![]() |
連環記(5)
幸田露伴
赤染右衛門はこういう女である。こういう女が身体の血の気もみなぎっていれば、心の火の熱もさかんな若ざかりで、しかも婚後のぬるい生活を楽しんでいる際にあたって、近親の定基の家には、いやしい身分の一艶婦のために冷雨悲風がおこって、その若い妻が泣きの涙でいるということを知っては、そのままによそのことだとすましかえっては居にくいことである。ましてだんだんと風波がつのって、定基の妻が日に日にいじめられるようになっては、右衛門に対してすくいを求めるようになんらかのことをしたかもしれない。そこでなにも弁護士然とでかけたわけではなかろうが、右衛門は定基の妻のために、おりにふれてなにかと口をきいたことは自然であったろう。定基の家と右衛門とは、ただ一家というばかりの親しさのみではなかったようである。これはすこし言い過ぎるかもしらぬが、定基の兄の為基、これは系図には、歌人とあり、文章博士、正五位下、摂津守とある。この人と右衛門との間には、どうもなみならぬ心のゆきかいがあったかと見ゆるのである。このごろの
かかる一家の間柄である。かかる人がらの赤染右衛門である。しいたげられた定基の若妻に同情し、またむろんのこと力寿の方の肩を持ちそうもない定基の母にもそうて、右衛門はある日定基にむかって、美しいのみの力寿におぼるることのよからぬことを説き、妻をやさしくあつかうべきことを、説きすすめたのである。じつにそれは、言葉にそつはなく、情理兼ねいたって、美しくもまたことわりせめてじょうずに説いたことであったろう。元来財力あるものは財をひとに貸して貧者をたすけることができる、才力ある者は才をほかに貸して拙者を助けることができ、自然とそういうことの生ずるのが世の自然のありさまである。それで赤染右衛門ほどになると、自分の子の挙周が恋におちていた時になって、恋には最大武器である和歌を挙周にかわって作ってやって、それを相手の女に寄せさせたことがしばしばあった、実にたのもしいありがたいお
ところがそうはいかなかった。定基にとっては力寿のかわゆさが骨身に徹していたのである。イヤ、骨身に徹するどころではない、
定基の方は、好かない煙が鼻の先を通ったほどのことですませてしまったが、おさまらないのは右衛門の腹の中だった。右衛門にとって直接に苦痛があるのないのということではないが、自分の思ったことがなんの手ごたえもなく、風の中へすこしの灰をまいたように消えてしまったというようなことは、だれにとってもくやしいものである。まして相当の自負心のあるものには、自分がすこしの打撃をこうむったよりもいまわしい
男と女との間の
離
ただし双方とも、平常の往来、学問文章の談論でなくてあったことは互いの腹にわかっていないはずはなかったのだから、匡衡の方は人がせっかく親切気で物をいってやったに、わからぬ男だと思えば、定基の方は大きなお世話で先日は
(つづく)
もしインターネットが世界を変えるとしたら
粉川哲夫
[目次]
1 電子個人主義の先へ
2 異質な場を多重にリンクする
3 もしインターネットが世界を変えるとしたら
4 デジタロン物語
5 日常のインターフェース
6 電子と身体のはざまで
7 テクノロジーと「純粋」自然
8 ラジオ・アート
9 身体のヴァーチャリズム
あとがき
電子個人主義の先へ
1
この一年、メディアの世界でめざましい動きを示したのはインターネットだった。インターネットは、日本でも大分前から一部の大学や企業で利用されていたが、パソコン通信のように個人が自由に利用するわけにはいかなかった。
それが、急激に変わったのは、コンピュータの画面上で抽象的なコマンドを打ち込まなくても、マウスによるクリック操作で文字・画像・音の情報を引き出せる「ウェブ・ブラウザ」(現在では、「ネットスケープ」Netscape Navigator が有名)が登場したからである。これによって、インターネットは、地球的規模で電子メールをやりとりできるだけでなく、文字・画像・音からなる「ホームページ」を発信・受信できるマルチメディアに発展したわけである。
しかし、インターネットにおけるこうした技術的な変化だけが、今日のインターネット・ブームを押し上げてきたのではなく、ここには、ベルリンの壁崩壊から日本の連立政権成立にまで通底するグローバルな歴史的変化が介在していることを忘れてはならない。特に日本の場合、インターネットが、かつてのニューメディアとは異なり、単なる一過性ではない形で浸透しはじめ、確実に組織や人間関係を変えつつあることは、決して電子機器の浸透からだけでは説明できないだろう。
2
インターネット・ブームの影響で、インターネットへの加入は躊躇するが、電子メールぐらいは使ってみたいという人々が、「ニフティサーブ」Niftyserveなどのパソコンネットに加入する動きも加速している。パソコンネットの方も、この間にインターネットと接続し、メールのやりとりだけであれば、事実上インターネットとしての役割を果たせるようになっている。また、独自のブラウザをインストールすれば、インターネット上のホームページを見ることもでき、パソコン通信とインターネットとの実質的な違いはなくなりつつある。だから、インターネット・ブームが示している変化は、狭義のインターネットにおいてだけでなく、広義のコンピュータ通信全般で起こっていると考えなければならない。
日本では、こうしたコンピュータ通信の普及は、八〇年代からはじまったワープロの普及によって、人々がキーボードに慣れるということがなければ不可能であったわけだが、それだけでなく、モニターと対話するという「孤独」な作業を好むある種「個人主義的」なオタク文化によって補強されなければ決して進行しなかったであろう。 ウォークマンが一九七九年に登場したとき、メーカはそれがどのように普及するのかを予想できなかった。が、それは爆発的なブームになり、「ウォークマン文化」を生み出した。この場合も、もしこの時点で孤独に音楽を楽しむことをはばかるような社会風潮が濃厚であったなら、この装置は決して爆発的な人気を得ることはできなかったはずである。
同様に、急速に普及した携帯電話やPHSも、「自分は自分」といった個人主義的な傾向がある段階に達していない場合には、これほど普及することはできないだろう。現に、いまでも電車のなかなどで、携帯電話のベルが鳴ると眉をしかめる人はいるし、周囲を気にせず携帯電話でしゃべっている人を「自分勝手なヤツ」だと感じる者も少なくないと思う。が、これが一〇年まえだったら、いまよりはるかに周囲のひんしゅくを買い、とても平気で電話しつづけることはできなかったと思うのである。
インターネットの場合も、流行に遅れじと導入した会社で、社員が電子メールを使いはじめたことにより、それまでのタテ型にカタい組織が揺らぎ出し、インターネットの利用に制限を加えなければならなくなったという例もある。これは、テクノロジーはそれが利用される社会の慣習や生活文化と相関しながら機能するということを示している。だから、逆に、インターネットを導入することによって、いままで以上に組織の横断的な関係が強まり、その人間関係が柔軟になり、組織としても活気が増したという例もある。
3
