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夏です。
(例のごとく、地球の北半球の季節にあわせているので)
毎晩、花火と肝試しが、開催されています。

肝試しに何回も参加すると、金魚すくいがうまくなるという
効果(?)がついた浴衣をゲットできるのです!
でも、いったい何処で、金魚すくいできるのか、
情報はまだ不明です。
また金魚すくい情報について何か知っていることがある人は
私まで教えてくださいなー!
で、でもこの姿、どうみても神輿かつぎの子供・・・・にしか
みえません。(そこが、ちょっと悲しいところですね)
拝啓M様
いつもコメントをありがとうございます。昨日のコメントを読ませ頂いて、思い出したことなどを認めてみます。
今から思うとあれは小学校の二年生の夏休みだったのではないかと思います。丁度今頃ですね。私は、祖父や祖母たちの湯治にくっついて、県内の山間の温泉で過していました。行く時は、心ウキウキしていくのですが、飽き易い子供の事、すぐに山間の生活から街の家に戻りたかったものです。そういう子供は私だけではありません。同じような子供は、子供同士、性別、学年地域を越えてなんとなく仲良くなるものです。宿は数件ありました。その男の子とは宿は異なっていましたが、なんとなく宿の前で一人で遊んでいるうちにどちらからともなく声をかけたのだと思います、同じ年齢のその子も祖父母に連れられて来ているようでした。私などよりここら辺りの地理に詳しく、その子が地元の子たちと仲良くなり、その後で私も仲間に入れてもらったのだと思います。地元の子供たちも含めてギャング団の本領発揮で、いたずらをして、小川の水で足を冷やすという毎日を過していました。今でも憶えている感情として、私より先に街へ帰って欲しくはないということでした。地元の子の中にぽつんと残される自分を想像するととても居たたまれないものがありました。
宿の前にバス停があり、そこでUターンができるように広場になっています。その広場を横切ったところに丘がありました。その丘の上には祠あり、そこまでかけっこをして上ったものです。その祠の裏の道を下っていくと池があるのだと地元の子供が言いました。「危険だから行っては行けないと大人から厳重に言われている。でも行った人の話では美しい池なんだと」
「行きたいなあ」とその街の男の子は言いました。
Mさんにはその後はお解かりのことと思います。数日後の夕方でした。私が慕っていた街の男の子は、私の宿の玄関に寝かされていました。大人の口々に「一人でよく、あの険しい道を行ったもんだ、地元の子には、行くなと言ってあるんだが。仏さんの体が変る前に引き上げることができてよかった」の“仏さん”と言っているのが印象的でした。
声を掛ければ、起き上がってくる、それでいて、蝋人形のような顔色をして、唇はドス黒い紫色とでもいうのでしょうか・・「人間の死んだときの顔というのは、寝たときと同じ顔なのだ、もっと怖い顔かと思った」と子供の私は思いました。祖母に促されて合掌しました。「子供でも死ぬんだ」と祖母に尋ねてみようとして止めたのを今でも憶えています。無条件で祖父母の方が先に死ぬのだと思っていたからです。
ある友人の話もしますね。数年前、彼女の十歳の長女が、病で亡くなったことを一ヶ月後彼女の近所の人から聞きました。女の子ながら“アンパンマン”とニックネームをもらうほどはちきれた頬に、元気な子でしたから、何度も私は教えてくれた人に本当にあの子なのかと念を押したものです。念を押しながらも私は、母である友人に何も言わないでおこうと決めていました。何も言って欲しくはないだろうと思ったからです。もしどこかで会うことがあったら、普段通り話をしようと。ところが、数ヵ月後スーパーでばったり会ったときは、お互い手をとりあって場所を構わずポロポロと泣きました。友人の「泣かないで、泣かないで」と言う言葉に頷く私でしたが、涙が止まりませんでした。
病院で小さな小さな木箱を抱えて、目を真っ赤にして産婦人科病棟からでてきた女の人をみたときも胸が詰まりました。
「子供が死ぬ」ということ、生きているものは、死んだ子の歳を数えます。「自分がどんな歳になってでも死んだ子の歳を数えてしまう」と近所の老人が言っていました。
Mさん、子供は死んではいけないのですよ。きっと。
敬具 ten
お盆前の静かな川を炎は広がりながら、寄り添いながら海に向かってゆっくりと流れて行く。数えることをあきらめさせるほどの沢山の数が、海の果てのそのまた果てに同じ速度で流れていく。この中に祖母や父がいる。きっとこの橋の下を通って行く。川に入ってこの流れを止める事ができるものなら止めてみたい。止めて祖母や父の魂を捜してみたい。捜して祖母や父の魂を抱きしめてみたい。そんな生者の感傷の、頭上遥か天空は、赤銅色の三日月だった。
私にとって、図書館と聞いて思い浮かぶことは、
1 本のあるところ
2 調べものの出来るところ
3 クーラーが効いていて涼しいところ
くらいでしょうか。小さい頃にいた地域の図書館(正確には分館)は、蔵書数が少なく、特に夏(休み)は、3の印象しか残っていなかったりします。3は冗談としても、1、2は図書館というものの本質を捉えていると思います。
では、青空文庫が図書館であるためには、何が必要なのか、ちょっと考えてみます。
まず、小学校、中学校、高校と図書館はなくても図書室はあったでしょう。大学ならほぼ確実に図書館でしょうね。図書室、図書館の本は、ほぼ確実に日本十進分類法(NDC)に従って分類されているでしょう。簡単にその分類を示すと、
000 総記
100 哲学
200 歴史
300 社会科学
400 自然科学
500 工業・技術
600 産業
700 芸術
900 文学
となります。青空文庫の収録作品を見てみると、文学に偏っていて、他の分類の作品はごくわずかですね。分類という観点からすれば、現在の青空文庫は図書館とは呼べないでしょう。青空文庫が図書館と見られるようになるには、多様な作品が収録されることを待つ必要があるのでしょうか。これらの分類の本が全て揃ったら、図書館と呼べるのでしょうか。
ここで、もう一つ考えてみたいと思います。個人の家でも、読書好きの方ならば、この分類の本を一冊ずつくらいは所有していそうです。個人の集めた本は図書館とは呼ばれないでしょう。それは、公に利用できないという問題もあるのですが、たとえ図書館に寄贈されても、「何々文庫」のように呼ばれて、決してその収集本のみで図書館にはならないようです。ここで浮き上がってくるのが、個人の蔵書(private collection)と図書館(public library)の違いです。
図書館は、多くの人に利用され、多様な本を数多く所蔵しています。では、何冊本が集まったら、図書館と呼べるのでしょうか。図書館の規模は図書館ごとに違っています。前に書いたように、青空文庫に10分類の各分野の本が1冊ずつ集まったら図書館なのでしょうか。それとも、10冊? 100冊? こう考えてみると、冊数は問題ではないことに気付くでしょう。
「青空文庫早わかり」には、以下の記載があります。
「著作権の消滅した作品と、「自由に読んでもらってかまわない」とされたものを、テキストとHTML形式でそろえています。」
ここには、「文学」という言葉は出てきません。青空文庫は、「著作権の消滅」という条件以外には収録作品に関して何も求めていないのです。つまり、青空文庫は多様な著作を収録してゆく可能性があるということです。何冊集まったら図書館、なんて基準はないのですから、青空文庫は図書館(piublic library)と呼んでもかまわないと思います。
