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このところ、クラシックのCDを聴きまくっている。
きっかけは、CDショップで見つけた1枚315円(税込み)のRPOのCDシリーズ。
これがまた、ワーズワースだの、ヤルヴィ(息子)だのといった新進気鋭の演奏で、面白かったものだから、家の中に埋もれているCDの発掘大会に発展してしまった。
昔(といっても10数年前)のヤルヴィ(オヤジ)が英国シャンドス(といってもマニアしか分からない…)から出していたSNOを振ったCDを聴いたり、旧ソ連時代の強権指揮者と思われていたムラビンスキーのライブ演奏を聴きながら、「結構、オーケストラがよれてたりするなあ…」と完璧ではない事実を再発見したり、チェコの名指揮者だったマタチッチがNHK交響楽団でブルックナーを振ったCDを聴きながら、性格が変わった(マタチッチだと超一流オーケストラのような演奏をする)ようなN響の音色を聴いたりといった具合。
さて、今晩はリムスキー・コルサコフの「シェラザード」の聴き比べでもするか。
(家の押入れを掘り起こし、chandos版のパパ・ヤルヴィのシェラザードを発掘。ほとんどノリは探検隊)
ちなみに、私。ショスタコビッチの交響曲第5番の第4楽章を聴くと、元気が出るんです。
おそまつ
http://www.ribbon-project.jp/ というURLは、話題になっているかな?
(マイブームなだけかも?)
六本木のとある書店で、素朴な手触りの「戦争のつくりかた」をみつけ、手にとって
レジへ向かいました。そうして、このサイトを思い出したわけです。
本が店頭にあることが、とてもうれしいなと思いました。
これは、日本版「茶色の朝」(出版:大月書店)だなぁとそう感じました。
違う点は、「戦争のつくりかた」は、現実の政治とリンクして
作られている作品ということです。どの文言がどの政治家
の発言を元にしているのかがはっきりわかり、ここ数年の
日本政治の傾きが感じられます。
オンラインでも読めます、大手出版社からも、出版されました。
素朴な手触りのちいさな絵本もあります。
〔↑ごめんなさい、これは売り切れが多いかも〕
一度、どんな方法でもいいので、目にとめてみてください。
政治も平和も宗教も、人を幸せにするためにあるのであって
人を傷つけ、心や体を壊すものではないはずです。
たとえ、友人が自分と違う信条、宗教であったとしても
つながっていたい、そういう気持ちでネットワークがつながって
それがりぼんというやさしい単語で表現されている用に思うのです。
いつの日が本当に平和な日が訪れることを、思いつつ
自分は、自分の足元から何ができるのでしょうか?
今年の冬、ウインタースポーツについて書いたので、今度はサマースポーツ、水泳について書いてみる。
私は泳げない。その前に浮かないのである。年季の入ったカナヅチである。全く浮かないのではない。土左衛門方式なら、つまりうつ伏せに、水の中を見るようにしてなら、浮いていられる。プールの底を見つめることと、海の底を見極めようと必死に目を凝らすことはできる。
反対の姿勢、プカプカ浮きながら、夏の空の青さを見るという芸当ができないのだ。水の中で身体の力を抜く栓が閉まっているらしい。底を蹴って、仰向けになった瞬間、空が青い、太陽は輝く。「やった!」と思う。一瞬の悲しさか、すぐに雨空になり、太陽の輝きは失われ、ぼんやりと濁っていく。私は水の中にブクブクと沈んでいく。
中学校の頃だった。仰向けに浮けないという私を一人の友達が不思議がった。というより好奇心の対象にしてしまったと言った方が早い。スポーツ万能で筋肉質、そして理数の得意だった彼女は、まず紙と鉛筆で絵を描き、“空気・浮力”という言葉と“脂肪”など生物的な言葉を駆使して教えた。そういった物理的なことより、「人間は必ず浮くからね。それを信じるのよ」と暗示にかけようとした。信じて浮くくらいなら、もうとうの昔に浮いていると答えようとしたが、彼女の気迫に圧倒され、ぽかんと聞いていた。最後に「放課後、暇?プールへ行くよ」で話が結ばれたときには、肯かなくてはいけないと思った。
放課後、半ば引きずられるようにして、私は市営のプールへ彼女と行った。売店のアイスクリームに目をやる。見透かされた私は、「帰り、食べようね」と彼女に言われ、幼児のごとく頷く。頷きながら、カップよりモナカだなとアイスの種類を考えている。
