、

「こんにちは……こんにちは……こんにちは……」と、やまびこがへんじをする。

「なんて名まえ?」と王子くんがいうと、

「なんて名まえ……なんて名まえ……なんて名まえ……」と、やまびこがへんじをする。

「友だちになってよ、ひとりぼっちなんだ。」と、その子がいうと、

「ひとりぼっち……ひとりぼっち……ひとりぼっち……」と、やまびこがへんじをする。

『もう、へんな星!』と、その子はそのときおもった。『ここ、かさかさしてるし、とげとげしてるし、ひりひりする。ひとって、おもいえがく力がないんじゃないの。だれかのいったことをくりかえす……ぼくんちにある花は、いっつもむこうからしゃべりかけてくるのに……』

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2006年08月19日

 埼玉スーパーアリーナと。。。

福岡マリンメッセの設計者は一緒でしょうか?

そうおもったのは、数年前にウタダヒカルコンサートツアーで、
福岡マリンメッセアリーナ前から4列目でみたのと、昨晩
埼玉スーパーアリーナのアリーナ前から10列目でみた、
スタジアムの印象がすんごくにてました。

10代と20代では、やはり声もかわるんだーとしみじみ
感じたライブでした。ライブというかコンサートでした。

これから見る人は別だとおもいますが、昨日のライブ報告でっす。

あら、うたださん?とファミマのおばちゃんにいわれつつ
入手したチケットはSA席アリーナの端っこ。
でも、前の方だしいいかぁっておもってたら、アリーナ入った途端
黒服の人がやってきた。そして、説明を受けた結果。
撮影機材が入ることになり、急遽S席へランクアップ!
ラッキーってなわけですが。センターの前から10列目くらい?
一応肉眼でうたださんがみれる程度?の距離でした。

が、のっけから数曲まではよかったのですが、10代の頃に
つくった曲、いっちゃん上の音がでてない、苦しそうです。
をやをや?とおもいつつも、なんとか歌いきったものの、
「ごめん。ちょっと2分頂戴」と引っ込む。

ギター(けんさん)パーカッションがのりのりで、その爆音を
楽しむ事にしたが、ステージ背面にある巨大スクリーンの使い方は
メッセージ性が強くでたプロモのようなつくり、あ、これが
だんなちゃん(きりや氏)がつくったやつね。とおもいつ
ふーん。な、感じです。

よかったとこ、動から静へ、暗転の後に声とチェロだけの
春の雪のテーマソング等、落ち着いた音がつづく。
(先ほど引っ込んだときにでもキーを下げる打ち合わせでもしたのかな?)
かなり声調にあわせてアレンジしてあるのがまた、よい感じです。

その後は、またアップテンポになったのですが、UTADAの方の
アメリカ発売のアルバムから3曲これも原曲をかなりいじって
アレンジがよかったー。イギリス版が欲しい今日この頃です。

日本で、もしライブ版をだすならこのライブのアレンジで
歌をちゃんとして、発売してくれないかなぁってくらい
アレンジがいい!!!!!!!のでした。

ただ、アレンジしてる曲(UTADAのとか)は、
ノレナイ、おばちゃん、おこちゃまとかいて、
アリーナ最前列のブロックなのに微妙な反応でした。
あたしたちだけ、ノリが。。浮いちゃうノリノリ。
あれ??

アンコールは、新譜からか?と期待したのに。オートマティックと光で。
がっくり、ピータガブリエルぽく、ツアーメンバーと両手つなぎご挨拶して、
みんなありがとうー(暗にごめんもう今日は無理、かんべん!)という感じ。

10代の時のコンサートツアーとはかなり違う、大人になって世情があって、
それをどう歌うのか歌うというのは祈りに近いものがあって声という楽器の
不調はおいておいても、それをその不調にあわせて全体のキーをかえたり、
曲をかえたりする対応力は10代のライブでは、なかったんじゃないだろうか?
と思います。そういう意味では成長したのねーと。

個人的には、とても満足しましたが、後ろの席のスーツきたおじちゃんが
4席分のどまんなかに、苦虫噛み潰した感じの顔で座ってたのが印象深くて。

おもわず、勝手に、あーチケットを入手してオークションで高値で売る気だったのに
売れなかったのかな・などど妄想してくすくすしちゃいました。
(いや、ほんとのところは不明ですが)

いつも思うのですが、オークションで定価以上つけて売る行為って
ダフとどうちがうんだろう?と思います。それは苦労して入手したチケット
その労力をお金に換算するの?。でもね、そのタレントやら歌手が
好きで入手したチケットなら、同じフアンに定価プラスちょっとで譲った
方がいいのじゃないでしょうかねぇ?

だって、その定価以上の金額は、プレイするアーティストには
1銭もはいらず、首しめるようなもんですもん。私は、芝居にしろ
コンサートにしろ、オークション系はつかいません。
定価+オークション経費いう場合のみ使うこともあります。

というわけで、代々木がまったくとれなかったので、今回の
うたださんライブには、遠く(でもないか)埼玉までいってきました。
AGさんを誘うかどうか迷ってチケットとるときに、どうするか
悩んだのですが、結局ひすいくんと二人でいってまいりました。

余談)会場で富田さんに似た人をみかけたけど、まさか?