一般の図書館は、自ら図書を購入するのではなく、個人からの寄贈を受けることがあります。青空文庫のあり方は、個人の蔵書を電子テキストの形で寄贈してもらうことでる、と言えるでしょう。青空文庫というpuiblic libraryにprivate collectionを集めている、と言い換えることも出来ます。青空工作員のみなさんのprivate collectionの積み重ねが青空文庫というpublic libraryになっているのです。
この話の流れからすれば、青空文庫がpublic libraryに見えるようになる(すでに存在そのものはpublic libraryなのですから)のに必要なことは、もうおわかりでしょう。文学以外のいろいろな作品を集めてゆくことです。京都大学電子テクスト研究会の皆さんは、哲学書の入力、校正に着手されています。童話も増えてきました。私自身、柔道の開祖の嘉納治五郎さんの著作集を図書館で見つけて入力しようかな、と考えています。料理の本、犬の飼い方、手紙の書き方、なんてのもあると面白そうです。
ということで、ある程度極端なことを言えば、青空文庫に必要なのは「脱・文学」の指向なのでしょう。実際の図書館も、文学の棚がやたらと大きいことは確かですから、決して文学の作業が意味がないと言っている訳ではありません。ただ、なんだこりゃ? というテキストが増えてくることで、青空文庫がpublic libraryに見られやすくなると思うのです。
と、ここまで長々と「青空文庫はすでに図書館だと思う」ことを書いてきました。おまけで、あと二つ、「public」ということと「検索」について書いておきます。
public libraryは多くの人が利用できるものです。その点から、考えると青空文庫は、世界のどの図書館よりも素晴らしい図書館でしょう。世界のどこでも、誰でも、閲覧できるのですから。
また上の方で分類について書きましたが、青空文庫にもこのような分類が必要なのでしょうか。おそらく必要ないと思います。あの分類は、目当ての本を効率良く探すためのものです。青空文庫のトップページの右肩にある検索で本の中身まで検索できるのですから、分類は必要ないでしょう。そして、トップページの青空文庫の全文検索は、図書館のレファレンスサービスをも越える可能性があります。現在、みずたまりで進行中の365日青空文庫のようなことを、図書館で尋ねたら(毎日毎日、「○月×日が登場する作品を調べたいのですが」と尋ねたら)、単なる嫌がらせになってしまうでしょう。
最初に書いた1、2の点にもう一度戻りましょう。1に関しては、そのうちどんどん収録作品数は増えてゆくことでしょう。2についても、電子テキスト化していることによって、これまでになかった検索が可能になったということもわかりました。二つの点から考えても、青空文庫はこれまでになかったpublic libraryとなってゆくと思います。
スウェーデンのイングマール・ベルイマン監督(1918〜)の父親は牧師さんだったという。その牧師さんの息子が作った《神の不在三部作》というのは、「鏡の中にある如く」(1961)「冬の光」(1963)「沈黙」(1962)である。これら以前に製作した「野いちご」をベルイマンの一押しにする人は多い。多いが、私は、この3部作の方が好きである。この3作品のうち「沈黙」(TYSTNADEN)ついて「ベルイマンを読むー人間の精神の冬を視つめる人」(フィルムアート社)を参考に書いてみる。
1)沈黙
話の筋は1)のサイトで読んでもらえばわかるので、あえて書かないことにする。で、ここでは、「沈黙」を見たときの戸惑いを書いてみる。
もちろんリアルタイムではみていない。数年前にビデオで見たのである。何度、巻き戻しー再生を繰り返しただろう。観た後の、この不快感は何だ?好き嫌いという範疇の感情ではなかった。色々な映画を観てきたが、嫌いなら嫌いではっきりしていた。どこどこがどういうふうに嫌だと。また好き嫌いということではなく、難解な映画で一度に理解できない場面があったりする。わからない箇所があると気持が悪いので、何度も映画館に足を運ぶなり、テープを巻き戻して私なりに理解してきた。そしてすっきりして、次の映画に向う。しかしこの映画は違った。妹アンナの息子、子供の視線でカメラがところどころ走る。低く冷徹な視線が大人の世界というより虚飾を剥ぎ取った人間を映し出す、そのカメラワークが私の心をキャッチして離さなかった。だから嫌いではないということだけははっきりしていた。嫌いではないだけに一層不快なのである。何が不快なのか・・台詞や演技の不明箇所ならもう一度その箇所を集中的に観ることによって、解決できる。この映画の場合、どこをもう一度観たらいいのかわからないのである。それが何度か巻き戻した後に気付いた。題名を見たとき、はたと気付いた。不快の原因がわかった。「沈黙」という題名が付く理由がわからなかったのである。どこがどう沈黙なのか。この映画における沈黙とはどういうことなのか。沈黙=静かな状態と思い込んでいる、既成概念に囚われている私にはわからなかった。
既成の“沈黙”ということではないのだとしたら、何を持って“沈黙”というのだろうか。自己と他者の繋がり、それが切れている場合、それぞれからみたら「沈黙」というのだろうとやっと私は気付いたのだ。だからこの映画には下記に書いたようにA、B二つの沈黙が流れている。
1) のサイトの解説を参照にする。
A・・「著述業の独身女性エステル(チューリン)は妹アンナ(リンドブロム)とその息子ヨハンと共に汽車で旅行中、身体の不調を訴え、見知らぬ町に降りる。」
見知らぬ土地であるということは、自分たちの言語が全く通じない。こちらが一生懸命に話しても理解を得ることができない。それは沈黙していることと同じである。
「あんたと一緒にいるのは素敵なことね。お互いに理解しあわないなんて、ほんとうにすばらしいわ」とアンナは行きずりの男にセックスの後話し掛ける。
B・・「優等生でみなのお気に入りの姉、豊かな肉体を持ち行動的な妹……。」
この姉妹の間に会話はできる。できるが考え方や立場が違うので、お互い理解できないのである。理解しようと勤めればつとめるほど距離が広がっていくのである。これもまた沈黙とおなじことである。
数年前は、この映画を観て、不快感から疑問がわいてきて、何度も巻き戻しを繰り返し、やっと氷解したところで、たまたま本屋にあった「ベルイマンを読むー人間の精神の冬を視つめる人」(フィルムアート社)を買って読んだとき、自分のこの映画の見方が著者と懸け離れてはいなかったと思ったものだった。《神の不在三部作》であるのだが、ベルイマンにおける“神”の位置が私にはつかめないし、宗教に関することはわからないので、私は言及をしない。
2) TYSTNADEN
このサイトの写真で奧にいる金髪の女性が姉を演じたイングリット・チュ−リヒン(192ー〜2004年)は、ルキノ・ヴィスコンティ監督「地獄に落ちた勇者ども」のヘルムート・バーガーの美しい母親役だった。
妹を演じたグンネル・リンドブロムやビビ・アンデーションなど、ベルイマンの映画を飾った華たちである。
華といえば、スウェーデンが生んだ大輪イングリット・バーグマンの遺作「秋のソナタ」はこのベルイマンの監督作品だった。イングリット・バーグマンは既に癌に冒されたいたらしい。母役のバーグマンと娘役のリブ・ウルマンは、母と娘の葛藤を見事に描ききった。バーグマンは、故郷の言葉の作品で人生の幕を引いたようだ。その「秋のソナタ」については、また後日書いてみたいと思う。
