秋の慰安旅行記 その2
青空文庫のほん

2005年10月01日

 水牛だより10月1日

シューベルトは暗い時代のウィーンで作曲家となり、死ぬまで自分の住まいを持つことなく過ごしました。背が低く太っていてメガネをかけているという「三重苦」(とどこかの本に書いてありました)だったようですが、友人にはめぐまれていたのですね。
「冬の旅」の公演情報をアップしました。東京で初演し、松本、金沢、北海道、岩手県など、主に北へ行きます。公演地はふえる可能性もあります。追加や変更があればその都度更新しますので、ときどきチェックしてください。そしてぜひお出かけください。CDはコンサート会場でも販売します。

1822年、25歳のシューベルトは「わたしの夢」という文章を書いています。その中の一節。「わたしはまた家を出て、遠くの地へと去った。わたしの愛を拒む人たちすべてに無限の愛を抱きながら。わたしはそれから長い年月のあいだ歌をうたって過ごした。わたしが愛をうたおうとすると、それは悲しみになった。そこで悲しみをうたおうとすると、それは愛になった。」
「冬の旅」を作曲する前に書かれたものですが、これは「冬の旅」の世界そのものです。日本語で聞くと、そのことがよくわかります。そしてついつぶやいてしまいます。なぜこんなに暗いの?

「水牛のように」を2005年10月号に更新しました。
人間の剥製やうつくしい解剖学蝋人形。ホットルケンはポルトガル? 金魚はアラブ人のペットである。スマトラ島リアウの州都は石油でうるおっているのだな。イサーンの蒸したもち米はおいしい。タイ語で「おかず」は「ごはんと」と言うのだからやはりごはんがまずあらねばならない。というような10月です。御喜美江さんと四釜裕子さんは今月は充電中です。

それではまた!(八巻美恵)

★この文章を書いた人→八巻美恵★こんな時間に→2005年10月01日 11:08 ★トラックバック


 コメント

金沢公演は、面白いところでなさるんですね。会場は「紡績工場」だったかな、その跡地の建物を利用したもので普通の劇場とはずいぶん違います。「自主管理」的な要素が強い所で、芝居や音楽など公演する側が、舞台や照明など主体的に行っています。演劇の先輩がよく利用して、「裏側」を見せてもらったことがあります。そんな場所だからこそ、「冬の旅」も大胆な演出を期待しています。ほんとは行きたいのですが、なにしろ金沢は遠くて…

Posted by: ゼファー生 at 2005年10月18日 00:30

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