![]() |
この blog への投稿をおおせつかって以来、何を書こうかと迷っていましたが、ま、当方、「十年一覺蒼穹夢」なるショーモナイ書評欄を昨年から始めました。今年から、ten さん、うにさんの「読書blog — すいへいせん」も始まり、大いに刺激をうけています。「すいへいせん」が、「夫婦善哉」をとりあげられた時の、当方のコメントの一つをちょっと変え、紹介してみます。
最初から、ブザマなかっこうで、Blog の書き方がわからなくて、何度かの送信になってしまいました。トホホ(^^;)許してください。ドジな、新参者ですが、以後よろしくお願いします。
すんまへん、しょうこりものー「この世」にでてきよりました。おださくせんせ、覚えたはりまっか、わい、ベンゲットのたあやんだす、せんせのおかげで、この世に出してもろた、たあやんだすがな、なんや「あの世」から「この世」ちゅうと、けったいな話だすな。「あの世」も広いさかい、ちいともせんせと会えしまへんな、まだ馬こーたはりまっか。「あみだぶつとくべつ」どうだした?せんせのこっちゃ、また万馬券ねらはったやろな。せんせの大穴ねろーてはずれ馬券、有名だしたな。こないだおーた菊池寛せんせなんどは、「ちっとも当たりよらん」とえろーけなしたはりましたで。
何やて、「おまえ、字書かれへんかったとちがうか」てだすか。こっちへ来てなんもすることないさかい、おしゃかはんからじー習いましてん。便利になりましたな、ちかごろは「あの世」も「あいちー」ちゅうもんがでてきよるけつかるよって、読むもんは不自由せんわ。青空文庫はんちゅうてええ教科書があるよってに、無学なわいにもありがたい話や。「そやけど、ひらがなが多い」てだすか。青空文庫はんでもっと勉強しまんがな、ごっつうむつかしいじーも読んだり書けたりでけるようがんばりまっさかい、ちょっと、待っておくんなはれ。青空文庫はん、おおきに。これからもひーきにさしてもらいま。
そいでもって、青空文庫はんで、せんせの小説よましてもらいましたで。よろしおまんな。大阪人のええとこ、えげつないとこ、せんせはみんな書いたはります。うにはんは、「めおとぜんざい」ほめたはりましたな。そやけど、やっぱ、「わがまち」は、いっとおええととおもてまんねんでん。わいのでてくる小説やからこればっかりはしょーがおまへんやろ。ちらっとやけど、ゼファー生はんのすんでるとこも、でてきますて、えらいよろこんでいやはりましたけど。なんでか、きいしれんわ。だいいち、あんなけったいなげえめえつけるから「国籍不明のいかれころの名前」て言われはって、きつうそしられるんとちゃいまっか。
ちょっとじー書けるとおもて話があっちゃこっちゃにとびまんな。「わがまち」の事だしたな、「めおとぜんざい」で有名にならはった、ちょうこはんとりゅうきちはんも登場しま。そやな、もりしげはんのりゅうきちもええけど、新国劇で、わいの役やらはったのが、しまだしょうごはん。これまたたまらんだすな。しぶーて、ちょっといやらしゅーて、そんでも、ひんがありまんがな。まるでわいとうりふたつや。ほんま、「まつけんさんば」がなんぼのもんじゃい。さんばはんて、やや子とりあげるおばはんのこってっしゃろ。おなごはんとおとこはんが分かれて歌たわはる、なんとか言いましたな、あれだけは、先に、えらい政治家はんに、「こんなん、どうでっしゃろ」と言わんでもええ番組がおまっしゃろ、それを、おしゃかはんのとこのおっきゅう写るてれびで、おおみそかに見してもらいましてん、わいかて、ぴんと来ましたわ。てれびと言うたら、こないだ「てつこはんの部屋」で、しょうごはん、写ったはりましたな。あれ、びでおなんたらとちごうて、「あの世」からでも、ひかりのとおる線をつこうて、ほんまもんの生ちゅうけいやったやてな。おしゃかはんもはしゃいではったし、そこらじゅうえらいさわぎやったわ。知ったはりました?
