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世はブログに人気があつまっています。はじめにテンプレートさえ(できれば助っ人の手を借りて)つくってしまえば、レイアウトを気にせずに、原稿さえ書けばいいのですし、ファイルの管理もHTML よりずっとラクであることは、じっさいに使ってみると身にしみてよくわかります。
たくさんの書き手がいる「水牛のように」も、書き手ごとのブログの集合体のようなもの、にすることはできるし、そのほうが今を感じさせるかもしれないと思います。でもそうしてしまうと、たがいの関係性の質が変わってしまうとも思うのです。もうしばらくは、あいまいさをじゅうぶんに持って、ひとが出会える空間としての「水牛」のままでいよう。そんなことを考えたのは、1月22日におこなった木村迪夫さんの『まぎれ野へ』の出版記念朗読会が、「水牛のように」を現実の土曜日の午後に移したような、ふしぎな魅力にあふれた集まりになったからです。声に出して読まれ語られ歌われて、耳から入ってくることばは、詩人たちのたたずまいとともに、あの日あの時の空間をみたし、こころに残る全体として機能したのでした。
「水牛のように」を2005年2月号に更新しました。
巻上公一さんの「目に鳩」はメールマガジン「マキブリ」最新号から。巻上さんとそっくりのかわいい坊やとの会話(?)がかわいらしくて、転載をお願いしました。
スラチャイが企画、制作、販売までひとりでやったという自主制作のCDの話。「何部売れないともとがとれない」とか、「どうして売れないのか」とかいう制作会社の損得勘定とつきあう必要がなくてとてもしあわせで自由につくった、というところに強く同感です。
自主制作だからといって、採算がとれなくていいというわけではないし、売れなくてもいいというわけじゃない。もちろん売れてほしいと願います。それをだれかの損得勘定から言われるのはどこかおかしいということです。
4月1日発売予定のCD「水牛のように」のファーストエディットが出来上がり、はじめて全体を通して聴きました。アイディアがかたちになってゆくときの「しあわせで自由」な瞬間です。オーストラリアの詩人ウェンディー・プサードが「水牛楽団の歌」という詩を書いて送ってくれたのが1981年だったと記憶しています。この詩がそもそもの発端であるなら、CDができるまでに24年という時間が必要だったことになります。この間のことは、きっと御喜さんが来月書いてくれるはず。幸福なCDの誕生のために、さて、これから作業を開始しなければ。
それではまた!(八巻美恵)
★この文章を書いた人→八巻美恵★こんな時間に→2005年02月01日 02:00 ★トラックバック八巻さん、こんにちは
よろしければ、木村迪夫さんとの出会いをぜひ教えてください。
Posted by: しだ at 2005年02月04日 00:36しださん、こんばんは。
木村さんの詩をはじめて読んだのは『わが八月十五日』(1978年 たいまつ社)という詩集です。その中の「祖母の歌」という詩を、当時やっていたバンドの水牛楽団で歌にしてうたいました。あかるい歌になっていい、と言っていただいた記憶があります。
それ以来、木村さんの本を読み続けてきました。2002年に出た『いろはにほへとちりぬるを』は木村さんのおかあさんのことばに満ちていて、とてもすばらしいものです。それで、朗読してくださいとお願いしました。
録音のために上山のご自宅にうかがって、はじめて木村さんにお会いしたのですが、なぜだかずっと前から知っているなつかしい人に会ったような気がしたのでした。
しださんもあの近くで生きているのだと思うと、お会いしたことはなくても、書いたものは読んでいるので、なんとなくある種の感じを想像することができます。ふしぎですね。
Posted by: 八巻美恵 at 2005年02月05日 00:10