というわけで、作品リストのページです。
北欧の周辺ってことでドイツ、フランス、イギリス、イタリアなどもにょろにょろと増殖します。リンク作品は、青空文庫で読むことができます。ラーゲルレーヴの作品に『トロルと人間』というのがあるらしいですが、このトロルってきっとトロールなんじゃないかと。スウィフトの『書物戦争』って、なんだかそそられるタイトルですねぇ。
それにしても木城さんやってくれます。『蒼天航路』もやってくれてます。せがわさんは『バジリスク』をとっとと終わらせました。そういえば『バガボンド』も見かけてない気がします。今の時世だから“みなごろし”はちょっと禁忌。とくに『バジリスク』は「みなさんに殺し合いをやってもらいま〜す」の同設定だったから、あっさりと最終回にしてしまったのも賢明だと思いました。正面から堂々と『バトル・ロアイアル』を評じるのはむずかしいですよ。今回の事件をきっかけにコミック版は読んでみましたが。映画はどれもまだ見てないし原作も腰を据えて読んでいません。深作さんと山根さんの対談は読みました。もろテロルのはなしだった『愛と幻想……』の映画化がほぼ決定してたところへNY同時多発ニョロニョロがあって、その代打として『バトル・ロアイアル』が浮上。原作をめぐる評価もさることながら上映に際しても社会問題となり、深作さんの遺作となったのは承知の通り。
似たようなマンガを読み本を読み、TVを見て映画を見て、ネットで書きこみしたり創作(もしくはまねごと)やってみたり。似たような環境のなかで、似たようなストレス感じながら、似たように悩んでいる……にょろにょろ。分水嶺の突端はほんのひとまたぎの差でしかなく、どっちに転がり落ちるかの違いだけ。ぼくもまた彼女。彼女もまたもうひとりの彼女。彼女たちの行為は、ぼく(たち)と無縁じゃない。あれからふた月になりますか。沈黙も選択だし、忘却も選択、ふりをするのも選択、自由からの逃走も選択。
テロル……バトルロイヤル……ムーミントロール……ニョロニョロ……。トーベ・ヤンソンは、ぼくなりの直感的な選択です。
と、書いて早々修正。「ぼくなりの直感的な選択」と書きましたが、はたしてはたして。自主的な動機付けと選択にはまちがいないだろうけれど、それを判断・選択するためのタネ(トラップ)はいろんなところにいろんなかたちでいろんなやつらの思惑でばらまかれていたワケで。われながらまんまとはまってしまったなあ、とおもいつつ。……なわけで、正面からでなく背面からトーベ・ヤンソンへ迫ってみます。
2004.7.24
しだ/PoorBook G3'99
転載・引用・リンクは自由です。
北欧文学作品リスト
みずたまりの書きこみを参考にして、まずは北欧文学者をリストアップしてみます。きっかけはムーミンの作者トーベ・ヤンソンに興味をもったからです。なので、とくに児童文学周辺に着目してみます。
『小さなトロールと大きな洪水』の序文に、トーベ・ヤンソン本人が「ヴェルヌやコローディの青い髪の少女」うんぬんと書いてあるのを見つけました。コローディっていうのは、たぶんピノキオ原作者のカルロ・コッローディのことではないかと。『ピッピ』のリンドグレーンが1880-1918になってましたが、変ですよね。1907-2002へ変更しました。歴史項目は『ウィキペディア』を参照しています。
さらに北欧文学の周辺ということで、西洋哲学者や民俗学者、翻訳者・研究者などもにょろにょろと増殖いたします。ところで、参照したサイトの資料によると、北欧文学者のなんとノーベル文学賞受賞者の多いこと。あらためて書き記すまでもないなあと思ったのでバッサリ削除してあります。
北欧文学者とその周辺リスト(没年順)
および、おもな北欧の歴史
ものすごい唐突だけれど、電子図書館について勉強をしてみようと思った。理由と言っても特にこれといったことが挙げられないが、私はちょうど今、青空文庫という電子図書館にかかわっているのだし、おそらくこれからもかかわっていくのだろうなどと考えると、今後まったく無知のままでかかわっていくのもいかがなものかと、私なんかは思ってしまう。メディアが発達していく中で、きっとこういう電子図書館の研究も進んでいることだろうし、専門書の一冊や二冊は出ているだろうから、ちょっと買って読んでみよう。
と、思い始めたのはいつのことだったかよくわからないけれど、つい先日、大学生協が運営している古本屋に入ると、こんな本があったので買った。
「電子図書館」原田勝・田屋裕之編、勁草書房、1999
この本のことを説明するには、まず帯の文章を引用してみるのが適当かもしれない。そこにはこう書いてある。
「21世紀の学校・職場・家庭に必須の情報基盤=電子図書館をどう立ち上げるか。技術・法律・制度・運用形態のすべてを考える。」
つまるところ、電子図書館を作るに当たって、その前段階としての「技術・法律・制度・運用形態」の考察が書かれている本であり、わかりやすく言うと、昨今の出版界では売れないとされている「お堅い」専門書のたぐいである。そして、どんな内容が書かれているかと言うことも、目次を引いてみるとわかりやすい。
第1章 電子図書館とは
第2章 電子図書館の実際
第3章 電子図書館と出版社
第5章 電子図書館に関する著作権問題
第6章 電子図書館に向けての国立国会図書館の取り組み
第7章 電子図書館の技術
第8章 電子図書館の機能
第9章 電子図書館の将来
(それぞれ別々の筆者によって書かれています。)
内容としては1999年なので少し古いきらいがあるけれど、それでも勉強になったような……気がする。理論も技術もだいたい理解出来た。でも、どうもしっくり来ない。
「電子図書館は、インターネットの利用の拡大やワールド・ワイド・ウェブの登場によって身近なものになったことは確かである。しかし、電子図書館についての理解を深めるばかりでなく、将来の学校、職場、家庭における必須の情報基盤として、使い勝手のよい電子図書館を実現していくためには、技術以外にもさまざまな問題があることを認識し、それらの問題の解決に向けて努力が払わなければならない。」(まえがきより)
ふむふむ、まったくその通り。というか、私もそういうような動機があってこの本を読み始めたのだから、この線から行くと、この本は私の目的にぴったりだということになる。ととと、読み進めていくと、電子図書館の定義なるものが出て来た(p3、原田勝による)。おっと、これは面白そう。ちょっと青空文庫に当てはめてみよう。
1)電子図書館は、明確な目標・目的を持っていなければならない。
……目標・目的というと、「青空文庫の提案」になるのかな。著作権の切れたものを集める。著者が対価のいらないとしたものを公開する。
2)電子図書館のコレクションは、一貫した方針のもとに構築されていなければならない。
……青空文庫のコレクションって、工作員の好みによって入力・校正されていくから、一貫した方針なんて無いに等しいのでは。というか、そもそも図書館ってそんな一貫した基準で本を入れているのかなあ。
3)個々のドキュメントは、その電子図書館の目的に合致するように評価の加えられたものでなければならない。
……? 評価? 目的が「青空文庫の提案」だとすると、それに合致するような評価を加えると、えーと、これは「青空の本」に適する良い本である、これは適さない悪い本である、などという選別を行わないといけない?