わいはな、よつばしのプラネなんとかというとこで、南のほうでしか見えへんおほっさん見てから、こっちにきましてん、ほんま、せんせの書かはった最後の、ここんとこ、主人公のわいでも、泣けてくるがな。そのでんきかがくかんものーなってしもうて、大阪の街も淋しうなってきたて、ゼファー生はんが言うたはりましたで。おださくせんせ、たまにはいっしょに大阪にあそびがてら、また、おもろい話ししにいって、ぜにかせいできまひょ。ほな、さいなら。
【注】以上の文章の登場人物は、すべてフィクションであり、おしゃかさんなど故人を含む実在の人物とは一切関係がない。
このへんでオリジナリティについて。16才、高校一年。あのころもよくオリジナリティについて考えてました。ぼくにとってオリジナルとはなんなんだろう。どうすればオリジナルなものをつくりだせるのだろう。ひとまねでない、ひとのコピーでない、独創的なアイデア。独創的な表現方法。独創的な世界。
小学生のころからマンガを写すのが好きで、よく雑誌のうえに白紙を置いて写し描きしてました。高校一年、あのころは安彦良和さんの『アリオン』。まゆ、切れ長の眼、瞳のアップ、鼻の陰影、唇、くちもと、かおの輪郭、くびすじ、前髪、バランス。そのころ大きな悩みがありました。オリジナルな絵が描けないことです。どうやったらオリジナルな絵を描けるのか、どうやったら下絵なしで描けるのか。悩みながら模写しつづけました。けれどけっきょく、オリジナルな絵を描くことはできませんでした。
マンガの模写をしながら、もうひとつのオリジナリティについて考えてました。漫画のストーリーのほうです。物語性。物語のオリジナル。どうやったらオリジナルなおもしろいストーリーを考えることができるか。たとえば、だれかの漫画の世界と登場人物をかりてきて、ちょっと別のストーリー、アナザーストーリーを考える。これは比較的らくです。パクリと批判されるかもしれませんが、まずはじぶんの好きなものをマネする。どうして好きなのかトコトン考える。そしてちょっとずつ世界をひろげる。
桑田(佳祐)さんがラジオで語ってたことですが、新曲発表の前夜はすごく怖いと。メロディーが誰かの曲と瓜二つじゃないだろうかと、かなり神経をつかうと。気がつかないうちにそっくりな曲に仕上がってしまうことがミュージシャンにとってはすごく怖い。意図がなくても盗作のそしりをまぬがれない。意図があればなおさら悪い。悪夢にうなされて起きることもあると。ちなみに嘉門達男さんは替え歌をつくるとき、すべて関係ミュージシャンの承諾を得て作ってる。
たとえばルパン。モーリス・ルブラン原作のルパンもあるが、モンキーパンチのルパンもあり、大塚さんのルパンもあって、宮崎さんのルパンもあって、出崎さんのルパンもある。さらに言えば、翻訳者それぞれのルパンもあるし、山田ルパンと栗田ルパンもある。ルパンルパンルパン、だ。
ストーリーのオリジナリティ。
キャラクターのオリジナリティ。
そんなことを考えていてよく思ったのは「いかにじぶんは人間をしらないか」「いかにじぶんは世界をしらないか」「いかにじぶんは人と人の関係性(=社会)をしらないか」ということでした。たとえば登場人物どうしに会話をさせようとする。セリフを書きこむ。読み返してみる。自分の書いたセリフに悩む。リアリティが感じられない。ほんとにこんな会話するだろうかと悩む。いかにも作り物くさくてしらじらしい。とくに異性のセリフや年の離れた人物のセリフ、ある職業に設定した人物のセリフ。とたんにうそっぽく感じられてしまう。深みがない。セリフだけじゃない。登場人物の動作ひとつひとつが気になってしまう。そのうち、登場人物はぜんぶ似たような仮面で演じてる、あるいはぼくがその駒を動かしてる、そんなふうにしか思えなくなってくる。キャラクターの設定をすればするほど、なんだかむなしくなっていく。
社会科学全般、とくに社会学に興味をもったのはそのころです。
哲学とか心理学にも興味はありましたが、あまりにはまりすぎそうなのがちょっとこわい。はまらずにはいられない性格なのを自覚してるところがあるので。なので、そっちにはあえてふみこまないでおこうと。文化人類学やら民俗学やら地域社会学やら比較文化やら社会心理学やら科学哲学やら認知科学やら。それからしばらくしてたどりついたというか、一回転してもどってきたというか、それは「オリジナリティとは、自分自身どこでいつなにをやってきたか」ということでした。
ぼくのオリジナリティ。それはつきつめると、ぼくがいつどこでなにをやって、なにをやらなくて、何を考えて何を考えなくて、という「履歴」だということに思い至ったわけでした。べつにどうということはない、ちんぷであたりまえのことなんですが。どこにどれくらい住んだことがあったか。そこでどんなことをしたか。どんな人と出会ったか。なにを食べたか。なにを聞いたか。なにをたのしんだか。なににおどろいたか。なにを悩んだか。なにを遊んだか。読書の履歴。失恋の履歴。仕事の履歴。学習の履歴。病気やけがの履歴。思考の履歴。情報の履歴。それから家族の履歴。
