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2006年07月22日

 アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「あのときの王子くん」10 大久保ゆう訳

10

 その子は、しょうわくせい325、326、327、328、329や330のあたりまでやってきた。知らないこと、やるべきことを見つけに、とりあえずよってみることにした。

 さいしょのところは、王さまのすまいだった。王さまは、まっ赤なおりものとアーミンの白い毛がわをまとって、あっさりながらもでんとしたイスにこしかけていた。

「なんと! けらいだ。」と、王子くんを見るなり王さまは大ごえをあげた。

 王子くんはふしぎにおもった。

「どうして、ぼくのことをそうおもうんだろう、はじめてあったのに!」

 王さまにかかれば、せかいはとてもあっさりしたものになる。だれもかれもみんな、けらい。その子は知らなかったんだ。

「ちこうよれ、よう見たい。」王さまは、やっとだれかに王さまらしくできると、うれしくてたまらなかった。

 王子くんは、どこかにすわろうと、まわりを見た。でも、星は大きな毛がわのすそで、どこもいっぱいだった。その子はしかたなく立ちっぱなし、しかもへとへとだったから、あくびが出た。

「王のまえであくびとは、さほうがなっとらん。」と王さまはいった。「だめであるぞ。」

「がまんなんてできないよ。」と王子くんはめいわくそうにへんじをした。「長たびで、ねてないんだ。」

「ならば、あくびをせよ。ひとのあくびを見るのも、ずいぶんごぶさたであるな、あくびとはこれはそそられる。さあ! またあくびせよ、いうことをきけ。」

「そんなせまられても……むりだよ……」と王子くんは、かおをまっ赤にした。

「むむむ! では……こうだ、あるときはあくびをせよ、またあるときは……」

 王さまはちょっとつまって、おこまりのごようす。

 なぜなら王さまは、なんでもじぶんのおもいどおりにしたくて、そこからはずれるものは、ゆるせなかった。いわゆる〈ぜったいの王さま〉ってやつ。でも根はやさしかったので、ものわかりのいいことしか、いいつけなかった。

 王さまには口ぐせがある。「いいつけるにしても、しょうぐんに海鳥になれといって、しょうぐんがいうことをきかなかったら、それはしょうぐんのせいではなく、こちらがわるい。」

「すわっていい?」と、王子くんは気まずそうにいった。

「すわるであるぞ。」王さまは毛がわのすそをおごそかにひいて、いいつけた。

 でも、王子くんにはよくわからないことがあった。この星はちーっちゃい。王さまはいったい、なにをおさめてるんだろうか。

「へいか……すいませんが、しつもんが……」

「しつもんをせよ。」と王さまはあわてていった。

「へいかは、なにをおさめてるんですか?」

「すべてである。」と王さまはあたりまえのようにこたえた。

「すべて?」

 王さまはそっとゆびを出して、じぶんの星と、ほかのわくせいとか星とか、みんなをさした。

「それが、すべて?」と王子くんはいった。

「それがすべてである……」と王さまはこたえた。

 なぜなら〈ぜったいの王さま〉であるだけでなく、〈うちゅうの王さま〉でもあったからだ。

「なら、星はみんな、いうとおりになるの?」

「むろん。」と王さまはいった。「たちまち、いうとおりになる。それをやぶるものは、ゆるさん。」

 あまりにすごい力なので、王子くんはびっくりした。じぶんにもしそれだけの力があれば、四四回といわず、七二回、いや百回でも、いやいや二百回でも夕ぐれがたった一日のあいだに見られるんじゃないか、しかもイスもうごかさずに! と、かんがえたとき、ちょっとせつなくなった。そういえば、じぶんのちいさな星をすててきたんだって。だから、おもいきって王さまにおねがいをしてみた。