4)利用者が、自分の情報要求にあったドキュメントを簡単に見つけられるように、コレクションが組織化され、検索システムが整備されていなければいけない。
……確かに、青空文庫ではあまり組織化とか、本の分類とかはされていないなあ。一方、Project Gutenberg の場合だと、「LoC Class」とか「Subject」とかに本のキーワードが書いてあったりするし。
5)電子図書館は、すべての利用者に対して、公正な利用を保証するものでなければならない。
……これはもう、「青空の本は、読む人にお金や資格を求めません。いつも空にいて、そこであなたの視線を待っています。」という一文があるし、「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」もあるから、十分かな。
6)電子図書館では、新旧の資料および情報流通の仕組みを知悉した図書館員(または、それに代わりうるもの)による支援がなくてはならない。
……えっ? 青空文庫にそういう役割にあたるような人って、いませんよねえ。
7)印刷資料を有する図書館では、印刷資料とのシームレスな統合がなされていなければならない。
……印刷資料なんてないと思います。はい。
ううーん、この定義、言いたいことはわかるんだけど、どうもピンと来ない。と思いながら読んでいたのだけれど、途中ではたと気づいた。
ああ、この本はきっと、既存の図書館が存在することがまず前提で、その図書館が電子図書館という分野に乗り出したとき、どうなるのか、ということで考えられている本なのではないか。それならば、中に書かれていることが、青空文庫の現状とずれている、ということも納得がいくような気がする。少なくとも、既存の図書館が電子化に踏み出すのなら、その蔵書をみんな電子化するわけにはいかないから、何を電子化するかという「目的」もいるし、「選別」も必要だろう。
なあんだ、この本はそういう本だったのか、全然未来が見えてないじゃないか、お堅い本ってつまんないなあ、あーあ。
……などと、思ってはいけない(実際、私は堅い本がつまらないとは思っていない)。この本はそんな簡単には引き下がらない。
ちょっと先ほど示した目次の方に戻っていただこう。よく見た人は、すでにお気づきの通り、「第4章」がぬけている。これは意図的に私が抜いたものだ。この第4章は、この1章だけで、この本全体をぶちこわしてくれるようなパワーを持っている。
第4章 この門を入るものは一切の商品性を捨てよ
この真面目な目次から、ひとつだけ明らかに浮いているこの章。筆者は誰あろう、津野海太郎。私はこの本にとってデストロイヤーともなりかねない彼を執筆者に加えた編者の度量に感心するばかりなのだけれど、彼は予想通りにこの本そのものを破壊する。
まず章が始まって最初に掲げられた節の見出しが、「中身は何でもいい」。いきなりさきほど紹介した電子図書館の定義の2)、3)をぶちこわす。電子図書館論議の中では、さかんにコンテンツという言葉がもてはやされるのを、真っ向から攻撃したかたちだ。もちろんこのままだと語弊があるので説明するが、つまりは「図書館」そのものがある種のメッセージ性をはらんだものであるということを、津野は主張する。マクルーハンの言によるならば、メディア(形式)こそがメッセージ(内容)なのであるから。
「とすれば当然、電子図書館の場合も、ハードとソフト、容器とその中身とを分離可能な二つのものであるかのように論じるのはおかしいということになる。新しい形式、新しいメディアは、旧来の内容、つまり「コンテンツ」の完結性をこわし、その意味や社会的文脈を徐々に変えていく。」
もしメディアがメッセージであるなら、新しいメディアが現れたのなら、新しいメッセージが現れるはずである。とすると、古いメディアをそのまま新しいメディアの上にのっける必然性がどこにあるのだろうか。もう一度ゼロからやり直してみていいはずである。
そして津野は、この本そのものをひっくり返すような発言をする。
「すくなくとも、まず容器をつくり、それができあがったら、つぎにその中身を考えるというような退屈な段どりをくずすこと。すなわち、できあがった電子図書館になにを入れるのか、ではなく、図書館はその電子化によってなにをどう変えることができるのかを、まっさきに考えること。」
この本は、「どうやって容器を作るか」ということについて書いた本である。それなのに、そんなことはやめなさい、と津野は言う。私にはどちらが正しいか、などということを決めるつもりはない。容器を考えることだって、たいへん大事なことだ。けれども、こういった正反対の意見がひとつの本につまっているのは、とても刺激的だと思う。
言われてみれば確かに、1971年、マイケル・ハートがイリノイ大学の大型コンピュータにアメリカ独立宣言を打ち込もうと考えたとき、容器のことを考えたかというと、そうじゃない。コンピュータに暇なリソースができて、これはお金に換算すると非常に高価なものなのに、なんだか勝手に使っていいと言われたとき、ただ単純に計算させるんじゃなくて、このリソースを図書館に使えたら、無駄にならないかもしれないよなあ、と考えたから始まった電子図書館だ。とりあえず始めてみたわけで、Project Gutenberg の容器はあとからだんだんと出来上がっていったものに過ぎない。
そして、このメディアのメッセージとは一体何なのか、と考えたとときに、図書館本来のメッセージとして津野が提出したのが、この章の題名でもある、「この門を入るもの(本)は一切の商品性を捨てよ」というものである。
本というものは一応、売るために作られて、市場に出るわけだけれど、その一方で文化的資産としての側面がある。その側面を守るために、図書館がある。どんな本でも、あまねく所蔵して、商品としての消費期限が切れたあとでも、ちゃんとみんなの財産として共有出来るように、というのが図書館。
津野は、そのメッセージが、図書館の電子化によって強まるのではないか、という。その観点で行くと、Project Gutenberg には一時期まで、トップページに「無知と文盲の鉄格子を打ち破れ」という文字が書かれてあった。これも PG のメディアとしてのメッセージと言えるだろう。同じく、青空文庫の「青空の本」というのも、メディアとしてのメッセージだと言えるだろう。
こうして津野はどんどんと話を進めていく。(以下は本を買うか借りるかして読んでね)
実際に電子図書館がどのようなものになるかは、もっともっと先の未来にならないとわからないかもしれない。けれどもこの本は、色々な図書館が進めてきた電子化運動や、民間の電子図書館が進めてきた活動などの、現状と見比べて読んでみると、非常に考えさせられる本だった。
私ももうちょっと、電子図書館についての本をいくつか読んでみるつもり。何か良い本があれば、ぜひ教えてくださいね。
どうしても名前が思い出せない人がいる。姿も顔も浮ぶのだが、名前がでてこない。では自分の人生に関りのない人なのだろうと思ってみる。長くは関らなかったし、そんなに親しくもなかったことも確かである。しかしその人から大切な話を聞いた覚えだけはある。名前が思い出せないので、Mさんとでもしておこう。
社会人になって三年は経っていたと思う。会社帰りに、わざわざ遠回りして、音楽の苦手な私が地元のJazz喫茶に出入りしていたことがある。きっかけは友達とコーヒーを飲みに入ったことだった思う。いつのまにかそこに集る人たちの中に入っており、JAZZなど全くわからないので、音楽の話のときは、輪から外れたところで聞き役に徹し、おかげでコルトレーンやルイ・アームストロングの名前を知った。音楽の違いは、全くわからなかった。文学や映画の話をする時は輪の中心にいたような覚えがある。店に行けばたいてい誰か話し相手がいて、多い時は7〜8人の集団になって閉店まで話し込んでいた覚えがある。私の場合、音楽を聴きにいくのではなく、喋りに行っていたのである。純粋なJAZZファンとすれば、その集団は許しがたき存在、目の上の瘤であったことは確かである。店を追い出されなかったのは、話の仲間にマスターを引き込んでいたからであろうと思う。
サックスやドラム奏者のポスターが壁にべたべた貼り付けられた階段を下りていくと、薄暗い中、スピーカーから音楽が流れるというどこにでもあったJAZZ喫茶である。通路を挟んで、ボックス席が左右3つずつあり、奧にステージがあった。ステージにはアップライトピアノが置いてある。そのステージに一番近いボックス席にいつもMさんは座っていた。乏しい明かりの中、本を読んでいることもあれば、目を瞑って音楽に合わせて頭をスイングして聴いていることもあった。話声は、彼にとって決して快いものではなかったはずだが、彼は文句一ついうことなく静に自分の世界で、自分の音楽を聴いていた。目立たない人だったが、気になる人だった。マスターが彼のことをMさんと呼んでいるのを聞いて、私達はMさんという名前を知ったのだったと思う。ああいった場所は、自分からその話の中に入っていかないかぎり、話の中に入っている人と顔見知りではない限り、話題に加わることはなかった。私と話す人たちは誰も彼のことを知らなかった。マスターにどんな人と尋ねた人があったが、マスターも首をかしげた。ただ曲のリクエストを受けたときに名前を聞いたことがあるのだそうで、何歳くらいだろうと食い下がる質問者の言葉にもマスターは鬚に手をやって、曖昧に笑っていただけだった。というわけで、ミステリアスな人なのに、それ以上誰も彼に関心を持たなかった。