ぼくたちの世代はとくに、TVや映画・音楽・新聞・雑誌など、似かよった情報源から似かよった分量の、似かよった情報を、似かよった手段で得ています。そういう情報環境のなかでオリジナリティを深化するにはちょっとコツがいります。あえてふみこむ分野をしぼりこんで、それ以外の分野はほどほどにしておく。すべての有益な情報をとりこんで、それから判断できればいいだろうけれども、それはかなり困難なことであり絶望的。大好きなひとをひとり見つけるために、存在するすべての女性に出会ってつきあってみることは残念ながらできない。音楽にせよ、映画にせよ、本にせよ、人にせよ「出会い」があります。偶然みたいなものです。偶然とは頼りなげなものですが、頼りなげな出会い、それの積がオリジナリティ。
ぼくというオリジナルな存在を考えるうえで見逃せないのが、血の履歴、家族です。血の履歴などというと、農耕民族と狩猟民族とか、世襲制度とか、狐つきの家系とか、ナチスや帝国日本軍の優生遺伝研究とか。あまりいいイメージを持ってもらえないかもしれませんが。はたして血や遺伝子が、後天的な記憶をもひきついでるかどうかは興味深いですがともかく、ぼくたちは例外なく2つの血を受けついでおり、4つの血を受けついでおり、8つの血を受けついでおり、16の血を受けついでおり……
その血ひとつひとつにドラマがあってオリジナリティがあった。むしろぼくのこれまで経験してきたドラマよりも、深いドラマ、深いオリジナリティを血のひとつひとつが体験してきたかもしれない。ぼくのオリジナリティと彼や彼女たちのオリジナリティに優劣はないし、価値の優劣はない。たぶん。そこでぼくがやったのは直接の聞き取りです。祖父母は僕ぐらいのころ、どこでなにをしたのか。幼いころ誰にどんなふうに育てられたのか。祖父母の兄弟はそのころどんなんだったか。ぼくのまだ知らない祖父母のことをつぎつぎに聞き出しました。古ぼけた写真をひっぱりだして、それをも手がかりにしながら。それは「いま」しかやれないことだからです。
祖父母の世代で太平洋戦争の体験が語られ、その一世代さきで日露戦争や東京大震災、その一世代さきで明治維新や戊辰戦争の体験が語られました。知識としてすでに知っていたはずのことでさえ、しだいにちがった印象をおびはじめます。当事者ならではの描写。てがかり。よりリアルなイメージの喚起。教科書や新聞やたいていの歴史の本は、意図的であるにせよそうでないにせよ、東京や京都など「みやこ」中心にもの語られがちです。ところが血の語りはそうじゃない。あくまでも自己中心的《selfish》な語りです。それが血のものがたりの強みです。たとえば太平洋戦争でひんぱんに語られるのは真珠湾や広島・長崎・沖縄ですが、房総半島の九十九里浜にも太平洋戦争があったし、山形にももちろんあった。明治維新や戊辰戦争も京都や江戸や会津だけでなく、米沢にも出羽にも庄内にもあった……と、これで、一連の流れとつながってきたでしょうか。
べつに、血縁が大事ということをいいたいわけじゃなくて。ちいさいころは両親がいたので、貴種流離譚にあこがれていたものでした。どうしてぼくにはふたおやともいるんだろうと。損したような気分でしたから。あるものうとまし。それはともかく、じぶんのオリジナルな体験に深みを増すために、身近で相互に影響をあたえあたえられしてきた人たちから、リアルな情報をコピーしてもらうわけです。直接じぶんが経験したことじゃないから、もちろん限界もあるしバイアスもかかる。でもそもそもの目的が創作ですから。ノンフィクション、ドキュメンタリーが目的じゃない。リアリティのある手がかりを用意するのは、ウソをもっともらしくつくための手法で。気持ちよくだましてあげたいというのが出発点でしたから。
で、血縁と並行して意識してるのが地縁です。運命とか必然ということばを、ぼくはあまり好みません。むしろ、そんなもんクソくらえ、みたいなとこがあります。それでいながら。あるいは、だからこそ。たまたま出会った偶然性をてがかりにしてみたい。たまたま出くわした共時性《sinfonicity》。たまたま通りかけた場所。たまたまこの国のたまたまこの地にいま住んでる。そこをヒント・てがかりに。それがぼくのばあい、日本であり山形なわけで。やまがたという地域は変なところがあって、ひっこみじあんで内弁慶の代名詞のようなところでありながら、なんか変なひらきなおりというか、根拠のない信念というか、腹黒いつつましさというか。猫のかわをかぶった信楽焼きというか。うさんくさいのが少なくない。出羽三山の修験なんてもう、うさんくさいのの極みだし。うさんくさいものがつぎつぎポコポコわきでてくる源泉みたいな。黙して語らず。つまりは、むっつりスケベなエロおやじ。
なるほど。ぼくの原点《orijinality》は、むっつりスケベなエロおやじでしたか。
2005.1.25
