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毎年やってくる敗戦記念日、ことしは60回目を迎えようとしています。1945年8月15日に生まれた友人は、誕生日には毎年「あれから××年」と言われ続けているため、自分の年齢を意識せずに生きることは一生できないのだわ、と言います。わたしは戦後の生まれですが、小学生のころは上級生にはおとうさんのいない人がかなりいました。おとうさんはみな戦死したのです。戦後に生まれたこどもにとってもそれは当たり前のような日常でしたから、「姉の同級生には父親が戦死した人がたくさんいたから、わたしの父も戦死したのだと思いこんでいたのよ」と津島佑子さんから聞いたとき、さもありなんと思ったものです。津島さんのおとうさんは太宰治、亡くなったのは1948年です。
タイの尼僧、メーチー・サンサニーさんの一筆書きの作品展が(東京では)一日だけありました。その日の午後に行ってみると、お客はわたしひとりだけ。作品を一通り見て、「智慧の歩み」という1時間ほどのドキュメンタリーを見ていると、メーチー・サンサニーさんが会場に入ってきました。ワイをして微笑みをかわしました。尼僧と書きましたが、正しくは今のタイでは女性は出家しても僧侶にはなれず、メーチーと呼ばれる修行者にとどまります。黄色ではなく白い僧衣しか着ることが許されません。その白い僧衣の着こなし(?)が美しくおしゃれに見えるのは、メーチー・サンサニーさんが以前はタイのトップモデルだったことと無関係ではなさそう。でもそのたたずまいはしんと落ち着いて静かです。作品やドキュメンタリーやウエブをいくら見ても伝わらないものがその人そのものにあることを忘れてはいけないと思った、夏のはじめの午後でした。
「水牛のように」を2005年8月号に更新しました。
森下ヒバリさんは京都からタイに避暑に行く? いいなあ。いまごろのタイなら空気もすこし乾いていてすごしやすそう。
いつもスラチャイの詩を訳してくれる荘司和子さんはタイの語学書の執筆でいそがしく、今月もお休みです。そのかわり、タイ風空心菜ミソ炒めをおしえてもらいました。空心菜は朝顔菜ともいい、中国や東南アジアではおなじみの葉ものです。茎が中空になっているので、空心菜という名があるのだと思います。みそ、醤油、ナムプラー、オイスターソースを自分の口にあう味に混ぜ合わせて、フライパンで熱します。そこに空心菜を2つか3つに手でちぎってバッと入れ、全体に調味料がからまったらすぐに火を止めて出来上がり。火を通しすぎると水っぽくなっておいしくありません。好みでニンニクをいれるのもよし。
おいしい夏を過ごしましょう。
今月の一冊は『祖父の恵み』(レイチェル・ナオミ・リーメン 藤本和子訳 中央公論新社)を。まだ一冊ぜんぶを読み通していないけれども、前作の『失われた物語を求めて キッチンテーブルの知恵』よりおもしろいという感触があります。リーメンが7歳のときに亡くなった、ユダヤ人のラビで神秘主義者だったおじいさんとの関係がひとつの軸となっていて、そこに興味をそそられるのです。おじいさんのいうとおり、「いまも自由はこわいもの」だと思います。amazonにリンクしようと検索したら、あれ? この本はありませんでした。なぜでしょうか? まさかもう売り切れ??
それでは、また!(八巻美恵)
★この文章を書いた人→八巻美恵★こんな時間に→2005年08月01日 00:55 ★トラックバック