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2005.10.7 開催初日。開会式とオープニング作品の上映を見に行く。と、崔洋一氏が来訪、来賓席に腰かける。思いがけないゲストだ。体型はパンダ系というかヒグマ系というか。客寄せヒグマ……いやいや。今回の参加作品ラインナップをみても、アジアへの視点やアジアからの視点を強く意識していることがうかがえる。いいものに、商業もドキュメントもメジャーもインデペンデントも垣根はない。リアルもファンタジックもちょっとした技法の差異にすぎない。
さらに追い打ちをかけられる。完璧にしてやられた。油断してました。山根貞男氏じきじきのオープニング作品解説ときた。純粋に映画鑑賞を楽しむつもりで来たのですが、始まる前から楽しませてくれます。ステージにスクリーンが下りてくる。フィルムが回り始める。
一本めは『肘折物語』(小川伸介 紳介/1992/18分)。映画は小川監督の遺作であり未完の作品。'90年2月の撮影。
ふたつめが『雪国』(石元統吉/1939/38分)。昭和14年の作品。歴史年表を見ると吉川英治の『宮本武蔵』がこの年に完結しています。'37年に川端康成が『雪国』を発表。'41年12月が真珠湾攻撃だから、その直前ということになります。ちなみにテレビの本放送が開始になるのは戦後の'53年。解説の山根氏は時代背景にはあえてふれません。みじかく「日本映画の黄金時代であり、日本ドキュメントフィルムのさきがけ」であり「カメラマンのひとりが在日コリアンの井上莞」であることのみを語る。撮影地はこちらも新庄。
ここで、3つめのショック。
うす暗い冬の家屋の中で、こたつにあたりながら二人の男が会話するシーンがあります。茶飲み話ともインタビューともうけとれる短い場面。ひとりは若い男。顔に見覚えがある。おもわず指ささずにいられないほどの衝撃。間違いかもしれない。けれど間違っていなければ、彼は松田甚次郎だ。
大正生まれのぼくの祖父にとって、甚次郎はヒーローだったらしい。尊敬するひとは? というぼくの質問に祖父は間髪入れず「甚次郎」と答えたことがあります。どれほど彼の影響をうけたのかは、祖父が太平洋戦争終戦後、月山の南麓を60年間開墾し続けた一事をもって推量してもらうことができると思います。
ドキュメント映画はいま、「私映画」というテーマにさしかかっているといいます。私小説・プライベートなノンフィクションはあるけれども、私個人を題材にしてかつ、撮影表現するというのは思いのほかやっかいなものです。組織やマスメディアになればなおのこと
ふたつの作品とも宗教色はほとんどありませんでした。唯一、『肘折──』のなかで、鼓を打ちながら長い雪道を念仏を唱えながら歩く人物のシーンがあったのみ。
薄べにのコスモスが秋の日の、なにげない陽だまりにゆれている……byさだ。会場への道すがら、線路ぞいの田んぼはすでに稲刈りが終わっていました。月山は雲がかかって見えない。まもなく月山も白くなります。月山の残雪っていつごろまで残ってるのだろうと思って、よくよく注意していたのですが今年は9月中ごろまで見えました。その後はめっきり天気がすぐれず確認できていません。昨年はとくに雪が多かった。
山形国際ドキュメンタリー映画祭公式サイト
http://www.city.yamagata.yamagata.jp/yidff/home.html
なお、過去の作品ライブラリーの一部は、
山形国際交流プラザ(ビッグウィング)もしくは
山形市立図書館で閲覧できます。
2005.10.8
しだひろし/PoorBook G3'99
転載・引用・リンクは自由です。
しださん、
山形に行きたかったです。
でもダメでした。
まったく暇がありません。
千葉ロッテが勝っていることを心の支えにして生きてます。
Posted by: ag at 2005年10月14日 00:11agさん、暇がないとのこと、うらやましいかぎりです。
今まで映画祭へ足を運んだことがなかったので、
いい機会になりました。生きててよかったです。
(なんか、大賞取った監督たちの隣にすわってた気がする……)
ロッテがこようが王さんがこようが、全国制覇は虎でしょう。
Posted by: しだ at 2005年10月14日 01:45お願いです、小川紳介です。伸ではないので
訂正お願いいたします。
Posted by: takeda at 2005年10月16日 15:34takedaさん、ご指摘どうもありがとうございました。感謝です。
固有名詞は気をつけてるつもりですが……まだまだ注意力がたりませんね。
Posted by: しだ at 2005年10月16日 18:29