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 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」18 大久保ゆう訳

18

 王子くんは、さばくをわたったけど、たった一りんの花に出くわしただけだった。花びらがみっつだけの花で、なんのとりえもない花……

「こんにちは。」と王子くんがいうと、

「こんにちは。」と花がいった。

「ひとはどこにいますか?」と、王子くんはていねいにたずねた。

 花は、いつだか、ぎょうれつがとおるのを見たことがあった。

「ひと? いるとおもう。六にんか七にん。なん年かまえに見かけたから。でも、どこであえるか、ぜんぜんわかんない。風まかせだもん。あのひとたち、根っこがないの。それってずいぶんふべんね。」

「さようなら。」と王子くんがいうと、

「さようなら。」と花がいった。

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 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」17 大久保ゆう訳

17

 うまくいおうとして、ちょっとウソをついてしまうってことがある。あかりつけのことも、ぜんぶありのままってわけじゃないんだ。そのせいで、なにも知らないひとに、ぼくらの星のことをへんにおしえてしまったかもしれない。ちきゅうのほんのちょっとしか、にんげんのものじゃない。ちきゅうにすんでる二〇おくのひとに、まっすぐ立ってもらって、集会みたいによりあつまってもらったら、わけもなく、たて三〇キロよこ三〇キロのひろばにおさまってしまう。太平洋でいちばんちっちゃい島にだって、入ってしまう数だ。

 でも、おとなのひとにこんなことをいっても、やっぱりしんじない。いろんなところが、じぶんたちのものだっておもいたいんだ。じぶんたちはバオバブくらいでっかいものなんだって、かんがえてる。だから、そのひとたちに、「かぞえてみてよ」って、いってごらん。すうじが大すきだから、きっとうれしがる。でも、みんなはそんなつまらないことで、じかんをつぶさないように。くだらない。みんな、ぼくをしんじて。

 王子くんはちきゅうについたんだけど、そのとき、ひとのすがたがどこにもなくて、びっくりした。それでもう、星をまちがえたのかなって、あせってきた。すると、すなのなかで、月の色した輪っかが、もぞもぞうごいた。

「こんばんは。」と王子くんがあてずっぽうにいうと、

「こんばんは。」とヘビがいった。

「ぼく、どの星におっこちたの?」と王子くんがきくと、

「ちきゅうの、アフリカ。」とヘビがこたえた。

「えっ、まさか、ちきゅうにはひとがいないの?」

「ここは、さばく。さばくに、ひとはいない。ちきゅうは、ひろい。」とヘビはいった。

 王子くんは石ころにすわって、目を空のほうへやった。

「星がきらきらしてるのは、みんなが、ふとしたときに、じぶんの星を見つけられるようにするためなのかな。ほら、ぼくの星! まうえにあるやつ……でも、ほんとにとおいなあ!」

「きれいだ。」とヘビはいう。「ここへ、なにしに?」

「花とうまくいってなくて。」と王子くんはいった。

「ふうん。」とヘビはいった。

 それで、ふたりはだんまり。

「ひとはどこにいるの?」と、しばらくしてから王子くんがきいた。「さばくだと、ちょっとひとりぼっちだし。」

「ひとのなかでも、ひとりぼっちだ。」とヘビはいった。

 王子くんは、ヘビをじっと見つめた。

「きみって、へんないきものだね。」と、しばらくしてから王子くんがいった。「ゆびみたいに、ほっそりしてる……」

「でもおれは、王さまのゆびより、つよい。」とヘビはいった。

 王子くんはにっこりした。

「きみ、そんなにつよくないよ……手も足もなくて……たびだって、できないよ……」

「おれは船よりも、ずっととおくへ、きみをつれてゆける。」とヘビはいった。

 ヘビは王子くんのくるぶしに、ぐるりとまきついた。金のうでわみたいに。

「おれがついたものは、もといた土にかえる。」と、ことばをつづける。「でも、きみはけがれていない。それに、きみは星から来た……」

 王子くんは、なにもへんじをしなかった。

「きみを見てると、かわいそうになる。このかたい岩でできたちきゅうの上で、力もないきみ。おれなら、たすけになれる。じぶんの星がなつかしくなったら、いつでも。あと……」

「もう! わかったよ。」と王子くんはいった。「でも、なんでずっと、それとなくいうの?」

「おれそのものが、それのこたえだ。」とヘビはいった。

 それで、ふたりはだんまり。

★この文章を書いた人→大久保ゆう★こんな時間に→10:40コメント (0)トラックバック

2006年08月17日

 翻訳の家庭教師はいかが?

こんにちは、大久保ゆうです。

ただいま『あのときの王子くん』翻訳中です。飛行士が一時退場してから、訳文で苦戦しております。うーん、好き嫌いではなく、波長の合う合わないなんでしょうか。そのあたりよくわかりませんが、こんなふうに大好きな翻訳について、実践しながら研究もする毎日です。

こんな感じで夏休みを送っていて、ふと考えてみました。翻訳という道を極めるためにいろいろな努力をしているわけなのですが(そしてそのためには何も惜しまない……というのが理想)、実践と研究だけでは、なんだか足りないような気がしてきました。何をやってないのだろう……と考えると、ひとつの結論に行き着くわけです。

「そういえば、翻訳というものを人に教えていないなあ……」

きっと、教えることで学べることもあるはずで、教えないとわからないこともあるはずなのです。まだまだ修行中の身分で人に教えるなどというのはおこがましいのですが、普通の人よりは翻訳はできるはずなので、それをどうやって人に教えるか、というところも掘り下げていってはどうか、という感じで。

でも大学院生だし、別に翻訳学校に就職(バイト)とかはできないのと思うので、教えるにはどういう形態があるのだろうか、と思いをめぐらしてみる。

……翻訳の家庭教師??

大学生や大学院生は、よく高校生や中学生の家庭教師とか個人指導とか予備校の教師をするわけで(私も経験あります)。そういう形で、翻訳を教えるっていうのはできるんじゃないかな? とちょっと思っています。

でもそう考えてみても、いったい「翻訳の家庭教師」なんていうものに需要があるのかどうかわかりません。それにどういうふうに宣伝していいかもわからないし。

というわけで、ちょっと試みに。ここでひそやかに告知でもしてみようかな……

--------------------------
翻訳の家庭教師やります

対象年齢不問。中学生・高校生からお年寄りまで。翻訳に興味ある人なら誰でも。

ご家庭or大学の一室で翻訳教えます。
地域は、京都市内とその周辺、滋賀県南部

その他費用もろもろは要相談(ぼったくったりはしません。たぶん格安)。

興味のある人は、まずはメールを。
---募集は終了しました。---
--------------------------

という感じで。たぶん中学生にも翻訳を教える意味ってあるような気がします。高校生は、私がそのときに翻訳を始めたので、なおさらです。お子さんに英語やら日本語やらの力をつけさせたいとか言葉への意識を持たせたいっていう親御さん、いかがでしょうか(とか、それっぽいことを言ってみる)。仲のよいグループで受けてみたいとか、サークルに来て何かしゃべってほしいとか、家庭教師に関係ないこととかでも、ご相談承ります。翻訳のことだったら、たいていのことはわかるはずなので、そのへんのアドバイス等もできるかと。

