2004年09月25日

 プロマシア追加ディスク

先日、プロマシアの呪縛というタイトルの追加ディスクが販売されました。

とても美しい南の島や、アイスランドのシンクベトリルのような(といっても、知られてない
けどね。)場所が新たに登場し、いくつかの新しいタイプのモンスターやLVが高い人も
LV30になって一緒に遊べる仕組みもできました。

ゲームが発売されて、2年強、ようやく世界がひろがったのが、実感できました。音楽も
FFっぽいなぁとちょっと、FF好きな私はうっとりしちゃいます。

fune.jpg

ここには猛毒を吐く貝っぽいかたつむりみたいなモンスターがいるのですがLVが
40以上であれば、襲われたりしないので、のんびり潮干狩りなど楽しめるわけです。

しかし、500Gもはらって、バケツが底抜け底抜け!もう、むっちゃ腹立つわーってな感じで
ぼーっと、途方にくれて船を見送る私です。

今度の追加ディスクはLV30でいくミッションもあって、前の追加ディスクと比べてですが、
LVが高くなくても楽しめそうなそんな気がします。 ....が!
そうはいっても、LV30になるのだって十分大変ですが、でもまぁ。そこまできたら
そこそこ楽しめるとおもうのです。

クエスト(お使い)も増えたりしました。そのために、私は、この島にいく途中の船上で
つれる魚タイプのモンスターを狙う日々なのです。

★この文章を書いた人→らんむろ・さてぃ★こんな時間に→10:03コメント (0)トラックバック

2004年09月23日

 ドキュメンタリーの定義

先日、東京は赤坂にある国際交流基金フォーラムで、昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を取ったワン・ビン監督の『鉄西区(てつにしく) 第一部 工場』を見た。そして続けざまに、カンヌのパルムドールを取り、アメリカの大統領選挙でも何かと引き合いに出される、いま話題のマイケル・ムーア監督『華氏911』を見た。何かを意図して続けて見た訳ではなかったんだけど、よ〜く考えてみると二つともドキュメンタリー映画。ドキュメンタリー映画? 二つとも? それにしてはまったく毛色の違う映画だ。

鉄西区 第一部 工場』は、第二次世界大戦の日本軍占領下、中国の瀋陽に設立された工業地域・鉄西区が、政府による経済的な開放政策の結果、競争に敗れて閉鎖に追い込まれていく姿が丁寧に描かれる。ワン・ビン監督によるビデオカメラは、そのほとんどがそこに働く人々の姿に焦点を合わせていて、何気ない工員同士の会話から、現在中国が抱えている問題がおぼろげに見えてくる。正面切って問題を提起するのではなく、丹念な描写の積み重ねから事実が浮かび上がってくるしくみになっている。

華氏911』は、アメリカ大統領ジョージ・ブッシュの一族が関連する会社がサウジアラビアと深い繋がりがあり、それゆえ911事件の犯人のほとんどがサウジアラビア人であるにも関わらずそれを見逃し、さらに国民の目をサウジアラビアからそらすためにイラクに侵攻した、というような内容になっている。こちらのドキュメンタリーでは、まずはジョージ・ブッシュを批判することが前提にあり、それを構築するために必要なフィルムをかき集め、切り刻み、結果ジョージ・ブッシュはこんなに酷い人間なんだ、ということを描き出している。

この二つを観比べて、ドキュメンタリー映画の場合、作り手はどこまでその映画に主観の手を差しのべるべきなんだろう? と考えてしまう。

『鉄西区 第一部 工場』の監督ワン・ビンも、もちろんある程度自分の思い描く構想を持っていて、それに沿って映画を撮っているんだと思う。でも、観る者に対して、自分の考えを強制的に押しつけるような作り方をしていない。映し出される膨大な長さの映像を元に、考えて判断するのは観る側だ。

反対に『華氏911』の場合は、マイケル・ムーアの強烈な思いそのものだ。観る側は、作り手の考えをある程度一方的に押しつけられてしまう。まるでドラマのように、計画されたシナリオに沿って、観る側の考えも構築されてしまう。何気ないジョージ・ブッシュの映像も、まったくの間抜け面に見えてくるのだから映画の力は恐い。