さて、水の中へ一目散。彼女がやってみろという。まず“土左衛門方式”はクリアした。問題は、仰向けだ。いつものように底を蹴ったとき、「やった!」と思ったが、空の青さが残像となって私の瞼に残った。残像を消すように開いた目に飛び込んできたのは友達の二本の足だった。水の中から私の腕を掴んで引き上げた後、「こういうふうにするのよ」と彼女は、やってみせてくれた。気持ちよさそうに浮かんでいる。「ラッコになった気分よ」といい、夏の青いあおい空を見ている。羨ましかった。
単純な私は、それを見て、できるような気がしてきた。それを言うと、一段と気合がはいった彼女は、“お姫様抱き”をするようにして、水中で背中と足を支えてくれた。夏の青いあおい空に絵筆をさっと軽く走らせたような雲。その空だけが視界の全てなのだ。“漂う”というのはこういうことを言うのだと知った。
「どう?気持ちいいでしょう。水に浮んで空を見るっていうのは。ラッコになったようでしょう。ラッコってこうやっていつも空をみているのよ」と彼女は言った。彼女の表情までみる余裕はなかったが、私は何度も肯いた。ずっとこのままいてもいいような気持になった。気持のよいことは短い時間だと決まっている。彼女はだまってそっと手を離した。自転車の乗る稽古をして、ある程度上手くなったら荷台を持っていた手を放してもらっても平気で前に進んでいたりした憶えがあったのだが、なんせ身体に触れていることである。私はまた、空の青さの残像と共に、水の中へ。彼女の筋肉の張った足の先、つま先がアヒルが歩くときのように開いているのを見た。と同時に「あ〜あ」という彼女のため息も水の中で聞いた。
なんどもやってみる。幾度目かに浮ぶという感覚を掴んだような気がして、一人でやってみたが、どうしても沈んでしまう。全身の力を抜くのだというのだが、どうやったらそれができるのか相変わらずわからない。
「あんたみたいな体重の軽い人が、どうして土左衛門になれて、ラッコになれないの?」
彼女が説明するには、テレビの時代劇などを見ていると水死体、つまり土左衛門は背中をみせてぷかりと浮んでいる。ラッコは、アラスカの海で、空を見ながら腹で貝を割っている。だから土左衛門とラッコなのだそうだ。
「土左衛門とラッコねえ。上手いこと言うわね。こういうことは体重が軽い、重いは関係ないのよ。そういう問題じゃないのよ。きっとね。逆上がりもできないもん。そういうことと同じじゃないの?」とそのときなぜ急に逆上がりが浮んだのかわからないが、とにかく浮んだので、出来ない事に胸を張った。
「逆上がりもできないの?なぜ?なぜできないの?水にも浮かべないし、逆上がりもできないなんて、私には信じられない。でも逆上がりが、今とどういう関係があるの?」ときょとんとする彼女を見たとき、私は、しまったと思った。次は「グラウンドの鉄棒へ行くよ」といわれそうだった。
「なぜなのかわからないけど、水や空中に身体を後から放り投げることができないのよ」と無理やりこじつけた。
それから何度もプールの隅でラッコになろうとしたが、ラッコにはなれなかった。結局最後までラッコになれなかった。そのあいだ彼女は、水をかき分ける腕と水を跳ねる足の絶妙なバランスのクロールで25メールプールを往復した。プールの壁に寄りかかりながら、一呼吸おくと、水着の肩紐を直し、重い肩の肉を軽く左右交互に上げ下げして、また水の中に溶けていくのだった。
帰り道、私達は、モナカアイスクリームを齧りながら歩いた。私を正式なラッコにしてやることができなかったことに、友達は失望し、深い謎を残したようだった。ブツブツと一人で友達は何か言っていた。ブツブツが段々明確な疑問となり私に向けられた。生れつき、運動神経が抜群の彼女には、“できない”ということがどうしても理解できないようだった。逆上がりができなくても、ラッコになれなくても、全くけろっとしている私という人間が考えらないのだった。そういう彼女の話を、私は笑って聞いていた。私達は、アイスクリームのバニラの香りをすれ違う人にも分け与えながら、それぞれの口の中に広がる甘さに満足をして空を見上げた。
今から思い出しても、とりとめのないことだった。長く連絡していない彼女はきっとこの話を覚えてはいないだろうと思う。しかし私は僅かな時間でもラッコになることができた、あの日の夏の空を、今でも忘れないのである。