もし(そんなことがあるのかわかりませんが)、あまりに人が多すぎたら制限しますが、……うーん、どうなんでしょう。

それでは、よろしくお願いします。
大久保ゆうでした。(^-^;

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 文化審議会文化政策部会「文化芸術の振興に関する基本的な方針の見直しについて(中間まとめ)」に対する意見募集について

文化審議会文化政策部会が「「文化芸術の振興に関する基本的な方針の見直しについて(中間まとめ)」に対する意見募集について」と題して、意見を募集しているようです。締め切りは9月1日です。

http://www.bunka.go.jp/pr_fr4.html

著作権については、
「著作権者等の権利の適切な保護や著作物の円滑な流通の促進、著作権教育の推進を図る」
とあります。

皆さんのご意見を形にしてください。

★この文章を書いた人→門田裕志★こんな時間に→00:45コメント (0)トラックバック

2006年08月12日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」16 大久保ゆう訳

16

 そんなわけで、ななつめの星は、ちきゅうだった。

 このちきゅうというのは、どこにでもある星なんかじゃない! かぞえてみると、王さまが(もちろん黒いかおの王さまも入れて)一一一にん、ちりのはかせが七〇〇〇にん、しごとにんげんが九〇まんにん、のんだくれが七五〇まんにん、みえっぱりが三おく一一〇〇まんにんで、あわせてだいたい二〇おくのおとなのひとがいる。

 ちきゅうの大きさをわかりやすくする、こんな話がある。電気がつかわれるまでは、むっつの大りくひっくるめて、なんと四六まん二五一一にんもの、おおぜいのあかりつけがいなきゃならなかった。

 とおくからながめると、うわあすごいって、おもうはず。このおおぜいのうごきは、バレエのダンサーみたいに、きちっきちっとしていた。まずはニュージーランドとオーストラリアのあかりつけの出ばんが来る。そこでじぶんのランプをつけると、このひとたちはねむりにつく。するとつぎは中国とシベリアのばんが来て、このうごきにくわわって、おわると、うらにひっこむ。それからロシアとインドのあかりつけのばんになる。つぎはアフリカとヨーロッパ。それから南アメリカ、それから北アメリカ。しかも、このひとたちは、じぶんの出るじゅんを、ぜったいまちがえない。

 でも、北きょくにひとつだけ、南きょくにもひとつだけ、あかりがあるんだけど、このふたりのあかりつけは、のんべんだらりとしたまい日をおくっていた。だって、一年に二回はたらくだけでいいんだから。

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 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」15 大久保ゆう訳

15

 むっつめの星は、なん十ばいもひろい星だった。ぶあつい本をいくつも書いている、おじいさんのすまいだった。

「おや、たんけん家じゃな。」王子くんが見えるなり、そのひとは大ごえをあげた。

 王子くんは、つくえの上にこしかけて、ちょっといきをついた。もうそれだけたびをしたんだ!

「どこから来たね?」と、おじいさんはいった。

「なあに、そのぶあつい本?」と王子くんはいった。「ここでなにしてるの?」

「わしは、ちりのはかせじゃ。」と、おじいさんはいった。

「なあに、そのちりのはかせっていうのは?」

「ふむ、海、川、町、山、さばくのあるところをよくしっとる、もの知りのことじゃ。」

「けっこうおもしろそう。」と王子くんはいった。「やっと、ほんもののしごとに出あえた!」それからその子は、はかせの星をぐるりと見た。こんなにもでんとした星は、見たことがなかった。

「とってもみごとですね、あなたの星は。大うなばらは、あるの?」

「まったくもってわからん。」と、はかせはいった。

「えっ!(王子くんは、がっかりした。)じゃあ、山は?」

「まったくもってわからん。」と、はかせはいった。

「じゃあ、町とか川とか、さばくとかは?」

「それも、まったくもってわからん。」と、はかせはいった。

「でも、ちりのはかせなんでしょ!」

「さよう。」と、はかせはいった。「だが、たんけん家ではない。それに、わしの星にはたんけん家がおらん。ちりのはかせはな、町、川、山、海、大うなばらやさばくを数えに行くことはない。はかせというのは、えらいひとだもんで、あるきまわったりはせん。じぶんのつくえを、はなれることはない。そのかわり、たんけん家を、むかえるんじゃ。はかせは、たんけん家にものをたずね、そのみやげ話をききとる。そやつらの話で、そそられるものがあったら、そこではかせは、そのたんけん家が、しょうじきものかどうかをしらべるんじゃ。」

「どうして?」

「というのもな、たんけん家がウソをつくと、ちりの本はめちゃくちゃになってしまう。のんだくれのたんけん家も、おなじだ。」

「どうして?」と王子くんはいった。

「というのもな、よっぱらいは、ものがだぶって見える。そうすると、はかせは、ひとつしかないのに、ふたつ山があるように、書きとめてしまうからの。」

「たんけん家に、ふむきなひと、ぼく知ってるよ。」と王子くんはいった。

「いるじゃろな。ところで、そのたんけん家が、しょうじきそうだったら、はかせは、なにが見つかったのか、たしかめることになる。」

「見に行くの?」

「いや。それだと、あまりにめんどうじゃ。だから、はかせは、たんけん家に、それをしんじさせるだけのものを出せ、という。たとえば、大きな山を見つけたっていうんであれば、大きな石ころでももってこにゃならん。」

