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先日、プロマシアの呪縛というタイトルの追加ディスクが販売されました。
とても美しい南の島や、アイスランドのシンクベトリルのような(といっても、知られてない
けどね。)場所が新たに登場し、いくつかの新しいタイプのモンスターやLVが高い人も
LV30になって一緒に遊べる仕組みもできました。
ゲームが発売されて、2年強、ようやく世界がひろがったのが、実感できました。音楽も
FFっぽいなぁとちょっと、FF好きな私はうっとりしちゃいます。

ここには猛毒を吐く貝っぽいかたつむりみたいなモンスターがいるのですがLVが
40以上であれば、襲われたりしないので、のんびり潮干狩りなど楽しめるわけです。
しかし、500Gもはらって、バケツが底抜け底抜け!もう、むっちゃ腹立つわーってな感じで
ぼーっと、途方にくれて船を見送る私です。
今度の追加ディスクはLV30でいくミッションもあって、前の追加ディスクと比べてですが、
LVが高くなくても楽しめそうなそんな気がします。 ....が!
そうはいっても、LV30になるのだって十分大変ですが、でもまぁ。そこまできたら
そこそこ楽しめるとおもうのです。
クエスト(お使い)も増えたりしました。そのために、私は、この島にいく途中の船上で
つれる魚タイプのモンスターを狙う日々なのです。
先日、東京は赤坂にある国際交流基金フォーラムで、昨年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞を取ったワン・ビン監督の『鉄西区(てつにしく) 第一部 工場』を見た。そして続けざまに、カンヌのパルムドールを取り、アメリカの大統領選挙でも何かと引き合いに出される、いま話題のマイケル・ムーア監督『華氏911』を見た。何かを意図して続けて見た訳ではなかったんだけど、よ〜く考えてみると二つともドキュメンタリー映画。ドキュメンタリー映画? 二つとも? それにしてはまったく毛色の違う映画だ。
『鉄西区 第一部 工場』は、第二次世界大戦の日本軍占領下、中国の瀋陽に設立された工業地域・鉄西区が、政府による経済的な開放政策の結果、競争に敗れて閉鎖に追い込まれていく姿が丁寧に描かれる。ワン・ビン監督によるビデオカメラは、そのほとんどがそこに働く人々の姿に焦点を合わせていて、何気ない工員同士の会話から、現在中国が抱えている問題がおぼろげに見えてくる。正面切って問題を提起するのではなく、丹念な描写の積み重ねから事実が浮かび上がってくるしくみになっている。
『華氏911』は、アメリカ大統領ジョージ・ブッシュの一族が関連する会社がサウジアラビアと深い繋がりがあり、それゆえ911事件の犯人のほとんどがサウジアラビア人であるにも関わらずそれを見逃し、さらに国民の目をサウジアラビアからそらすためにイラクに侵攻した、というような内容になっている。こちらのドキュメンタリーでは、まずはジョージ・ブッシュを批判することが前提にあり、それを構築するために必要なフィルムをかき集め、切り刻み、結果ジョージ・ブッシュはこんなに酷い人間なんだ、ということを描き出している。
この二つを観比べて、ドキュメンタリー映画の場合、作り手はどこまでその映画に主観の手を差しのべるべきなんだろう? と考えてしまう。
『鉄西区 第一部 工場』の監督ワン・ビンも、もちろんある程度自分の思い描く構想を持っていて、それに沿って映画を撮っているんだと思う。でも、観る者に対して、自分の考えを強制的に押しつけるような作り方をしていない。映し出される膨大な長さの映像を元に、考えて判断するのは観る側だ。
反対に『華氏911』の場合は、マイケル・ムーアの強烈な思いそのものだ。観る側は、作り手の考えをある程度一方的に押しつけられてしまう。まるでドラマのように、計画されたシナリオに沿って、観る側の考えも構築されてしまう。何気ないジョージ・ブッシュの映像も、まったくの間抜け面に見えてくるのだから映画の力は恐い。
誰かを直接批判するような、はたまた、どこかの企業の暗部を摘発するような、そんな明確なメッセージのあるドキュメンタリーでも、もちろんそれがすべて事実であれば、それはそれでドキュメンタリーであることには違いない。しかし、自分の思いを明確にするために重要な事実を強制的に排除していたとしたら、それをドキュメンタリーと言えるんだろうか? とふと考えてしまう。