掲示板やblogの流れで、今度はソーシャルネットワーキングサイトを。
ソーシャルネットワーキングサイトとは、簡単に言うと会員制の友達リンクサイト。そのサイトの会員の人から招待を受けることによって、そこに会員登録することができて、そこに自分のページを持つことができる。自分のページには、経歴や職歴、日記などを書いて行って、そのページを通じて自分と同じ趣味の人と交流を持つことができたり、もしかすると、フリーの人なんかは仕事が繋がっていくかも知れない、というのが特長。
このソーシャルネットワークという考え方もご多分に漏れずアメリカで生まれたもの。そして日本にも少しずつだけど普及し始めている。日本で最大のソーシャルネットワーキングサイトは「mixi」で、7月12日現在で4万5000人の人が参加しているそうだ。その他に「GREE」なんてのもある。(こちらも参照)
このソーシャルネットワーキングサイトの一番のポイントは、会員の人から招待を受けないと会員になれないという部分。会員の人がそれなりにネットのマナーを理解していて、それなりにネットでの書き込みに馴れている人だったりするならば、その会員の友達も、そしてまたその友達もそれなりにネットでのコミュニケーションにこなれた人だろう、という考えができる。まあ、こんな単純な発想で行くならば、このサイト内での会員同士のコミュニケーションはとても穏やかなものになってくれる。
ところがもちろん、会員が増えて行けば増えて行くほど、どんどんどんどん水は薄まってそう単純には行かなくなってしまう。やっぱり会員同士のトラブルも発生してしまうようだ。あちこちのblogなどを見て歩いていると、コメント付けてくれれば「mixi」に招待してあげますよ、なんて人までいるようだから、ますます会員という敷居が低くなってしまう。
でも、このソーシャルネットワーキングサイトの場合、少なくともその人がどんな人なんだかその人のページを見ればわかる。嘘を書いていない限り。もしかすると、その人のページの中から、その人との和解の糸口を掴むことができるかもしれない。いや反対に、この人とは今後もそりが合わないだろう、ということがわかるかもしれない。もちろん、そのページにどこまで自分の個人情報をさらけ出すか、という問題はつきまとうのだけれど。
ネット上の情報を見る限りでは、アメリカでのソーシャルネットワーキングサイトは仕事上の人脈を作っていくツールのように見える。ところが日本ではまだまだそんな感じはなくて、どちらかというと友達の和を広げよう、という感じに留まっているようだ。「キヌガサ」なんてのは、ちょっとウケ狙い?
で、またまた無理矢理青空文庫に繋げてしまう。つまり、青空文庫の作業上のコミュニケーションという部分にソーシャルネットワーキング的な考え方を応用してみようとすると、まず工作員の人に会員登録してもらって、自分の好きな作家や作品、ジャンルなどを記入してもらう。さらに、入力をするのか、校正をするのか、その両方をするのか、などを書き込んでもらって、出来たらその人の背景をちょこちょこっと書いてもらう。その人の作業上の履歴などもあったほうがいいかなあ。その作業での評価、なんてことになるといろいろと問題がでちゃうかも。でも、そんな情報を会員同士閲覧できれば、なんとなく趣味の合うもの同士で入力、校正などを相談しながら進めてもらう、なんてことが出来るかもしれない。日記形式で、入力、校正の状況などを書き込んでもらったりすれば、手伝いましょうか? なんて和も広がるかもしれないし。
現状の青空文庫の場合、工作員同士の横の繋がりを築くことは難しい。唯一メーリングリストがあるのだが、やっぱりそこに書き込む人は限られてしまう。青空文庫のプロ(?)工作員の話しの輪に入って行くのはなかなか大変だから。できれば、青空文庫のアマチュア(?)工作員同士、語り合える場があればいいのに、と思ったのでこのソーシャルネットワーキング的、青空工作員ネットワーキングを考えてみました。
夏のイベント第二弾で、金魚すくいが実施されていました。
突如それまでの肝試しが終了してしまい、時差の関係で、ログインしてきた
外国の人は、なぜだ!肝試しはどうしたんだぁ?と叫んでいたそうですが・・・。
ヴァナ時間の午後6時から朝6時まで花火がつづき、音楽が
まるで沖縄民謡をレゲエ風にアレンジしたような、オケサ音頭が
流れている毎日でした。
(はっきりいって、LVあげをしている時にこの音楽が流れると、
