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ダウンロード後の電子本って、ほとんどのファイルの名前がアルファベットなんですよね。あらためて気がつきました。あたりまえみたいに思ってたので、なんとも思っていませんでしたが。でもこれって考えだすとすごく異常です。あらためて悩んでいます。
どうしてそんなことを考えたのかというと、今回、いままでダウンロードして保管しておいた電子本をあらためてふりかえっていたんです。で、保管しておいたフォルダを開いて、ひとつひとつの電子本をあらためて開いて読んでみた。ところが、これがなんともめんどうで、かったるい作業だったんです。
正直なところいらつきました。
なぜか。
わたしの電子本保管フォルダをひらくと、ttz や ebk や rop などのアイコンがどさっと目の前にあらわれます。で、一冊一冊をダブルクリックして開く。開いてはとじる。あるいは、複数の電子本をいちどに開いて中身を見る。はじめのうちは、なんの疑問も感じていなかったのですが、しだいにいら立ってきます。「このファイルはたしかあの作品だったはず」と思ってひらく。そのとおりのばあいもあるが、そうでないばあいも少なくない。そうでないばあいが続いたり、目的の電子本をさっさと選びたいのに、なかなか見つからない……。
なぜか。
なにげなく、アイコン表示ではなくリスト表示に切り替えてみました。本さがしの非効率にいや気がさしたので、こうなったらひとつひとつ確認していこう、という心境に至ったからです。そして、重要なファイルにはラベルをつけたり、エイリアス(win のショートカットアイコン)をつくって別に保管しておこうと。
で、あえてリスト表示にしてみたときに、そのことに気がついたんです。
なぜ、作業がスムーズに進まなかったのか。それは、ひとつひとつの「ファイル名」がそもそもの原因だったんです。《アルファベットのファイル名》。「daishi.ebk」とか「hansin.ttz」とか「hensen.ebk」とかいうファイル名……
おもえば、BASIC や DOS に触れたことのある世代のひとりですから、「アルファベット半角8文字+3文字の拡張子」の洗礼をうけてパソコンの世界へ入ってきました。それゆえにでしょうね、電子本ファイルの名前がアルファベットのままだったことに違和感をいだかず見すごしてきたのは。
ネットやCD−ROMを通じて、いろんな環境でいろんなひとが利用するファイルのばあい、ファイル名をアルファベット表記にして拡張子をつけるのは、もっとも確実で合理的な約束事です。たしか、青空文庫のマニュアルでも作業中のファイルの名前はアルファベット表記を推薦していますし、T-Time など電子本のつくりかたマニュアルでもそれを薦めているはずです。
いやぁ、悩んでしまいました。
電子本読者のみなさんは、ダウンロード後にファイル名をつけかえているんでしょうか。ひとつひとつコピー&ペーストで。んん、急がば回れという言葉もありますが……。
背表紙アイコン。
今回のお題は「背表紙アイコン」ということで書くつもりだったんですが、すっかり「アルファベットのファイル名」になってしましました。電子本。従来の本のメタファー。表紙もある。奥付もある。けれど、背表紙はいままで見すごされてきた。表紙があれば背表紙はいらないのか。紙の本における背表紙とは? 電子本における背表紙とは?
おおげさにいえば、背表紙という着眼とファイル名という着眼は、《電子本タイトルのアイデンティティ(自己同一性)》という点でつながってきます。もしかしたら、こんな繊細(びみょー)なところで、いままで電子本はみずからペナルティを負っていたのかも、案外。
2003.9.30
しだ ひろし/PoorBook G3'99
以下は「青空文庫みずたまり」からの転載です。
電子本に広告バナー
03年09月26日23時05分
ゆうさん、こんにちは。
ポシブル堂書店経由で「緑茶の頃合」をたのしく拝見しました。
リンクで気がつきましたが、ウェブサイトには広告バナーがよくついています。バナーに関しては賛否両論・好ききらいがもちろんありますが、これを電子本でもやってみるというのはどうでしょうか。
雑誌や本には広告がつきものですし、1ページまるまるのばあいもあれば、1/4とか1/8のペースをさいているのもあります。さしあたり、じぶんの作った電子本にじぶんのサイトへの広告バナーを画像として作成しリンクすることにします。
つぎの段階では、じぶんの気に入っている電子本作家の広告バナーを、じぶんの作品に相互に埋め込みリンクしあいます。
ポシブル堂書店 http://www.ash.ne.jp/~haho3606/
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背表紙アイコンのシェア
03年09月27日14時09分
「電子本に広告バナー」の続編です。
本の背表紙のようなアイコンがつくれないかなあと思ったことがあります(画像管理ソフト「蔵衛門」のイメージです)。できたら、分量によってアイコンの横幅もうすくしたり厚くしたり。
ゆうさんの「緑茶の頃合」を拝見してあらためて感じました。あぁ、まだ、電子本作家どうしも電子本どうしも充分につながりあってなかったなあと。
(追記)
おもえば、“本の表紙や装丁について書いてある”本は少なくありませんが、“背表紙”に限定した研究書とか紹介本とかって、見た記憶がありません。もしかして皆無?
ウェブで「背表紙」をキーワードに検索してみました。
まったくなくはありませんが、内容は不十分でした。これはもしかしたらすごい目の付けどころかも、という気が。
先日、中古のノートパソコンを3台買った。総額5万円。
いったいどうしてこんな買い物をしたのかというと、それは私が今所属している「点訳サークル」なる団体のためだ。
ただし、今回購入したノートパソコンだが、安ければ何でもいい、というわけではない。ある特定の機種でないと、うちのサークルでは使えないという、特殊な事情があるのだ。
それにはまず、点訳サークルなるものの説明をしなくてはならない。
——「点訳」というのは、我々が普段見ているような可視的な文字(「墨字」と呼ぶ)を、視覚障害者の使う「点字」という可触的な文字に直すことである。点字は横二列、縦三行、あわせて六つの場所に点があるかないか、で「あいうえお」などの五十音や数字、記号などを表すことが出来るというもので、最近は音声媒体の充実で使用者が減ってきてはいるが、静かに自分のペースで本を読めるという利点から、今でも需要のある文字であるといえるだろう。——
そんなわけで、うちのサークルはその点訳という作業をやっているサークルで、他にもボランティア的なことも色々やっているけれど、ともかくその作業が主になっている。
昔はそういった点訳作業は、ブレイラーというごつくて重い手打ちの器械を使わなくてはいけなかった。六つのボタンがついていて、それぞれが六つの点に対応しているので、作りたい点字の形に合わせて、いくつかのボタンを同時に押すと、一つの文字が打てる。これを「六点打ち」という。それを何度も繰り返すことによって点字の文章を作っていくわけで、この作業には根気がいる。タイプライターを想像してもらえるといいかもしれない。でも、この作業も技術革命の恩恵にちゃんとあずかっていて、今は器具の代わりに、パソコンを使って点訳が出来る。
パソコンからどうやって作るの? と思われるかもしれないけれども、使うソフトはほとんどワープロソフトみたいなもので、そこに文字データを打ち込んで、点字プリンタという専用のプリンタを使って印字すると、簡単に点字本が出来上がる。それに、データとして簡単に受け渡しが出来るし、複製もできる。便利だなぁ、といつも思う。
ネット上で探せば、点訳ソフトと呼ばれるものはたくさんある。その中で一番有名なのは、昔から福祉関係に力を入れている日本IBMからリリースされている「Win-BES 99」だ。
ほとんどの点訳ソフトではローマ字入力ができるため、それだけなら、どんなパソコンでもいいのだ。どんなパソコンでも。でも、そうじゃないから、普通のパソコンじゃだめなときがある。
点字の基本は六つの点だ。だから、普通の五十音はローマ字入力でうまく点字に変換して、対応することができても、点字特有の記号はどうしてもローマ字入力ではうまくいかない。そういうときは、「六点入力」という方法を使わなくてはいけないのだ。
「六点入力」というのはさきほど説明した「六点打ち」と同じで、六つの点のうち、押したいボタンをいくつか選んで、同時に押すというやつだ。パソコンでも「六点入力」をするときは、キーボードを六つのボタンに見立てて同じことをするわけなんだけど、パソコンによっては、それが不可能なことがあるから、困るのだ。
キーボードのあるキーを押すと、パソコンの方に「○○のキーが押されましたよ」という情報がいって、パソコンはそれを受け取って、「ああ、なるほど○○を押したんだな。」というふうに理解して、画面上にその字が表示される。
でも、普通は一文字一文字押すのが普通なわけで、一気に六つも押すなんてことは想定されていない。なので、キーボードによっては、六つも同時に押すと、「え、え、どのキーを押したの?」ってことになって、うまくパソコンに情報が送れないことがある。
だから、私たちみたいに点訳をする人にとって、どのパソコンを買うのか、という基準の中には、「六点入力ができるかどうか」という要素が大きく占めることになる。だから、パソコンを買うときには本当に注意しないといけない。でも、メーカーはそんなこと知ったこっちゃないから、メーカー側で情報を出してくれることはまずない。
そんなとき、ネットが役に立った。「ボイスネット」というボランティア団体のサイトで、六点入力のできるパソコンの一覧が公開されているのだ。
結局、私が買ったのは前述のIBMから出ている「Think Pad 380」というノートパソコンだった。さすが点訳ソフトを出しているメーカーだけあって、メーカーの公式見解として「六点入力可」なのだからすごい。
そうやって、早速購入したパソコンでせっせと点訳している。
みなさんのパソコンは、「六点入力」ができますか?
