『連環記』キャラ
霊魂の話 II

2006年04月09日

 霊魂の話

霊魂の話
折口信夫

       たまたましい
たまたましいとは、近世的には、このふたつが混乱してつかわれ、大ざっぱに、同じものだと思われている。もっとも、なかには、このふたつに区別があるのだろうと考えた人もあるが、あきらかなこたえはないようである。私にもまだ、はっきりとした説明はできないが、多少のあかりがついた。それを中心に話を進めてみたいと思う。

古く日本人が考えた霊魂の信仰は、後にだんだんかわって行っている。民間的に——知識の低い階級によって——おいおいに組織だてられ、統一づけられた霊魂の解釈が加わっていったためだと思う。だからそのうちから、似よったものをとりだして、ひとつの見当をつける事は、却々なかなか困難であるが、まずだいたい、たまたましいとは、ちがうものだという見当だけをつけて、この話を進めたい。いずれ、最初にたまの考えがあって、後にたましいの観念が出てきたのだろう、というところにおちつくと思う。
       たまの分化——神ともの
日本人のたまに対する考え方には、歴史的の変化がある。日本の「神」は、昔の言葉であらわせば、たまと称すべきものであった。それが、いつか「神」という言葉で飜訳せられてきた。だから、たまで残っているものもあり、神となったものもあり、書物の上では、そこに矛盾が感じられるので、あるときはたまとしてあつかわれ、あるところでは、神としてあつかわれているのである。
たまは抽象的なもので、時あって姿をあらわすものと考えたのが、古い信仰のようである。それが神となり、さらにその下に、ものと称するものが考えられるようにもなった。すなわち、たまに善悪の二方面があると考えるようになって、人間から見ての、いい部分が「神」になり、邪悪な方面が「もの」として考えられるようになったのであるが、なお、習慣としては、たまという語も残ったのである。
先、最初にたまの作用から考えてみる。
われわれの祖先は、ものの生まれ出るのに、いろいろな方法・順序があると考えた。いまふうの言葉であらわすと、その代表的なものとして、卵生と胎生との、ふたつの方法があると考えた。古代を考えるのに、今日の考えをもってするのは、もちろんいけない事だが、これはだいたい、そう考えてみるよりしかたがないので、便宜上こうした言葉をつかう。このふたつの別け方で、ほぼよい様である。
胎生の方にはたいして問題がないと思うから、ここでは、卵生について話をする。そうすると、たまの性質がわかってくると思う。
       なるうまるある
古いもので見ると、なるという語で、「うまれる」ことを意味したのがある。なるうまるあるは、往々同義語と考えられているが、あるは、「あらわれる」の原形で、「うまれる」という意はない。ただ「うまれる」の敬語に、転義したばあいはある。万葉などにも、この語に、貴人の誕生を考えたらしい用語例がある。けれども、厳格には、神聖なるものの「出現」を意味する言葉であって、貴人について「みあれ」というたのも、あらわれる・出現に近い意を表したと見られるのである。すなわち、永劫不滅の神格を有する貴人には、誕生という事がない。休みからの復活であると信じたのである。あるが「うまれる」の敬語に転義したわけが、そこにある。
うまるの語根は、うむである。うむは「はじまる」と関係のある語らしい。うぶから出ている形と見られる。これに対して、なるという語がある。あるは、形をそなえて出てくる、すなわち、あれいづであるが、なるは、はじめから形をそなえないで、ものの中にやどることにつかわれている。くわしくは、なりいづというべきである。
このなるの用語例が多くなってくると、という語だけに意味が固定して、を語根とした、なすという語などもできてきた。なるという語には、べつに、ものの内容ができてくる——充実してくる——という同音異義の語があるが、元はひとつであるに相違ない。同音異義でなく、意義の分化と見るべきであろう。
       発生における三段の順序
たまごの古い言葉は、かい(穎)である。「ウグイスの、かいこの中のほととぎす」などの用語例が示している様に、たまごのことをかいこというた。カイコにもこの意味があるのかもしれぬが、これはしばらく、昔からの「飼いこ」としてあずけておこう。
ものをつつんでいるのが、かいである。米のことをかいというたのは、モミにつつまれているからいったので、すなわち、モミがかいなのだが、はいてお米のことにもなったのである。ちかいももかいしるにもかいにもなどの、用語例で見ると、昔はモミのまま食べたのかとも思われる。モミははきだしたのであろう。そうでないと、かいのつかい方が不自然である。