 はかせは、ふいにわくわくしだした。

「いやはや、きみはとおくから来たんだな! たんけん家だ! さあ、わしに、きみの星のことをしゃべってくれんか。」

 そうやって、はかせは、ノートをひらいて、えんぴつをけずった。はかせというものは、たんけん家の話をまず、えんぴつで書きとめる。それから、たんけん家が、しんじられるだけのものを出してきたら、やっとインクで書きとめるんだ。

「それで?」と、はかせはたずねた。

「えっと、ぼくんち。」と王子くんはいった。「あんまりおもしろくないし、すごくちいさいんだ。みっつ火山があって、ふたつは火がついていて、ひとつはきえてる。でも、まんがいちがあるかもしれない。」

「まんがいちがあるかもしれんな。」と、はかせはいった。

「花もあるよ。」

「わしらは、花については書きとめん。」と、はかせはいった。

「どうしてなの! いちばんきれいだよ!」

「というのもな、花ははかないんじゃ。」

「なに、その〈はかない〉って?」

「ちりの本はな、」と、はかせはいう。「すべての本のなかで、いちばんちゃんとしておる。ぜったい古くなったりせんからの。山がうごいたりするなんぞ、めったにない。大うなばらがひあがるなんぞ、めったにない。わしらは、かわらないものを書くんじゃ。」

「でも、きえた火山が目をさますかも。」と王子くんはわりこんだ。「なあに、その〈はかない〉って?」

「火山がきえてようと、目ざめてようと、わしらにとっては、おなじこと。」と、はかせはいった。「わしらにだいじなのは、山そのものだけじゃ。うごかんからな。」

「でも、その〈はかない〉ってなに?」また王子くんはいった。なにがあっても、いちどしつもんをはじめたら、ぜったいにやめない。

「それは、『もうすぐきえるおそれがある』ということじゃ。」

「ぼくの花は、もうすぐきえるおそれがあるの?」

「むろんじゃ。」

『ぼくの花は、はかない。』と王子くんはおもった。『それに、まわりからじぶんをまもるのは、よっつのトゲだけ! それに、ぼくは、ぼくんちに、たったひとつおきざりにしてきたんだ!』

 その子は、ふいに、やめておけばよかった、とおもった。でも、気をとりなおして、

「これから行くのに、おすすめの星はありませんか?」と、その子はたずねた。

「ちきゅうという星じゃ。」と、はかせはこたえた。「いいところだときいておる……」

 そうして、王子くんは、そこをあとにした。じぶんの花のことを、おもいつつ。

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2006年08月09日

 ゆれる

話題作っては聞いてたけど、いや、もうピークすぎたしょ?と
のんきにいったら、午後3時で4時の回は売り切れ。しかたなく、
7時の回を予約して、ひさびさ渋谷をぷらぷら。

役者:香川照之 オダギリジョー 伊武雅刀 新井浩文 高木ようこ 木村祐一 ピエール瀧
田口トモロヲ 田山涼成 河原サブ 蟹江敬三
原作、脚本、監督:西川美和


キーワード「ダブルーミーニング、演劇的な入れ子な兄弟のお話」
「俺かよ、俺が原因かよ?」 でしょうか?

見所?は、やっぱり木村祐一さんのいやーーーーみな、検事と、
そんなでかいピエール瀧の刑事さん。(ピエールさん近所みたいです。よくコンビにで
一緒になります。)あとは、静かな、人間ドラマです。

香川さんとオダギリさんの兄弟、と父親の伊武さんの関係
香川さんと高木ようこさんの微妙な感情のぶれ
伊武さんと蟹江さんの兄弟関係

都会でくらす、オダギリさんと蟹江さんに対し、田舎で家業を守って暮らす
香川さんと伊武さん。

すべてのきっかけは、実母の1周忌に帰郷したオダギリジョー。
どんどんとずれていく。それぞれの人生。
ラストシーン、バスに兄は乗ったのか?あたしは乗ってしまったような
気がするんですが。見た方は、どうおもいました??

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2006年08月05日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」14 大久保ゆう訳

14

 いつつめの星は、すごくふしぎなところだった。ほかのどれよりも、ちいさかった。ほんのぎりぎり、あかりと、あかりつけの入るばしょがあるだけだった。王子くんは、どうやってもわからなかった。空のこんなばしょで、星に家もないし、人もいないのに、あかりとあかりつけがいて、なんのためになるんだろうか。それでも、その子は、心のなかでこうおもった。

『このひとは、ばかばかしいかもしれない。でも、王さま、みえっぱり、しごとにんげんやのんだくれなんかよりは、ばかばかしくない。そうだとしても、このひとのやってることには、いみがある。あかりをつけるってことは、たとえるなら、星とか花とかが、ひとつあたらしくうまれるってこと。だから、あかりをけすのは、星とか花をおやすみさせるってこと。とってもすてきなおつとめ。すてきだから、ほんとうに、だれかのためになる。』

 その子は星にちかづくと、あかりつけにうやうやしくあいさつをした。

「こんにちは。どうして、いま、あかりをけしたの?」

「しなさいっていわれてるから。」と、あかりつけはこたえた。「こんにちは。」

「しなさいって、なにを?」

「このあかりをけせって。こんばんは。」

 と、そのひとは、またつけた。

「えっ、どうして、いま、またつけたの?」

「しなさいっていわれてるから。」と、あかりつけはこたえた。

「よくわかんない。」と王子くんはいった。

「わかんなくていいよ。」と、あかりつけはいった。「しなさいは、しなさいだ。こんにちは。」

 と、あかりをけした。

 それから、おでこを赤いチェックのハンカチでふいた。

「それこそ、ひどいしごとだよ。むかしは、ものがわかってた。あさけして、夜つける。ひるのあまったじかんをやすんで、夜のあまったじかんは、ねる……」

「じゃあ、そのころとは、べつのことをしなさいって?」

「おなじことをしなさいって。」と、あかりつけはいった。「それがほんっと、ひどい話なんだ! この星は年々、回るのがどんどん早くなるのに、おなじことをしなさいって!」