あるとき、私は話し相手が誰もいないので、シートに凭れて本を読んでいた。米川正夫訳の「罪と罰」だった。文庫本ではなく、単行本で、赤いハードカバーに金色で文字が書かれ、金色でサラセン模様のようなものが表紙に入っているというちょっと変った装丁の本であった。
「罪と罰ですか。綺麗な装丁の本ですね」と彼は私に声をかけた。
私は、驚いて顔を上げた。彼の日焼けした顔に笑顔をみたとき、初めて私は、彼のいつもの席に座っているのだとわかった。他人の席を盗ったようで、居心地が悪かった。しかし露骨に席を譲るのも憚られた。
「あ、はい。古本屋で見つけました」と私は答えた。
「もしよかったら、ここに掛けてもいいですか。」と言うと私の向かいに腰を降ろした。いいも何もない。彼の席なのだ。と思ってから、誰が腰をかけようとシートに名前が書いてあるわけではない。と席、一つに心の中が二転三転する自分が可笑しかった。
「今日は、お仲間はまだですか?『罪と罰』懐かしいですね。その本は全集ものの中の一冊のようですね」と彼は言い始め、文学談に花をさかせた。外国の翻訳ものに詳しい人だということがわかった。口数の多いほうではないようだった。一言ひとこと選んで話すタイプのようだった。私は聞き手に回っていたのだが、何度もお互いの間にJAZZだけが流れるという沈黙があった。カップのコーヒーも少なくなり、話も一段落した頃、腕時計を見ながらMさんが言った。
「そろそろ僕は仕事に行かないといけません。」
その時刻から仕事なら水商売だろうと検討をつけた。水商売の男性というのは、職業柄、身なりはきちんとしているものだったが、どうみても水商売の男性には見えなかった。無造作に着たタータンチェックのシャツの裾がズボンからはみ出ていた。私はどう返事をしていいのかわからない顔をしたのだろうと思う。何も問わないのに、彼は言った。
「僕は、今から塾の先生なのですよ。高校生に数学を教えにいくのですよ」
「高校生に数学ですか・・すごいですね」
斜め上からオレンジ色のライトが差し込み、一段と陰が深くなった目鼻立ちを改めてみた。照れた彼は言った。
「僕は、○○大学の医学部へ行っていたんですよ」
一期校と呼ばれたことのある大学だった。「行っていたんですよ」とだけ言ったことに私は気になったがすっとぼけた顔をして言った。
「へえ・・医学部ですか・・」
「卒業はしていませんが。」と口ごもった。
「入るだけでもすごいじゃありませんか・・」
彼はそれには答えないで、コーヒーカップを持った。そしてカップの淵をなんども指で撫でてから言った。
「3年生のとき、女房と出会いましてね。結婚したんですよ」
「あ・・はあ・・」と間の抜けた返事をした。なぜ私が身の上話を聞かなければならないのだろうと思いながら、話を切れない自分が情けなかった。
「どうしても彼女と結婚したかったのですよ。彼女でなければならなかったのですよ。ご存知のように医者というのは、一人前になるためには長いです。それまで僕は待てなかったんですね。彼女の心が変わるのではないのか、僕の心も変わるのではないのかなどなど。人間のこころなど変るものです。人を愛するということは、今の瞬間しか生きていないような錯覚にとらわれるのですね。」はにかんだ笑顔をみせて続けた。「もちろん親は猛反対ですよね。サラリーマンの親は、息子が医者になるのを楽しみにしていたのですから。そのために親は一生懸命働いてきたのですから。僕自身も医者になって病める人を救うのが使命とまで考えていましたからね。別に病気でもない女房も救えないなら医者になる資格がないなんて思ったりしてねえ。結婚するなら学資を止めると親からいわれました。ぼくはそれでいいと。結局退学です。まあ今では小学生の子供がいますから、親とは行き来しています」
あまりにもストレートであり、無防備に語られた重い話に、私はぽかんしていた。彼は、私に話すことに酔っているようだった。私の肩越しにアップライトピアノをみつめたまま身動きをしなかった。
「退学したはいいが、食べていかなければならない。女房は身体があまり丈夫でないものでね。世の中へでたら、僕は何もできない人間だとということに気付いたのですね。確かに成績はよかったですよ。しかし僕は帳簿の一つもみることはできないですし、何もできないのですよ。自然だけが、僕に見方してくれ、昼は道路工事の現場で鶴嘴を持っています。空の具合に合わせて、大地を掘るのです。お蔭で腕から背中にかけて筋肉がつきましてね。剣道をしている高校生と腕相撲をして勝ったこともあるんですよ。塾へ行く合い間にここでこうやって好きなジャズを聞いて、コーヒーを飲んでいくのが楽しみでね」といってコーヒーカップを両手で包み残っていたコーヒーを飲み干した。節くれだった彼の手にカップはすっぽりと入った。自分の言動への照れなのか、それとも聞いてしまってどう返答してよいのかわからない私に対する思いやりだろう白い歯を見せ笑顔で彼は言った。
「誰の曲がお好きですか?」
好きも嫌いも私にはなかった。好みが発生するほど音楽に触れていなかった。私は黙っていた。
「さて、僕は行きますね」と言って自分のコーヒーの伝票を持った。
この店に足を踏み入れるのをやめるようと思った。私と時間帯が同じ彼とはいつも顔を会わす。彼にとっては貴重な時間なのだ。私が話す意志がなくても知った人は誰でも声をかける。そしたら答えないわけにはいかない。
彼の広い背中を見送りながら、同性の立場から、Mさんの奥さんのことを思った。奥さんの立場だったら、私はどうしただろう。人を愛するということはどういうことなのだろうかと思って、どうも柄ではないと一人で苦笑した。本に目を戻した。読みかけの『罪と罰』のソーニャがラスコリニコフに大地に接吻するように説いている節に栞を挟んで本を閉じて、私も伝票を持ってレジへ行った。
私は、二度とその店へいかなかったと思う。その後彼はどうなったかも知らない。
「忘れ得ぬ人・一人目」ということは、二人目もあるということである。三人目もあるのだろうか・・・また勝手にシリーズを作ってしまった・・・
デジタルの時代のアナログ世代の独り言。
本を読むのは大好きだけど、文章を書くのは大嫌い。
たまに蔵書の虫干しすれば本の片隅から虫が顔をのぞかせることがある。ああ何年この本と顔をあわせていなかったんだろうと思わずページを繰ってしまう自分が悲しい。
仕事に追われあれほどまでに好きだった読書の時間が取れなくなっている。強制的に読むような場面を作り出さなければ本も読まない。そんなことがきっかけで青空文庫と出合って今に至る。
今、・・・今はもっと状況が悪化している。強制的でも読む時間すら取る間がなくなっている。もしかして青空文庫を離れてしまうとまったく本と縁のない人生を送ってしまうことになりそうで、考えただけでそら恐ろしい。
去年と違うメンバーで、去年と同じ砂浜で違う海を見てきた。
去年のメンバーとは、海の青さについて砂浜で語り合っていた。海の向こうのカナダという国についても私達は語り合っていた。夏の海の情景から私達は無視をされ続けていた。子供達が、砂を蹴り上げて一直線に海に向う。浮き輪を片手に、日焼けした男女が腕を絡ませてこちらに歩いてくる。そういった裸のはしゃいだ時間と、洋服を着込んで語り合う時間と、融合することはない。
夏の時間の混乱を内包しながら昼間の海は、闇の底に沈んでしまう。
今年メンバーとは、北極星について、北斗七星について砂浜で語り合っていた。生憎北極星の方は雲に隠れていたが、アメリカからきた友人は、太い指を天に突き刺し、“one,two,・・・seven.the Big Dipper”と数えた。そしてにこりと私に笑みをなげかけると“fire work!”といい、花火の袋を破った。
「花火が”fire work”だから、火の仕事だね、美しい仕事をするんだね」と私は言うと、彼の日本人の奥さんは、「そうですね。」と言ってくすりと笑い、他の二人が同時に花火は「fire workっていうのですか?」と私に言った。
花火の持手が闇に浮かび上がる。感嘆の声の後に、嘆息の声がそれぞれ微妙にずれて闇を走る。闇のはしゃいだ時間に私達は融合している。
アメリカの友人は、砂に小さな山を作ると、そこに打ち上げ花火を立てかけ、火をつけた。八連発だという。“one,two・・・”花火は八回、星に吸い込まれた。その八連発の花火を3本ほど楽しんだあと、彼は三角錐になっている花火を砂の中に埋めた。
“Last one”と言って、火をつけた。それは今までの中で一番遠くの星へ吸い込まれたような気がした。その吸い込まれた星をじっとみていると彼は言った。
“Look!! The polar star”
「The polar star、北極星ですね。今はこぐま座のアルファ星ポラリスという星らしいです。8000年後には白鳥のデネブ、一万二千年後にはこと座の織女星が北極星になるのだそうですよ」と私は百科事典(小学館『原色百科事典』より)からの受け売りを言った。
アメリカの友人は、不可解な顔をして“nn? what say?”と言ったが、私は日本人の奥さんと顔を見合わせて笑った。
英語力の不足といえばそれまでで、自分のいいたいことがそのまま英語にできるほどの力はない。言いたい事を上手くいえなくて、単純な話が複雑になったりしてあたふたするのはいつものことだった。そういったあたふたにこの時間を使うのはもったいないような気がした。彼には悪いが、闇の中で無口になった。息を潜めた。そして北極星から闇に溶け込んだ水平線まで、水平線から手前に広がる闇の深さを思った。星と並行する闇の時間の流れを思った。
そうです、ジョン万次郎が高知に帰ってきた日ですね!