日本社会は、これまで一般に、集団志向が強いとされてきた。実際、集団のなかで自己主張するよりも、まわりと馴れ合う方がよしとされ、それがすぐれたチームワークを生み、また同時に滅私奉公的な環境を作りもした。そうした傾向は、いまでも続いているが、微妙なレベルに注意すると、八〇年代の後半ごろから若干様子が変わってきた。 ウォ−クマンは、単にもの珍しいとか便利であるとかいう理由だけでは、決してこれほど浸透しなかったであろうし、オタクは、単にビデオやコンピュータの普及によって生み出されたパーソナリティではない。むしろ、核家族からさらには単親家族へ大きく揺れる家族構造の変化、一人っ子の増加、物質的条件の向上から来る建築様式の変化と個室の完備といった社会的な諸条件と電子テクノロジーとが結びつくことによって生じたをといった方が正しいかもしれない。
電子テクノロジーは、非常に個人志向の強いテクノロジーである。これは、あなたがファミコンで遊ぶ場合と、電車に乗る場合とを比較してみればすぐわかるだろう。モータや歯車の技術にもとづいている鉄道のテクノロジーは、人を集合させ、統合する特質をもっている。そのため、このテクノロジーのもとでは人は他人と協調することが求められ、わがままは許されない。これに対して、電子テクノロジーは、どこかで脳神経や身体の微妙な反応とシンクロしようとする性向があり(だから、人工知能のあくなき研究が進められる)、そこでは、個人が強烈に自己主張しないと、その本来の機能が発揮されないといった特性がある。
新しいテクノロジーが導入される時点では、その特質はあまり理解されず、それ以前のテクノロジーの基準で新しいテクノロジーの特質が判断される。映画は「動く写真」であったし、テレビは、「電子映画」、ウォークマンは「携帯プレイヤー」、コンピュータは「電子計算機」という具合である。しかし、少し時間がたつと、やがて新しいテクノロジーの本来の特質が露出してくる。その意味で、九〇年代は、電子テクノロジーが
テクノロジーと社会との出会いは、決して一律ではない。日本においては、集団志向が弱まる社会条件と電子テクノロジーが出会うことによってある種の個人主義が強まりつつある。わたしは、そこで、そうした個人主義を「電子個人主義」と名づける。これは、一九八四年に「電子個人主義を越えて」(Beyond Electronic Individualism, Canadian Journal of Political and Social Theory/Revue Canadienne de Thetorie Politique et Sociale. vol. 8, No. 3, Fall/Automne, 1984)を書いているときに思いついた概念だが、今日の日本で次第に強まりつつある人間関係や価値観を性格を定義する上で依然として有効な概念ではないかと思う。
アメリカのように久しく個人主義的傾向が強い社会では、電子テクノロジーが、逆にある種の集団主義を強化する場合もある。が、この集団主義は、かつての、個人が自己を犠牲にして組織や集団の一個の機械のようにさせられる集団主義ではなくて、個人が個人としての特質を保持したまま連帯しあうしなやかな集団主義である。
4
七〇年代になってアメリカで「ネットワーク」や「ネットワーキング」という言葉が流行するようになったとき、コンピュータ・ネットワークはまだ一般的ではなかった。放送網や通信網といったハード的な意味とは区別されたネットワークないしはネットワーキングという発想が具体化するのは、六〇年代の社会的変化の結果なのである。そして、こうしたある種の連帯の発想が社会的に広まっている条件に、やがてコンピュータによるネットワークが加わるのである。だから、このテクノロジーは、人々をより新しい形で連帯させる方向に進むわけであり、日本の場合とは異なる方向性をもつことになるのである。
日本では、コンピュータ・テクノロジーは、まだ、個性の発揮や集団からの個人の離脱といった側面を浮き彫りにする技術である。インターネットも、個人が地球規模の「放送局」が持てるとか、個人で世界中の情報を手に入れることが出来るといった側面が強調される傾向がある。これに対して、ウェブ・ブラウザを使ったマルチメディア的なインターネット通信は、別名「ワールド・ワイド・ウェブ」(WWW)と呼ばれるように、〈ウィ−ヴ〉weaveする、つまり編み合わせるという連帯的なウェブ機能が強調されている。
すでに、メキシコ在住の「活動する思想家」、イヴァン・イリイチは、一九七〇年に発表された『脱学校の社会』(邦訳、東京創元社)のなかで、ハード的な意味あいの強い「ネットワーク」に対して「ウェブ」webという言葉の積極性を提唱していた。学校は、相互的なコミュニケーションの「
5
近代ヨーロッパで生まれた個人主義は、機械テクノロジーと拮抗しながら生きながらえてきた。機械テクノロジーが人を官僚的な組織や制度のなかに閉じ込めるのに抵抗し、個人としての尊厳や自由を保持する役目を果たしたわけである。個人主義は、決して利己主義とは同じではなく、機械テクノロジーとの対抗関係においては「利己的」ではあっても、個々人のあいだでは、それなりの連帯や協力の場を生み出した。「パブリック」なものがそれであり、広場や喫茶店、パブや劇場といったパブリックなスペースでは、個人は、相手の個人性を尊重しながらともに個人でいるということをタテマエにした。個人主義、公共性、そして機械テクノロジーの三者はたがいにセットをなしていたのである。
だから、機械テクノロジーの黄昏と個人主義の解体、公共性の崩壊は入り組みあって起こることになる。アメリカやヨーロッパの先進産業社会では、かつて日本が「脱亜入欧」の鑑としたような西欧個人主義は衰弱し、「後進国」が憧れたパブリックなサービスや施設は、荒廃の一途をたどっている。旧ユーゴーや旧ソ連で起きている悲劇的な事態や混乱は、「民族紛争」というような古い観点で見るよりも、こうした問題との関連で見た方がよいだろう。そして、その際、こうしたさまざまな終末的な悲劇が起こる一方で、現在、インターネットのように、電子テクノロジーとからみあった新しい人間関係やコミュニケーションが現われ、そこから、個人主義でも集団主義でもない新たなものが生まれる気配があることを忘れてはならない。
電子個人主義というのは、その意味で、電子テクノロジーがもっている潜在力を一〇〇パーセント発揮したところに生まれたものではなく、個人主義や集団主義を脱するための過渡的な現象にすぎないとも言える。電子テクノロジーは、人を孤立させたり、個人の能力を際立たせたりするよりも、むしろ、個々人の新しい連帯関係や単なる「個人」や「集団」の枠を越えたインタラクティヴ でトランスローカルな関係や活動を生むのに向いている。
だから、社会関係に対するテクノロジーの影響の強さという点では、電子メディアよりも自動車の方が、いま日本で伸張しつつある「個人主義」にとって強力なインパクトを与えてきたということも言えるのである。かつて、五〇年代のアメリカでは、青年に車を与えることが、自立の精神を養わせる上で有効であるという考えがあった。子供に早くから個室を持たせるのと似たような発想である。 日本でこのような発想をもって子供に車を買ってやる親がどの程度いるのかは知らないが、マイカーを所有した個人が、移動の自由を実感し、道路上で日々他の車との共存と敵対を経験するなかである種の市民意識を身につけたことは否めない(「身体とテクノロジー」、『ニューメディアの逆説』、晶文社参照)。日本では、マイカーと市民意識は切っても切れない関係にある。
