スレイヴ
人工的リアリティの時代

2006年05月01日

 水牛だより5月1日

自分のペースで歩きながら、4歩で口から息を吐き、次の4歩で鼻から息を吸う。かんたんな歩く気功です。5分も歩いているうちに、いろいろな若い緑のかおりのする大気がからだ中に満ちてきます。そうやって歩いて郵便局へ行ったついでに、少し足をのばして、BOOK OFFにも寄ってみます。目的は100円コーナーをくまなく見ること。新刊とはちがうおもしろいものを見つけやすいコーナーだと思うからです。最近のヒットは田辺聖子『人生の甘美なしたたり』。二百数十冊もある著書から作者じしんがあつめたアフォリズムのようなものです。いちばんみじかいのは「良心は悪。」というもの。う〜む、賛成です。「人生は非常時の連続である。」はともかく、そのとなりに並んでいる「人生は非常識の連続である。」には笑ってしまいました。ほんとにその通り。「アフォリズムを〈ある発見〉と訳したらどうだろう。」というのもちゃんとあります。カンペキ!

「水牛のように」を2006年5月号に更新しました。
小島希里さんの連載に登場するグループ「がやがや」の公演があります。Yちゃん、Tさん、K君やI画伯に会えるかな。イワトプロデユース「港大尋の3日間」の3日め、5月28日(日)「がやがやremix ちょっと名前を食べてみると」。出演は港大尋、がやがや(ヴォーカル&ダンス)、花崎攝(うた)。15時開演です。あとの2日は、5月26日港大尋「弾き語りの日 アリストテレスをくすぐってみたい」、27日「ソシエテ・コントル・レタ こんにちわ、シドニー・ベシェ!」。ともに20時開演。会場および詳細は神楽坂のシアターイワトのスケジュールをごらんください。楽しみです。
御喜美江さんはしばらく充電中。そのあいだは彼女のブログを楽しんでください。
佐藤真紀さんのあたらしい著書は『戦火の爪あとに生きる』といいます。これから読みます。

それではまた!

★この文章を書いた人→八巻美恵★こんな時間に→2006年05月01日 06:34 ★トラックバック


 コメント

> いちばんみじかいのは「良心は悪。」というもの。う〜む、賛成です。

青空文庫といえば、ボランティア=善意=社会の役に立つ=価値ある活動、なのだとか。

もちろん、世話役の人は生き神様です。ありがたや(合掌)。

Posted by: しだサボラー at 2006年05月01日 22:21

「良心は悪」が育つのは、「両親は飽く」から始まるのかも・・

そういえば・・

「悪魔と神の戦う場所は、人の心である」・・と言ったのは、イワン・カラマーゾフだったような・・

Posted by: tenズボラー at 2006年05月02日 22:43

> 「両親は飽く」から始まるのかも・・

親は飽いても子は育つ。

飽いては子にしたがえ。

新ジャンル、アパシー小説@誕生の悪寒……

ゐんぴつは正しくつかゐませう。

tenさん、ニコライ堂のニコライさんのこと、くわしいですか?

たしかドストエフスキーとも面識があったとかないとか。

かの文豪も、日本についてなんか言ってたような、いわんかったような。

Posted by: しだサボラー at 2006年05月03日 23:49

イワン・ドミートリエヴィチ・カサートキンさんですよね。

すこし待ってくださいね。

日本人のドストエフスキー研究者ものを読めば、名前がでてくるかもしれない。発掘してみます・・(これを機会に整理するちゅうことは・・ないか・・)

かの文豪は、「白痴」の中で、日本人が腹を切るということを書いています。

面識があっても年代的に決して不思議ではないです。

そういえば・・三月の末東京へ行ったとき、ニコライ堂の前を通りました。そういうことをしているから、集合時間に遅刻をしました。

確かに私がみなさまを某所で「おまちしております」とのたまいました。

すいません。関係者のみなさま

Posted by: tenズボラー at 2006年05月04日 22:42

> イワン・ドミートリエヴィチ・カサートキンさんですよね。

はいはい。

> 日本人のドストエフスキー研究者ものを読めば、名前がでてくるかもしれない。

> 発掘してみます・・(これを機会に整理するちゅうことは・・ないか・・)