確かめる方法は簡単。メモ帳を開いて、「F D S J K L」のキーをまとめて同時に押しましょう。それで六つの文字が画面上に出てきたら、合格。出てこなかったら、失格。
実のところ、どんなキーボードでもできてくれると、うれしいんですけどね。
フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースがRKOでコンビを組んでいた一連のミュージカルは、もう極上の娯楽映画で、映画好きの人間にとっては麻薬も同然、一度見はじめるとつい繰りかえし再生することとなり、画面の前から離れるのにはいつもひと苦労させられることになる。
先日亡くなったグレゴリー・ハインズの「コットンクラブ」や「ホワイトナイツ/白夜」のタップも良かったけれど、やはりタップの神様といえばアステア、それに異議をとなえる人はいないと思う。
タップシーンが話題となっている「座頭市」という日本映画が、ベネチア国際映画祭で監督賞を受賞したという話を聞き、どんなものかと興味を持ち見にでかけてみた。
映画祭で賞をもらうだけあって、和風にアレンジされたタップシーンは、日本映画としては確かに今までにない芸術的できばえ。着物をきた若者たちの容姿も整っているし、動きの激しいエネルギッシュな群舞も、ステップが良くそろいはじけている。なによりも、踊る楽しさがこちらに伝わってくるのに好感がもてる。
やっぱり、娯楽映画っていいなぁ。
北野監督の映画というと、少ないセリフ、少ないアップ、喜怒哀楽を押さえた演技、動きの少ないカメラアングル、つなぎシーンの省略など、そういったストイックな手法によって独特なリズムがかもし出されている。
冷たくてリアルな手触りのする画面は、他の監督にはない魅力を映画に与えているけれど、反面、それは映画を見なれない観客にとっては、北野映画への近づきにくい要素ともなっていたように思う。
ところが、今回の「座頭市」ではそういった要素がすべて取りのぞかれ、一転してわかりやすい娯楽映画に仕上がっている。
映像をひとつのわかりやすい説明として観客に伝えるためには、編集のこまごました慣用句(約束ごと)を覚える必要があるはずだが、今回の映画ではそういったことがきちんと押さえられていて、この監督のふところの深さには改めて感心させられてしまった。
とくに、シーンを切り替えながら複数のできごとがテンポ良く展開していく話の運びは、編集をみずから手がけてきた、この監督ならではの手並みが発揮されているようにも見える。
娯楽映画というと、往年の日本映画でも話のスジや画面に、どこかしらチャチなところが散見されるものだけれど、この映画にはそういった点も少なく、もはや画面の端々に巨匠の風格すら備えているのは、もしかすると、美術や撮影スタッフが優秀だからかも知れない。
「座頭市」がヨーロッパの北野ファンに与えた驚きは、やはり殺陣(たて)にあると思う。
今まで見た時代劇の中では、黒澤映画「椿三十郎」の動きが一番速いと思ったが、今回の座頭市は一部でそれを上まわる迫力がある。
目にもとまらぬ居合抜きを中心とした殺陣の演出は、おそらく、これから海外の映画アクションにも大きな影響を与えるのではないだろうか。
斬るか斬られるかの勝負の分かれ目は、一瞬のひるみや油断だ。
座頭市は、人を斬るのに、何の迷いもためらいもない。
サムライの本場ニッポンの刀の使い方は洗練されていて、鞘から刃を少しだけ抜いて斬りつける、鞘から抜きざまに斬りつける、物陰から板や障子を破って切っ先を突き出す、あたりの物を投げる、足もとにあるものを蹴り上げる、脇差しを効果的に使う、死体の切り口を見て相手の刀の使い方を読む、とまあ何とバラエティーに富んでいることか。
「てめぇ」とチンピラが怒りにまかせ勢いよく刀を抜き放つと、その瞬間、切っ先は思わず隣にいた仲間の腕を傷つけ悲鳴があがる。
刀というものは、本来、そんなふうに扱いにくく危険な道具なのだ。
人の腕がとび、あたりが血の海に染まるという陰惨な場面の多い映画だが、石灯籠ごと人を斬り捨てるようなシーンを見れば、これが漫画と同類の話だというのは誰にでもわかるはずだ。
こういった遊び心もふくめて、この映画の芸術的価値を認めるヨーロッパというのは、やっぱり大人だと思う。
映画を見たあと、北野監督のインタビューをいろいろとさがして読んでみると、実はタップも殺陣も、浅草芸人時代にコントのネタとして勉強したものだったことがわかった。
タップの振り付けはさすがにプロにおまかせしたみたいだが、メーキング映像の演出のようすを見ると、殺陣は北野監督がみずから細かく振り付けているのがわかる。
うーむ、浅草の大衆芸にはそんな奥の深さがあったのか。
それにしても、人を楽しませるというのは何と大変なことだろう。
そういえば、テレビ局はなにかというと、すぐにスタジオへ箸が転んでもおかしい年頃の娘さんたちを集めるけれど、なるほど、そういうことだったのか。
電子本の前史をちょっとまとめてみました。
1968年頃 アラン・ケイ、ダイナブックについて考え始める
1979年2月 東芝、日本語ワープロ、JW—10
1979年8月 日本電気、PC—8001の発売
1983年10月 アスキー、JS—WORD
1983年 アップル、リサ
1984年 アップル、マッキントッシュ
1985年9月 エルゴソフト、イージーワード発売
1985年10月 ジャストシステム、一太郎
1986年夏 アップル、漢字Talk発表
1989年6月 東芝、ダイナブック発表
1990年4月 ソニー、ビジネス手帳を思わせる手書きマシン、パームトップ発売
1990年夏 ボイジャー、プロジェクト・エキスパンディッド・ブック開始
1991年10月 アップル、パワーブック発表
1991年12月 初の拡張本は三冊刊行、ダグラス・アダムスのSF、 The Complete Hitch Hiker's Guide to the Galaxy 、電子手帳ほどの大きさの『銀河ヒッチハイカーズ・ガイド』
1992年5月 アップル、ニュートン発表
参照:富田倫生「青空のリスタート」
2002年6月24日ebk修正版
序言
門田:7回に渡って、公開される作品に関して、言いたい放題を書き綴ってきました。ハイテンションはいつものこととして、妙に肩に力がはいっていたようです。肩の力を抜くためにも、最後に番外編として、「鏡花雑談」と題し、作品とは関係のないことを余談として、話してみたいと思います。
鏡花記念館へのリンク:
http://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/bunho/ikkinen/index.html
ちへんせんの鏡花記念館の紹介へのリンク:
http://gaku2003.hp.infoseek.co.jp/CHIHEI/BUNGAKUKAN/IZUMI.html
門田:1週間毎日、aozora blogに投稿してきました対談は、2週間ちょいの間に200通を越えるメールのトラフィックスから生まれたものです。もっとも、対談の本旨からそれる雑談もたくさん含まれていますから、数字に意味はないでしょう。