かいは、もなかの皮のように、ものをつつんでいるものをいったので、ここから、ハマグリ貝・シジミ貝などの貝も考えられるようになったのであるが、このかいは、密閉していて、穴のあいていないのがよかった。その穴のあいていない容れ物の中に、どこからか入ってくるものがある、と昔の人は考えた。その入ってくるものが、たまである。そして、この中である期間をすごすと、そのかいをやぶって出現する。すなわち、あるの状態をしめすので、かいの中に入ってくるのが、なるである。これがなるの本義である。
なるをくだものにのみ考えるようになったのは、意義の限定である。ただしくだものがなるというたのも、その中にものが入ってくるのだと考えたからで、原の形をかえないで成長するのが、熟するである。熟するという語には、大きく成長するという意もふくんでいるのである。
かように日本人は、ものの発生する姿には、原則として三段の順序があると考えた。外からやってくるものがあって、それがある期間ものの中に入っており、やがて出現してこの世の形をとる。この三段の順序を考えたのである。
       なるの信仰から生まれた民譚
竹とりものがたりのかぐや姫は、このなるの、適切な例と見られる。この物語には、なるという語はつかってないが、ないだけに、かえって信用ができるように思われる。
なよ竹のかぐや姫は、山の中の竹の、——節と節との間の空間——の中にやどってそだった。それを竹とりのおきなが見つけてつれてくる。この物語は、純粋の民間説話でなく、それをとって平安朝にできたものがたりであるから、自然作意がある。姫がどうして、竹のの中にはいったかなどということもいわれてはない。天で失敗があって下界におり、ある期間を地上にいてまた天へかえったというふうに、きれいに作られている。
類型の話は、なおいくつかある。桃太郎の話が、やはりそのひとつである。われわれの考えからいえば、モモの中にどうして人がはいったろうとうたがわないでいられないが、昔はそこまで考える必要はなかったのだ。この話では、モモの実が充実してくるという考えと、桃太郎が大きくなって出てくる時期をまっているという考えとが、ひとつになっている。朝鮮には、卵から生まれた英雄の話がたくさんある。日本と朝鮮とは、一部分共通している点がある。あめのひぼこは、朝鮮からやってきた神だが、やはり卵の話に関連している。
卵の話は、日本にもぜんぜんない事はないが、日本には、卵でなく、もっとほかの容れ物があった。ウリに代表させていいと思うが、ウリというと、平安朝ごろまではまくわのことで、食べられるものの事をいった。古くは、主としてひさごを考えた。そのひさごの実が、だんだんふくれてきて、やがてぽんとはじける時がくる。それはそれ中に、あるものが育っていると考えたのである。
さらにこうした話は、もっと異った形でも残っている。聖徳太子に仕え、中世以後の日本の民俗芸術の祖といわれている、秦河勝には、ツボの中に入って三輪川を流れてきた、との伝説が付随している。このツボには、ふたがあった。桃太郎の話よりは、多少進化した形と見られる。
       たまのいれもの
日本の神々の話には、なかには大きな神の出現する話もないではないが、それよりも小さい神の出現について、説かれたもののほうが多い。このらの神々は、たいていものの中に入ってくる。その容れ物がうつぼ舟である。ひさごのように、人工的につめをしたものでなく、中がうつろになったものである。これにふたがあると考えたのは、後世のことである。書物で見られるもので、この代表的な神は、すくなひこなである。この神は、適切にたまというものを思はす。すなわち、おおくにぬしの外来魂の名が、このすくなひこなの形でしめされたのだとも見られる。
この神は、かがみの舟に乗ってきた。ささぎの皮衣を着てきたともあり、ひとり虫の衣を着てきたともあり、鵞あるいは蛾の字があてられている。かがみぱんやの実だともいわれるが、とにかく、中のうつろなものに乗ってきたのであろう。かつて柳田国男先生は、彼荒い海中をのりきつてきた神であるから、おそらく潜航艇のようなものを想像したのだろうといわれた。
かように昔の人は、他界からきてこの世のすがたになるまでの間は、なにものかの中に入っていなければならぬと考えた。そしてその容れ物に、うつぼ舟・たまごひさごなどを考えたのである。
       ものいみの意味
