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蛍といえば、青白い光を漂わせ、まるで人魂のようだと形容され、幽玄なおもむきを思い起こさせるものである。ところ変れば品変わる、でアメリカのホタルはかなり違うおもむきを感じさせた。ちょっと時期は早いけれど、蛍の出てくる作品とともにアメリカのホタルの話を少し記してみたい。
とある事情でアメリカにいる。とある事情でホームパーティに参加することになった。季節は6月の終わり。日本は梅雨のまっただ中だけど、こちらは快晴。日差しは強いけれど、湿度が低いので日陰に入るととても涼しい。場所はジョージア州の北の方で、サウスカロライナ州にかなり近いところ。といってもジョージア州の首都であるアトランタから車で一時間もかからない。アトランタといえば、コカコーラやデルタ航空の本社がある大都会である。それでも、ハイウェイを降りたあたりで、木々がやけに多く、カントリーサイドであることを感じさせた。
パーティには半裏方として参加したので、料理の準備や片付けをしながら合間合間に会話をするくらい。半裏方の仕事も、結構のんびりとしていた。アメリカもカナダもパーティの始まりと終わりはいつもいい加減で、いつの間にか始まって、いつの間にか終わっている。サマータイムのためか、なかなか暗くならないので、大体夕方5時頃からパーティは家の裏にある庭で始まった。裏の庭といっても、松の木が2、3本、他の木々も結構ある広い庭である。
料理を出してしまえば、かなり暇なので、椅子に座って庭の木々の方をぼけっと見ていた。サマータイムで暗くならないとは言っても、8時を過ぎれば少しずつ暗くなる。その頃に、木々の間にちらちらと光るものが見えた。最初は、夕日が蜘蛛の巣にでも当たっているのかと思った。もしくは、目の錯覚かと。近づいてよく見てみると、小さい虫が光っているのだった。家の主人に、このへんにはたくさんいるのか、と聞くと「ホタル(fire fly)か、結構いるぞ」とのことだった。
ホタルと聞いてもその実感が湧かなかった。なぜならば、まず光っている時間が短い。大体1秒弱光って、すぐ消えてしまう。そして、色が違う。黄色かオレンジ色なのだ。
蛍ならば、青空文庫で関わった作品を検索してもいろいろと出てくる。古くは、源氏物語の副題にもなっている。作中の与謝野晶子の和歌にあるように、
「身にしみて物を思へと夏の夜の蛍ほのかに青引きてとぶ (晶子)」
と、蛍は青い光を発している。そして、泉鏡花「草迷宮」にあるように、
「と云った人声に、葉裏から蛍が飛んだ。が、三ツ五ツ星に紛れて、山際薄く、流《ながれ》が白い。」
と、その光はすぐに消えてしまうようでもないらしい。そして、蛍のいるところは泉鏡花「黒百合」にあるように、
「それでは滝があって蛍の名所、石滝という処は湿地だと見えるね。」
と、水の傍らしい。
再び、アメリカのホタルに話を戻す。サウスカロライナ州に近いここには近くに清流がある訳でもない。光の色も光り方もかなり違う。日本の蛍とは呼び起こす情緒がかなり違うなあ、と思いながら、眺めていた。パーティは、9時半頃にいい加減に終わった。いつの間にか主役たちは去り、残っているのは半裏方とこの家の家族だけになっていた。片付けも大体済んで、庭に面したバルコニーでぼけっと暗くなった木々の間を飛んでいるホタルを眺めていると、家の主人が気を利かせてくれたのか、庭に面した照明を消してくれた。すると、ホタルの光がもう少しはっきりと見えてきた。木々の所々で、点滅しながら光っているホタル。たくさんのホタルが黄色い光の点滅を木々にまとわせている姿はまるで、そうクリスマスツリーの装飾のようであった。これはこれで、情緒のあるものだと思った。アメリカ東部、南部の文学でホタル(fire fly)が描写されている作品があるのかどうかを知らないが、この景色を見ると、そんな作品があってもいいのではないかと思った。
外国の人が書いた”蛍”が、確か、青空のあったと思い、それも身近にと。ありました、ありました、とても美しい蛍の光が・・
少年の集めてゐる薔薇は燦めく紅宝石(ルビー)の如く、百合はさながら真珠の鈍い光りを帯びてゐた。あらゆるものが其上に不死なる何物かの姿を止めてゐるのである。ただかすかな炎を、影の中に絶えずともしてゐる蛍のみが、生きてゐるやうに思はれる。人間の望みの如く何時かは死する如く思はれる。「春の心臓」ウイリアム・バトラー・イエーツ 芥川龍之介訳
アイルランドとアメリカではちょっと違うでしょうが・・・
Posted by: ten at 2005年06月21日 15:06