まずは、鏡花との出会いからでも少し話してみましょうか。私が鏡花を初めて読んだのは高校生の頃、『草迷宮』が最初でした。まだ岩波文庫で「鏡花短編集」がなかったと思います。『歌行灯』の岩波文庫が、旧字旧仮名で、パラフィン紙のカバーだったと思います。鏡花と言えば、お化けということで『草迷宮』はおもしろかったですね。『歌行灯』は言葉遣いが特殊だったのか、さっぱりでした。とにかく、お金がないので文庫で読める鏡花をぼちぼちと読んでいましたね。文庫に収録されている作品のみですから、『高野聖』や『眉かくしの霊』、めずらしいところでは、『薄紅梅』や『縷紅新草』でしょうか。図書館で古い岩波文庫の『照葉狂言』を借りてきたこともありました。旧字旧仮名だったので、読めなかったはずです。
高柳:200通になりましたか・・・そうですね、雑談が半分以上ですね。高校生で『草迷宮』をお読みなるとは、それも面白さを発見されるとは・・・門田さんは、SFがお好きでいらっしゃるから、”時間が飛ぶ”ということが何でもないことなのでしょうね。「太宰病」の高校生である私には、無関心な世界でしたね。学生時代も『高野聖』を読んだ、というか読まされた、という覚えしかなく、魔物って何?どこから来たの?なぜこの僧だけが変えられないの?等々と次々に湧いてくる疑問に我ながら閉口しました。其の後、今から思えば、何を読んで再び放り投げることになったののか、それすら覚えていないほど縁遠い存在でした。映画は割りに好きですから、『夜叉ヶ池』と『天守物語』を見て、それを読んだだけでした。数年前「青空文庫」を何気なく彷徨していて、ちょっと『高野聖』を再読と思い開いたら、疑問は疑問として残るものの、昔ほど拒絶していない自分に気づきました。少しずつ本数を増やして行きました。きっと私の人生経験が少しずつそういう世界も受け入れることができるようになったのでしょうね。金沢へいくことがあったので、「ちへいせん」へレポートを書かせて頂いたりして、
少しずつ鏡花に近づいていきました。
門田:「太宰病」に関しては、高校時代の私は全く逆でした。国語の教材で『斜陽』を読んだのですが、いやあ、私キライでキライで。私小説の限界を感じておりました(最近、あるきっかけで読み直して太宰の文章のうまさはよくわかるようになりました)。どうして鏡花を読みはじめたのか、は思い出せないのですけど、「こういうのも日本文学にはあるのか」と思った覚えがあります。そして、「日本語が美しい」と思っていました。それでも、さすがに29+1巻ある鏡花全集は幾ら何でも多すぎて、読もうという気にはなりませんでした。「鏡花 小説・戯曲選」を少しだけ読んでいたと思います。新字新仮名で読もうとすれば、文庫本しかないのですけど、それほど多くの作品は読めない、という状況が続きました。大学院を卒業する頃だったと思います。ちくま文庫が「泉鏡花集成」の刊行を始めました。とにかく嬉しくて、毎月書店に予約して買いました。全10巻のはずが、好評のため、4冊追加(しかも長編ばかり)にも大喜びでした。物好きな私は、外国留学する際にこの「泉鏡花集成」全14冊を抱えていったのですね。この底本が手元にあったから、青空文庫の活動を始めることが出来たのですから、偶然とは恐ろしいものです。まあ、今では「鏡花全集」も購入してしまいましたが。
高柳:門田さんと折口信夫で拘らなければ、私は、鏡花の良さを見逃したことは、確かです。「泉鏡花集成」は毎月1冊ずつ購入しています。14ヶ月かかって、揃えるつもりでいます。
先日友達が「毎日aozora blogを読んでいるよ」と言いにわざわざ立ち寄ってくれました。心から嬉しかったですね。そしてそのとき彼女が徐に言うには、「鏡花をよく読んでいるよね」と。それに対して「鏡花、苦手なの」と答える私です。彼女は驚いていました。記念館のレポートを書く、対談するというから、熱烈な鏡花ファンだと思われても仕方がないですね。私は、苦手だから、攻略してみようかですが。それも正面からいっては無駄なので、側面から、鏡花の生い立ちなどから攻略して行こうと。鏡花が『草迷宮』を外から描いていったように。鏡花に対する私の疑問の根本は、不自然さですから、まずそこから攻略してかからないと私は前には進めないのですね。だから文体に関する本が中心になるのですね。それが”描く”ということの根本から違うのだと知ったとき、本当に氷が解けたように思いましたもの。(笑)なぜ自分はそこに気づかなかったのだろうかと。
門田:折口信夫に関しては、高柳さんがいなかったら、こんなにもたくさんの作品に触れることはなかったかと思います。
ちくま文庫の「泉鏡花集成」の初刷本には、帯がついているのですが、そこに作品から書き出した一文が、記されています。並べてみると面白いのでちょっと抜き出してみましょう。
1巻:令嬢とともに暖かに寝《い》ねたれば
2巻:美人は顧みて「あれ」と身を震わし
3巻:ざまあ見ろ、女の懐を出られやしまい
4巻:いいえ誰も見てはおりはしませんよ
5巻:情の火が重なり、白き炎の花となって
6巻:唇ばかり、埋め果てぬ、雪の紅梅
7巻:貴方の、ほのかな、口許だけでも…
8巻:ふくら脛《はぎ》が白く滑かにすらりと長く
9巻:耳もとにその雪の素顔の口紅。
10巻:白い胸を、片手でかき上げるように
11巻:二人の呼吸《いき》のみあたたかに、そっと
12巻:それでは色仕掛になすったんだね。
13巻:正しき膝を柔かに、はじめて崩すと
14巻:足と足と、白々と、ちらりと闇に
短い言葉でも鏡花の作品は印象深いと思いますね。
高柳さんがそこまで鏡花が苦手とは思いませんでした。でも、苦手な人が側面から考える視点でみることでわかることもあるでしょうね。私のように、文学の素人からの視点と同様に。
さて、雑談ですから、話は飛びます。この1週間で公開された作品のうち、門田入力担当分のほとんどは、留学先のカナダで入力していたものです。『草迷宮』は、下宿先の部屋が浸水して放浪している時に、底本(とノート型コンピューター)を持ち歩いて、ぼつぼつと入力していたものでした。『売色鴨南蛮』や『みさごの鮨』は、もっととんでもなくて、アメリカ(ニューヨーク)、イギリス(ロンドン、ケンブリッジ)など、旅の最中にコツコツと入力していた作品です。今では、スキャナー(名称:山嵐)君とOCRソフトが大活躍していますけど。
高柳:私の本は、14巻だけが初版ですから、帯がついているのですが、こうやって並べて頂くと、なんと申し上げてよろしいのやら・・・
抜書きだけの言葉でも一行詩ですね。言葉に艶があります。でも思わず下を向いて赤面しそうです。これは男性だから書ける言葉なのですね。鏡花は、門田さんと旅をしたのですから、「鏡花、世界を旅する」ですね。鏡花は、「東海道膝栗毛」が好きだったそうですから、それの世界バージョンということになりますか。(笑)「西洋文化に囲まれ鏡花を入力する」ですね。鏡花と外国文学の関係はどうなるのでしょうか?ポーのことは対談にいれましたが、鏡花自身、影響をうけるということはなかったのでしょうか?