「夕ぐれが見たいんです……どうかおねがいします……夕ぐれろって、いってください……」

「もし、しょうぐんに花から花へチョウチョみたいにとべ、であるとか、かなしい話を書け、であるとか、海鳥になれ、であるとかいいつけて、しょうぐんが、いわれたことをできなかったとしよう。なら、そいつか、この王か、どちらがまちがってると、そちはおもう?」

「王さまのほうです。」と王子くんはきっぱりいった。

「そのとおり。それぞれには、それぞれのできることをまかせねばならぬ。ものごとがわかって、はじめて力がある。もし、こくみんに海へとびこめといいつけようものなら、国がひっくりかえる。そのようにせよ、といってもいいのは、そもそも、ものごとをわきまえて、いいつけるからである。」

「じゃあ、ぼくの夕ぐれは?」と王子くんはせまった。なぜなら王子くん、いちどきいたことは、ぜったいにわすれない。

「そちの夕ぐれなら、見られるぞ。いいつけよう。だが、まとう。うまくおさめるためにも、いいころあいになるまでは。」

「それはいつ?」と王子くんはたずねる。

「むむむ!」と王さまはいって、ぶあつい〈こよみ〉をしらべた。「むむむ! そうだな……だい……たい……ごご7時40くらいである! さすれば、いうとおりになるのがわかるだろう。」

 王子くんはあくびをした。夕ぐれにあえなくて、ざんねんだった。それに、ちょっともううんざりだった。

「ここですることは、もうないから。」と王子くんは王さまにいった。「そろそろ行くよ!」

「行ってはならん。」と王さまはいった。けらいができて、それだけうれしかったんだ。「行ってはならん、そちを、だいじんにしてやるぞ!」

「それで、なにをするの?」

「む……ひとをさばくであるぞ!」

「でも、さばくにしても、ひとがいないよ!」

「それはわからん。まだこの王国をぐるりとまわってみたことがない。年をとったし、大きな馬車をおくばしょもない。あるいてまわるのは、くたびれるんでな。」

「ふうん! でもぼくはもう見たよ。」と、王子くんはかがんで、もういちど、ちらっと星のむこうがわを見た。「あっちには、ひとっこひとりいない……」

「なら、じぶんをさばくである。」と王さまはこたえた。「もっとむずかしいぞ。じぶんをさばくほうが、ひとをさばくよりも、はるかにむずかしい。うまくじぶんをさばくことができたなら、それは、しょうしんしょうめい、けんじゃのあかしだ。」

 すると王子くんはいった。「ぼく、どこにいたって、じぶんをさばけます。ここにすむひつようはありません。」

「むむむ! たしか、この星のどこかに、よぼよぼのネズミがいっぴきおる。夜、もの音がするからな。そのよぼよぼのネズミをさばけばよい。ときどき、死けいにするんである。そうすれば、そのいのちは、そちのさばきしだいである。だが、いつもゆるしてやることだ、だいじにせねば。いっぴきしかおらんのだ。」

 また王子くんはへんじをする。「ぼく、死けいにするのきらいだし、もうさっさと行きたいんです。」

「ならん。」と王さまはいう。

 もう、王子くんはいつでも行けたんだけど、年よりの王さまをしょんぼりさせたくなかったから。

「もし、へいかが、いうとおりになるのをおのぞみなら、ものわかりのいいことを、いいつけられるはずです。いいつける、ほら、一分いないにしゅっぱつせよ、とか。ぼくには、もう、いいころあいなんだとおもいます……」

 王さまはなにもいわなかった。王子くんはとりあえず、どうしようかとおもったけど、ためいきをついて、ついに星をあとにした……

「そちを、ほかの星へつかわせるぞ!」そのとき、王さまはあわてて、こういった。

 まったくもってえらそうないいかただった。

 大人のひとって、そうとうかわってるな、と王子くんは心のなかでおもいつつ、たびはつづく。

★この文章を書いた人→大久保ゆう★こんな時間に→2006年07月22日 11:26 ★トラックバック




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