こう考えると、電子個人主義は、個人主義の一つの形態であるだけでなく、近代ヨーロッパ的な個人主義の向こう側にあるものを示唆しているのではないかという気もしてくる。つまり、これは、いまインターネットなどとともにほの見えつつある新しい人間関係を指す言葉としても有効であるかもしれないということだ。阪神大震災の際に全国からボランティアを志願する人々が集まったように、自閉したオタクや利己的な個人主義だけがいまの風潮なのではない。集団からの離脱や集団への反撥と同時に、村的な「おせっかい」とは異質なボランティアの精神も拡がりつつあるのであり、日本が単に遅れた形で脱近代の傾向を追いかけているわけではないのである。
オオム真理教は、他人に対する関心の薄いオタクをオルグすることによって成長したと言われている。実際に、この教団の「新しさ」は、少なくとも教義の上では、信者に対して集団への帰属を強制しない点であった。信者は、集団で修業をする際にも自己を鍛えることが目的であり、集団と一体となって行動することは求められないはずであった。従って、この教団の無残な敗退は、オタクという個人の敗退であるよりも、オタクを集団として組織しようとしてしまった失敗、電子個人主義を結局は旧来の集団主義でくくらざるをえなかった後退であった。このことは、逆に言えば、オタクが結局のところ既存の、極めて権威主義的なタテ構造の組織とは馴染むことのない個性であったことをはからずもあばき出したと言える。
6
オオムは、電子テクノロジーを駆使しようとしたかに見えるが、事実は、サリン、薬物、銃といったものへの執着から露呈しているように、テクノロジーの選択としてはマシン・テクノロジー、さらには化学テクノロジーといった旧テクノロジーにとどまったのであり、決して電子テクノロジーの潜在力を駆使することはなかった。ここからは、新しい人間関係が生まれるはずはなく、テクノロジーは、単なる手段や道具としての機能を果たしたにすぎなかった。
信者たちが、教祖浅原彰晃の脳波のあるパターンと信者のそれとがシンクロするように作られたという「ヘッドギア」をつけていたことからも明らかなように、ここでは、電子テクノロジーは、個々人の異なる特性をより際立たせ、創造性を発揮させるためにではなく、逆にそれを平均化し、統合するために用いられている。ここにも、この教団のテクノロジーに対する後退した姿勢が露呈しているのである。
7
日常的レベルで電子テクノロジーが、すでに均質化や統合化を越える機能を示しはじめている今日、テクノロジーが現状を打破するか、それとも閉塞状況に追いやるかを決めるのは、テクノロジーそのものではなくて、テクノロジーをめぐる政治つまりはテクノポリティクスである。その意味で、日本の場合、電子メディアに対する規制をとことんなくすことが、このテクノロジーの創造的・解放的な側面を展開させることになるであろうし、世界の新しい動向に正しく対応することになるだろう。
世界の動向が情報資本主義へ移行し、国家の力が相対化し、それまでの国家規制がはずされるなかで、日本が依然として国家の枠に閉じこもろうとし、規制をはずそうとしないのは、なぜだろうか? このままでいくと、二一世紀には、日本は、アジア諸国のなかでも最も保守的な国になるだろう。
ここで言う情報資本主義とは、すでに一九八二年の「企業はなぜ”文化”をつくらなければならないか?」(『メディアの牢獄』、晶文社所収)で定義したように、これまでの「金為替本位制」に代わって、電子情報を貨幣とする交換システムであり、従ってそこではモノではなく、情報の論理がすべてを支配することになる。モノには物理的な境界があるが、情報にはない。情報はモノを無限に複製し、オリジナルなモノを無意味にする。情報資本主義とともにモノの特権的な位置は崩れざるをえない。また、モノにはその物性から来る限界速度があるが、情報の限界速度は光速である。電子テクノロジーは、このような光速の移動を実現することを期待されているわけであり、その最先端に「オプトエレクトロニクス」(光電子工学)が位置しているのは偶然ではない。これらのことは、単に技術的な分野にとどまらず、今後はますますが社会制度や文化の性格をも規定することになるだろう。
インターネットは、一面で、国家の障壁を取り払い、個人を〈ウェブ〉のなかで出会わせるわけであるが、このようなウェブは、単にスウィッチを切ればすぐに消えてしまうような一時的な場ではなく、個々人のわが身に食い込んだ持続的な場としてのみ意味がある。が、そのためには、すでにわれわれの身近にそのウェブがあるのでなければならない。インターネットや電子メディアに出来るのは、それらが個々の場やローカルな場をこえてたがいにリンクしあい、まさに〈トランスローカル〉な場を形成するのを助けることである。
数年前から話題になりながら、マルチメディアがいま一つ盛り上がりに欠けるのは、実はこのことと関係がある。アメリカでマルチメディアが浮上したのは、単に新しいマーケットとしてだけではない。それを必要とする具体的な場、つまり多言語・多文化を本質とするマルチな社会があったからであり、それを基盤とせざるをえない資本主義システムの多角化という動向があったからである。
多言語社会では、単一のメディアにとらわれない(しかもそれでいて表現を単純化しない)コミュニケーションが求められる。目先の利潤獲得に先立って、あらゆる情報メディアが社会と文化のマルチ化(多元化・多様化・多角化)のために動員されるのである。要するにマルチメディアとマルチ社会・文化は切り離すことの出来ない関係にあるのであり、日本の政治がそうしたマルチ社会や文化を活気づけることに意をそそがないかぎり、マルチメディアは不要であり、従って普及することもないということなのである。ここでも、必要なのは、単なる技術の選択ではなく、情報資本主義の動向を見据えた抜本的な政策と政治なのである。
◇オリジナル
粉川哲夫『もしインターネットが世界を変えるとしたら』
http://cinema.translocal.jp/books/moshiinternet/index.html
2006.3.30 転載
しだひろし/PoorBook G3'99
勁草書房から全16巻別巻2冊で発刊。ただし校訂者(川崎 宏)の権利が継続中なので勁草書房版のデジタルテキスト化は不可。国会図書館・近代デジタルライブラリーにあるオリジナル版はデジタル化が可能。
勝 安芳(カツ,ヤスヨシ、海舟)
出版者:海軍省
出版年:明治22年11月
ページ数:9冊(25巻)
NDC分類番号:397
総目次
1 開国起源 I
2 開国起源 II
3 開国起源 III
4 開国起源 IV
5 吹塵録 I
6 吹塵録 II
7 吹塵録 III
8 吹塵余録
9 陸軍歴史 I
10 陸軍歴史 II
11 陸軍歴史 III
12 海軍歴史 I [海軍省,明治22年11月発行]
海軍歴史巻之一 海軍創立の起因
海軍歴史巻之二 下田港魯人遭難 スクーネル船新製の始末
海軍歴史巻之三 海軍伝習 上