門田:鏡花も男性ですよ。私はあまり気にならないですけど(鈍感?)、赤面するほど艶がありますか。詩のようにきれいな言葉であることは確かですね。さて、どれがどの作品から取られているのか、これからぼちぼちと見つけてみて下さい。
「東海道膝栗毛」は鏡花のいろいろな作品に顏を出しますよね。青空文庫収録なら、『歌行灯』『眉かくしの霊』かな? 紀行文は基本的に弥次喜多道中で書かれていますよね(『弥次行』『城崎を憶う』など)。鏡花の旅のガイドブックなのでしょう。鏡花の研究書、研究論文を網羅した訳ではないのですが、文庫、新書の解説書には、「東海道膝栗毛」を取り扱った解説、研究はないですね。面白いと思うのですけど。
海外文学とは少し違いますが、外国の人は鏡花の初期作によく登場します。『金時計』『海城発電』などですね。観念小説の間は、よく登場していたようです。そうでない例もあります。『一之巻』に始まる自伝的小説(一から六まで、完結編として『誓之巻』がある)の一群には、外国人女性が登場します(英語の先生だったかな?)。『誓之巻』は「泉鏡花集成3巻」に収録されていますし、『一之巻』〜『六之巻』は門田入力中です。次はこの6作品を仕上げようと考えています。現在作業中の『誓之巻』は新字新仮名なので、『一之巻』〜『六之巻』に合わせて旧字旧仮名も入力してしまおうかな?とも考えています。
外国の地名は、『城崎を憶う』にバンクーバーとシアトルが登場しますよ。
高柳:今お聞きしておもったのですが、反対に外国文学に影響されなかったという頑固さがあるのではないでしょうか?小林秀雄が『鏡花の死其他』で「視野の狭さ、頑固さ、或は感受性のある傾向」が純粋な形で小説に現れているというのですね。そこが鏡花の魅力なんでしょうね。地名は、「バンクバー、シヤトル」なんですね。(笑)
門田:外国文学の影響に関しては、当時の状況もわかりませんし、私には判断がつきません。ただ、鏡花の根元にありそうに思うのは、「東海道膝栗毛」とか草双紙とかでしょう。筋とか理屈を抜きにした作品が根元にあるから、鏡花の作品の筋はかなりまずいことになっているのでしょう。外国文学に影響をもし受けたとしたら、詩でしょうね。そんな気がします。
高柳:「雨月物語」も愛読書だったといいますから、その方面から考察すると随分面白い比較ができるのではないかと思います。青空文庫で入力中作品である、内田魯庵訳の「罪と罰」を読んで、感銘した島崎藤村は「破戒」を書いたのですね。明治になって外国文学が入ってきて、それに”被れる”という現象は鏡花にはなかったように思います。それだけ、視野が狭く、頑固だったということですね。仰るとおりで、反対にそういったものが、入っていたら、もっと理屈に適っていたということですよね。現代の基準に合わないことが鏡花の世界には多々ありますよね。『売色鴨南蛮』の宗吉さん、煎餅一枚で死のうとするんでしょう・・現実と理想の狭間でもがくということでしょうが。
門田:時代の感覚というものは鏡花の生前と現在でも変わっているので、一概には言えないと思いますが、鏡花の時代でも鏡花作品の感覚は特殊というか、時代から外れていたのでしょうね。
ただ、『夜叉ヶ池』はハウプトマン作「沈鐘」の影響を受けている、というか翻案のようですので、決して外国文学に影響を受けている訳ではないと思います。まあ、その辺は研究されている方に任せましょう。
青空文庫の作業で鏡花を扱ったことは、私にとって幸せなことでした。これまで、本で読んでいましたが、どうしても早く読んでしまうためか、味わい尽くすということは出来なかったように思います。手入力で一文字一文字読んでゆくことや、校正でじっくりと読むことが出来て、改めて鏡花の文章はいいなあ、と思いながら作業をしていました。おそらく、研究されている方はこのくらいはじっくりと読んでいらっしゃるのでしょうね。
高柳:作業をしながら、読むという行為は、私にはできないのですが・・・
研究者でもなんでもない、一介の文学好きが言っていいのかどうなのかわかりませんが、本人の作品を読み解くという行為は大前提でしょうが、一人の作家を研究するためには、何人の作家を読まなければならないのか、ちょっと想像がつきません。鏡花の場合、本当に研究するとなったら、「雨月物語」−「日本霊異記」辺りまで遡らなければならないでしょうし、当然「東海道膝栗毛」に草子物もでしょう。もちろん紅葉の作品群、鏡花が拘った文壇の作家たちの批評と。鏡花が影響を与えた作家ともなると恐ろしい冊数の本が積み重なっているのが目の前に浮びます。そうなるとやっぱり「鏡花の文章はいいなあ」でよろしいのではないでしょうか(笑)
門田:研究というものは大変なものですねえ。ただ、テーマの絞り方で勉強する分野を限ることは出来そうです。鏡花を理解したい、なんてとんでもないことを考えると、一生かかるテーマになってしまいそうですね。
そういう意味では、この対談は出来の悪い(少なくとも私のパートは)感想文みたいなものでしょうね。一人で書くと煮詰まる感想文も、対談形式なら楽にかけると。来年の夏にはこの方法を提案してみましょうか。
青空文庫で鏡花の作品の作業をしていて強く感じるのは、有名な作品だけでなくいろいろと鏡花の作品を読んでほしい、ということです。有名な作品は、文学史の上では重要でしょうが、他の作品もいろいろと読んでみると、教科書の文学史には出て来ない鏡花作品があることに気付けるでしょう。表現や描写が古いかもしれませんが、結構面白い作品があるじゃないかな、と思っていますので。そんな入手困難な作品が手軽に読めることが青空文庫のよい点なのですから、これからも鏡花作品の作業を続けたいと思っています。
高柳:表現や描写が古いから、新鮮だとも言えます。
対談式感想文ですか? それも面白いですね。門田さんも私も、文学者ではありませんから、平易な視点から話ができたのではないかと思います。私たちの話から派生するものがあって、読んでもらった人たちの世界も少しずつでいいですから、広がっていき、それをまた「みずたまり」などで書き込んでもらって、私たちの還元してもらえたら幸せですね。
門田:古いから、とか、難しそう、という先入観を少しでも減らせたら、と思っています。この一連の対談がきっかけで、鏡花を読んでみた、という人が一人でも増えるのなら、望外の幸せです。おそらく、また何かの作品が公開される折には、この二人の組み合わせで対談という名の言いたい放題をやることもあるでしょう。その時まで、しばしお休みです。皆様、ありがとうございました。
青空文庫Q&Aページを作りました。
http://www.siesta.co.jp/aozora/aozora_q_and_a.html
このaozora blogに「aozora_Q&A」のカテゴリーで書き込めば、その情報が青空文庫Q&Aページに自動的にレイアウトされます。コメントも表示するようにしました。
このようにMovable Typeのblogは、書き込まれた記事を引っ張り出してきて、いろいろな形に編集することができます。泉鏡花の記事が溜まれば、泉鏡花のページを作ることも可能です。
青空文庫Q&Aページは、青空文庫本体のトップページからリンクしてもらいます。
4年前、確かに私は、誰彼なく言いふらしていた。
「パソコンなんて、メールなんて、ふん!やっぱり人とのコミュニケーションは電話の声が限度よ」
その電話の向こうで友達が言った。
「パソコン買い換えたから、捨てるの」
「え!本当・・拾いに行く」とあっさり私は寝返った。
機種はアップルのperfomer520。
