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深夜に何かやっていて、ふと窓から外をみると、目に入る建物のなかで一番高いマンションの最上階にいつも電灯のともっている部屋があります。わたしと同じ夜型のひと(たち)がそこには住んでいるらしく、どんなに遅くても電灯が消えていることがありません。どのようなひとなのかとつい想像をたくましくしてしまうとき、妄想の入口に立っていることに気づきます。
「水牛のように」を2004年9月号に更新しました。
あつい夏だったので、原稿を書いてと頼む気にならず、したがって今月はゲストはありません。いつものメンバーが書いています。夏のせいか、世界にちらばっているみんなはいつもとは少しちがうような。。。
「水牛通信電子化計画」は夏休みです。
先月公開した1982年5月号のあとがきに短く「ゆうなの会」のことが書いてあります。「「ゆうなの会」は、在関東の沖縄青年たちのあつまりである。かれらは政治集会をやるかわりに、休日にアルバイトをして、そのカネで東京の各所に寄りあいの場所を確保する。デモではなく、原宿の竹の子族たちにまじって、エイサーを踊る。東京にきて、はじめてサンシンをひき、エイサーを踊ったという連中がおおい。沖縄にいたときは、東京のほうを見ていた。」この号を入力してくれた川原栄一さんから、入力ファイルといっしょに届いたメールによると、学生だったちょうどこのころ、「ゆうなの会」の若者たちといっしょに休日ビル清掃のアルバイトをしていたのだそうです。偶然でしょうか。どこかに因果関係があるようにも思えてきます。
10月1日には水牛のCDの6枚目を発売します。木村迪夫自作詩朗読『まぎれ野へ』。
木村さんは山形県上山市で農業をいとなみ、詩をかいています。ことしのはじめ、まだ雪のあるときに、木村さんの家でこたつにあたりながら録音しました。読む詩も、その順番もあらかじめ木村さんご自身が決めたもので、まぎれ野の歳時記と木村さんのおばあさんやおかあさんの残したことばが木村さんの声でよみがえります。
こたつはとてもあたたかく、でも中には熱源がありません。石油ストーブの前から直径15センチくらいのチューブの端がこたつの中に入っています。チューブを通って、熱風がこたつの中に充満するというしくみなのでした。
10月にはタイからカラワンがやってきます。なんとカラワン結成30周年! コンサートの詳細は次回お知らせします。
★この文章を書いた人→八巻美恵★こんな時間に→2004年09月01日 09:24 ★トラックバック僕も、住宅街なんかを散歩していたりすると、そういう妄想の入り口につい立っていたりすることがあります。
正解のない想像のなかに心を泳がせているのは楽しいものですね。
Posted by: ital at 2004年09月18日 03:20