海軍歴史巻之四 海軍伝習 中
海軍歴史巻之五 海軍伝習 下
海軍歴史巻之六 長崎製鉄所
海軍歴史巻之七 咸臨艦米国渡航 上
海軍歴史巻之八 咸臨艦米国渡航 中
海軍歴史巻之九 咸臨艦米国渡航 下
海軍歴史巻之十 小笠原島開拓 上
海軍歴史巻之十一 小笠原島開拓 中
海軍歴史巻之十二 小笠原島開拓 下
13 海軍歴史 II
14 氷川清話/建言書類/海舟書簡 他
15 海舟座談/海舟日記
16 牆の茨の記/鶏肋/解難録/夢酔独言
別巻1 勝海舟研究/図版・資料集
別巻2 勝海舟写真集
2006.3.24
しだひろし/PoorBook G3'99
電子化された情報が利用出来るようになってから、底本探し等で図書館をよく利用していたが、電子化される前のことを少し思い出してみたい。
図書館の利用法には二つあると思う。
一つは、目的の資料を効率よく探し、情報を集めることである。電子化される前には、該当図書を探すには、あの図書カードボックス(大抵は木製のカードケース)を著者別に探したり、図書の読みで探したりした。効率はあまりよくなかったと思う。電子化されたことで、目的の書籍を見つけることは大変に楽になった。書庫にある書籍の利用率があがったという話を聞くが、電子化情報の検索が容易だからだろう。
もう一つは、あまりはっきりとした目的もなく、面白そうな書籍を探すことである。開架の書棚をぶらぶらと見てあることである。電子化される前には、こういう利用法が多かった。だから、開架のない国会図書館は、図書館としてあまり魅力を感じなかった。図書館の本は大抵、分類番号別に配置されている。文学の棚が大きいのは、どの図書館でも同じかもしれない。他の書棚をのんびりと見て回り、実際に本を手に取ってみて、ぱらぱらと眺めて面白そうならば、借りて読む、といった使い方である。
この二つの異なった利用法の観点から青空文庫を考えてみる。
目的の書籍を効率よく探すという利用法は、電子化された情報が簡便に利用出来る電子図書館ならではの利用法であり、著者別、タイトル別の基本的な検索に加え、トップページのGoogle検索、青空鯰による検索などで、一般の図書館では実現できなかった書籍中の語句検索まで可能になっている。
もう一つの書籍を眺めて探す為には、分野別などのように、著者、タイトルとは異なった分類によるリストが必要である。しだひろしさん、Jukiさん、あすなろさん、おかもとさんの御尽力により、青空文庫の収録作品を分野別に分類したリストが利用できるようになった(詳しくは「青空文庫 分野別リスト」にリンクを参照)。実際に利用してみると、分野別に並んだ作品を著者に関係なく読めることは、一般の図書館である分野の書棚をぶらぶらと眺めている感覚に近い。ある著者の作品を片っ端から読むことも楽しいが、いろいろな本を見つける喜びもまたあるのである。
図書館に二つの側面があると書いたが、本来の目的からすれば、資料検索が本義であろう。しかし、興味のある書籍を見つけることが出来る「本との出会いの場」であることも大事ではないかと思う。分野別リストは、こういった本との出会いを見つける機会を増やしてくれていると思う。
最後になりましたが、しだひろしさん、Jukiさん、あすなろさん、おかもとさん、ありがとうございました。
死について語ってみます。お彼岸を前に。できるだけストレートに。
小学六年か、中学一年のころだと思います。イジメにあったとか、仲間はずれされたとか、シカトされたとか、そういう直接的な原因があったわけではありませんでした。人間づきあいのことですから、そういうことがまったくなかったわけでもないし、ときに被害者になり、ときに加害者になり、ときに傍観者になったりしたわけですけれども。立場はつねに固定していたわけでなく、流動していました。当時は、そう冷静に分析できませんが。
集団というのはふしぎなもので、つどうメンバーが異なると、その中での個々の役割も、意識するとしないとにかかわらず変動します。個人は個人であって、生物学的にも化学的にも変わるわけでないはずなのに。どこにいてもパーソナリティが変化しないようにみえる人もいますが。たとえばクラス内とか、あるいは二、三人の中でとか、前後の学年にはさまれたちょっと大きな母集団のばあいとか、登下校をいっしょにする集団のなかでとか。平日つるむ集団と、休日遊ぶ集団のなかでも個々の立ちまわり・演じるパーソナリティには、程度の差こそあれ差異・ズレがあります。兄弟・家族のなかにも。そういう
十二、三才のころ。自転車を乗りまわしたり、電車やバスで遠出することをおぼえて行動範囲がひろがるのもそのころですが。じぶんにとって心地のいい、つごうのいい集団のみをえらんでそこに所属するということばかりもやってられなくなる。じぶんで目的地をさだめて車を運転する自由はないし、じぶんで居住地をえらんだり生活手段をえらんだり同居人をえらぶことはできない。そのころいだいたのは、ばくぜんとした周囲への閉塞感みたいなものです。いまになって振り返ると。じぶん(自由意志)のままにならない周囲。とうぜんのことなのですが。目の前にも背後にも、ついたてのように立ちふさがる山々。えんえんと流れる川。なまり色の空。黒くて深い森。白くてさむい原野。学校帰り、欄干ごしに毎日、下をのぞきこんだものでした。
ラクになれたら、と、ねがっていました。
たいそうな理由があるわけでもなかったのですが。
はくぜんとしながらも、閉塞感がつらかった。
ときがたって、自由意志のままに故郷をはなれて、自由意志のまま現在にいたります。そこで二十年ぶりに、ふたたび危機をむかえます。毎日、死ぬことばかり考えている。首をつろうか。どこでつろうか。何でつろうか。何も食わなければ死ねるだろうか。このまま雪のなかで
自殺。殺意。復讐心。それが複合している。サンドイッチで交互にやってくる。ほとほと
意識の中央に、かなり長いこと死に神が鎮座していました。生活もなにもあったものでない。買い物しながらも、パンをかじり珈琲を飲みながらも殺意。風呂に入っても殺意。殺意・憎悪・復讐。元来こわもてなのが、ますます険悪な表情になる。ガラスウインドウにうつるじぶんにも驚愕する。なにも信用できない。他人はおろか、じぶんも信頼できない。すべてのものを受け入れられない。悪意にしか感じられない。
宮崎さんの作品をあらためてふりかえると、みんな孤独な主人公たちばかりです。とくにナウシカは漫画版で、テトとも別離するし、ラストではあざむいて生きることを決意します。
お前はもう死んでいる……byケンシロウ。ところで、出家するとは「死」を意味することに近いというのがぼくの認識なのですが、そういう観念が仮に妥当だとして、それはどこまでさかのぼることができるのだろう。生殖を断つ、子どもを持たない、イコール死。
いまや全国の都道府県に浮浪者のかたがいらっしゃるらしい。それでも山形や秋田はさすがに少ない。説明するまでもなく冷凍の仏さまになってしまうから。そのかわりというか、よく指摘されてきたのが自殺率の高さ。ただし秋田はその汚名をはらそうとしているから、そのうち克服できるかもしれない。したがってそのあかつきには山形がワースト一位に転落……、ということになるかもしれない。出羽三山。天国にいちばんちかい山。最上川舟下りでレッツ・パラダイス!