愛車を友人宅へ飛ばし、我家へ嫁入りをさせたのだった。それから大変だったのは、その友人の夫殿。何も知らない、わからない、それでもやりたい。という意思を理解し最大の努力を惜しむことなく、妻の友達に与えてくださった。プロバイダーなるものに申し込んだのに、一向に繋がる気配はない。毎日私から電話がかかる、挙句は押しかけるにも拘らず、根気良く接してくださった。彼が我が家に来て、設定してくださるのは簡単である。しかし「彼女の熱意があれば必ず繋がるから」と妻である友達に話してくださったそうである。
熱意で繋がるものかどうかわからないが、夜中の2時にいきなり繋がったのである。
たまたま別の友達2人といて、3人で歓喜の雄たけびを上げてしまった・・
原因はプッシュホンにチェックがついていたからという今から思えば、なんともお粗末な
話ある。
Perfomer520は、1年もいただろうか・・もうだめだよなあって思っていたとき、別の友達が電話の向こうで言った「95を捨てるの」
「あ!私、拾う人」とこれまたあっさり95が嫁にきた。嫁に来てくれたのはいいが、「windowsだ。どうしよう」と思ったところへ、マックの折、一緒に雄たけびを上げてくれた友達の片方が、今度は私の師になってくれた。2台目という余裕があるからなのか、いやそうではないとわかった。Windows自体が親切なメーカーなのだ。なんでもクリック一つでしてくれる。マックは、自分でしなさいということが多かった。今となったらどちらがいいかは、判断がつかないが、初心者には、windwsは親切だった。
しかしその「95」も1年もしないある日、白ワインを美味しそうに飲み、急性アルコール中毒で他界してしまった。だからアルコールはほどほどにと言っておいたのだが。
今度はタイミング良く誰も電話をくれなかった。
3台目にして始めてパソコンを買った。MEである。何度もリストアにあいながらも、かろうじて動いてくれている。そんなパソコンが愛しいと思う。
接続もダイヤルアップからADSLへと変化もした。ダイヤルアップの「ツルルル、ツルルル」という音が懐かしい。
携帯電話もしかりで、4年前、友達に言いふらしていた。
「持っていれば束縛されるだけよ、お金の無駄よ」
現在、私は、パソコンでメールを打ちながら、その文章の合間に、携帯電話でもメールを打っている。
先日、「本とコンピュータ」2003年秋号(第二期9号)が手元に届いた。aozora blogのことも掲載されている。といっても、書いてある内容は、現時点でこのページを読んでいる人には先刻承知のことなので、ここでは省略させていただく。この号で興味深かったのは、コンピュータ寄りの2つの記事だ。1つ目は「日本語入力システムで、書きことばは変わったか?」、2つ目は「CD-ROM版『シェイクスピア大全』を使いこなす」。以下、1つ目の「日本語入力システム——」を読みつつ、つらつら考えたことを、つらつら書いてみる。
よく言われることだが、コンピュータで書いた文章には、漢字が多いという。漢字で書けるものは、とりあえず変換候補の筆頭に漢字が来てしまうので、日頃、普通の書籍や雑誌や新聞では漢字で書かれているのを見かけないような単語まで、律儀に漢字になっていると言われる。論文などでは、実際、その傾向が強いという証言もあるらしい。それに対して、「いや、コンピュータだから漢字が多いわけではない。チャットや携帯(電話のメール)の文章は、圧倒的にひらがなが多い」との反証が出されている。
著者の二木麻里さんは、そこから「インフォーマルな文章とフォーマルな文章とで使い分けられている」という結論に達したらしく、「仮名と真名の区別が、デジタル時代にも生き残っていたとは」と大げさに驚いてみせる。しかし、実態はおそらく、そんな社会学的なことではないだろうと、私は思う。
チャットというものは、基本的に「とっさのひとこと」である。携帯電話でのメールも、たぶん同じだ。漢字変換なんぞをして、ぐずぐずしているヒマはない。必然的に、変換キーなど押さずに送信することも多いだろう。私はチャットもケータイメールも経験がないので何とも言えないが、普通の文章を書いていても、急いでいるときには、変換するのがわずらわしいと感じることがある。ましてや、携帯電話のように、ひらがな1文字出すのに最大5回もキーを打たなければならないような入力デバイスでは、打つキーの数をさらに増やしたいとは思わないのではないか。誤変換を訂正しようとすると、さらに面倒な操作が必要になる。誤変換された文章よりは、変換なんかしないほうが、意味がわかりやすいことだって多い。意識的か無意識的かは定かでないが、たぶん、このあたりが真相なのではないか。
誤変換といえば、「長い文をいちどきに変換するほうが、誤変換が少ない」という話も載っている。日本語入力システムを開発している側のあらまほしき変換方法は、「最後に句読点をつけるところまで入力してから変換してほしいです」とのこと。けれども、たとえ誤変換を誘発するおそれが強かろうと、たいていの人は、単文節変換をしているらしい。それはそうだろうと思う。ひとつの文を丸ごと入力して変換し、得られた結果というのは、すでに自分が書いた文ではなくなって、極端に言えば、日本語入力システムの開発者が書いた文なのではないか。ちなみに「さいごにくとうてんをつけるところまでにゅうりょくしてからへんかんしてほしいです」という文を一気に入力して変換すると、いま私が使っているATOK12によれば「最後に句読点を付けるところまで入力してから変換して欲しいです」となる。たしかに誤変換は全くないが、「つける」と「ほしい」をひらくのが二木さんの文体なのだとすれば、これは二木さんの書いた文ではない。使うツールが筆だろうと鉛筆だろうとパソコンだろうと、誰かの文体というものは、やはり単文節単位で成立するものなのだと思う。それを入力ツール任せにしてしまうと、定型文書は書けても、個性が求められるたぐいの文章は書けない。「確定するまでは再変換できる」という、開発サイドの反論はあるだろうけれど、変換途中の長い文を文節に区切り、文節を移動しながら再変換する作業は、嫌になるほど手間暇かかる。うっかりすると途中で変な具合に確定されてしまい、さらに手間がかかる結果になったりする。これも意識的か無意識かは定かでないが、そういった感覚は、多くの人が、自然と身につけているようだ。
さらにうがった見方をすれば、多くの人が使っている「ローマ字入力」にも一因があるかもしれない。ローマ字入力という入力方法は、「打ったそのままが画面に表示される」わけではない。画面にひらがなが表示される前に、いったんローマ字からひらがなに変換されるのである。入力する人間の誤入力がストレートに最終結果に反映されるのでなく、まずはひらがなに誤変換され、さらに漢字に誤変換される。この「二回の変換」が、長い文を一気に入力することに対して、おっくうさを増幅しているのではないか。開発サイドの感覚は、おそらく、ひらがなになってからの変換を想定していて、そこにズレが生じているのではないかという気がする。もしそうだすれば、「長い文を一気に」は、カナ入力の人に対しては、少しは普及しやすいのかもしれない。