田中宇が書いているように、いまのアメリカの政治的な問題、およびイラク戦争を描く上で、イスラエル、そしてネオコン(新保守主義)のことを抜きには考えられないんじゃないかと思う。ところが『華氏911』にはそれがまったく出てこない。それを描いてしまってはジョージ・ブッシュ批判がぼやけてしまうからなのか、それとも元々マイケル・ムーアはそれを関係ないことと考えているのかはそれはわからない。ただ、もし自分の強烈な思いをぶつけるのなら、ますます細かな配慮が必要になってくるとは思う。それが欠けることにより、そのドキュメンタリーの明確なメッセージに信頼がおけなくなってしまう。さらに『華氏911』には、なんとなくエンターテインメントを感じてしまって、ますますこれはドキュメンタリーなんだろうか? という思いが募るばかりだ。
とはいえ、どちらの映画も大変面白い。特に『華氏911』の導入部なんて素晴らしい。ただそれはドキュメンタリーの面白さというよりも、ストーリーテリングの良さに舌を巻いているような気もするんだけど。『鉄西区 第一部 工場』も、経済的な発展をとげた上海や北京ばかりがクローズアップされてしまう最近の中国の本当の姿を映し出す。そこには、政治的な社会主義体制と経済的な資本主義体制との狭間できしみ、いつ崩れ落ちるかわからない微妙なバランスで現状を維持している中国がある。
ドキュメンタリーと呼べるラインが一体どこからなのか? ということを考えさせられる2本のドキュメンタリー映画だった。
オリンピック/オリムピック/五輪……で青空を検索。
答え:公開中、または入力済の作品であれば、作品の長さを確認することができます。
いずれも、サイズは「バイト」単位です。「キロバイト」に換算するには、1000で割ってください。
圧縮ファイルの解凍後のサイズは、圧縮した状態の、ほぼ2倍となります。
1キロバイトは、全角文字に換算すると、500文字です。図書カードに記載されている数字が10000であれば、解凍後は20キロバイトとなり、400字詰め原稿用紙で約25枚分の長さです。
(1) 公開中の作品の場合
公開中の作品の場合は、図書カードの「ファイルのダウンロード」の「サイズ」欄を参照してください。
「圧縮」の欄に「なし」と記載されているファイルは、圧縮されていません。この場合は、ファイルのサイズがそのまま記載されています。
「圧縮」の欄に「zip」や「lha」などと記載されているファイルは、圧縮されています。この場合は、圧縮した状態でのサイズが記載されています。
(2) 入力済の作品の場合
未公開の作品のうち、入力済となっているものに関しては、以下の方法でサイズを確認することができます。ファイルは、すべてzip圧縮されています。
「作業着手連絡システム」→「校正受付システム」→「作家インデックス」→「作家一覧」から作家をクリック→「作品選択」の一覧でサイズを確認
「作業着手連絡システム」には、「工作員志願者へのお願い」から、リンクをたどれます。
最近、やたらとコメントスパム(blogのコメントに勝手に宣伝を書いていくやつ)が増えて、その削除にうんざりしていたんだけど、ここのサイトの管理者であるバスケ氏がパッチを書いてくれました。
http://saryo.org/basuke/archives/001517.html
これで当分様子をみてみます。
どこのブログもコメントスパムの排除に大変なようだ。livedoor blogとか、ココログとかの大手はどう対処しているんだろう?
青空文庫 旧表記→現代表記 変換プロジェクト
あさっての向かい風 2nd ステージ
1.オリジナルの HTML ファイルをひらいて、テキスト形式で保存
2.ルビ([ぁ-ヵーヽ-ゞ/″\]+)を削除
3.ConvChar と新字新かな辞書「シンちゃん」をつかって変換
4.行末すべてに <br> タグを追加
5.ファイル末尾「このファイルは W3C 勧告……」「くの字点……」などを削除
6.拡張子を .html に変更。blog へアップ
タイトル:現代表記のファイルが開きます。
原文:原表記のファイルが開きます。
変換対象は JIS X 0208(第一・第二水準)登録文字までです。
新字新かな辞書「シンちゃん」は、旧字旧仮名のテキストを新字新かなへ変換するための辞書です。旧字旧仮名辞書「丸谷君第三版」とICOT「形態素辞書」をベースとし、青空文庫の旧字旧仮名語彙を収集しています。
別に自分がやらなくてもいいんだけど、誰かが旗を振らなければならないので、青空文庫の問題点を洗いだそうと考えている。でも考えているだけで、いつのまにか時間が過ぎてしまう。あまりにも月日がジェットコースターのように早く過ぎてしまうので、誰かが「ハイ!」と手を挙げているのに、「ハイ! あなた!」と指さす間にアテネ・オリンピックが終わってしまっていたりする。あ〜あ、これじゃまずいんだよなあ、と考えているうちにもう9月。どうしたらいいんだろう? と考えているうちに下手するとクリスマスになってしまうので、ここはとりあえず現状をまとめてみます。
