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4月25日の午後、東京国際ブックフェアで聴いた富田さんのお話について、記憶とメモ帳を元に短く書こうと思います。ただし、筆者が青空文庫の工/耕作員であること、且つ富田さんファンであるが故に、偏見が入っているおそれがありますので、その辺ご了承下さい。
始まる直前、六つあるベンチの内三分の一は空席でしたが、はじまってしばらくして後ろを向くと、ベンチは埋まっていて、その後ろに少なくとも20人ほどのお客さんが立ち止まって聴いているのを見ました。
富田さんが立たれた今回の舞台は、いつも以上に他の場所の大音声が響き渡る所です。他の日でも講演者の方々は苦労されていました。(マイクの音声をこちらも上げればすむかもしれないけれど、それはしたくはなかった、と開催者に後でうかがいました。)
でも、他の講演者の方々が奮闘されたように、富田さんも負けなかったのです。大声ではなかったけれど、彼自身が持ち続けた熱意によって、お話がはじまった直後から、聴き手を自分の世界に引きずり込んでしまったように思われます。となりに座っていた方は、いちいちうなずいていました。時々目をつぶって聴いていました。何かを思い出しているかのように。
ちらちらと見た後ろや横のお客さんたちの表情、自分の汗ばんだ両手を感じながらあっという間に一時間が過ぎた時、私は疲れました。おそらく富田さんと聴き手双方からの熱に当てられたからかもしれません。
agさんが一つ前のエントリーにて紹介された講演画像を見て聴いていただければ内容はわかるかと思いますが、自分が何を覚えているのかを下に書き出してみます。人によって記憶がいかに違ってくるのか、というサンプルにもなるかもしれません。
・青空文庫の由来。富田さんの自著『本の未来』(アスキー)の「はじめに」『インターネット快適読書術』(ひつじ書房)の第五章「T-Time試論」、そして青空文庫に関してマスコミで述べられている事をもう一度ここで話されたような。極端に短くまとめるならば、「青空を見るのに何の資格もいらない。」(この言葉を、はじまりと終りにくり返して述べられた記憶がある。)
・登録した電子テキストが、自分達の想像を超えた様々な現場で使われるようになってきた。
・azurとエキスパンドブックの間の4年間の歳月。なぜ4年前に青空文庫はエキスパンドブックの形式を採用するのをやめたのか。そして、なぜazurを共同開発することになったのか。一社独占のファイルの形ではなく、皆で共有できるファイルの形を尊重しつつ、かつ美しくよみやすい表現で読みたいという願いがそこにあった。
・著作権が持つ二つの目的の再認識。先人は青空文庫に先立ち、知識の共有を宣言した。スクリーンに映し出されている岩波茂雄「読書子に寄す」を読み上げた後、「もし岩波茂雄が8年前にいたならば、岩波文庫ではなく青空文庫のような仕組みを作っていただろう。」
ずっと富田さんが握りしめていた右手は、とても汗ばんでいたかもしれないけれど、もしかしたらその手は種子を握りしめているのかもしれない、と今の私は想像しています。
ブックフェアにも行けなかったしネットのビデオも見れないので、たいへんうれしいです。Juki さん、どうもありがとうございます。
岩波茂雄「読書子に寄す」を探してみました。
青空文庫:校正受付システム:岩波 茂雄にて校正待ちのようです。
また、日本ペンクラブ電子文藝館に見つけました。リンク不可でないようなので。
Posted by: PB'99しだ at 2004年04月28日 02:37PB'99しだ さん、ありがとうございます。
実際には、4つの事柄についてはもっと深く語られています。でも、書き言葉としてここにきちんと表すことが出来なくて悔しいです。
ちょっと立ち寄って聴いてみた、という観客の中の誰かがここに気付いて、感想を書いて下さると嬉しいのですが。
Posted by: Juki at 2004年04月28日 11:26Jukiさん、早速まとめて下さってありがとうございました。私も便乗させていただいて一言感想を。
一番印象に残ったのは、著作権についての話の中の「芥川が芥川たりえたのは、日本および世界中の先人たちの遺していったものが芥川に伝えられたからだ」(うろ覚えでスミマセン)というところです。
富田さんの講演の記録、日々追加されていますね(まだ続きそうです)。たももさん、ありがとうございます。
Posted by: 小林繁雄 at 2004年04月28日 15:51