ちなみに私自身は、長年もっぱらカナ入力+単文節変換(たまに連文節変換)で文章を書いている。「ひらがな→ローマ字→ひらがな」の二度手間がめんどくさく、しかも「ひらがな→ローマ字」の部分は人間が変換しなければならないのが理不尽に思えるのと、画面を見ながらモノを書くことがほとんどの人間にとっては、ローマ字入力で変換途中の文字列が気持ち悪くて見るに耐えないのが、カナ入力を採用している理由である。単文節変換を採用しているのは、上に書いたとおり、「単文節単位で漢字/ひらがな/カタカナを選びたいから」というのが最大の理由だと思う。開発サイドが変換精度を上げるために日々努力しているのはよく分かるのだけれど、実際に使う側にとってみれば、Windows95登場の頃のATOK9も、最新のATOK16も、実は使い勝手に大差ないのではないかという気もしてくる。
以上に述べたような事情は、とりあえず、現時点での話だ。思うに、これから先「コンピュータと日本語」は、おそらくもういちど、目立たないかもしれないけれど、けっこう大きな変化をとげる可能性をはらんでいるのではないか。
いまパソコンを使っている利用者の多くは、ダイヤルアップでインターネットにつながった経験を持つ人々である。3年くらい前までは、ごく一部を除いて、通信環境の基準はダイヤルアップというのが常識だった。メールを例にとれば、圧倒的多数の人々が、電話代を気にしながら接続し、メールをダウンロードして切断し、ローカルで新規メールや返信を書き、ふたたび接続して、まとめて送信する。テレホーダイ愛用者は夜中の11時になってからの限られた時間帯でメールの送受信をする。要するに、「メールを書くこと」と「メールを送信する」ことの間にはタイムラグがあるのが、大多数のネットユーザに共通のリテラシーだった。
言い方を変えれば、ダイヤルアップの時代、多くの人にとって、書いたメールは、いったん送信箱に入れるものであり、再接続して送信するまでは、取り出して書き直すことができるものだったのである。その後、常時接続に変わって、書いた端から送信ボタンを押すようになっても、メールはローカルで書くもの、という経験自体は消えないだろう。しかし、ここ2年くらいの間に初めてパソコンというものを買い、初めての接続環境がADSLや光ファイバーという初心者が、確実に増えてきているだろうと思われる。そういう人々にとって、メールは書いた端から送るものだろうし、「あとで送信」メニューなんて、何に使うのかわからないかもしれない。これは、とりもなおさず、「送信箱」に入れたあと、気が変わって送信をキャンセルしたり、読み返して推敲したり、という行為そのものを知らないネット利用者が、じわじわ増殖しつつあるということだ。
紙の手紙は、本体を書いた後で、封筒に入れ、宛名を書き、切手を貼り、ポストまで持っていって投函するという手順が必要である。封筒に入れる前に、念を入れて読み返す。封筒に入れて切手を貼り、ひとまず確定する。それでもポストに入れるまでは取り消し可能だ。ダイヤルアップ時代のメールも、それに似た手順を踏んでいた。ここまでは、電子メールも、その名のとおり「メール」すなわち「手紙」の名残が濃いように思う。しかし、常時接続時代のメールには、送信に至るまでの物理的制約がなく、感覚的にはチャットに近い。携帯電話のメールは、電話本来の姿にたちもどったのか、相手に即答を求める「電話での会話」の代替品になってきた。私が電子メールというものに出会ったときに感じた、手紙のタイムラグもなく、電話の「共時性の強制」もなく、好きなときに書いて、相手も好きなときに読み、好きなときに返信する、という、ちょうどいい心地よさが、次第に失われてきた。それにつれて、電子メールの持つ、ある意味での「ゆとり」や「あそび」も、失われつつあるような気がしてならない。
そういった変化がじわじわと進行している常時接続と携帯電話の時代、コンピュータの、というよりはデジタル世界の日本語は、多くの人が読み書きする電子メールを通じて、かつて経験したことのない、予測のつかない事態に直面するのではないか。そして、それ以前の「デジタル世界の日本語」との間で大きな断絶が生じ、ひょっとするとディスコミュニケーションに陥る可能性すらあるのではないか。「本とコンピュータ」という範疇で言えば、書くことに端を発したそういった変化は、読むものとしての「本」にも、影響を与えずにはおかないだろう。
英小文字の代わりにアスキーコードのすきまに埋め込まれた半角カタカナが、コンピュータの扱う唯一の日本語だった時代から、約20年が過ぎ、デジタルの世界でも「日本語が当たり前」になってきた。日本語が、コンピュータを強力なツールとして使いこなすか、見切りをつけて決別するか、道具に振り回されて迷走するか、正念場はこれからだと思うのである。
序言
門田:鏡花特集の最後を飾るのは『縷紅新草』『遺稿』です。『縷紅新草』は生前最後に発表された作品で、『遺稿』はその後に見つかった原稿です。『縷紅新草』には鏡花の定型とも言える型がたくさん見受けられます。晩年の作ということで、円熟したその「定型」の魅力を中心に対談をすすめたいと思います。また、『遺稿』には、ルビが一切振られておりません(通常は総ルビ)。ルビの有無で作品から受ける印象が変わってくるのか、という点も話に取りあげたいと思います。では、第7回の始まりです。
鏡花記念館へのリンク:
http://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/bunho/ikkinen/index.html
ちへんせんの鏡花記念館の紹介へのリンク:
http://gaku2003.hp.infoseek.co.jp/CHIHEI/BUNGAKUKAN/IZUMI.html
門田:『縷紅新草』は典型的な「墓参り」小説と言えるでしょう。青空文庫収録作品では『縁結び』がその一例です。第1回で取りあげている「回想」も多様されています。「回想」という手法は、多視点からの状況の描写であり、多面的に捉えてゆくことで、真実の姿が見えてくるという面白みがあります。また、夏のお堀端で身投げというモチーフも『女客』に見えるものですね。一方、『遺稿』では、妖しい灯籠の存在を取りあげています。第5回で取りあげた「おばけ」の出し方も円熟味が感じられます。ただ『遺稿』はこれで完結しているとは思えないので、評価が難しいでしょう。
高柳:そうですね、『遺稿』に関しては、評価が難しいですね。それをちょっと横においておいて、鏡花がなぜ「墓参り」をよく使うのか、やはり金沢という真宗王国で生れ育ったということと無縁ではありませんよね。「墓参り」って、墓の下の人に会いにいくことなのですが、同時に自分の過去に会いにいくことでもあるのですね。
門田:小説の舞台として考えた場合、「墓参り」というのは鏡花にとって描きやすいシチュエーションだったのではないでしょうか。高柳さんのご指摘の通り、過去の自分へと話をもっていきやすいですから。『縷紅新草』でも『縁結び』でもそうですが、この「墓参り」が自分の両親などではなく、主人公にとって縁の深い他者の墓であるのも、注目しておいてよい点かもしれません。
『縷紅新草』に登場するモチーフは、他に「夏の夜の身投げ」(未遂ですけど)が『女客』、挿入されている唄が印象的な働きをする点が『草迷宮』、「お化け」というか亡くなった人からのメッセージというところは『縁結び』『眉かくしの霊』、最後に驚かせてくれるのは『怨霊借用』『半島一奇抄』『古狢』など、と鏡花お得意のものばかりですね。これを一々話しているときりがありませんが、多彩なモチーフがうまく配置され、互いにけんかしあっていないのは、鏡花晩年の「化粧」の技量なのでしょうね。
一つ、気になるのは「蜻蛉」という存在です。その象徴するものは、作中の初路さんへの謂われな批難でわかりますが、他にも何か隠されたことがありそうに思うことです。この点はどう思われますか?