もうひとつ地域性ということでいうと、振り込めサギの件がある。どうも被害の地域格差があるような気がする。これがなんとも、かつて修験の山伏がそれぞれの勢力支配圏を持っていて、かすみ場・
まいどながら、なんとも滅裂な文脈。
まあ、かんたんに語れたり結論出せるなら、こんなに苦しまないわけで。
2006.3.18
しだひろし/PoorBook G3'99
ツアラトウストラ、ツァラトストラ
ゾロアスター、拝火教
辻潤 惰眠洞妄語
薄田泣菫 久米の仙人
織田作之助 世相
萩原朔太郎 ニイチェに就いての雑感
桑原隲藏 大秦景教流行中國碑に就いて
太宰治 誰
桑原隲蔵 大師の入唐
白鳥庫吉 『尚書』の高等批評 特に堯舜禹に就いて
萩原朔太郎 月の詩情
芥川龍之介 河童
みんなで遊就館へ行こう!!
おとなりさんもライオンハートに劣らぬトリックスターでいらっしゃるようで。
たのもしくなりますわ。
2006.3.17
しだひろし/PoorBook G3'99
トップページの「メインエリア」に、新しく「青空文庫 分野別リスト」という見出しをたて、当該ページにリンクした。
「分野別リスト」では、公開中の作品が、内容別に分類されている。 これまでの、作家名、作品名からの検索に加えて、ここでは「こんな内容」という観点から、作品を選べる。
青空文庫のデータベースには、分類番号のデータ欄だけは用意してあった。だが、どんな形でデータをそろえるか、これまでは詰めてこなかった。
今回リンクする「分野別リスト」は、日本十進分類法(NDC)を採用している。 これを使ってみて、皆さんから「分野別は便利」、「この形が適当」という声が上がれば、青空文庫のデータベース自体に、NDCの分類データをもたせることも、考えてみたい。
分類データの作成に当たられたのは、しだひろしさん、Jukiさん、あすなろさん。検索システムに仕立ててくださったのは、おかもとさんだ。 今日に至る経緯をJukiさんにご紹介いただく前に、まずは私から、作成に当たられた皆さんにお礼を。
大きな贈り物を、私たちに、ありがとう。(倫)
青空文庫のトップ頁に、しばらくの間「青空文庫 分野別リスト」をリンクさせていただくことになりました。URLは、
http://yozora.kazumi386.org/
です。
このサイトでは、青空文庫の公開作品を日本十進分類法(NDC)で分類しています。あちこちクリックしてみてください。使い心地はいかがでしょうか。これは不要と思われたり、逆になぜこれがないのかと不満を覚えられたり。色々気が付いた点があることでしょう。
その際は、どうぞ掲示板[よぞら / Night Sky] に貴方のご意見をお寄せ下さい。
・経緯
昨年(2005年)の5月、掲示板「みずたまり」に書かれたある発言が、ここaozora blogで保存されています。
>ジャンル別は便利!
>青空文庫をジャンル別にわけてくれませんか?本をよく知らない人には、利用しにくいと思います。さらに、利用する人がふえるのではないでしょうか・・ (「ジャンルは便利!」より)
例えば自分の読みたい作品の名前や作者が既にわかっている場合、青空文庫のトップ頁から探す事が出来ます。一部しか解らない場合であっても、同じ頁上部にあるGoogle、又はゼファー生さんが作成された「青空鯰」で探し出す事ができます。
ただ、どんな作品がここにあるのか、自分の読みたいジャンルの作品はここにあるのか、といった視点で探しはじめると、これはなかなか大変です。キーワードをいくつか決めてそれで探す事もできますが、それでは「キーワードを含まないが、自分の求めるジャンルにあてはまるかもしれない作品」を取りこぼすことになります。
ましてや、公開点数5000点を超えた現在、作品を片っ端から読んで判断するには余りにも時間がかかります。
自分の読みたい作品への手がかりの一つとして、図書館で見る分類のように、作品一つ一つをNDC番号で分類してみたらどうだろう、と提案したのがしださんです。
学校の図書室や図書館の本の背表紙に、三段組で数字や文字が書かれているシールが貼られているのを見た事があると思います。その内一番上の段に振ってある数字が日本十進分類法(NDC)によって分類された種類を表しています。これがNDC番号です。
しださんは、先程紹介した「ジャンルは便利!」という記事を立てて、2005.05.31現在の公開中リスト・作業中リストのデータ、日本十進分類法(NDC)のデータを募集しました。
それに答え、富田さんはそれらのデータの存在場所を紹介しました。作品一つ一つにNDC番号を付けていく作業は、しださんの他、あすなろさん、私が参加しました。
ところで、作業をした私たちは司書の資格を持っていません。ですから、NDC番号をどう作品にふっていくのかがわからず、ほぼ手探りで作業を進めました。結局その時点では、付けてはみたが自信がないNDC番号、わからないNDC番号の頭に「?」を付けました。複数のNDC番号を付けた作品もあります。後に提案される「青空文庫 分野別リスト」では、?は外し、複数付いているものはそのまま生かしています。
10月には、NDC番号付けがほぼ出来上がりました。「ジャンルは便利!」、およびコメント欄を御覧いただくと、この間の経過と、その後の経過がわかるかと思います。
データは出来上がりました。しかしこれからどうするのか。青空文庫の作業について話し合うメーリングリストの中でも迷いや疑問が出、解決する糸口がなかなか見えませんでした。一時、プロジェクトは休止していました。
12月の初め、新しい動きがありました。aozora blog上で私たちに助言をして下さっていたおかもとさんが、処理済データを「青空文庫 分野別リスト」という具体的な形で表現してくださったのです。拝見して、やはり文学が多いなと再確認したり、全分野それぞれに作品が収録されているという事に意外さを感じました。
「青空文庫 分野別リスト」の頁にはもう一つ、「児童書(じどうしょ)トップ」というリストもあります。NDC番号付け作業の際にしださんは、児童向け作品が分るようにするため、該当する作品のNDC番号の頭にKを付けることも提案していました。その結果が反映されています。青空文庫にやってくる子ども達への、もう一つの道しるべです。(もちろん大人にも参考になるはずです。)
NDC番号の訂正は随時行っています。しかし、私たちが見落としている間違いも沢山あるはずです。その際も、専用掲示板[よぞら / Night Sky]に情報を寄せていただけると有り難いです。よろしくお願いします。
そして、最後に。
新しい収録作品にNDC番号付けをしたり、番号を修正したりするなど、作業はしばらく続けていく必要があります。ただ、現在のメンバーではどうしても手が回らないことが多々あります。