誰かを直接批判するような、はたまた、どこかの企業の暗部を摘発するような、そんな明確なメッセージのあるドキュメンタリーでも、もちろんそれがすべて事実であれば、それはそれでドキュメンタリーであることには違いない。しかし、自分の思いを明確にするために重要な事実を強制的に排除していたとしたら、それをドキュメンタリーと言えるんだろうか? とふと考えてしまう。

田中宇が書いているように、いまのアメリカの政治的な問題、およびイラク戦争を描く上で、イスラエル、そしてネオコン(新保守主義)のことを抜きには考えられないんじゃないかと思う。ところが『華氏911』にはそれがまったく出てこない。それを描いてしまってはジョージ・ブッシュ批判がぼやけてしまうからなのか、それとも元々マイケル・ムーアはそれを関係ないことと考えているのかはそれはわからない。ただ、もし自分の強烈な思いをぶつけるのなら、ますます細かな配慮が必要になってくるとは思う。それが欠けることにより、そのドキュメンタリーの明確なメッセージに信頼がおけなくなってしまう。さらに『華氏911』には、なんとなくエンターテインメントを感じてしまって、ますますこれはドキュメンタリーなんだろうか? という思いが募るばかりだ。

とはいえ、どちらの映画も大変面白い。特に『華氏911』の導入部なんて素晴らしい。ただそれはドキュメンタリーの面白さというよりも、ストーリーテリングの良さに舌を巻いているような気もするんだけど。『鉄西区 第一部 工場』も、経済的な発展をとげた上海や北京ばかりがクローズアップされてしまう最近の中国の本当の姿を映し出す。そこには、政治的な社会主義体制と経済的な資本主義体制との狭間できしみ、いつ崩れ落ちるかわからない微妙なバランスで現状を維持している中国がある。

ドキュメンタリーと呼べるラインが一体どこからなのか? ということを考えさせられる2本のドキュメンタリー映画だった。

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 オリンピック

オリンピック/オリムピック/五輪……で青空を検索。

宮本百合子 「オリンピック開催の是非」
宮本百合子 「日本の秋色 ——世相寸評——」
宮本百合子 「婦人デーとひな祭」
宮本百合子 「現実の問題」
宮本百合子 「ボン・ボヤージ!」
宮本百合子 「ヒューマニズムへの道 ——文芸時評」
宮本百合子 「『ラジオ黄金時代』の底潮」
宮本百合子 「今日の文学の展望」
宮本百合子 「獄中への手紙 一九三六年」
田中英光 「オリンポスの果実」
田中英光 「野狐」
夢野久作 「暗黒公使(ダーク・ミニスター)」
寺田寅彦 「映画と生理」
寺田寅彦 「ニュース映画と新聞記事」
寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
太宰 治 「創生記」
太宰 治 「二十世紀旗手」
太宰 治 「虚構の春」
谷 譲次 「踊る地平線 虹を渡る日」
芥川龍之介 「侏儒の言葉」
森野 光 「片山くんが行く」

オレンジ:著作権の保護期間内作品です。

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2004年09月19日

 03: 青空文庫に登録されている作品の、おおよその長さを知りたいのですが?

答え:公開中、または入力済の作品であれば、作品の長さを確認することができます。
いずれも、サイズは「バイト」単位です。「キロバイト」に換算するには、1000で割ってください。
圧縮ファイルの解凍後のサイズは、圧縮した状態の、ほぼ2倍となります。
1キロバイトは、全角文字に換算すると、500文字です。図書カードに記載されている数字が10000であれば、解凍後は20キロバイトとなり、400字詰め原稿用紙で約25枚分の長さです。

(1) 公開中の作品の場合

公開中の作品の場合は、図書カードの「ファイルのダウンロード」の「サイズ」欄を参照してください。
「圧縮」の欄に「なし」と記載されているファイルは、圧縮されていません。この場合は、ファイルのサイズがそのまま記載されています。
「圧縮」の欄に「zip」や「lha」などと記載されているファイルは、圧縮されています。この場合は、圧縮した状態でのサイズが記載されています。