なぜこうしてものの中にはいらねばならぬのであったか。その理由は、われわれにはわからぬ。あるいは、姿をなさない他界のものであるから、姿をなすまでの期間が必要だ、と考えたのであったかもしれない。ただし、もうひとつ、ものがなるためには、じっとしていなければならぬ時期があるとの考えもあったようだ。えびかにが固いカラにつつまれてじっとしているのも、ヘビが冬眠をするのも、昔の人には、よほど不思議なことに思われたに相違ない。光線もあたらない、暗黒の中に、じっとしていたものが、やがて時がくれば、その皮をぬいで、りっぱな形となってあらわれる。古代人は、そこに内容の充実を考えたのであろう。
この話は、日本の神道で最大切なことに考えていた、ものいみと関連がある。ものいみは、この自然界の現象から思いついた事であるかとも考えられるが、あるいは、そうした生活があったために、この話ができたのかもしれない。これは今のところ、どちらともいえないが、とにかく、古く日本には、神事に与る資格を得るためには、ある期間をじっと家の中、あるいは山の中にこもらねばならなかったのである。
にこもるということは、フトンのようなものをかぶってじっとしている事であった。大嘗会の真床覆衾(神代紀)がそれである。そうしていると、たましいが入ってきて、次の形を完成すると考えた。その時は、フトンがものをつつんでいるので、つかひである。そうして外気にあたらなければ、なかみが変化を起すと考えた。完成したときがみあれである。これは昔の人が、生物のよう態を見ていて考えたことであったかもしれない。
       うつすつすだつそだつ
話が多少複雑になってきたので、ここらで単純にもどしたいと思う。
古い言葉に、これはうつぼにも関係があると思うが、うつという語がある。空・虚、あるいは全の字をあてる。熟語としては、うつはた(全衣)・うつむろ(空室)などがある。うつは全で、完全にものにつつまれている事らしい。このはなさくや姫のうつむろは、戸なき八尋殿を、さらに土もて塗りふさいだとあるから、すっかりものにつつまれた、窓のない室の意で、空の室を言ったのではないと思う。ただそれが、空であったばあいもあるのである。
うつに対してすつという語がある。うつにはふたとおりの活用がある。うてうてうつうつるうつれと活くばあいと、うつてうつてうつつうつつるうつつれと活くばあいと、この二様がある。なげうつは、ものをなげたときの音の連想から、うちつけるに感じが固定したようであるが、古くはそうでなかった。現在の語感から古語を解剖すると、往々あやまりを生じる。このなげうつも、たまの信仰にてらしてみると、どうしてこの語ができたか、元の形がわかると思う。
琉球の古語のすじゆんは、ものの中から生まれ出ることを意味した語らしい。これは蘇生する・復活するなどに近い気分をもった語である。日本のうつにも、それがある。このすじゆんの語根すじは、他界からくる神を表した語らしく、日本のたまとほぼ、同義語のようである。柳田先生は、このすじを、わが国の古語いつ(そば威)とひとつものに見られた。
いつは「みいつをいのりて」とか「いつのちわきにちわきて」などの用語例に入ってくると、多少内容がかわってくるが、ほんとうは、列と列とが近くて区別のなかったとき、いつともうつともいったらしく、ちはやぶるいつはやぶるで、まとうつはやぶるともいって、たましいの荒ぶる方面をいったのだが、それがいつか、神のまくらことばになってしもうた。おそらく、そうした暴威をふるう神のあったことを考えた事からできた語であると思われる。
とにかく、琉球のすじと日本のうつとは、おなじ意味の言葉である。すだつは、巣に連想が向いたために、すだつと説いて、主として鳥を連想するようになったが、語根 stu であることを考えれば、すだつそだつは同じものであると見ていい。すつは、いっぽうすてるという意を持つ様になった。うつも、うつぼ舟・うつせみなど、からつぽの意にも、目のないものの意にも考えられるようになった。
うつすつすだつそだつは、いずれもたまの出入りについていった語である。たまがものの中でなりいづ——あるるにいたる——までの期間にもちいた言葉であったのだが、それがいつか、かいの中に出入りすることをあらわす動詞ともなった。ものの中に入ってくる事を考えたと同時に、外へ出る事を考えた。そうして出る方ばかりにつかわれるようになって、はいる方の考えがだんだん薄らいでいった。すだつそだつはその代表的な言葉だと見られよう。

(つづく)

★この文章を書いた人→PoorBook G3'99★こんな時間に→2006年04月09日 01:36 ★トラックバック




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