転載・引用・リンクは自由です。
しだひろし/PoorBook G3'99
京都市左京区を本拠にする当研究会では、ただいま新規会員を募集しています。
基本的には大学のサークルなので、活動のメインは暇の多い長期休暇期間中となり、そんなわけで、いつも休み直前に勧誘活動を行っています。けれど、会員はうちの大学だけに限ったということではなく、京都市内で容易に接触できる方なら、どんな人でも構いません。他の大学の人でもいいし、働く人でも、専業主婦(主夫)の人でも。
1年間続けてきて、このサークルも方向性がはっきりと固まってきました。それは、青空文庫の入力・校正をコーディネートするということです。
潜在的に、ボランティアをしたいという人や、青空文庫の活動に参加してみたいという人は、結構たくさんいらっしゃると思います。でも、そのみなさんが全員、青空文庫に参加するというわけではありません。色んなことがネックになって、一歩踏み出せずにいる人も多いと思います。その理由のひとつとして挙げられるのは、「作業に使う本を自分で探さなければならない」ということです。(とりあえず校正なら青空文庫から底本コピーがもらえる、ということは事実は横に置いておきます)
入力を行うにしても校正を行うにしても、底本が必要です。そのためには本を購入したり、図書館から借りたりコピーしなければなりません。目的の本を手に入れるには、古書店をめぐらなければならないかもしれませんし、各地の図書館へ足を運ばなければならないかもしれません。有名な作品があらかた公開されてしまった現在では、書店で新刊として底本を買うことよりも、そちらの方がケースとしては多いかもしれません。そしてさらに、その本を探すためには知識も必要です。著作権の切れている作家にはどういう人がいるのか、どんな本があるのか、どこをどう探せば手にはいるのか……青空文庫の作業は、進むにつれてだんだん難しくなっている、と考えることもできるでしょう。
それでは、なかなか参加しづらい。でも、実際には「これが公開されたらきっと面白いことになる」という本はまだまだたくさんあって、「いやいやこのあたりの本なんか公開されて当たり前じゃないか?」みたいな本も無数にあるわけです。長く青空文庫で活動していると、そういう本がたくさん視野に飛び込んできて、「あああれもしたいこれもしたい」となるわけですが、結局のところひとりなので、それをみんな自分でできるわけではなく、ちょっとした欲求不満を抱いたまま作業を続けることになります。
そんな状況で「こんなにたくさん作業するなんて無理だーっ! うきゃあーっ!」ともう辛抱たまらんなった私が作ったのがこのサークルなのですが(2004年4月1日のそらもよう参照)、そこで入ってくれたメンバーは、ほぼ全員、青空文庫の作業をこれまでやったこともないし、もちろん底本の情報も知らない、初心者の方ばかりです。けれど、すでにうちのサークルにはたくさんの入力可能な本のデータと本そのものがあるわけですから、みんなはその中から好きな本を選ぶことができますし、また「こんな本ないですか?」ということであれば、探してみたりもしました。たとえば今現在、うちのサークルですぐ作業できる本には、以下のようなものがあります。
【一般文芸】
イプセン「人形の家」、オースティン「高慢と偏見」、ゲーテ「若きウェルテルの悩み」、サッカレー「虚栄の市」、スウィフト「ガリヴァの航海」、セルバンテス「ドン・キホーテ」、ディケンズ「オリヴァー・ツイスト」、デュマ「三銃士」、トルストイ「戦争と平和」、ハーディ「ダーバヴィル家のテス」、ホーソーン「緋の文字」、ボッカチオ「デカメロン」、ブロンテ姉妹「嵐が丘」「ジェイン・エア」、ミルトン「失楽園」、モーパッサン「短編集」、ラム「エリア随筆」、ワイルド「ドリアン・グレエの画像」、Unknown「水滸伝」「西遊記」など
【児童文学】
アミーチス「クオレ」、キプリング「ジャングル・ブック」、キングスリー「ギリシャ英雄物語」、バーネット「秘密の花園」、ビョルンソン「日向丘の少女」、水谷まさる「ロビン・フッド」など
【ミステリ・ホラー】
ヴァン・ダイン「グリーン家惨殺事件」「カナリヤ殺人事件」、ガボリオ「ルコック探偵」、シェリー「フランケンシュタイン」、チェスタトン「ブラウン神父もの」、ドイル「シャーロック・ホームズもの」、ルブラン「アルセーヌ・ルパンもの」、ルルー「オペラ座の怪」など
【哲学書】
キルケゴール「憂愁の哲理」、スピノザ「エティカ」、デカルト「感情論」、フロイト「精神分析」、マキャベリ「君主論」、マルクス「資本論」、ルソー「民約論」「エミール」、ロック「悟性論」「デモクラシイの本質」など
【詩集&その他】
ホイットマン「草の葉」、ランボー「酔いどれ船」、ワーズワース「詩集」、その他「わかりやすい麻雀の覚え方」「四季の料理」などサブカルチャー的文献も
【国内文献】
京大図書館に貴重な学術文献(でも読まれない)が何百冊とあるよ!