え、違いますか? じゃあ……世界人口デーとか。それも違う。いやいやいや、これを忘れてましたよ。水戸黄門の誕生日です!(ただし西暦換算)
とまあ、そうではなくて、参議院選挙の投票日ですよね。私は、去年の年末やってたK-1 FINALをいまさらながらとビデオ視聴したあと、近所の幼稚園に行って投票してきました。
青空文庫の工作員を始めて3年が過ぎようとしている。入力にも校正にも、少しだけど関わってきた。最近では、公開前のファイルの点検をすることもある。現在もド素人のようなものだが、始めた頃に比べれば、少しはましになっている(かもしれない)。現在にいたるまでも、完璧な校正などにはほど遠く、むしとりあみの常連である私のやり方が参考になるのかなあ、とも思うのだけれど、人それぞれのやり方がヒントになることもあるだろうから、作業を始めた最初から、いろいろとぶつかったことなどを振り返ってみたい。
さて、始めよう。と、よーく考えてみると、私の校正のやり方は、最初からほとんど変わっていないことに気付いた。変遷もなにもあったものではない。ということで、私の校正方法を含めて幾つかの点に関して記述して見る事にする。
まずは、私の校正のやり方である。電子図書の校正とはいいながらも、ワープロ(MS-Word)またはエディター(Jedit4)で表示させたファイルを横書きで印刷し、後は底本を左手に、赤ボールペンを右手に、つきあわせて読んでゆくだけである。訂正するべき箇所には、赤で直して、左にチェックを入れる。最後まで、つきあわせて読んだら左のチェックの箇所を辿り、校正履歴を作成してゆく。校正履歴は、履歴ファイルを別に作り、訂正箇所の前後を含む形をコピー&ペーストで履歴ファイルの矢印(→)の前後に写し、後の方を訂正し、【】を付けてその中に訂正箇所の訂正前の形を入れる。あとは、訂正後の部分をコピーし、もとのファイルに貼付ける。
具体的には、最終形が
○門田裕氏が書く文章は→門田裕志が書く文章は【氏】
として、
○→【】/オリジナルテンプレート
↓訂正箇所のはりつけ
○門田裕氏が書く文章は→門田裕氏が書く文章は【】
↓後の方を訂正
○門田裕氏が書く文章は→門田裕志が書く文章は【】
↓【】内に書き込み
○門田裕氏が書く文章は→門田裕志が書く文章は【氏】
↓
このあと、後の形をもとファイルにコピー、というやり方である。このやり方だと、もとのファイルの余計な所をいじらなくて済むので、追加の間違いを避けることが出来る。左チェックのある箇所を校正履歴に写しつつ、もとのファイルを直したら、【】内の間違いを一度一括検索する。たまに、目では見落としている間違いが見つかる。ここまでで、一次校正終了とし、直したファイルをもう一度印刷し、二次校正を行う。やり方は、一次校正と同じ。一次校正で間違いの見つかった附近によく見落としがある。二次校正でよほどたくさんの間違いが見つからない限り、二次校正後は、素読みをして校正終了としている。
校正履歴の作り方は、人それぞれだろう。あまりにも間違いが多い場合には、青空文庫の応援ページにある相違点チェッカーを使って履歴を作成している。私のコンピューター環境は、マッキントシュなので、このくらいしかツールがないが、Windowsならば、いろいろとツールがあると思う。このへんは、Windowsユーザーの方のコメントに期待したい。
と、校正のやり方自体は、至ってシンプルである。その中でも、いろいろと問題にぶつかった(つまり、世話役の方に迷惑をかけた、ということ)。その中で、だれでもぶつかる(はず)の「包摂」について少し書いてみたい。
包摂規準については、青空文庫マニュアルのJIS X 0208と0213規格票の包摂関連項目を参照すれば、わかるはずであるが、実際に作業をしている時には、なかなか判断が難しい。実際、最初の校正で、包摂の漢字をひたすらに直してしまい、「これは包摂ですよ」と野口さんからメールをもらって、もう一度マニュアルを見ると確かに包摂である。ああっ、と思った時には、富田さんから包摂についてのながーいメールをいただいてしまった。それから、いろいろな作品を校正したが、その経験の中から、包摂基準の実際的な判定方法を考えてみた。必要なのは、『増補版JIS漢字字典』(日本規格協会)と新JIS漢字総合索引である。

上のフローチャートでほとんどの場合には、判定可能だと思う。もちろん、もっとよい判定方法があると思う。ここに関してもコメントを頂けたら、と思っている。
最後に、共同校正について紹介したい。校正をしていると、何回も同じ作品を読むことになる。いくら好きな作品でもこれは結構つらい。ついつい、もう一回読むが億劫で、校正に時間がかかることになる。そして、人間の眼とは不思議なもので、明らかな間違いをいっつも見逃すことがある(むしとりあみ常連だからこそ言えることかな?)。こういった点をうまくカバー出来るのが共同校正ではないか、と思う。現在は、小林繁雄さんと一緒に共同校正を行っているが、これが結構よい。やり方は、一次校正、二次校正、最終チェックに分けて、一人が一次校正と最終チェックを、もう一人が二次校正を担当する。それぞれの担当が済んだら、修正ファイルと修正点、疑問点をメールで送る。最終的に校正が終わったら、どちらかがreceptionアドレス宛にファイルを送付する。このやり方の利点は、何回も読まなくても済む為に、気軽に校正できること、そして気が楽だからこそ校正が迅速に進むことである。また、一人より二人の眼の方がやはり確かで、間違いも少ないように思う。気楽、迅速、正確と三拍子そろっているのである。小林さんと直接御会いすることは、実は少ない。主にメールでのやりとりのみで、共同校正を行っている。一人での作業は、入力、校正もつらいことがある。誰かと一緒に行うことが、負担になることもあるだろう。でも、やってみた感触は、それ以上に、楽しいのである。疑問点やわからないことを気軽に相談できること、作品について、ああだこうだと話す事も含めての共同校正である。可能性として、心の片隅に留めていただければ、幸いである。
ということで、校正編も終了である。なお、フローチャートの作成には、小林繁雄さんの助言をいただきました。ここに感謝いたします。
2004年6月25日に公開された大菩薩峠 41 椰子林の巻をもって、41冊からなる「「大菩薩峠」」の公開が完結した。作品としては完結していないのだけれど、出版されたものが全て公開された記念に、中里介山自身の文章、他の人の「大菩薩峠」について文章を続く6月26日から公開してもらった。それらの文章を通して、題名にある通りに、中里介山にとっての「大菩薩峠」がどういう位置づけにあるものか、すこし考えてみたい。
まず、この短文は「大菩薩峠」の批評でも評価でもない。中里介山自身が、「大菩薩峠」をどうとらえていたのか、を考察したものである。