「つまり?」

「つまり、いまでは、一分でひとまわりするから、ぼくには休むひまが、少しもありゃしない。一分のあいだに、つけたりけしたり!」

「へんなの! きみんちじゃ、一日が一分だなんて!」

「へんじゃないよ。」と、あかりつけがいった。「もう、ぼくらは一ヶ月もいっしょにしゃべってるんだ。」

「一ヶ月?」

「そう。三〇分、三〇日! こんばんは。」

 と、またあかりをつけた。

 王子くんは、そのひとのことをじっと見た。しなさいっていわれたことを、こんなにもまじめにやる、このあかりつけのことが、好きになった。その子は、夕ぐれを見たいとき、じぶんからイスをうごかしていたことを、おもいだした。その子は、この友だちをたすけたかった。

「ねえ……休みたいときに、休めるコツ、知ってるよ……」

「いつだって休みたいよ。」と、あかりつけはいった。

 ひとというのは、まじめであっても、なまけたいものなんだ。

 王子くんは、ことばをつづけた。

「きみの星、ちいさいから、大またなら三ぽでひとまわりできるよね。ずっと日なたにいられるように、ゆっくりあるくだけでいいんだよ。休みたくなったら、きみはあるく……好きなぶんだけ、おひるがずっとつづく。」

「そんなの、たいしてかわらないよ。」と、あかりつけはいった。「ぼくがずっとねがってるのは、ねむることなんだ。」

「こまったね。」と王子くんがいった。

「こまったね。」と、あかりつけもいった。「こんにちは。」

 と、あかりをけした。

 王子くんは、ずっととおくへたびをつづけながら、こんなふうにおもった。『あのひと、ほかのみんなから、ばかにされるだろうな。王さま、みえっぱり、のんだくれ、しごとにんげんから。でも、ぼくからしてみれば、たったひとり、あのひとだけは、へんだとおもわなかった。それっていうのも、もしかすると、あのひとが、じぶんじゃないことのために、あくせくしてたからかも。』

 その子は、ざんねんそうにためいきをついて、さらにかんがえる。

『たったひとり、あのひとだけ、ぼくは友だちになれるとおもった。でも、あのひとの星は、ほんとにちいさすぎて、ふたりも入らない……』

 ただ、王子くんとしては、そうとはおもいたくなかったんだけど、じつは、この星のことも、ざんねんにおもっていたんだ。だって、なんといっても、二四じかんに一四四〇回も夕ぐれが見られるっていう、めぐまれた星なんだから!

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 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」13 大久保ゆう訳

13

 よっつめの星は、しごとにんげんのものだった。このひとは、とってもいそがしいので、王子くんが来たときも、かおを上げなかった。

「こんにちは。」と、その子はいった。「たばこの火、きえてるよ。」

「3+2=5。5+7=12。12+3=15。こんにちは。15+7=22。22+6=28。火をつけなおすひまなんてない。26+5=31。ふう。ごうけいが、5おく162まん2731。」

「なに、その5おくって。」

「ん? まだいたのか。5おく……もうわからん……やらなきゃいけないことがたくさんあるんだ! ちゃんとしてるんだ、わたしは。むだ口たたいてるひまはない! 2+5=7……」

「なんなの、その5おく100まんっていうのは。」また王子くんはいった。なにがあっても、いちどしつもんをはじめたら、ぜったいにやめない。

 しごとにんげんは、かおを上げた。

「五四年この星にすんでいるが、気がちったのは、三どだけだ。さいしょは、あれだ、二二年まえのこと、コガネムシがどこからともなく、とびこんできたせいだ。ぶんぶんとうるさくしたから、たし算を四回まちがえた。二どめは、あれだ、一一年まえ、リウマチのほっさがおきたせいだ。うんどうぶそくで、あるくひまもない。ちゃんとしてるんだ、わたしは。三どめは……まさにいまだ! さてと、5おく100……」

「……も、なにがあるの?」

 しごとにんげんは、ほっといてはもらえないんだと、あきらめた。

「……も、あのちいさいやつがあるんだ。ときどき空に見えるだろ。」

「ハエ?」

「いいや、そのちいさいのは、ひかる。」

「ミツバチ?」

「いいや。そのちいさいのは、こがね色で、なまけものをうっとりさせる。だが、ちゃんとしてるからな、わたしは! うっとりしてるひまはない。」

「あっ! 星?」

「そうだ、星だ。」

「じゃあ、5おく100まんの星をどうするの?」

「5おく162まん2731。ちゃんとしてるんだ、わたしは。こまかいんだ。」

「それで、星をどうするの?」

「どうするかって?」

「うん。」

「なにも。じぶんのものにする。」

「星が、きみのもの?」

「そうだ。」

「でも、さっきあった王さまは……」

「王さまは、じぶんのものにしない、〈おさめる〉んだ。ぜんぜんちがう。」

「じゃあ、星がじぶんのものだと、なんのためになるの?」

「ああ、お金もちになれるね。」

「じゃあ、お金もちだと、なんのためになるの?」

「またべつの星が買える、あたらしいのが見つかったら。」

 王子くんは心のなかでおもった。『このひと、ちょっとへりくつこねてる。さっきのよっぱらいといっしょだ。』

 でもとりあえず、しつもんをつづけた。

「どうやったら、星がじぶんのものになるの?」

「そいつは、だれのものだ?」と、しごとにんげんは、ぶっきらぼうにへんじをした。

「わかんない。だれのものでもない。」

「じゃあ、わたしのものだ。さいしょにおもいついたんだから。」

「それでいいの?」

「もちろん。たとえば、きみが、だれのものでもないダイヤを見つけたら、それはきみのものになる。だれのものでもない島を見つけたら、それはきみのもの。さいしょになにかをおもいついたら、〈とっきょ〉がとれる。きみのものだ。だから、わたしは星をじぶんのものにする。なぜなら、わたしよりさきに、だれひとりも、そんなことをおもいつかなかったからだ。」