とにかく青空文庫に参加するときに面倒な部分は全部、サークルでコーディネートすることによってぶっ飛ばしてしまって、いろんな人に気楽に参加してもらおう、というわけです。個人で参加してもいいですし、ひとつの長い作品をグループでやってみたい、というのも大歓迎です。たとえば、「オレたち、ロックやりたいんです!」みたいに(笑)。
例会(ミーティング)は毎週金曜に大学内のとある部屋でやっていて、このときに作業関係の受け渡しやその他もろもろをやっていますが、毎週毎週やることがあるわけではなく、基本的にみんなでご飯を食べながら世間話をしているだけなので、その日にあまりこだわらなくていいです。もし興味を持たれた方がおりましたら、どうぞ私の方(bs_221b-lj@infoseek.jp)へご連絡下さい。詳しくご説明します。
それでは、これからもサークル一同頑張りますので、みなさまよろしくお願いします。
死にそうなおもいをしたこと……
ぼく自身は、ざんねんながらありません。
せいぜい、波乗りをしてて大波にのみこまれたり、
スノボやってて、後頭部をアイスバーンに直撃とか。
そのていどです。
大正生まれの祖父は11度だか死にそうな体験をしたとかで、ノートにそのときのことを思い出しながら書いていたことがありました。真剣な顔をして。空爆で命びろいしたとか、風呂場で感電したとか。
いいことなのか、わるいことなのかわかりませんが、ぼく自身はそういう経験がありません。けれども、死にそうになったひとを間近で見たことなら3度あります。一度目は中学三年のとき。学校の裏山のスキー場で、簡易ロープリフトの回転部分に児童が巻きこまれ、血相をかえて助けを求め走ってきた体育教師に応じて現場へかけつけたとき。二度目は二十歳のとき。駅でたまたま目の前のひとが、てんかんにかかった。両手をビンと前に突き出し直立不動で硬直。ブルブルふるえてうなっていたかとおもうと、そのままあおむけにドタッとたおれた。たくさんのひとが行きかう駅構内でのできごとでした。三度目は二十三のとき。ある安宿でのできごと。二階のテラスでふざけていたともだちが、足をふみはずしてガラス天井をつきやぶって一階の中庭へ落下。さわぎのなか、彼が宿から運び出されるのを見ました。
三つに共通するのは「その後、かれらが生還するのをぼくが見た」ことです。体があらぬ角度に折れまがり、抱きかかえるとあたまがだらりと垂れた……歯をくいしばり、うなって口からアワをふいていた……散乱するガラス破片の中、血だらけでもうろうとしていた……容態はさまざまでしたが。病院のベッドの上で……駅員に介抱されて……ギプスをして松葉づえをついて。それぞれ三者とも意識をとりもどしています。
さて、今回のテーマは弘法大師です。
きっかけは10年ほどまえ。司馬さんです。
読んだ作品の数はかぞえるほどしかありませんが。「ご自身で代表作を選ぶとしたら?」と編集者から質問されて、新選組(『燃えよ剣』だったか『新選組血風録』)と『空海の風景』、と司馬さんが答えています。二十代なかごろのぼくにとって小説『空海の風景』はかなり手こずりましたが、そのぶん愛着あるキャラクターです。そののちビデオで『空海』を見ました。北大路欣也さん。嵯峨天皇が西郷輝彦さんで、最澄が加藤剛さん。脚本は早坂暁さん。みごたえありました。4時間ものですから。クスコの変とか坂上多村麻呂が同時代になるらしい。
とりわけ空海の人生の中で、最澄とのかけあいはおたがいに人間味があってすきなエピソードです。司馬さんが書いてましたが、人間的にはどちらかというと最澄のほうが好きだと。空海にはどうも山師的ないやらしさがあって鼻につくと。ぼくもそんな気がします。どちらかというと最澄のほうがおちついていて、謙虚で、人間的に信頼できそう。かたや空海・弘法大師は、既成概念や価値観を超越してる。思想も言動もライフスタイルも破天荒であり、常人をけむにまいてたのしんでいるふしがある。
そのかたやぶりなところが弘法大師・空海の魅力なわけで。「超」のつくプロデューサーであり、エンターテーナー。痛快なまでに。人生たのしまずんばこれいかん。1200年間たのしませてくれてる。この弘法大師はいろんなエピソードを残してぼくたちをたのしませてくれているわけだけれども、その生涯のなかで、なにをやってたのか不明な時期がつごうよくあります。ひとつは唐へいく以前の修行中の期間。もうひとつは唐から早々と帰国したのち、京へもどるのをゆるされるまで太宰府で足止めをくらった期間。この期間にふるさと四国の山々やら紀伊山地をかけまわっていたことはじゅうぶんありえるわけですが、はるか東北・出羽三山にまで足をのばしていたかどうか。空海が山中を歩いていると川の上流から梵字が流れてきた。それをたどっていったところ見つけたのが湯殿山……これが湯殿山の縁起だといいます。