ここまで読んで下さった方の中に、自分も分類作業をしてみたい!と思われた方はいらっしゃいませんか。どうぞ、[よぞら / Night Sky]まで御連絡下さい。(Juki)
——公開は校正がすんでから。誰かが読んでくれなければ、入力ファイルはいつまでも活用できません。校正に、あなたの力を!——
こうした呼びかけに答えて、校正への取り組みを検討してくれた人から、「具体的には、どう進めればよいのか?」とたずねられました。
「マニュアルを読んだけれど、入力向きと感じた。校正については、具体的なイメージがつかめない」というのです。
書きかけた返答を膨らませ、「青空文庫校正入門」として、以下をまとめました。
読んでわかりにくかったところ、校正してみて疑問に思った点を、ここにどんどん書き込んでください。
下に青で表示された「続きを読む "【校正】青空文庫校正入門"」をクリックすると、新しく開いたウインドウの下に、「コメントする」と題した入力スペースが現れます。
「コメントする」の「名前」のところには、本名を書く必要はありません。
「名前、アドレスを登録しますか?」は、「No」のままでかまいません。
「メールアドレス」「URL」は、入力しなくてもかまいません。
「Comment」に、ご意見を書き込んでください。エディターなどであらかじめまとめたものを、コピー&ペーストする形もとれます。
「Preview」をクリックすると、書き込んだ内容を確認できます。直すべき点がみつかれば、「Comment」欄で修正します。なおした状態で、もう一度読みたいときは、再度「Preview」をクリック。「よし、これで書き込もう」と決めたら、「Post(投稿)」をクリックしてください。
ベテランの皆さんには、どしどしアドバイスをお願いします。
この場所を、校正促進の手がかりとして使って行きましょう。
▼基本的な手続き
青空文庫の作業にのぞむ皆さんには、「工作員を志願される皆さんへ」に示された、事前の手続きをお願いしています。
校正してくださる方も、先ずここを読んで、示された手順を踏んでください。(入力で、すでに工作員番号を得ておられる方は、あらためての手続きは必要ありません。)
▼校正の申し込み
上記文章からたどれる、「作業着手連絡システム」から、取り組む作品を選んでください。
作品選びについて相談したいことがあれば、reception@aozora.gr.jpにメールしてください。
「工作員を志願される皆さんへ」で説明している、「同意します。」メールが届かない内は、申し込みを受理できません。
必ず「同意します。」メールを送ってから、申し込んでください。
▼校正の実際1 底本と校正用ファイルの準備
校正は、入力時に参照した底本と、入力されたファイルとを対照して、進めます。
よって作業には、底本、もしくは底本のコピーと、入力ファイルが必要になります。
底本は、お近くの図書館から借りるなどしてください。
底本が自分で確保できないときは、「作業着手連絡システム」から校正を申し込む際に、底本コピーの送付を申し入れて下さい。
「校正受付システム」で、書名が青く表示されている底本は、reception@aozora.gr.jpで確保できています。
これらに関しては、コピーの送付が容易です。
校正用のファイルは、「作業着手連絡システム」からの申し込み手続きが完了した段階で、送ります。
送られてきたファイルは、zip形式で圧縮されています。
【紙校正】
校正は伝統的に、ゲラと呼ばれる試し刷りと、原稿とを対照する形で、行われてきました。
この流儀で作業する際は、まず送られてきたファイルをプリントアウトして、ゲラに相当するものを作ります。
Wordや一太郎などのワープロソフトには、縦組みの機能が備わっています。
プリントアウトには、縦組みをすすめます。(横組みでも、作業は可能です。)
使用するフォントには、底本の書体に似ているというメリットのある、明朝系のものを選んでください。(もしあなたが秀英明朝体シリーズのフォントをもっているなら、プリントアウトにはこれを利用することを、すすめます。秀英明朝体を利用することで、後述する「包摂」に関する問題の内、気にしなくて良いものを視野からはずして作業することが可能です。シリーズの一つである秀英太明朝は、かつて、エキスパンドブックやT-Timeと呼ばれるソフトに、プリントアウトにも利用できる形で同梱されていました。古くからこうしたソフトを利用してきた人なら、フォント選択メニューから「秀英太明朝0208」を選べる可能性があります。また、古いエキスパンドブックやT-Time関連のCD-ROMなどから、秀英太明朝をインストールできるかもしれません。ただし、残念ながら現在では、プリントアウトに利用できる形では、秀英明朝体は提供されていません。)
プリントアウトが自分で用意しにくい場合は、「校正受付システム」からの申し込み時に、プリントアウトの送付を申し入れて下さい。
校正作業に取り組むに当たっては、あらかじめ「工作員作業マニュアル」に目を通して下さい。
校正作業の進め方の詳細は、「工作員作業マニュアル」の「校正」
aozora blogに掲載された、「ヒラ工作員の日常〜校正編〜」
「源氏物語」校正プロジェクトのために用意された「校正の手引き」などを参考にして下さい。
【電子校正】
プリントアウトと底本(コピー)を照合する伝統的な進め方に加えて、モニターに表示した校正用ファイルと、底本(コピー)を照合する、「電子校正」も可能です。
電子校正で画面に校正用ファイルを表示させる際は、T-Timeを用いることをすすめます。(必須ではありません。)
T-Timeの最新版は、ここからダウンロードできます。
校正作業に利用する限りでは、ライセンス料の支払いは必要ありません。
T-Timeは、テキスト表示ソフトとしてすぐれているのに加えて、画面表示用に限定された形ながら、同梱された秀英太明朝が利用できるという点でも、強みを持っています。(T-Timeの本文フォントが、当初の設定である、自動明朝体から変更されていなければ、秀英太明朝で表示されています。)
無料で使っている状態でも、秀英太明朝の利用は可能です。
紙校正で紹介した文書には、電子校正を行う際も、目を通してください。
電子校正の詳細は、「デジタル校正の覚え書き【旧版】」を参照してください。
※校正に秀英明朝をすすめる理由。
青空文庫の校正で先ず突き当たるのが、プリントアウトや画面上の文字と、底本の文字の微妙な字体差です。
わずかな差があるとき、これを違う字とみて直すべきなのか、同じ字とみて見逃すべきなのか、迷いが生じます。