直木三十五の「大衆文芸作法」に例として挙げられるように、「大菩薩峠」は大衆文芸の代表作である。しかし、介山自身は、自らを大衆作家とも思っていないし、「大菩薩峠」を大衆文芸とも考えていなかったようだ。それは、「余は大衆作家にあらず」を読んでみれば、はっきりするだろう。また、「生前身後の事」の中にも、「大菩薩峠の信仰を知らずして、その利益得分をのみ思う時には、当然行き詰まり叩き合うの結果が予想される、今後とても、我々は、幾多のワナや落し穴や流れ矢を受け流しつつ大乗菩薩道の為に進んで行かなければならない悲壮の行程は充分覚悟して居らねばなるまい」とあり、「信仰」「大乗菩薩道」という言葉が見える。すなわち、介山にとっては「大菩薩峠」を執筆することが、自らの信仰を広めることと同義だったようだ。
では、介山の信仰とはどういったものだろう。これも、介山の「「峠」という字」を読んでみると、おぼろげながらわかる。「「峠」は人生そのものの表徴である、従って人生そのものを通して過去世、未来世との中間の一つの道標である、上る人も、下る人もこの地点には立たなければならないのである」とあり、介山にとって「峠」という文字が自らの信仰をよく表しているのだろう。だからこその「大菩薩”峠”」なのかもしれない。「生前身後の事」には、遺書のようなものも含まれているが、「第八 石碑、銅像、紀((ママ))念碑の類は一切やめて、ただ大菩薩峠の上あたりへ「中里介山居士之墓」とでも記した石を一つ押し立てればよろしい」とあり、峠の中でも大菩薩峠を特に気に入っていたようだ。
同時代の人々にこの介山の作意は理解されていたのだろうか。「生前身後の事」の中にある連載の歴史を見ても、この長大な作品はいろいろと連載の舞台を移しており、介山自身の編集による雑誌での連載もある。編集者、出版社は、その真の作意を理解していなかったのかもしれない。しかし、「大菩薩峠芝居話」で平山蘆江が書いているように、「筋を辿る爲めにあの小説を書いている中里介山君ではないのだろうから」とあるように、一般にもその作意は理解されていたのかもしれない。一方、同じ平山蘆江が「何にしても、大菩薩峠という小説は、すばらしい苦勞人がすつかり油の乘つた調子で、話上手に任せて世間話をしている心持で綿々として盡くる事なく書かれているのだから」と書いており、この短文の副題も「——話上手の話——」となっていることからも、真の作意よりも、「読んで面白い話」という側面の方がより広く受け入れられていたことも確からしい。
さて、作者自身の作意はともかく、一度世に出てしまったら、お話というものは、作者の手を離れてしまうものである。それでも、真の作意を理解しない二次創作物を、介山は許すつもりがなかったらしく、「生前身後の事」にも、「第二 著作に伴ういろいろの興行権は著者一代限り、如何なる事情ありとも他に許可しないこと、出版は直接に著作の精神を読んで貰うことが出来るが、興行複製となると著者の目(ま)のあたりの監督がない限り著作の精神とまるっきり変ったものが出来る憂いがあるから、これは出来得る限りの手段を尽して永久に謝絶禁断してしまいたい事」とある。それでも、「大菩薩峠」は、舞台になり、映画にもなった。そこには、著者の関与し得ない「机竜之介」があるのである。最初に「机竜之介」を舞台で演じた沢田正二郎は、「私の竜之助感」でこう述べている。「何となれば、私の謂う「机龍之助」とは、曾つて私が舞臺上に創作した机龍之助であるから。もつと詳しく云えば、その龍之助は、小説畑に生えた「大菩薩峠」の種子を、別に、全然地味に、異つた演劇畑に播いて育てた別の龍之助である。(これは如何なる小説の劇化にも已むを得ない當然の結果である)」
介山自身は、すでに引用したように「出版は直接に著作の精神を読んで貰うことが出来る」と考えているようだ。舞台や映画のような二次創作物ではない、著者の手になる「大菩薩峠」が全て電子化されたことにより、直接この長大な作品に触れることが出来るようになった。介山の伝えたかった作意が、後世にまで伝わることかどうかは、私にはわからないが、その機会は大きくなったと思う。
ボイジャーから発売されているazurというソフトを使うと、青空文庫の各作品が格段と読みやすくなります。縦書きで読むことが出来て、スクロールではなくてページめくりで読むことが出来るし、文字の大きさ、字間、行間が自由に設定出来て、ルビ、傍点、傍線が綺麗にレイアウトされます。

そのことは、今までもこのaozora blogで何度も取り上げました。
http://www.siesta.co.jp/aozora/archives/001048.html
http://www.siesta.co.jp/aozora/archives/001058.html
http://www.siesta.co.jp/aozora/archives/001141.html
http://www.siesta.co.jp/aozora/archives/001145.html
でも最近、どちらかというと、この青空文庫の作品を読むというよりも、普通のホームページをazurで読むことが多くなってきました。
例えば、私がよく読んでいる「スポーツナビ」のコラムは、文字が小さくてすごく読みづらい。もちろん、Webブラウザの設定を変えて文字を大きくすればいいんですが、読みにくい原因はその文字の大きさだけではないんです。最大の原因はスクロール。スクロールするだけで、先を読むのが億劫になってしまいます。
そこで、azurを立ち上げて、空のウィンドウにWebブラウザのアドレスをドラッグ&ドロップしてみます。

そうすると、azurでは以下のような感じになります。

やっぱりページめくりで読んでいくのは快適です。子ども時から、そういう目の動きに慣れてしまっているのかもしれません。
azurは青空文庫に特化しているビューワなので、他のすべてのホームページが綺麗に表示されるとは限りません。しかし、文字中心のホームページならば効力を発揮するようです。朝日新聞など新聞サイトや、2ちゃんねるなど掲示板サイトなど。azurを使っている人は、試しに他のページも表示させてみてください。読みやすくなるかも知れません。
自転車で長距離を移動していると、この時期、選挙カーに出くわす。別に自転車に乗っていなくとも出くわすのだが、自転車の場合、下手すると同じ選挙カーと長い時間、ぴったりサイド・バイ・サイド、併走してしまったりする場合があるのだ。普通に走ってくれればもちろん選挙カーの方が断然早い。しかし、東京の道路事情はそれを許さない。あの無意味な名前の連呼と、白い手袋のしなやかなうねりの先にある作られたにこやかな笑いがやっと去ってくれたとほっとしていると、あっという間に渋滞にはまっているその選挙カーに追いついてしまう。その選挙カーのすぐ横で信号待ちをしてしまったりする。それが運悪く同じ方向に進んでいたりすると、結局、走行中ず〜っとそれを聞かされるはめになってしまう。
ああ、うるさい。
ご声援ありがとうございます、って、誰も声援なんてしていません。むしろあなたには投票したくないくらいだ、と思って候補者を見ると選挙区が違ったりする。そうだ! ほとんどの場合、選挙カーは違う選挙区の人々にアピールしているんだ。特に中央区や千代田区の選挙カーなんて、なんのために存在しているんだろう?