「うん、なるほど。」と王子くんはいった。「で、それをどうするの?」

「とりあつかう。かぞえて、かぞえなおす。」と、しごとにんげんはいった。「むずかしいぞ。だが、わたしは、ちゃんとしたにんげんなんだ!」

 王子くんは、まだなっとくできなかった。

「ぼくは、スカーフいちまい、ぼくのものだったら、首のまわりにまきつけて、おでかけする。ぼくは、花が一りん、ぼくのものだったら、花をつんでもっていく。でも、きみ、星はつめないよね!」

「そうだ。だが、ぎんこうにあずけられる。」

「それってどういうこと?」

「じぶんの星のかずを、ちいさな紙きれにかきとめるってことだ。そうしたら、その紙を、ひきだしにしまって、カギをかける。」

「それだけ?」

「それでいいんだ!」

 王子くんはおもった。『おもしろいし、それなりにかっこいい。でも、ぜんぜんちゃんとしてない!』

 王子くんは、ちゃんとしたことについて、おとなのひとと、ちがったかんがえをもっていたんだ。

「ぼく。」と、その子はことばをつづける。「花が一りん、ぼくのもので、まいにち水をやります。火山がみっつ、ぼくのもので、まいしゅう、ススはらいをします。それに、火がきえてるのも、ススはらいします。まんがいちがあるから。火山のためにも、花のためにもなってます、ぼくのものにしてるってことが。でも、きみは星のためにはなってません……」

 しごとにんげんは、口もとをひらいたけど、かえすことばが、みつからなかった。王子くんは、そこをあとにした。

 おとなのひとって、やっぱりただのへんてこりんだ、とだけ、その子は心のなかでおもいつつ、たびはつづく。

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2006年08月02日

 空色通信 2006年7月号

2006年7月は、88作品のファイルが公開された。ニュースとしては、読売新聞紙上の著作権保護期間延長に関しての記事だろうか。

【主なニュース】
 読売新聞一面に、「著作権、映画以外も50年→70年に…関係団体が一致」と題する記事が載った。日本文芸家協会や日本音楽著作権協会、日本美術家連盟、日本写真著作権協会など関係14団体が「保護期間を70年に延長する」という合意に達したというだけである。詳しくは、こちら
 著作権は、著作者の権利を保護するとともに文化としての著作を保護し、人々の手に入る状態を保つためにあると思う。著作権者の死後の保護期間の延長は、文化としての著作が手に入らない可能性を増やすだけだと思う。10年前に出版された本が手に入らないご時世である。著作権者に創作を奨励するのならば、印税の率を引き上げるとかの方が有効だろう。

【公開作品】
 2006年7月には、88作品のファイルが公開された。なお、作品未公開のため機能しないリンクが一部ある。

 もっとも多くの作品が公開されたのは豊島与志雄で43編(「新たな世界主義」、「或る日の対話」、「今日の条件」、「文学精神は言う」、「文学に於ける構想力」、「或る夜の武田麟太郎」、「ジャングル頭」、「太宰治との一日」、「ピンカンウーリの阿媽」、「三木清を憶う」、「「草野心平詩集」解説」、「現代小説展望」、「狸石」、「私の信条」、「野ざらし」、「秦の出発」、「秦の憂愁」、「高尾ざんげ ——近代説話——」、「どぶろく幻想」、「金の目銀の目」、「コーカサスの禿鷹」、「正覚坊」、「手品師」、「天狗の鼻」、「泥坊」、「長彦と丸彦」、「不思議な帽子」、「彗星の話」、「夢の卵」、「雷神の珠」、「或る男の手記」、「変な男」、「お月様の唄」、「お山の爺さん」、「影法師」、「キンショキショキ」、「銀の笛と金の毛皮」、「狸のお祭り」、「天下一の馬」、「天狗笑」、「ひでり狐」、「街の少年」、「山の別荘の少年」)。戦後にかかれた随筆と、小説、童話が公開されている。随筆を親本ごとに並べたリストは、こちら

 次に多くの作品が公開されたのは坂口安吾で25篇(「石の思ひ」、「エゴイズム小論」、「肉体自体が思考する」、「私は海をだきしめてゐたい」、「通俗と変貌と」、「花田清輝論」、「未来のために」、「模範少年に疑義あり」、「二合五勺に関する愛国的考察」、「日映の思い出」、「反スタイルの記」と「明治開化 安吾捕物 その一 舞踏会殺人事件その二 密室大犯罪その三 魔教の怪その四 ああ無情その五 万引家族その六 血を見る真珠その七 石の下その八 時計館の秘密 その九 覆面屋敷その十 冷笑鬼その十一 稲妻は見たりその十二 愚妖その十三 幻の塔その十四 ロッテナム美人術」)。すでに「」のみ公開されている「明治開化 安吾捕物」の本編の公開が始まった。8月にもこの続き(その十五 赤罠その十六 家族は六人・目一ツ半その十七 狼大明神その十八 踊る時計その十九 乞食男爵その二十 トンビ男)が公開される。なお、「その七 石の下」の石の下は、詰め碁の石の下を指す。

 岡本綺堂の「青蛙堂鬼談」仕立ての連作が3篇(「恨みの蠑螺」、「真鬼偽鬼」、「廿九日の牡丹餅」)と巷談6篇(「」、「魚妖」、「」、「」、「」、「夢のお七」)が公開されている。8月には、「世界紀行文学全集」からの作品が公開される。

 海野十三が3篇(「爆薬の花籠」、「人造人間の秘密」、「太平洋魔城」)公開されている。「太平洋魔城」は大長編。

 泉鏡花は2篇(「海異記」、「吉原新話」)が公開されている。どちらも夏向きの怪談。

 他には、太宰治が1篇(「東京八景 (苦難の或人に贈る)」)、幸田露伴が1篇(「蒲生氏郷」)、福沢諭吉が1篇(「女大学評論」)、山田美妙が1篇(「武蔵野」)、田中貢太郎が1篇(「蛇性の婬 雷峰怪蹟」)、矢崎嵯峨の舎が1篇(「初恋」)、公開されている。山田美妙は、不思議なことに初登録。硯友社の時代から有名な作家なのであるが。