高柳:「蜻蛉」、それも「赤蜻蛉」ですよね。真っ白なハンカチに刺繍された二羽の赤蜻蛉。血の色を想像させますね。しかし不思議とですね。私は、この作品を読んだとき、他の作品と全く違い、意味を問わなかったのですよ。なんというか、そのまま読むことができた。ゆっくりと流れる風景映画でもみるように読みました。そして初めて、鏡花の世界は美しいのだなと素直に思いました。観念小説にもない、幻想小説にもない、なんというか、自然な美しさですね。芥川龍之介の『歯車』にでてくる余命短い甥が、透明な目で景色をみるような、そんなものがこの作品には、あると思うのです。誰が教えたということもなく、寿命というものを知っている赤蜻蛉が、その最後の力を振り絞って次の生へつなげようとする、それを初路さんは、真っ白なハンカチに一針、一針縫い込んでいくわけですね。その赤蜻蛉がハンカチから飛び立ったように、辻町とお米の前に現れるのですよね。
門田:この作品が鏡花にとっての到達点であったのかどうか、は議論の分かれるところでしょう。昭和期に入って、鏡花は20編ほどの小説を残しています(ちなみに、明治期は170編ほど、大正期は100編ほどの小説を残しており、大体一年に8〜10編ほどの作品を発表していることになります)。14年ほどの間に20編です。その全ては、『縷紅新草』のように、自然に受け止められる作品ではありません。青空文庫には、『半島一奇抄』『木の子説法』『古狢』『貝の穴に河童の居る事』『絵本の春』が収録されています。読んでいただければわかるかと思いますが、いろいろと試みを続けているように思います。その流れからすると、『縷紅新草』はこれまでよく使っていたモチーフを自然に見えるように沢山使ってみよう、という試みから生まれた作品にも思えます。素直に肩の力が抜けたため、と思えないのは、『縷紅新草』の前後に書かれたと思われる『遺稿』では、未完成であっても、また新しい試みが感じられるからです。未完成故に、その新しい試みが何か、を話すのは控えますが、『縷紅新草』と『遺稿』の双方に共通するモチーフは、「蜻蛉」そう「赤蜻蛉」なのです。もう少し鏡花が長生きしていたら、私達は「蜻蛉」をモチーフにした連作というか、新しい鏡花作品を読めたのかもしれません。
高柳:「赤蜻蛉」、共通モチーフですね。糸七も『遺稿』にはでてきます。私は、別々に考えていましたが、連作という方向を考えたら、仰るとおりでしょうね。片方は、北国の空で生から生へつなげようとする、もう一方は、伊豆の空で。『縷紅新草』もこれまで使っていた墓参りというアイテムで入れ子式に話は進む、昨日書きましたが、景色を描いていることに変わりはない。しかし自然なんですね。その自然に「赤蜻蛉」が溶け込んでいるのでしょうか?鏡花がなぜ赤蜻蛉に拘ったのか?郷愁でしょうか?
門田:もう想像することしか出来ませんが、もう1作あって連作が完成するのではないでしょうか。鏡花の生まれ育った北国、そして病気のため療養で過ごした逗子の近くである伊豆、の二つの土地を舞台に、「赤蜻蛉」をモチーフに2作品を書いている訳ですよね。おそらく、あともう一つは東京のどこかを舞台にしたのではないでしょうか。『縷紅新草』にたくさんの「定型」が見られるのと同様に『遺稿』にも『縷紅新草』とは違った「定型」がたくさん見られます。到達点ではないにしても、これまでの「定型」モチーフを全て折り込もうとしている姿勢が見られると思います。共通なモチーフである「赤蜻蛉」を、主人公である糸七ではない、他者の回想で浮かび上がらせるという手法は『縷紅新草』『遺稿』のどちらにも見られます。そして、『縷紅新草』では、第4回で扱った「情念」が中心になっていて、第5回で扱った「お化け」は脇役のように思います。『遺稿』では、「お化け」を中心にしているところが、少し『縷紅新草』と違います。私の勝手な妄想の中にある第3作は、東京、おそらく下町の舞台として、鏡花の得意であるモチーフ「旅」または「藝」を扱っているのですよ。「赤蜻蛉」の象徴するモチーフが郷愁ならば、最後は、糸七に「旅」の中で郷愁を思い起こさせることも出来るでしょう。「藝」ならば初心を語ることが、郷愁にもつながるでしょう。
『縷紅新草』『遺稿』ともに、高柳さんのおっしゃるように自然です。鏡花の定型を知った上で、落ち着いて、鏡花の定型を楽しむことが出来るでしょう。そういう意味では、到達点かどうかは別として。晩年の鏡花の筆の冴えというか、円熟の味を楽しむにはちょうどいいですね。
高柳:到達点ではないでしょうね。鏡花の中には、まだまだ構想が練られていたかもしれませんね。金沢。伊豆。東京。『縷紅新草』では、東京でも赤蜻蛉は飛ばしていますね。もし還るということが鏡花の頭にあったのならなぜ赤蜻蛉でなければならないのか。母の言い伝えで大切にしていた”兎”ではないのか。兎をモチーフにしてもよかったのではないのか?金沢の街には二つの川が流れています。浅野川と犀川。鏡花は、浅野川に近いところで生まれ育ちました。その浅野川では、友禅流しの風景が普段のものだったと思うのです。色鮮やかな布が、長方形の布が、ゆっくりとながれる。それを鏡太郎少年は、飽きずにみていたのでしょう。少年がふと目を上げたとき、赤蜻蛉、その向こうに市内を囲む山々。その風景に鏡花は還ろうとしたのではないのでしょうか?