選挙カーって、いったい?
選挙カーの形態は、自分が子どもの頃と何にも変わっていない。まっるきり、ことごとく、何にも変わっていない。選挙区民に対して叫ぶセリフもほとんど変わっていない。変わっていないということは、それが充分有効な手立てであって、変える必要がないくらい効力を発揮していることになるんでしょう。
しかし、私個人のことを言わせていただければ、選挙カーを見て候補者を決定したことなど一度たりとも無い。選挙カーは我々に対して何も訴えかけてはいないし、その候補者の人となりをも伝えてはいない。だから、選挙カーだけでは候補者を選ぶことはまずできない。選挙カーに対して残る印象と言えば、ただ、うるさい、だけだ。
もしその選挙カーに声援を送る人がいるとすれば、それはもうその時点でその候補者に投票する気分が盛り上がっている人なんでしょう。そうでなければ説明がつかない。だって、いきなりあんな選挙カーがやってきて、はじめて見る候補者に対して、あのスピーカーのがなり立てる情報だけで、ガンバッテエ〜なんて手が振れる人がいるとすれば、それは日々誰に対してでも気軽に挨拶ができるようなよっぽど人好きのする人か、選挙カーマニア以外にありえない。そのどちらも、この日本に大勢いるとは思えない。
つまり選挙カーなんて、自分の後援会や支持者に対して、私は選挙してますよ〜、と内輪向けにアピールするために走っているだけで、あらたな支持者を獲得しようなんてサラサラ思っていないんでしょう。いや、そこまで言わなくとも、おそらく何の考えもなしに、昔ながらのやり方をただ単に惰性で踏襲しているにすぎないんじゃないかと思える。選挙カーが選挙民に対してどのくらい有効に働いているのかなんて分析しようとも思わない。選挙カーのプラスとマイナスは? マイナスが多い!
アメリカ大統領選挙などのテレビ討論会では、候補者の服装がみな同じになってしまうそうだ。視聴者の印象を良くするための服装の配色などが、心理学的な要素からもう既に決定してしまっているからだ。アメリカでは、こういった服装から髪型、スピーチの仕方などを指示する当選請負人みたいな選挙コーディネーターが存在する。日本にもいるようだが、まだまだ話題にはなっていないようだ。もし自分が選挙コーディネーターだとすると、真っ先にてこ入れをするのはおそらくこの選挙カーでしょう。もちろん選挙法などのしばりがあって、真新しいことなど何も出来はしないんでしょうけど、既存の方法から脱却する何かしら好いアイデアがあるんじゃないかなあ。まず、それをトライすることからはじめないと。
古色蒼然たる選挙カーから、みなさんで時代を変えましょう! なんて言っている人に時代が変えられるとはとうてい思えない。政治も医療も教育もプロ野球も、日本の何もかもが変わらなければならない時なのに。それなのに古い方式に囚われているなんて! と選挙カーを見てつくづく思う。
えっと、日記ひさびさですね。
ウェディングドレスみれたひといます?ちゃんとアップしてたよん。
というわけで、今日は、北限の地「ザルカバード」というところに
いったときのお話です。

これは、わたし一人で倒したわけではありません。
倒れているドラゴンの向こうに侍さんがいるのです。ふたりでやっつけたんです。
ドラゴンさんは2000G(ぎる)くらいもっているので、二人で、山分けしました。
なんか悪いのは私の方かも?!
青いまぁるいものが見えますね。これはリンクパールといって、これをつけている
人たちはどこにいても会話できるトランシーバみたいな雑談ルームみたいな
ものです。(チャットツールですね)
なかよしばっかりが集まっていますので、テレポしてーとかそういうお願いとかも
あるけれど、NM(たまによいアイテムを落とす)みっけたよーいこー!とか
会話しているのです。
水牛のトップページにある「水牛」という描き文字は平野甲賀さんによるものです。水牛、とじっさいに紙にペンや筆で書いてみるとわかるのですが、この二つの文字はけっこうカタチがとりにくいのです。それがこんなにうつくしい描き文字になって、いくら見ても見飽きない。見ればみるほど、うつくしさが増すといったほうがいいかもしれません。平野さんはこれまで描いてきた文字のすべてに「kouga grotesque」という名前をつけて、おなじ名前のCD-ROMを出しました。200本の描き文字タイトル(本や芝居やコンサートの)と、4本の仮名フォント(ひら仮名、カタ仮名、数字、アルファベット小文字などあり)がはいっています。見るだけでなく、使えるところがすばらしい。発売はBZBZ。くわしい情報はときどきの平野甲賀で見ることができます。
「水牛のように」を2004年7月号に更新しました。
スラチャイの詩は「水牛の挽歌」。平野さんの描き文字とともに、水牛という名前とはながいつきあいです。ともに生きるものとして水牛とはどのような動物なのか、きちんと調べたいと思っているのですが、情報はあまりありません。ウェブで検索すると、なんといっても一番多いのは水牛の角の印鑑のことで、台湾や中国にもたくさんあります。でも、八重山にいるかわいい水牛の写真にであったこともありました。
小泉英政さんの「循環だより」は循環農場でできた野菜の箱にいっしょに入って、毎月届けられます。A4判の紙のおもてには野菜の説明や調理のしかたなどが書いてあり、うらにコレが書いてあります。野菜も循環だよりもおいしい。野菜はともかく、おいしい文章をひとりじめにしてしまう手はありません。そのための水牛なのですから。
「水牛のように」には、いつもだれかひとり青空文庫の工作員の書いたものがあるといいと思い、これまで何人かに声をかけてきました。わたしの個人的な予定では、今月登場するのは大久保ゆうさんのはずでした。そろそろ大久保さんにメールを書こうと思っていたころ、aozora blogに大久保さんの「郡山総一郎×岡真理『イラクで何が起こっているか』聴講記録」がアップされました。長いけれど、きちんとした報告です。今月の「水牛のように」のひとつとして読んでいただきたいと思います。
「水牛の本棚」と「水牛通信電子化計画」は今月はおやすみです。暑いので、ちょっとはやい夏休み。
今月のおしらせです。
●「弦と絲(いと)のアラベスク」(イラクの子どもたちのために)
7月3日 19時 光明寺(地下鉄神谷町より徒歩1分) 絵画の展示も行います
出演:上條充(江戸糸あやつり人形)常味裕司(ウード)佐藤真紀(話)有馬理恵(朗読)
Tel:090-9373-5891(担当:枝木)
●「ナンダロウアタシゲな日々——本の海で溺れて」南陀楼綾繁著
南陀楼綾繁さんをどう紹介すればいいのでしょう。古本が好きで編集者で超ミニコミを出していて名前もいくつかあってとっちらかってアヤシゲなひと。とてもひとことでは……。出版している無明舎は秋田市にあります。水牛とも無関係ではありません。やがて水電子化計画で社長の安倍甲さんが登場するはずです。
●江村夏樹作品コンサート『夢』
7月23日(金)18:30会場 19:00開演
江東区・門仲天井ホール tel 03-3641-8275
前売3000円 当日3500円
平川和宏(男声)/三橋美香子(女声)/山田百子、甲斐史子(ヴァイオリン)/西陽子(筝)/松本健一(テナーサックス)/江村夏樹(ピアノ)/声の出演 寺本実里、江村夏樹/須藤力(音響技術)/場内日本画展示 青柳恵子、萩原まい子
太鼓堂で前売予約を受け付けています。
それではまた! (八巻美恵)