(2) 入力済の作品の場合

未公開の作品のうち、入力済となっているものに関しては、以下の方法でサイズを確認することができます。ファイルは、すべてzip圧縮されています。

「作業着手連絡システム」→「校正受付システム」→「作家インデックス」→「作家一覧」から作家をクリック→「作品選択」の一覧でサイズを確認

「作業着手連絡システム」には、「工作員志願者へのお願い」から、リンクをたどれます。

★この文章を書いた人→LUNA CAT★こんな時間に→20:12コメント (2)トラックバック

2004年09月17日

 コメントスパム

最近、やたらとコメントスパム(blogのコメントに勝手に宣伝を書いていくやつ)が増えて、その削除にうんざりしていたんだけど、ここのサイトの管理者であるバスケ氏がパッチを書いてくれました。

http://saryo.org/basuke/archives/001517.html

これで当分様子をみてみます。

どこのブログもコメントスパムの排除に大変なようだ。livedoor blogとか、ココログとかの大手はどう対処しているんだろう?

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2004年09月14日

 旧表記→現代表記

青空文庫 旧表記→現代表記 変換プロジェクト
あさっての向かい風 2nd ステージ

1.オリジナルの HTML ファイルをひらいて、テキスト形式で保存
2.ルビ([ぁ-ヵーヽ-ゞ/″\]+)を削除
3.ConvChar と新字新かな辞書「シンちゃん」をつかって変換
4.行末すべてに <br> タグを追加
5.ファイル末尾「このファイルは W3C 勧告……」「くの字点……」などを削除
6.拡張子を .html に変更。blog へアップ

タイトル:現代表記のファイルが開きます。
原文:原表記のファイルが開きます。
変換対象は JIS X 0208(第一・第二水準)登録文字までです。
新字新かな辞書「シンちゃん」は、旧字旧仮名のテキストを新字新かなへ変換するための辞書です。旧字旧仮名辞書「丸谷君第三版」とICOT「形態素辞書」をベースとし、青空文庫の旧字旧仮名語彙を収集しています。