まずは最初に大野裕さんとtenさんから、掲示板「みずたまり」で展開していた「今日は何の日?」プロジェクトをaozora blogか、またはもう一つのblogでやることはできないか、との相談を受けました。詳しく聞くと「今日は何の日?」だけではなく、あるキーワードに関して青空作品を取りまとめたり、ひいては空白が多い図書カードの「作品について」や「人物について」を何とかしたい、ということなども考えているようなんです。確かに「作品について」や「人物について」はどうにかしなければならない部分で、ずっと懸案事項になっている部分です。とすると、blogでやるというよりも、WikiPediaなどに使われているMediaWikiなどを使って、みんなが書き込めて、誰かが編集してアップする、なんてものが良さそうだなあと考えたりしてます。
つぎにもりみつじゅんじさんから、青空文庫の図書カードにトラックバック用URLを仕込めないか、とのメールが来ました。それぞれの作品の図書カードには「関連リンク」という情報を記入できるんですが、これがはあまり使われていない。いちいち関連サイトを調べて、その情報を入力していかなければならないのがめんどくさいからだと思う。それをトラックバック・リンク集に変えれば楽になるんじゃないか、ということがそのメールの主だった趣旨だった。ただ問題点は、トラックバックのスパムや、訳の分からない宣伝サイトが数多く来てしまって収集がつかなくなること。だから、図書カード自体にトラックバック・リストを設けるんではなくて、別のサイトにリストのページを持ってそこにリンクしたほうがいいかもしれない、との意見ももりみつさんから出されました。
こうなってくると、データベースの改変をも含めて、もっと総合的に考えなくてはならなくなってくる。図にまとめると、以下のような感じ。

さて、これをどう進めるべきか? 青空文庫の公式なプロジェクトとするのか、しないのか? 予算が立つのか、立たないのか。できたらwikiなどに詳しい人に協力してもらえると嬉しいなあ、と考えてみたり。また続報します。次回はクリスマスあたりだったり?!
深夜に何かやっていて、ふと窓から外をみると、目に入る建物のなかで一番高いマンションの最上階にいつも電灯のともっている部屋があります。わたしと同じ夜型のひと(たち)がそこには住んでいるらしく、どんなに遅くても電灯が消えていることがありません。どのようなひとなのかとつい想像をたくましくしてしまうとき、妄想の入口に立っていることに気づきます。
「水牛のように」を2004年9月号に更新しました。
あつい夏だったので、原稿を書いてと頼む気にならず、したがって今月はゲストはありません。いつものメンバーが書いています。夏のせいか、世界にちらばっているみんなはいつもとは少しちがうような。。。
「水牛通信電子化計画」は夏休みです。
先月公開した1982年5月号のあとがきに短く「ゆうなの会」のことが書いてあります。「「ゆうなの会」は、在関東の沖縄青年たちのあつまりである。かれらは政治集会をやるかわりに、休日にアルバイトをして、そのカネで東京の各所に寄りあいの場所を確保する。デモではなく、原宿の竹の子族たちにまじって、エイサーを踊る。東京にきて、はじめてサンシンをひき、エイサーを踊ったという連中がおおい。沖縄にいたときは、東京のほうを見ていた。」この号を入力してくれた川原栄一さんから、入力ファイルといっしょに届いたメールによると、学生だったちょうどこのころ、「ゆうなの会」の若者たちといっしょに休日ビル清掃のアルバイトをしていたのだそうです。偶然でしょうか。どこかに因果関係があるようにも思えてきます。
10月1日には水牛のCDの6枚目を発売します。木村迪夫自作詩朗読『まぎれ野へ』。
木村さんは山形県上山市で農業をいとなみ、詩をかいています。ことしのはじめ、まだ雪のあるときに、木村さんの家でこたつにあたりながら録音しました。読む詩も、その順番もあらかじめ木村さんご自身が決めたもので、まぎれ野の歳時記と木村さんのおばあさんやおかあさんの残したことばが木村さんの声でよみがえります。
こたつはとてもあたたかく、でも中には熱源がありません。石油ストーブの前から直径15センチくらいのチューブの端がこたつの中に入っています。チューブを通って、熱風がこたつの中に充満するというしくみなのでした。
10月にはタイからカラワンがやってきます。なんとカラワン結成30周年! コンサートの詳細は次回お知らせします。