 豊島与志雄の大量公開(3ヶ月で116作品)もようやく終了。坂口安吾の公開(こちらも3ヶ月で55作品)はまだまだ続くはずである。今年は、7月までで508作品が公開された。坂口安吾、豊島与志雄の大量公開のためか(豊島与志雄149作品、坂口安吾110作品)、今年はハイペースで公開数が増えている。

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 空色通信 2006年6月号

2006年6月は、96作品のファイルが公開された。ニュースは特になし。

【公開作品】
 2006年6月には、96作品のファイルが公開された。なお、作品未公開のため機能しないリンクが一部ある。

 もっとも多くの作品が公開されたのは豊島与志雄で52編(「エスキス」、「書かれざる作品」、「川端柳」、「情意の干満」、「地水火風空」、「父と子供たち」、「父母に対する私情」、「異邦人の意欲」、「意欲の窒息」、「交遊断片」、「性格を求む」、「傍人の言」、「故郷」、「自由主義私見」、「性格批判の問題」、「文学以前」、「文学の曇天」、「明日」、「形態について」、「必要以上のもの」、「猫性」、「待つ者」、「幻覚記」、「失策記」、「女人禁制」、「守宮」、「録音集」、「十一谷義三郎を語る」、「少年文学私見」、「長篇小説私見」、「ふざけた読書」、「「紋章」の「私」」、「作家的思想」、「砂漠の情熱」、「新時代の「童話」」、「風景」、「文学への実感について」、「神話と青春との復活」、「高千穂に思う」、「風俗時評」、「幻の園」、「夢の図」、「オランウータン」、「台湾の姿態」、「文学以前」、「北京・青島・村落」、「北支点描」、「怪異に嫌わる」、「上海の渋面」、「中支生活者」、「楊先生」、「竜宮」)。戦前から戦後へかけての随筆。時代の証言として価値があるかと思う。随筆を親本ごとに並べたリストは、こちら

 次に多くの作品が公開されたのは坂口安吾で19篇(「温浴」、「推理小説論」、「投手殺人事件」、「百万人の文学」、「便乗型の暴力 ——競輪その他——」、「水鳥亭」、「由起しげ子よエゴイストになれ」、「外套と青空」、「咢堂小論」、「処女作前後の思ひ出」、「地方文化の確立について」、「我鬼」、「蟹の泡」、「通俗作家 荷風 ——『問はず語り』を中心として——」、「欲望について ——プレヴォとラクロ——」、「足のない男と首のない男」、「続戦争と一人の女」、「デカダン文学論」、「ヒンセザレバドンス」)。

 岡本綺堂の「青蛙堂鬼談」仕立ての連作が9篇(「火薬庫」、「蜘蛛の夢」、「放し鰻」、「」、「有喜世新聞の話」、「平造とお鶴」、「慈悲心鳥」、「女侠伝」、「馬妖記」)公開されている。同様な連作の作品は7月にも公開される。

 夢野久作が4篇(「梅津只円翁伝」、「名娼満月」、「所感」、「ナンセンス」)公開されている。大作「ドグラ・マグラ」は校正が始まった。

 他には、牧野信一が2篇(「熱海線私語」、「鱗雲」)、木下尚江が2篇(「鉱毒飛沫」、「政治の破産者・田中正造」)、寺田寅彦が2篇(「海陸風と夕なぎ」、「随筆難」)、有島武郎が1篇(「親子」)、織田作之助が1篇(「四月馬鹿」)、岡本かの子が1篇(「」)、三木清が1篇(「ゲーテに於ける自然と歴史」)、伊丹万作が1篇(「戦争責任者の問題」)、小酒井不木が1篇(「紅色ダイヤ」)、公開されている。

 半分以上が豊島与志雄作品になってしまった。豊島与志雄の大量公開とともに坂口安吾も実は大量に公開されている。豊島与志雄の大量公開は7月も続く。7月は随筆以外の小説、童話も公開される。
 
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 空色通信 2006年5月号

2006年5月は、65作品のファイルが公開された。ニュースは特になし。

【公開作品】
 2006年5月には、65作品のファイルが公開された。なお、作品未公開のため機能しないリンクが一部ある。

 もっとも多くの作品が公開されたのは豊島与志雄で21編(「球体派」、「ナポレオンの遺書」、「猫先生の弁」、「逢魔の刻」、「鴨猟」、「「自然」」、「同感」、「霊気」、「奇怪な話」、「樹を愛する心」、「条件反射」、「「沈黙」の話」、「美醜」、「蜘蛛」、「」、「初秋海浜記」、「」、「話の屑籠」、「表現論随筆」、「舞踏病」、「愉快な話」)。昭和初期に書かれた随筆である。随筆を親本ごとに並べたリストは、こちら

 次に多くの作品が公開されたのは坂口安吾で11篇(我が人生観「(一)生れなかった子供」、「(二)俗悪の発見」、「(三)私の役割」、「(四)孤独と好色」、「(五)国宝焼亡結構論」、「(六)日大ギャング」、「(七)芥川賞殺人犯人」、「(八)安吾風流譚」と「『異邦人』に就いて」、「“歌笑”文化」、「巷談師」)。「我が人生観」が1から8まで全て公開されている。

 長編小説では、 小栗虫太郎「黒死館殺人事件」、島田清次郎「地上 地に潜むもの」が公開されている。また、推理小説では、黒岩涙香「血の文字」が公開されている。

 翻訳物は、ルブラン「奇巌城 アルセーヌ・ルパン」、魯迅「白光」、カフカ「処刑の話」、チャペック「RUR ——ロッサム世界ロボット製作所」、ラング「シンデレラ —ガラスのくつのものがたり—」、グリム「アッシェンプッテル —灰かぶり姫のものがたり—」、モーパッサン「ある自殺者の手記」、オー・ヘンリー「罪と覚悟」と8篇が公開されている。また、サンタクロースものが2篇(「サンタクロースはいるんだ」、「サンタクロースがさわられちゃった!」)公開されている。