> かの文豪は、「白痴」の中で、日本人が腹を切るということを書いています。

これはまたステテコタイプな。たしかニコライが一時帰国したときに、どちらかがどちらかへ会いにいったとか、いかんかったとか。発掘、期待してます。

神仏分離関係の資料を読むと、明治7年2月に、出羽三山の宮司がニコライと宗教対話をおこなったらしいんです。仙台だったか東京だったか。詳細が残っていればすごいし、記録がなければないでそれも事実の積重ねだなあと。それでニコライさんに関心持ってたんですが、中村健之介『宣教師ニコライと明治日本』(岩波新書)を読んでさらに魅せられました。

彼の日記がロシアに保管されていて、翻訳が最近発刊されたらしくて。もしやと思ってつい。

Posted by: しだサボラー at 2006年05月05日 00:45

>中村健之介『宣教師ニコライと明治日本』(岩波新書)を読んでさらに魅せられました。

中村健之介さんが書いていらっしゃるのですか、中村さんのドストエフスキーに関する本があるはずなので、みてみます。

>彼の日記がロシアに保管されていて、翻訳が最近発刊されたらしくて。もしやと思ってつい。

今はやりのwikipedia

http://ja.wikipedia.org/...

Posted by: tenズボラー at 2006年05月05日 07:53

「宣教師ニコライの日記抄」

ニコライ (著), 中村 健之介

http://www.amazon.co.jp/...

これじゃありませんか?

Posted by: tenズボラー at 2006年05月05日 08:00

しだサボラーさま

わかりましたよ。さすが中村健之介さんです、

「ドストエフスキー人物事典」(朝日選書)の年譜より

1880年(ドストエフスキー59歳・亡くなる前年)

6月1日モスクワで日本の主教ニコライを訪ねて話し合った。(ニコライは、東京神田の・・・このときロシアへ一時帰国していた)

Posted by: tenズボラー at 2006年05月05日 19:15

> 1880年(ドストエフスキー59歳・亡くなる前年)

> 6月1日モスクワで日本の主教ニコライを訪ねて話し合った。

> (ニコライは、東京神田の・・・このときロシアへ一時帰国していた)

あれ、1880年というと明治13年ですよね。

文久元年(1861)函館へ来たのがおそらく初来日で、

明治2年(1869)いったん帰国。同4年(1871)再来日。

(『キリスト教大事典』教文館より)

てっきり明治2年の帰国の時かと思ってました。

明治17年からニコライ堂の建築開始らしいので、13年というとその準備をしていたころということでしょうか。ドストエフスキー59歳で、ニコライが(1836年生まれ)44歳。どうりで明治2年だとまだ33歳で若すぎるんじゃないかなとふしぎに思ってました。少なくとも明治2年と明治13年ごろの2回帰国してるってことですか。

> 「宣教師ニコライの日記抄」

> ニコライ (著), 中村 健之介

はい。

聖書を邦訳したのも早い部類になるだろうし、たしか、石版印刷の技術も伝えてるんですよね。とくに、いうまでもなく耶蘇教解禁をはさんで布教している。1836年8月1日(ロシア暦)生れってことは、今年は生誕170年ですか……。

tenさん、ニコライ日記入手したら、ご一報ください(^^)。

Posted by: しだサボラー at 2006年05月06日 00:22

しだサボラーさま

「宣教師ニコライ日記抄」を図書館より借りてきましたが・・

どうすればよろしいのでしょうか?

Posted by: tenズボラー at 2006年05月07日 12:20

tenズボラーさま

はらっしょー、ぐらっちぇ!

明治7年2月、ニシカワという神道職の人物と宗教対話をおこなっているはずです。西川のほうの日記には「ロシア正教ニコライと宗教対話、これを論破する」とあるそうです。その部分の詳細を教えてください。

もうひとつ。それに先がけてニコライは、教部省にて布教の許可を得ているはずです。面会した役人はだれか、そしてどのような許可内容を与えられたのか。(おそらく、宗教対話の直前ではないかと思います。)

もし関心ありましたら、

まず、以上二点、レポートをおねがいします!