青空文庫が従うと決めている文字コード(「JIS X 0208」)の決まりでは、しんにょうの点が一つか二つか、くさかんむりの間が切れているかつながっているかといった点は、文字を区別するポイントとはされません。
つまり、「底本ではしんにゅうの点が二つだけれど、プリントアウトや画面では一つ」であるとか、「底本ではくさかんむりの間が切れているけれど、プリントアウトや画面ではつながっている」といったケースでは、文字を訂正する必要はないのです。
こうした事情を説明した、「工作員作業マニュアル」の「【微妙な字体差と包摂規準】 」に示された図のAとBのパターンには、「微妙」とは言い難い、かなり大きな異なりがみられます。
これら29文字が底本に出てくる際は、きわめて高い確率で、Bの形をとっています。
一方、パソコンのフォントは、これもほとんど例外なくAでデザインされています。
そのために、「これはなおさなくてよいのか?」との迷いが、しばしば生まれます。
この疑問はむしろ、生じて当然のものですが、文字コードの例外的な取り決めによって、これらのAとBは、「区別しない」ことになっています。
秀英明朝シリーズは、フォントとしては例外的に、これら29文字のデザインに、Bのパターンを採用しています。
そのために、最終的には「必要なし」と判定することになる、「これはなおさなくてよいのか?」との疑問を、校正者に抱かせることがありません。
【補遺】
「工作員作業マニュアル」の「校正」の項は、電子校正に触れていません。
ここに記述されている内容は、印刷物を作成する際の校正手順の内、「初校」と呼ばれる最初のステップを、プリントアウトを使って進めることを念頭においてまとめられています。
印刷物づくりでは、「初校」に続いて「再校」、場合によっては「三校」、「四校」と校正が重ねられます。
一方、青空文庫では、公開作品を早くふやしたいとの願いから、校正を一度ですませています。
編集や校正の専門家ではない私たちが、簡略した手順でつくったファイルには、誤りが残りがちです。
こうした傾向に歯止めをかけるには、「工作員作業マニュアル」が標準的な作業ステップとして示している、「原稿引き合わせ一回、素読み二回では、不十分」とする指摘がなされるようになりました。
今、作成の準備を進めている新しい「校正の手引き」では、「原稿引き合わせ二回、素読み一回」を標準的な作業ステップとして示し、合わせて「工作員作業マニュアル」の「校正」も、この方針にそって改訂することを検討しています。
校正に取り組まれる皆さんには、正式な方針変更に先だって、「原稿引き合わせ二回」を励行してくださるよう、お願いします。
▼校正の実際2 ファイル修正と修正履歴の作成
一般的な校正作業は、誤った箇所をどう直すかの訂正指示を作るところまでで、終わりです。
一方青空文庫の校正では、ファイルの修正まで、校正者にお願いしています。
ファイルを直し始めると、しばしば修正前の状態を確認したくなります。
青空文庫から送られたファイルは先ずコピーをとり、予備を保存した上で、作業してください。
訂正にあたっては、どこをどう直したかを、記録してください。
記録は、テキストファイルにまとめてください。
以下、「青空」というタイトルの作品を直す場合を例にとって、修正履歴ファイルの作り方を説明します。
青空文庫から送られてきたファイルには、「aozora.txt」という名前が付いているはずです。
エディターなどを使って新しくつくる修正履歴ファイルには、ここに「_kosei」なり「_rireki」なりの文字列をプラスして、「aozora_kosei.txt」「aozora_rireki.txt」といった名前を付けてください。
修正履歴の1行目には、「青空」のように、作品名を記入してください。
続いて、どうをどう直したかを、以下のように列挙していってください。
意昧のない抵抗を → 意味のない抵抗を 【昧】
帯も、兵古帯 → 帯も、緑色の兵古帯 【「緑色の」を追加】
【 】の中に、誤っていた箇所を示してください。
脱字を追加した際は、【「〜」を追加】のように書いてください。
入力者による校正が行き届いた短めの作品では、修正すべき点が見当たらない場合があります。
直すべき点がなかった際も、一応修正履歴を作り、「直すべき点はみつかりませんでした。」と書いてください。
修正履歴は、「何をどう直したか」を伝え、記録しておくための作業メモです。
手引きのために、この文書でははっきり目安を示しましたが、形式の統一性が欠かせないわけではありません。
上記のパターンにあてはまらないものを記載する際には、「伝わればよい」と気持ちを楽に持って、書き方を工夫してください。
修正履歴は、修正前と修正済みテキストの差分を得るツールなどを使ってまとめてもらっても、構いません。
差分ツールの紹介、使い方などについては、準備中の「校正の手引き」で追って紹介します。
修正済みのファイルと、修正履歴は、「aozora」のように作品名を付けたフォールダーにおさめて圧縮し、reception@aozora.gr.jpに送ってください。
圧縮形式は、zip、lzhなどの一般的なものを選んでください。
青空文庫では、今日の人権意識と言語感覚に照らして不適切と思われる表現が作品中にみられる場合、図書カードの備考欄に次のような文言を記載することにしています。
「この作品には、今日からみれば、不適切と受け取られる可能性のある表現がみられます。その旨をここに記載した上で、そのままの形で作品を公開します。(青空文庫)」
作品を校正して、この対処が必要と思ったら、修正済みのファイルを送るメールに、その旨と、どの表現に対して問題を感じたかを記載してください。
▼校正の実際3 確認と点検
一通り校正が「すんだ」段階では、見逃しや修正漏れ、修正の誤りなどが、まず間違いなく残っています。
作業ステップは間違いなく踏んだか。
修正履歴は、訂正済みのファイルと合致しているか。
最後の確認と点検で、校正の「すんだ」ファイルを、校正「できた」ファイルへと高めてください。
「知的財産推進計画2006」の策定に向けた意見募集が始まりました。締め切りは平成18年3月29日(水)午後5時で、「知的財産推進計画2006に盛り込むべき政策事項」についての意見募集です。
皆様コメントを寄せてください。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/pc/060308comment.html
送信フォームは
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/pc/comment2_f.html
です。
参考サイト
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/050610.html