 「世界紀行文学全集」からは、「ドイツ篇」から岡本かの子の作品が3篇(「伯林の落葉」、「雪の日」、「伯林の降誕祭」)公開されている。

 まれびとプロジェクトからは、3篇(「河童の話」、「偶人信仰の民俗化並びに伝説化せる道」、「古代人の思考の基礎」)が公開されている。「河童の話」は、全集収録の河童の図版をたくさん収録している。

 公開されている泉鏡花3篇(「灯明之巻」、「神鷺之巻」、「開扉一妖帖」)は、いずれも昭和期の作品。「灯明之巻」、「神鷺之巻」は、この順で一続きの作品である。


 他には、杉田久女が3篇(「桜花を詠める句 古今女流俳句の比較」、「女流俳句を味読す」、「梟啼く」)、鈴木三重吉が2篇(「黄金鳥」、「湖水の女」)、北村透谷が2篇(「「伽羅枕」及び「新葉末集」」、「粋を論じて「伽羅枕」に及ぶ」)、山路愛山が2篇(「北村透谷君」、「透谷全集を読む」)、岡本綺堂が1篇(「修禅寺物語」)、広津柳浪が1篇(「今戸心中」)、公開されている。

 今月から始まった豊島与志雄大量公開、7月まで続きます。

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 豊島与志雄随筆リスト

豊島与志雄の随筆が大量に公開されている。底本の「豊島与志雄著作集第六巻」には、基本的には発表年代順に収録されており、親本が明示されているものがある。各親本ごとにどんな随筆が収録されているのか、わかるようなリストを作った(リンクは青空文庫の各図書カードへはってある)。

随筆集は、『旅人の言』『書かれざる作品』『猫性語録』『心理風景』『文学母胎』『文学以前』『情意の干満』の7冊がある。なお、公開に至っていない場合は、リンクが機能しません。

『旅人の言』(聚英閣、1924(大正13)年7月発行)
 「大自然を讃う
 「真夜中から黎明まで
 「梅花の気品
 「春の幻
 「蝦蟇
 「真夏の幻影
 「秋の気魄
 「湯元の秋
 「秋の幻
 「
 「金魚
 「轢死人
 「
 「旅人の言
 「故郷
 「偶像に就ての雑感
 「生活について
 「都会に於ける中流婦人の生活
 「バラック居住者への言葉
 「小説の内容論
 「ヒューメーンということに就て
 「月評をして
 「舞台のイメージ
 「野に声なし
 「作者の住む世界
 「病室の幻影

『書かれざる作品』(白水社、1933(昭和8)年9月発行)
 「ナポレオンの遺書
 「霊気
 「逢魔の刻
 「鴨猟
 「同感
 「「自然」
 「樹を愛する心
 「美醜
 「
 「条件反射
 「「沈黙」の話
 「奇怪な話
 「話の屑籠
 「愉快な話
 「舞踏病
 「
 「蜘蛛
 「
 「初秋海浜記
 「表現論随筆
 「川端柳
 「地水火風空
 「エスキス
 「球体派
 「情意の干満
 「書かれざる作品
 「父母に対する私情
 「父と子供たち
 「交遊断片
 「傍人の言
 「異邦人の意欲
 「意欲の窒息
 「性格を求む
 「性格批判の問題
 「文学以前
 「文学の曇天
 「自由主義私見
 「後記

『猫性語録』(作品社、作品文庫、1938(昭和13)年5月発行)
 「故郷
 「明日
 「待つ者
 「必要以上のもの
 「形態について
 「猫性
 「守宮
 「録音集
 「女人禁制
 「幻覚記
 「失策記
 「ふざけた読書
 「少年文学私見
 「長篇小説私見
 「「紋章」の「私」
 「十一谷義三郎を語る

『心理風景』(砂子屋書房、1939(昭和14)年11月発行)
 「風景
 「砂漠の情熱
 「新時代の「童話」
 「文学への実感について
 「作家的思想
 「風俗時評
 「夢の図
 「幻の園
 「幻影」
 「人の小屋」
 「母なき子等へ」

『文学母胎』(河出書房、1939(昭和14)年11月発行)
第一部 李永泰
 「浅間噴火口
 「在学理由
 「椿の花の赤
 「鳶と柿と鶏
第二部 神話と青春との復活
 「神話と青春との復活
 「高千穂に思う
 「文学以前
 「オランウータン
第三部 台湾の姿態
 「台湾の姿態
 「北京・青島・村落
 「北支点描
 「中支生活者
 「上海の渋面
 「後記
※この本のみ、「小説・随想・紀行文」の構成になっており、第一部は小説、第二部は文学ノート、第三部は旅行記のような文学ノートである。

『文学以前』(河出書房、1951(昭和26)年3月発行)
 「明日
 「待つ者
 「必要以上のもの
 「文学以前
 「怪異に嫌わる
 「楊先生
 「或る日の対話
 「文学精神は言う
 「文学に於ける構想力
 「今日の条件
 「新たな世界主義
 「三木清を憶う
 「或る夜の武田麟太郎
 「太宰治との一日
 「猫先生の弁
 「ピンカンウーリの阿媽
 「ジャングル頭
 「ヒロシマの声
 「後記

『情意の干満』(八雲書店、1947(昭和22年)12月 25日発行)
 「ナポレオンの遺書
 「逢魔の刻
 「鴨猟
 「樹を愛する心
 「美醜
 「条件反射
 「故郷
 「風景
 「砂漠の情熱
 「「沈黙」の話
 「奇怪な話
 「録音集
 「幻覚記
 「失策記
 「ふざけた読書
 「猫性
 「守宮
 「
 「蜘蛛
 「
 「夢の図
 「オランウータン
 「母なき子等へ」
 「父母に対する私情
 「父と子供たち
 「交遊断片
 「表現論随筆
 「地水火風空
 「球体派
 「情意の干満
 「書かれざる作品
 「意欲の窒息
 「後記
※この本のみ、再録の随筆のみの本となっている。

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