Posted by: しだサボラー at 2006年05月07日 20:25

しださま

図書館へ行って、本を借りて、調べて、しださんのお書きになった記事が、まったく見当たらないが、それに近いことはかいてあります。本当にその部分なのかどうかわかりません。メールをさしあげたら、ここに書き込んでほしいとのことでした。

しかしこれをここで説明するにはどうしたらいいのか・・メモ程度といわれても、私には判断がつきません。そこで思う箇所に、スキャナーをかけました。そしてそれをここでおみせする方法を私はわかりません。ですから画像にしてファイルに入れて圧縮してメールに添付しました。

そしたらその画像がどうとかで、ルール違反などと怒りのメールをいただく羽目になりました。

私はパソコンのことはよくわかりません。パソコンの受信にもその人その人の事情というものがあるのでしょう。ただ、今までいろいろなかたがたと画像の往復をしてきましたが、今回のように、画像を送ったからといって怒りをかったのは初めてです。それはわかりましたが、私はなぜそこまで批難されなければならないのか・・とても悲しい気持ちです。

Posted by: ten at 2006年05月10日 00:00

tenさん、

たとえば、胃ガンで胃を三分の二摘出して、食道ガンと咽頭ガンと大腸ガンと総入れ歯で、20年の服役をへて出獄したばかりの人物がいるとします。何も知らないtenさんは、腹をすかしているこの人物へ極厚ステーキと特上寿司を用意したとします。そんなかんじで察していただけないでしょうか(泣)。

じぶんの恥を書きさらすようでまことに心苦しいのですが。

今回、tenさんからいただいた、たった6MBの画像添付メールを受けとるために40分かかり、かつ6MBのハードディスクのスペースをつくるために、手持ちのファイルをいくつか削除しました。ひとえにじぶんのせいなのですが、いくつかの複合する要因によるもので、そういういつわらざる poor でかつかつの境遇をお察しください。

同じようなメールが刻々と準備されていそうな恐怖感が頭をよぎったので、それを阻止するために、かなりショッキングな口調で赤裸々に心境をつづったしだいです。おゆるしください(謝)。まずはとりいそぎおわびまで。

Posted by: しだ at 2006年05月10日 09:10

tenさーん、

画像も不要ですし、該当部分のまるごと文字入力も不要ですからねー。

tenさんの裁量で該当する所を要約してください。分量はおまかせします。

まちがっても原稿執筆料は出ませんので、安心してください。

(猛烈に文字入力してるtenさんの姿がちょっと頭をよぎったので……)

Posted by: しだ at 2006年05月12日 18:46

しださん

 体調不良など諸事情がありお返事が遅れてもうしわけありません。

 お尋ねの件ですが、抄である以上は、記載も少なく、ご期待に添えかねるかと思いましたので、家人に本の返却依頼をしました。

 ですから、まことに申し訳ありませんが、ご自身で購入されるか、他の方にご依頼いただくか、図書館へ購入依頼を提出されるか、いろいろと方法があるかと思いますので、ご検討くださいませ。

 

Posted by: ten at 2006年05月14日 10:23

tenさん、ごくろうさまでした。

抄には求める記述がないらしいということがわかっただけでも、一歩前進です。ニコライ日記も西川の日記も、歴史家と宗教家と民俗学者が束になって解読してほしい大著です。おもえば活字で手に取れる記録よりも、150年間かえりみられることのなかった記録のほうがまだまだ多いんでしょうね。現代は、それを散逸・紛失してしまう時代になるのか、それとも後世へ伝え、たくせられる時代になるのか。キトラ古墳の報道をみるまでもなく、よかれとおもってやることが、それを失う結果になりえる。現代人の功と罪は、どっちが大きいんでしょうねえ?

お大事に。

食いすぎ・しょくあたりに注意しましょう。

Posted by: しだ at 2006年05月19日 05:27

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