なんだか変な感じです。)
三国周辺と、砂漠の真ん中にあるラバオという町のみに
ながれているのですが、そのあたりで、金魚すくいを
やることができます。
100Gでポイを購入しおわん(無料)をもらって
いざ、水辺にたたずみ、釣りコマンドを使うと
しゃがみこみ
じっと、水面をみつめ
まつ
まつ
赤い金魚をつった。
時もあれば、ポイが敗れてしまうとき
らんちゅうや黒出目金がとれたりもします。
すくった金魚を部屋に飾れないのは残念ですが、ポイを販売しているNPCにもって
いくと、ポイントと交換してくれます。
ポイントはたまるとさらに不思議なアイテムと交換できるのですが
ポイ12枚のうち7枚つかって26点の私。
とほほ。金魚すくいがうまくなる浴衣を着ているはずなのにぃ。と
地たん駄踏んでいたのでした。

注意:このイベントは現在は終了しています。
セミの声をきいたのはつい数日前で、夕暮れどきに白粉花のかおりが強くたちのぼるようになったのはおとといのこと。もうずっと夏のさなかにいる感じがしているけれど、夏はこれからが本番なのです。ことしは長い夏になりそうですね。
「水牛のように」を2004年8月号に更新しました。
「自分の顔や身体がまるで揚げ物をしている中華鍋の底ででもあるかのようにべとべとの不快感」とスラチャイが書くバンコクの4月の暑さはことしの東京の7月のものでもありました。バンコクではどんなに暑くても、汗にもまみれていない真っ白なシャツを着てすずしい顔をして歩いているひとを見かけます。でもわたしの友人のタイ人たちはいつも「あつい、暑い」と文句ばかり言っていますが。佐藤真紀さんのねこのくろよんがいまもどこかで元気でいますように。はじめてメールをもらったとき、どんなひとなのだろうとサイトを訪ねたら、そこには佐藤さんが黒いねこといっしょに写っている写真がありました。あれはくろよん?
「水牛通信電子化計画」は1982年5月号を。
本橋成一さんが上野駅、サーカス、筑豊のひとびとの写真について語っています。通信には写真ものっているのですが、ウェブはとりあえずテキストだけなのが残念です。いろいろなところへ出かけて写真や映画の撮影をする本橋さんによると、かの有名な惹句は「世界はたくさん、人類はみな他人」となります。拍手!
7月に出た本
●「バグダッド・バーニング——イラク女性の占領下日記」
バグダッド在住の20代の女性リバーベンドがブログに書き続けた日記(2003年8月17日から2004年5月22日まで)の翻訳です。「私は女性でイラク人、24歳。戦争を生き延びた。あなたが知らなければならないのはこれで全部。」と始まるこの日記、イラクの現実を伝えるためには書いているひとの素性はあかすことができません。でもリバーベンドの書くことばのもつ力はリバーベンド・プロジェクトという9人の女たちからなる翻訳のグループを生み、日本語訳がネットにのりました。それを1冊にまとめたのは女性編集者です。そして印税はリバーベンドの希望によってイラクの女性と子供たちを助ける基金となるのだそうです。「世界はたくさん、人類はみな他人」とはこういうことだと思います。
●「高橋悠治 コレクション1970年代」(平凡社ライブラリー)
1970年代の著書『ことばをもって音をたちきれ』、『音楽のおしえ』、『たたかう音楽』を浜野智さんが再編集して1冊にまとめたものです。「失敗者としての高橋悠治」という解説を書いたのは水牛の三橋圭介さん。著者の70年代の写真(知り合ったのはこのころだけど、こどもみたい!)が表紙をかざっています。テキストはこうしてあたらしくよみがえっても、からだはそうはいかないということを感じさせてくれます。
最近見た2本のドキュメンタリーのビデオでも同じことを感じました。ジョスリン・バルナベの「グレン・グールド エクスタシス」と、ブルース・ウェーバーの「チェット・ベイカー レッツ・ゲット・ロスト」です。このふたりの演奏家の晩年の姿はバランスというものを完全に失っている老人のよう。グレン・グールドは49歳、チェット・ベイカーは57歳、まだ老人とはいえない年齢なのに、おそらく薬物の影響なのでしょう、ほんとうの老人よりもずっと老人に見えます。音楽は彼らのそのからだをとおして生み出されるものですから、当然病的なところがあります。でもそこが魅力だったりもするわけで、ちょっと複雑な気分におちいりました。
それではまた! (八巻美恵)