真偽はともかく、弘法大師がつえでつっついたら泉がわいてきたとか、弘法大師が呪文を唱えたら葛が絶えてしまったとか。伝説といえば、この出羽三山近辺には源義家伝説も少なくありません。前九年の役のときに安倍貞任をおいつめるさい、このあたりでやりあったとかで、八幡太郎坂だとか、弓張りの地とか。この土地に生まれそだったものにとって、そういう有象無象のロマンは真偽を超越したところでバックボーンとなっていることが少なくないわけです。
そういうわけで、ぼくにとって弘法大師・空海は胸躍るヒーローなわけです。
2005.1.12
しだひろし/PoorBook G3'99
転載・引用・リンクは自由です。
今日は、成人式。1月15日というのが頭から抜けないので、1月の第2月曜日と言われてもしっくりこない。別に私がしっくりこなくてもいいのだが・・
成人式の日、学生だった私は式のために帰省することなく、アパートで友達と騒いでいた。当時私の四畳半の部屋は県人会の様子で、毎日のように誰かが私の部屋にいた。その日は、前日に私が誘った同じクラスの沖縄出身の女性が混ざっていた。彼女は、私と同県人2人の話を聞いてはにこにこ笑っていた。私達が沖縄のことを尋ねると、笑みを絶やすことなくそれに真摯に答えていた。そのうち壁によりかかって窓をちらりと見上げた彼女がいきなり「あっ!」と声を出した。みんな一斉に窓の外を見た。
ちらちらと雪が降ってきたのである。彼女は「ちょっと外へ出てくるね」と言い残して靴を履いた。外に出た彼女は、手のひらを空に向けた。雪が解けてもとけても、彼女は手のひらを差し出していた。
窓からそれを見ている雪国出身の私達にすれば、東京の雪は雪ではなかった。霙みたいなものだった。積雪数センチで電車が止り、授業が休講になるなど最初の年、私達はみんな驚いた。成人式を向える年はそういったことにも私達は慣れていた。
「沖縄出身の彼女は、東京へ出てきて、雪というものを生まれて初めてみたらしい。それまで本の中でしかしらなかったらしい」と以前彼女が私に話したことをそのままみんなに伝えた。
「いつみても、これって私達にすれば雪じゃないんだよね。でも彼女にすれば、ここ、東京の雪が雪なんだよね。今日、またそれが見る事が出来て、なによりの成人式のプレゼントだね」と誰かが言った。
「あんた、上手いこというじゃん」とまたひとりが笑った。
今朝、新聞もテレビも着飾った成人が溢れている。成人に纏わる話題も溢れている。それを見て、ふと自分の成人式の日を思い出していた。思い出しながら私は一人、ニヤニヤしていた。こんなにたくさん成人はいるが、天からのプレゼントを貰った人はいないだろうと。
遅ればせながらaozora blogにも、うにさんの作った著作権保護期間延長反対ロゴを掲げました。
このロゴを掲げているサイトは、Thorさんのサイトを参照してみてください。
まあ、70年という長さなんて、個人個人の感覚や、それぞれの団体のしがらみに左右されるもんなんで、それについて、長い! いや短い! なんて議論がとても空しい気もするんだけど、でも、社団法人音楽出版社協会が出している意見書の以下の部分、
また、知財立国が叫ばれておりますが、その根本にあるのは著作者の想像力であり、知財立国の実を挙げるためには、保護期間の延長により著作者への利益の還元を主要国並のレベルにそろえることが必要です。
の部分には、ちょっと???になる。伸ばしたいのは、欧米に足並みを揃えたかったり、著作者への利益の還元を大切にしているんじゃなくて、その協会の利益を上積みさせたいからだけなんじゃないのかなあ。著作者への利益の還元なんて、作曲家や作詞家が生きている間に、支払うパーセンテージを上げてあげれば一番喜ばれるだろうに。
要望書にはそんな綺麗事を書くんじゃなくて、私達はもっと儲けたいんです! って書いてくれればもっと納得できるのに。この時世、協会を維持するのも大変だろうから、よしわかった上げよう! と思うかもしれないのに。たぶん思わないけど。
湯殿山といえば……
数十年ぶりに思い出しました。湯殿山麓呪い村。
誰の作品だったんだろうとネットで検索してみると、山村正夫原作の映画タイトルでした。1984年製作とあります。湯殿山近辺には数体のミイラがあるらしいですから、それを題材にしたわけですが。内容はくわしく知りません。書店やブックオフを見てまわったのですが、同名の小説も山村正夫のほかの作品も、みつけられませんでした。森敦の『月山』でもミイラのことについてふれていたような気がしますが。
ゆどのさんろく、のろいむら。
7、5調でなんともぴったりはまりやすいネーミングでしたし、小学生のころでしたから理屈ぬきで、きゃっきゃ言ってたのしんでました。時代的には『八つ墓村』とか『犬神家』などもこのころでしょうか。『呪われた学園』なんてのもありました。いずれもタイトルしか知らないのですが。基本的にはホラーやオカルトは苦手なので。湯殿山麓呪い村……ぼくが当時住んでいたところから湯殿山麓の地域までは、くるまでおよそ20分くらいの距離があります。当事者でもない、けれどもまったく無関係でもない、地理的にそんな距離感覚です。