作者名   青空文庫オリジナル版(原文)   → 現代表記おきかえ版        誤変換修正率

若山牧水  「地震日記」           → 「地震日記」
南部修太郎 「病院の窓」           → 「病院のまど」
南部修太郎 「日曜日から日曜日まで」     → 「日曜日から日曜日まで」
加福均三  「希臘及び羅馬と香料」      → 「ギリシャおよびローマと香料」  98/1742=5.6%
内藤湖南  「維新史の資料に就て」      → 「維新史の資料について」
芥川龍之介 「後世」             → 「後世」             63/1635=3.9%
若山牧水  「木槿の花」           → 「ムクゲの花」          562/6605=8.5%
浜田耕作  「異國さかな雜談」        → 「異国さかな雑談」        326/4000=8.2%
浜田耕作  「温泉雜記」           → 「温泉雑記」
木下杢太郎 「すかんぽ」           → 「スカンポ」           454/6719=6.8%
樋口一葉  「うつせみ」           → 「うつせみ」           1176/9110=12.9%
中島敦   「狼疾記」
横光利一  「マルクスの審判」
芥川龍之介 「或阿呆の一生」
芥川龍之介 「トロツコ」
芥川龍之介 「あばばばば」
内村鑑三  「ネルソン伝に序す」       → 「ネルソン伝に序す」
内村鑑三  「デンマルク国の話」       → 「デンマーク国の話」
折口信夫  「好惡の論」           → 「好悪の論」
二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」        → 「よが翻訳の標準」
アルフレッド・テンニース(訳)坪内逍遥 「シャロットの妖姫」 → 「シャロットの妖姫」
太宰治   「音について」          → 「音について」
斎藤茂吉  「人麿の妻」           → 「人麿の妻」 注意:返り点がテキストにまじってます
浜田耕作  「埃及雜記」           → 「エジプト雑記」
折口信夫  「文學に於ける虚構」       → 「文学における虚構」
南部修太郎 「探偵小説の魅力」        → 「探偵小説の魅力」
黒島伝治  「反戦文学論」          → 「反戦文学論」
坪内逍遥  「十歳以前に読んだ本」      → 「十歳以前に読んだ本」
南部修太郎 「氣質と文章」          → 「気質と文章」
狩野亨吉  「漱石と自分」          → 「漱石と自分」
内藤湖南  「藏書家の話」          → 「蔵書家の話」
横瀬夜雨  「女子文壇の人々」        → 「女子文壇の人びと」
桐生悠々  「正義の国と人生」        → 「正義の国と人生」
横光利一  「汚ない家」           → 「きたない家」
浜田耕作  「シュリーマン夫人を憶ふ」    → 「シュリーマン夫人をおもう」
浜田耕作  「考古學教室の思ひ出話」     → 「考古学教室の思い出話」 注意:図版はありません
浜田耕作  「石鏃の思出話」         → 「石やじりの思い出話」
幸田露伴  「言語体の文章と浮雲」      → 「言語体の文章と浮き雲」
夏目漱石  「『傳説の時代』序」       → 「『伝説の時代』序」
土井晩翠  「漱石さんのロンドンにおけるエピソード」 → 「漱石さんのロンドンにおけるエピソード」 注意:(!)(一)(二)などがとんでます
与謝野晶子 「台風」             → 「台風」
新美南吉  「カゴカキ」           → 「かごかき」 前処理:カタカナ→ひらがな
文部省   「あたらしい憲法のはなし」    → 「あたらしい憲法のはなし」
岡本かの子 「私の書に就ての追憶」      → 「わたしの書についての追憶」
内藤湖南  「平安朝時代の漢文學」      → 「平安朝時代の漢文学」
斎藤茂吉  「接吻」             → 「せっぷん」 注意:アクセント符号つきラテン文字がとんでます
斎藤茂吉  「曼珠沙華」           → 「マンジュシャゲ」
斎藤茂吉  「鯉」              → 「コイ」
泉鏡花   「小説文體」           → 「小説文体」
二葉亭四迷 「余が言文一致の由來」      → 「よが言文一致の由来」
芥川龍之介 「文部省の仮名遣改定案」     → 「文部省のかなづかい改定案について」
森鴎外   「假名遣意見」          → 「かなづかい意見」
斎藤茂吉  「支流」             → 「支流」
岡本綺堂  「半七捕物帳 お文の魂」     → 「半七捕り物帳 お文のたましい」 協力:大久保ゆうくん
宮原晃一郎 「虹猫の大女退治」        → 「虹ネコの大女退治」
宮原晃一郎 「虹猫と木精」          → 「虹ネコとコダマ」
宮原晃一郎 「虹猫の話」           → 「虹ネコの話」
北原白秋  「思ひ出 抒情小曲集」      → 「思い出 叙情小曲集」 協力:Nanaさん



変換ミスはごようしゃ。転載・引用・リンクは自由です。
公開:2004. 9.14
更新:2004.11. 2
しだ/PoorBook G3'99
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2004年09月11日

 図書カードの進化系

別に自分がやらなくてもいいんだけど、誰かが旗を振らなければならないので、青空文庫の問題点を洗いだそうと考えている。でも考えているだけで、いつのまにか時間が過ぎてしまう。あまりにも月日がジェットコースターのように早く過ぎてしまうので、誰かが「ハイ!」と手を挙げているのに、「ハイ! あなた!」と指さす間にアテネ・オリンピックが終わってしまっていたりする。あ〜あ、これじゃまずいんだよなあ、と考えているうちにもう9月。どうしたらいいんだろう? と考えているうちに下手するとクリスマスになってしまうので、ここはとりあえず現状をまとめてみます。

まずは最初に大野裕さんとtenさんから、掲示板「みずたまり」で展開していた「今日は何の日?」プロジェクトをaozora blogか、またはもう一つのblogでやることはできないか、との相談を受けました。詳しく聞くと「今日は何の日?」だけではなく、あるキーワードに関して青空作品を取りまとめたり、ひいては空白が多い図書カードの「作品について」や「人物について」を何とかしたい、ということなども考えているようなんです。確かに「作品について」や「人物について」はどうにかしなければならない部分で、ずっと懸案事項になっている部分です。とすると、blogでやるというよりも、WikiPediaなどに使われているMediaWikiなどを使って、みんなが書き込めて、誰かが編集してアップする、なんてものが良さそうだなあと考えたりしてます。