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/060224housin.html
2006年2月は、42作品のファイルが公開された。ニュースとしては、「著作権保護期間延長の対象となるりうる作品への取り組み方針」があげられる。
【主なニュース】
「著作権保護期間延長の対象となるりうる作品への取り組み方針」として、
・受け付けはこれまで通り、2年先の元日から公開できるものまでを対象とする。
・2008年以降に著作権切れを迎えるものの申請があった際は、公開が20年遅れるかも知れない旨を伝えた上で、そのリスクを受け入れてくれるのであれば、受理する。
・影響を受ける可能性のある作家の作品リストにも、その旨を記載する。
・延長の動きが、青空文庫の活動に直接影響し始めたことを示し、なにが、なぜ起ころうとしているのかを明らかにしていく。
がそらもようにあげられている。久生十蘭、牧野富太郎といった作家の作品が公開されない可能性がある。
【公開作品】
2006年2月には、42作品のファイルが公開された。なお、作品未公開のため機能しないリンクが一部ある。
もっとも多くの作品が公開されたのは坂口安吾で14作品(「安吾巷談 01 麻薬・自殺・宗教」、「安吾巷談 02 天光光女史の場合」、「安吾巷談 03 野坂中尉と中西伍長」、「安吾巷談 04 今日われ競輪す」、「安吾巷談 05 湯の町エレジー」、「安吾巷談 06 東京ジャングル探検」、「安吾巷談 07 熱海復興」、「安吾巷談 08 ストリップ罵倒」、「安吾巷談 09 田園ハレム」、「安吾巷談 10 世界新記録病」、「安吾巷談 11 教祖展覧会」、「安吾巷談 12 巷談師退場」、「勉強記」、「青春論」)。「安吾巷談」が一挙公開されている。
次に多いのが高村光雲で、「幕末維新懐古談」が10作品(「01 私の父祖のはなし」、「02 私の子供の時のはなし」、「03 安床の「安さん」の事」、「04 私の父の訓誡」、「05 その頃の床屋と湯屋のはなし」、「06 高村東雲の生い立ち」、「07 彫刻修業のはなし」、「08「木寄せ」その他のはなし」、「09 甲子年の大黒のはなし」、「10 仏師の店のはなし(職人気質)」)、公開されている。「幕末維新懐古談」は三月にも続きが公開される予定である。
今月は翻訳ものはなしで、探偵小説/推理小説は、黒岩涙香「無惨」が公開されている。
岡本綺堂の怪談が2編(「異妖編」、「月の夜がたり」)公開されている。
紀行文、回顧録としては斎藤茂吉「三筋町界隈」、芥川竜之介「東京に生れて」、大町桂月「秋の筑波山」、浜田青陵「沖縄の旅」、加藤文太郎「単独行」が公開されている。
長谷川時雨の「美人伝」からは、「樋口一葉」が公開されている。
他には太宰治が5作品(「私信」、「自信の無さ」、「世界的」、「無趣味」、「私の著作集」)、下村湖人が1作品(「次郎物語 03 第三部」)、狩野直喜が1作品(「桃花源記序」)、森本薫が1作品(「女の一生」)、萩原朔太郎が1作品(「名前の話」)、公開されている。
最後になりましたが、入力してくださった方々、校正してくださった方々に感謝いたします。また、みなさんのお気に入りを、コメント欄で紹介してもらえると、うれしいです。
バックナンバーは、こちら。
出羽三山 初級テスト
(時間:20分以内)
問1:「出羽」の読みを次の中から選びなさい。(5点)
1.でう 2.でば 3.でばね 4.でっぱ 5.いでは 6.でわ
問2:出羽三山にふくまれるのは次のうちどれか。3つ選びなさい。(3×3点)
1.月山 2.湯殿山 3.羽黒山 4.鳥海山 5.葉山
問3:出羽三山の近くを流れている川は次のうちどれか。(5点)
1.最上川 2.寒河江川 3.赤川 4.北上川 5.広瀬川
問4:つぎの漢字の読みを答えよ。(10×2点)
1.羽黒 2.荒沢寺 3.大網 4.七五三掛 5.肘折
6.本道寺 7.岩根沢 8.大井沢 9.寒河江 10.左沢
問5:出羽三山の
問6:出羽三山の開祖は次のうちどの人物か選びなさい。(5点)
1.蜂子皇子(能除仙) 2.役行者 3.空海 4.徳一 5.円仁
問7:出羽三山にふくまれない、山形県内にある有名な社寺を3つあげよ。(3×5点)
問8:山形県にふくまれる藩の名を5つあげよ。(5×3点)
問9:山形県の県令ではない人物を次の中から選びなさい。(5点)
1.水野忠弘 2.坊城俊章 3.関口隆吉 4.三島通庸 5.折田平内
問10:三島通庸がやらなかったことを次の中から選びなさい。(5点)
1.さくらんぼやリンゴの生産を普及した。
2.月山トンネルをつくった。
3.イザベラ・バードを歓迎した。
4.明治天皇へバイブルを献上した。
5.羽黒山の五重塔を取り壊すよう命令した。
6.月山へのぼった。
2006.3.4
しだひろし/PoorBook G3'99
転載・引用・リンクは自由です。
わが家の居間の壁には「姉妹たちよ 女の暦2006」というカレンダーがかかっています。2月はずっと大沢豊子さんを見ながらすごしました。さきほどめくった3月は松本恵子さん(1891〜1976)、翻訳家であり、日本ではじめて創作探偵小説を発表した女性です。「8人の姉妹兄弟と、動物好きの母が飼う猫、犬、小鳥、猿、兎と共に育つ。子どもの頃から客の靴に蛙を入れるなどは朝飯前のいらずら好きで、思ったままを口にし行動するので「ケイスケ」と呼ばれた。」と解説にあります。じっさいに中野圭介という筆名でもミステリを書きました。ははは。断髪・洋装の写真のとなりにおかれた「目の前に猫がいれば、自分たちだけが魚を食べるわけにはいかない。」ということばにもユーモアがただよっていて、3月にふさわしい。こどものころ読んだ『あしながおじさん』や『若草物語』はこのひとの訳だったのかもしれません。『松本恵子探偵小説選』や猫の随筆も読んでみようと思います。
「水牛のように」を2006年3月号に更新しました。
今月は御喜美江さんのコンサート「「アコーディオンワークス2006」があり、杉山洋一さんの合唱曲「ひかりの子」の初演(東京混声合唱団第204回定期演奏会)があります。水牛に載せているテキストはいつでも何度でも読むことができますが、コンサートはそのとき一度限りのものです。ぜひお出かけください。かれらの音はかれらのテキストにどこか似ているようにも思えます。ふだんは遠くにいるふたりが東京にいるあいだに、水牛のオフ会をやってみようかしら。青空文庫オフ会の幹事役で鍛えた技(笑)が活かせます。
「テントの中のバレンタイン」はJIM-Net(日本イラク医療支援ネットワーク)で公開されているものです。「限りなき義理の愛作戦」はホワイトデーに向けて続行中。
それではまた!(八巻美恵)