『湯殿山麓呪い村』……こんなふざけたタイトルはけしからん、もってのほかだ、と、真顔でいきり立つおとなも当時いました。じつは、ぼくの父親なのですが。地元近隣に住むゆえに、無責任きわまりないものにみえたのだろうとおもいます。こどもの無邪気な反応とは好対照でした。わからなくもありません。ネガティブにとれば、悪い印象、陰湿なイメージ、近寄りがたい、ダーティーなものですから。呪い村ですから。風評被害というものがありますが、地域住民にはそれが切実に怖いわけです。フィクション以上に現実への悪影響が怖い。
じっさいのところ、この作品を歓迎したひとと、父親のように不快に感じたひととどちらが多かったか……わかりません。後者の方が少なかったんじゃないかと思います。ぼくがそういう意見を聞いたのは父親ひとりだけでしたから。みんなふざけて呪い村をくちにするのがほとんどでしたから。あるいはとくになにも言わないか。話題とはたいてい一過性で、サーッとあらわれてサーッと消えてしまいます。蛇足ながら、ぼくたちはすでに上九一色村や浅間山荘や東海村や山古志村をリアルに伝聞しています。都営地下鉄や神戸やニューヨークやイラクの惨事も伝聞しています。根拠のとぼしいフィクションが意識にいすわりつづけるかといえば、それもまたむずかしい。「現実」のほうがリアルで切実なわけですから。呪い村の影響かはともかく(^^)、この地域も日本の全国各地と同様、過疎と高齢化の傾向のなかにあります。
ミイラ=ミステリー=呪い村、というイメージの正否はここではふれませんが、湯殿山近辺にミイラが多数あるのはたぶん事実らしい。ほかに国内で有名なのは中尊寺の藤原三代のミイラ。おもえば、このミイラの意味をじっくり考えたことがりませんでした。もったいないことをしていたかもしれません。
2005.1.5
しだひろし/PoorBook G3'99
転載・引用・リンクは自由です。
月山・湯殿山・羽黒山の三つをまとめて「出羽三山」と呼びます。熊野三山や恐山などとならぶ、古くからの修験の山、山岳信仰の聖地です。ぼくは山登りにも興味がないし、宗教の研究家でもありません。そのぼくが出羽三山に興味を持ったのは……よくおぼえていません(^^)。
小学4年生のときの思い出があります。
月山のふもとにあるぼくのかよった小学校は、昭和50年代当時すでに複式学級でした。同級生が4人でしたから。図工の時間は5・6年生といっしょでした。紙のリボンで立体的な工作をつくるという課題のときに、ぼくは教室の窓から見える月山の風景をテーマにすることにしました。
「なにをつくってるのか?」とちょっとこわそうだった担当の奥山先生からたずねられて、「出羽三山……」と口ごもりながら答えた記憶があります。ぼくのかよった学校から月山を見ると、真北に、右から月山、姥が岳、湯殿山の三つの山がきれいにならんでいます。月山、姥が岳、湯殿山が右肩上がりに。いずれも残雪のために青白いのですが、月山はすらっとしていて、湯殿山はごつごつとしていて、そのあいだに姥が岳がちょこんとしている。
月山、ウバガタケ、湯殿山なのです。
そして、出羽三山とは、月山、湯殿山、ハグロサンのことです。
そのちがいを当時のぼくもじゅうぶん知っていました。それにもかかわらず、ちょっとこわそうな奥山先生からたずねられて、なぜか「出羽三山……」と答えました。当時のぼくにとってはそのあたりがコンフュージョンしていたわけです。その答えを聞いた先生はここぞとばかりに「みんなぁ、出羽三山ってなんだぁ?」と教室の全員にたずねました。が、だれも答えられません。
授業が終わって先生がもどったあとすぐ、ぼくは5・6年生の先輩たちに取り囲まれました。「(おまえが)へんなごどいうから、みんなごしゃがっだどりゃぁ*」
ちょっと好意をいだいていた女の先輩から、ちょっとつよい口調でそういわれたものだから、いまでもそのことをけっこうよくおぼえているわけです(^^)。
当時、小学校全員で毎年、月山登山に出かけていました。
リフトもあるし、山道も整備されているので、山頂へ行って帰って1日でたります。いつも季節は7月ごろで、そのたびに、ニッコウキスゲやエーデルワイスをみかけた「ような気が」します。年によっては、雪のかたまりが見渡すかぎり残っていることもあり、冷気が霧状にただよってちょっとぞっとしました。
ごしゃがっだどりゃぁ* 怒られてしまったじゃないか
2005.1.1
しだひろし/PoorBook G3'99
転載・引用・リンクは自由です。
あけましておめでとうございます。拙文を読んで頂いた人に、「人生すてたもんじゃない」と思ってもらえるようなエッセイをこの場に今年も書いていきたいと思っています。
さて、元日の今日から、「読書blog—すいへいせん」が始まります。有志数人による個人的なサイトです。独断と偏見で、日々にまつわる作品、当日公開の作品、などを青空文庫から紹介していきます。
