映画「がんばっていきまっしょい」の撮影日誌
マジック「8」

2003年10月10日

 秋の午後

 柿を食べながら、寺田寅彦の『柿の種』を読んだ。
柿の種

ー俳句雑誌「渋柿」の巻頭第一ページに、「無題」という題で、時々に短い即興的漫筆を載せて来たー
 その冒頭を読む私は、口の中で果肉と種を分けようとしている。何度か口を動かした後、やっと剥がれてつるっとした種の表皮に舌は満足し手にとる。この柿の種の一粒が、ひとつの話ということになるのだろう。

—日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。
 このガラスは、初めから曇っていることもある。
 生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
 二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。
 しかし、始終ふたつの世界に出入していると、この穴はだんだん大きくなる。
 しかしまた、この穴は、しばらく出入しないでいると、自然にだんだん狭くなって来る。
 ある人は、初めからこの穴の存在を知らないか、また知っていても別にそれを捜そうともしない。
 それは、ガラスが曇っていて、反対の側が見えないためか、あるいは……あまりに忙しいために。
 穴を見つけても通れない人もある。
 それは、あまりからだが肥《ふと》り過ぎているために……。
 しかし、そんな人でも、病気をしたり、貧乏したりしてやせたために、通り抜けられるようになることはある。—
 
 以前私は大きめの真紅の薔薇の花が一輪挿しに挿してあるのが好きだったが、最近はピンクの小薔薇の束を好むようになった。だから知人、友人のイベント会場の階段を、大き目の真紅の薔薇一輪を片手で持って上がっていたが、最近はピンクの小薔薇とカスミソウを抱えて上がっていく。一本でも耐えることができる凛とした美しさより、可憐な喧騒ともいうべきピンクの小薔薇の束とカスミソウが美しいと思うようになった。なぜ変化したのか、年齢や経験を重ねたからか。今の話に私の好みも年齢も経験も関係がない。ならば何がいいたいか、美しい、好きという主観があり、それに対になる醜い、嫌いという主観もあり、両方具え、尚且、それらを超えなければ寺田の言う通路の向こう側へはいけないということである。ではどうやったら具えられ、超えられるか。観察するに限るのだろうと思う。対象物を観察し、観察する自分を観察する。自分を客観的に見つめる。そして客観視した自分というフィルターを通して写実する。描写する。それに向ってひたすら努力していたはずだった。いつのまにかその努力をしなくなった。努力をしなくなった、言葉による創造をしなくなった私に、もはや通路はない。
 そこまで考えて、柿を食べるのを止めた。口の中をゆっくりと甘味が広がる。それを侵食するべく柿本来の渋味が広がった。その渋味をため息と一緒に、紗がかかったような秋晴れに放つ。
 私は、寺田の文章に目を戻した。
—まれに、きわめてまれに、天の焔《ほのお》を取って来てこの境界のガラス板をすっかり熔《と》かしてしまう人がある。(大正九年五月、渋柿)—
 この一文でこの人が思い浮かんだ。種田山頭火である。山頭火は、川の水の流れをも自分というフィルターを通す人だった。私には、なんと遠い人だろう。その遠い人が柿の葉がうつくしいという。
 種田山頭火の『草木搭』柿の葉より。
—柿の葉はうつくしい、若葉も青葉も——ことに落葉はうつくしい。濡れてかがやく柿の落葉に見入るとき、私は造化の妙にうたれるのである。—

 ふとテーブルの上をみた。ぽつんと残された柿には葉が二枚ついていた。

草木搭

★この文章を書いた人→ten★こんな時間に→2003年10月10日 14:38




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