つぎにもりみつじゅんじさんから、青空文庫の図書カードにトラックバック用URLを仕込めないか、とのメールが来ました。それぞれの作品の図書カードには「関連リンク」という情報を記入できるんですが、これがはあまり使われていない。いちいち関連サイトを調べて、その情報を入力していかなければならないのがめんどくさいからだと思う。それをトラックバック・リンク集に変えれば楽になるんじゃないか、ということがそのメールの主だった趣旨だった。ただ問題点は、トラックバックのスパムや、訳の分からない宣伝サイトが数多く来てしまって収集がつかなくなること。だから、図書カード自体にトラックバック・リストを設けるんではなくて、別のサイトにリストのページを持ってそこにリンクしたほうがいいかもしれない、との意見ももりみつさんから出されました。

こうなってくると、データベースの改変をも含めて、もっと総合的に考えなくてはならなくなってくる。図にまとめると、以下のような感じ。

2004_9_11.jpg

さて、これをどう進めるべきか? 青空文庫の公式なプロジェクトとするのか、しないのか? 予算が立つのか、立たないのか。できたらwikiなどに詳しい人に協力してもらえると嬉しいなあ、と考えてみたり。また続報します。次回はクリスマスあたりだったり?!

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2004年09月01日

 水牛だより9月1日

深夜に何かやっていて、ふと窓から外をみると、目に入る建物のなかで一番高いマンションの最上階にいつも電灯のともっている部屋があります。わたしと同じ夜型のひと(たち)がそこには住んでいるらしく、どんなに遅くても電灯が消えていることがありません。どのようなひとなのかとつい想像をたくましくしてしまうとき、妄想の入口に立っていることに気づきます。

「水牛のように」を2004年9月号に更新しました。
あつい夏だったので、原稿を書いてと頼む気にならず、したがって今月はゲストはありません。いつものメンバーが書いています。夏のせいか、世界にちらばっているみんなはいつもとは少しちがうような。。。

「水牛通信電子化計画」は夏休みです。
先月公開した1982年5月号のあとがきに短く「ゆうなの会」のことが書いてあります。「「ゆうなの会」は、在関東の沖縄青年たちのあつまりである。かれらは政治集会をやるかわりに、休日にアルバイトをして、そのカネで東京の各所に寄りあいの場所を確保する。デモではなく、原宿の竹の子族たちにまじって、エイサーを踊る。東京にきて、はじめてサンシンをひき、エイサーを踊ったという連中がおおい。沖縄にいたときは、東京のほうを見ていた。」この号を入力してくれた川原栄一さんから、入力ファイルといっしょに届いたメールによると、学生だったちょうどこのころ、「ゆうなの会」の若者たちといっしょに休日ビル清掃のアルバイトをしていたのだそうです。偶然でしょうか。どこかに因果関係があるようにも思えてきます。

10月1日には水牛のCDの6枚目を発売します。木村迪夫自作詩朗読『まぎれ野へ』。
木村さんは山形県上山市で農業をいとなみ、詩をかいています。ことしのはじめ、まだ雪のあるときに、木村さんの家でこたつにあたりながら録音しました。読む詩も、その順番もあらかじめ木村さんご自身が決めたもので、まぎれ野の歳時記と木村さんのおばあさんやおかあさんの残したことばが木村さんの声でよみがえります。
こたつはとてもあたたかく、でも中には熱源がありません。石油ストーブの前から直径15センチくらいのチューブの端がこたつの中に入っています。チューブを通って、熱風がこたつの中に充満するというしくみなのでした。

10月にはタイからカラワンがやってきます。なんとカラワン結成30周年! コンサートの詳細は次回お知らせします。

★この文章を書いた人→八巻美恵★こんな時間に→09:24コメント (1)トラックバック