サイトをたちあげるということに不慣れなものがやっていることですので、何かと不手際があるかと思いますが、温かい目で見守っていただければ幸いです。
あけましておめでとうございます。
悪くなるいっぽうの世界ですが、こうして年のはじめを迎えると、あらためて平和とやすらぎを願わずにはいられません。呼びかけ人のひとりとしてわたしも名を連ねる青空文庫では、あらたな年のはじまりに「著作権保護期間の70年延長に反対する」という声明を出しました。水牛も「反対に賛成」です。
2005年最初のお知らせは木村迪夫さんの朗読会について。
「まぎれ野へ 木村迪夫自作詩朗読」は詩人たちの間で評判になっているそうです。木村さんの朗読のすばらしさを詩人たちだけに独り占めさせるわけにはいきません。ぜひいらしてください。
1月22日(土)14:00 会場は四谷駅から5分ほどのところにある、アート・ステュディウム一階Gallery Objective Correlative(地図はこちら)。
木村迪夫、藤井貞和、小泉英政による詩の朗読と、富山妙子・高橋悠治 「けろけろ ころろ」、岡崎乾二郎・ぱくきょんみ「れろれろくん」の2冊の絵本をもとにした、映像と朗読による紙芝居を予定しています。後援は近畿大学国際人文科学研究所。入場料はカンパです。
「水牛のように」を2005年1月号に更新しました。
年末という締め切りのせいか、いつもよりすこし少なめです。スラチャイのように、「好きなことは/屋台の本を見て回ること/気に入ったヤツとつきあうこと/高価なものには縁がない」という暮らしが今年もわたしを待っています。佐藤真紀さんが書くこどもたちの話を読むと、こどもたちだけは悪くなるいっぽうの世界での生きかたを知っているのだと感じます。
「水牛の本棚」は杉山洋一さんの「しもた屋之噺」を。これまで「水牛のように」に連載してきたものの総集編です。TTZ製作はまたも浜野智さんの早技です。ほんとうはこのように順次まとめていけるといいのですが。。。
片岡義男さんの詩のコーナー「メントール・ユーカリプト」も更新です。『yours』をひもといて、くらべてみるのも興味深いと思います。BGMには片岡さんが選曲したCD「カーメン・キャヴァレロ」をどうぞ! 詩のタイトルにもなっている「Misty」という曲もはいっています。
ことしはCDを少なくとも2枚発売します。1枚は御喜美江さんのプロデュースによる「水牛のように」。この曲をはぐくんできた4人のアコーディオン奏者が、曲のもとになった詩をそれぞれの母国語で朗読し、それぞれのスタイルで演奏します。詩をかいてくれたウェンディ・プサードさんの朗読と水牛楽団の演奏も入ります。御喜さんのリサイタルにあわせて、4月1日の発売です。
もう1枚はシューベルトの「冬の旅」。斎藤晴彦さんが全曲を日本語でうたいます。斎藤さん自身に3人のひとが加わって、ウイルヘルム・ミュラーの詩をあたらしく日本語にしています。ピアノは高橋悠治さん。この冬に練習をして、夏に録音、次の冬に発売の予定。CDができあがったら、コンサートもしたいと思っています。楽しみに待っていてください。
それではまた!(八巻美恵)
先日、国会がうにゃむにゃ、ゆってた著作権延長ミッキーマウス法について
なっちが、まータイミングよく、盗作してくださいまして。発覚(いまさら?)し、
紅白もでれなくなりましたが。
アメリカにとって、日本は一部なのかもしれない?と思った以下のサイトです。
http://www.fcc.gov/cgb/kidszone/
このサイトどうなんよ?ってなわけです。以前から一部ヨーロッパのドラえもん
マニアは騒いでいたらしく、ようやく日本にもこのサイトどうよ?って波が
おしよせて参りました。
新年早々、そんなたわけたことをいう私も私ですが。
紅白をちらっとみて、氣志團の綾小路様のリーゼントがぶっとんだのを
目撃し、マツケンサンバ2と、みてしまったわけです。後浦なつみが
でなくって、なっちのいない紅白。あれ?なんでだっけ?と思った時。
ぴんっ!ひらめいたわけです。
アメリカが一部の企業のために、法律を変えてしまう。その
コネズミの尻尾にすがりついたコイズミ@自分の頭で考えてない日本政府
著作権保護機関延長は、アメリカに追随して何も考えていない証拠では
ないだろうか?と。おもうのです。
一方では、ジャパニメーション、邦画の進出と、ハリウッドには今や
オリジナルメイドのヒット作なんてかけらもなく、そのミッキーマウスのみに
すがっている状況です。
そのアメリカにすがってる日本政府、何をかいわんやでございます。
そこで、でてきた、なっちの盗作のネタ。できすぎではないの?と
かんぐりたくなるのは、私だけですか?
耳付きどらえもんをみて思った2004年から5年への年越しでございました。
あけました、おめでとうございます。