鏡花の母は、12月に亡くなっています。『縷紅新草』も北国の冬の小春日和。最後にお米がいいます。「私、こひしい。おっかさん」と。こんなに明確に母を恋しいと言わせたことはなかったのではないでしょうか?未読の作品の数の方が多いので、これを言っていいのかわかりませんが。しかし私は、この一言に感動しました。長い間鏡花の中にあったものをぽろっと、それも女性の口から言わせる。そのものを言わせるということは、衣装がいらないのですね。だからもう彼には兎が必要でないのでしょうね。彼に必要なのは、母がいた風景なんですね。今までの作品は母への思慕が軸にありました。しかしそれが、軸から風景そのものに、母もその風景の中のパーツのひとつになっていったのではないかと思います。
門田:そうです。晩年だからなのかわかりませんが、鏡花はこれまでの人生でみた風景を振り返っているのでしょう。糸七が鏡花の分身であるとすると、長年暮らしてきた東京の物語があってしかるべきでしょう。あるかどうかわからないものですが、読んでみたかった、と切に思います。
鏡花は、金沢を出て東京に行き、金沢に戻ることはなかったのですよね。物語に登場する北陸は、鏡花の中の思出の姿なのですよね。『縷紅新草』の風景が美しいのは、鏡花の思出の中の風景だからではないでしょうか。観念小説の衣をかぶせて始めた鏡花の小説は、どうしても「母への思慕」というモチーフがにじみ出て来ずにはいられませんでした。その「母への思慕」の先にあるものとは、実は帰ることのなかった故郷への想いなのではないでしょうか。高柳さんのおっしゃるように、「母のいる風景」へと帰っていきたかったのでしょう。「赤蜻蛉」のモチーフは「郷愁」なのでしょうね。
話題を変えますが、『遺稿』はその成立故、ルビが振られておりません。編集者が振ったルビをチェックする鏡花がいないからでしょう。鏡花を読み慣れていると、こう読ませたいのだろう、ということは想像がつくのですが、いきなり『遺稿』を読んだ人は、どう読んでいいかわからない単語が多いのでしょうね。鏡花作品は、「鏡花全集」が旧字旧仮名総ルビで、岩波文庫、ちくま文庫などの文庫本に収録される際には、新字旧仮名または新字新仮名に変わり、そしてルビは一部省かれています。にして、ルビは相当多いのですから、鏡花特有の読ませ方が多いことがわかります。『遺稿』が未完成に感じられる一因は、ルビの欠如ではないかと思います。やはり鏡花作品では、ルビの作品の一部であり、特に音律に重要な役割を果たしているように思うのです。
高柳:小林秀雄が『鏡花の死其他』の中で、面白いことを言っています。
「鏡花の世界は、音を省いた詩の世界であつて、言つてみれば、現實の素材といふ樣なものがない」
鏡花の世界には音が省いてあり、現實の素材というものがないからと。しかし詩の世界なんですね。言葉の音律の世界なんですね。ルビの効用でしょうね。
門田:そうですね。第6回で高柳さんが紹介してくださった『文章の音律』にもあるように、耳で聞いた時のことを想定していたということですね。耳で聞くことを意識していることは、芝居向きであることとも関係があるのでしょう。詩の世界でありながら、聞いてわかる語り口、どうやらその辺に鏡花作品の魅力があるのですね。確かに私が鏡花の作品を好きなのもこの音律が気にいっているからですから。
さて、話は尽きませんが、対談はひとまずこの辺でおしまいにしたいと思います。1週間渡って続けて来ました対談ですが、これで最終回となります。最後に、鏡花および鏡花作品について、一言ずつコメントを残しておしまいとしましょう。
高柳:この1週間ありがとうございました。今でも門田さんの対談相手として、私でよかったのかな?と思います。もっと多くの作品を読んでいらっしゃる方の方がよかったのでは?とも思います。黒子に徹していたほうが性にあっていたかもしれませんね。で、鏡花作品については、今度『縷紅新草』から年代を遡って読んでみたいですね。そしたらまた違った鏡花が見えてくるような気がします。
鏡花という人は、恐らく不世出でしょうね。
門田:著作権が切れた作家はたくさんいます。その中で今でも読み継がれている作家はそれほど多くはないでしょう。鏡花はその一人だと思います。教科書の文学史にも名前も代表作ものっているのだから当たり前かもしれなけれど、名前は聞いたことがある人が多いはずです。でも、300編を越える小説・戯曲のうち、手軽に読める作品はそれほど多くはないのが実情です。鏡花の作品を出来るだけ多く、未来の孫子の代に手軽に読めるようにしておきたいと思って、青空文庫で作業をしています。中島敦が『鏡花氏の文章』で言うように「日本人に生れながら、あるいは日本語を解しながら、鏡花の作品を読まないのは、折角の日本人たる特権を抛棄しているようなもの」なのですから。
鏡花の作品を読み、青空文庫の作業で入力、校正をしているうちに、思うことはたくさんありました。でも、それを言葉にするのはなかなかに難しいことでした。高柳さんの視点からのお話、そして質問がなければ、うまく言葉にすることは出来なかったでしょう。いろいろなお話が出来て楽しかったです。ありがとうございました、高柳さん。
最後になりましたが、一週間に渡り対談を発表する場を提供してくださいました野口さん、そして、校正してくださった今井忠夫さん、鈴木厚司さん、カエさん、多羅尾伴内さんに最大級の感謝を。皆様の御協力なしには、この特集も対談も成り立たなかったことでしょう。ありがとうございました。
Panasonicの電子書籍リーダー「ΣBook」のモニターに当選した人が早速レポートしてます。
http://www.c-plusc.com/erimt/archives/000612.html
私もざっとデモ機をいじったんですが、液晶を自分の見やすいポイントに固定するのに苦労しました。この人がレポートしているように、晴天下の方が視認性が良いのでしょう。実用には、今一歩、二歩もあるかなあ。
序言
門田:鏡花特集、本日は『芥川龍之介氏を弔ふ』『作物の用意』『小説に用ふる天然』『小説文體』が公開です。鏡花の文章はかなり特殊であると思います。その特殊性を解明する手がかりは、鏡花自身の発言にあるでしょう。今回の3作品から少し鏡花の文章作法などを考えてみたいと思います。また、当時の作家たちと鏡花のやりとりから、鏡花の位置づけなども考えてみたいと思います。では、第6回の始まりです。
鏡花記念館へのリンク:
http://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/bunho/ikkinen/index.html
ちへんせんの鏡花記念館の紹介へのリンク:
http://gaku2003.hp.infoseek.co.jp/CHIHEI/BUNGAKUKAN/IZUMI.html
高柳:芥川と鏡花の関係を少しだけお話したいと思います。二人の接点は、「漱石」でしょう。芥川の師である漱石ですね、漱石は、『坊っちゃん』を朝日新聞に連載し、人気を博しました。その後釜の推薦を係りに尋ねられて、鏡花を推しています。鏡花は『白鷺』を書いてその期待に答えたのではなかったでしょうか。鏡花は言葉を尽くして、お礼を述べています。漱石を通じた芥川と鏡花は、鏡花の故郷、金沢へ一緒に遊んだりしています。鏡花の出版を記念してだったと思いますが、久保田万太郎たちと戯言を寄せ書きしています。その色紙は石川近代文学館に保管されています。鏡花全集の別巻に『泉鏡花座談会』が載っています。出席者は、泉鏡花、柳田国男、久保田万太郎、里美とん、菊池寛です。その冒頭に菊池がお化けの話をしようといいます。それに対して、久保田が「僕はお化けの話不得手だな。芥川君なら・・・」といいます。それに菊池が「芥川は今日はちよつと差支があつて」と答えます。この座談会の時点では、芥川の中で何がおこっていたかを菊池は悟っており、久保田はそれを知らなかった、若しくはおぼろげながら知っていても菊池ほど知らなかったということになると思います。座談会は昭和2年8月1日発行の「文芸春秋」に載ります。弔辞の日付と呼応しているわけですね。
はてさて、鏡花の文章をどう思うかと尋ねられたら、なんと答えたらいいのでしょうか。一回から折々書いてきましたが。まず鏡花の文章に惚れこんでいらっしゃる門田さんならどうお答えになりますか?
門田:惚れ込んでいることを出来るだけ遠ざけて、理屈でまずは答えてみたいと思います(そうしない、いいものはいい!で終わってしまう)。
まずは過剰なまでの描写が目につきます。これは、人物に関してです。人物造形は典型的なものが多いとはいえ、その華麗な描写は鏡花ならではのものではないかと思います。実は、海外の作家の描写に近いのではないかと思います(マイケル・ムアコックなど)。鏡花の小説が読みにくいのは、一つの文章が長く、「、」で次々とつながってゆくのですが、これが英語の小説における関係代名詞の多様とにたような効果を持っていると思います。つまり、過剰な華麗な描写が延々と続くので、疲れてしまうのですね。ただ、これは慣れると気にならない、いや麻薬のようなもので、なしではいられない(中島敦『鏡花氏の文章』参照)ものなのでしょうか。
そして、第一点とは全く逆のことなのですが、会話を中心にした小説が多いため、読みやすいのです。描写が脚本のト書きと思えばよく、会話を中心にテンポよくストーリーが進みます。このテンポのよさをささえているのは、鏡花の文章の簡潔性であり、会話の的確さであると思います。また、テンポのよさは、その語調の歯切れのよさにも支えられています。
二つの点をあげましたが、鏡花を読んだ事のない方には、思いっきり矛盾したことのように感じられるでしょう。しかし、鏡花の小説のスタイルを理解すれば、矛盾ではなくなります。おそらくメリハリが利き過ぎているのでしょうね。
高柳:学生時代、鏡花を最初に読んだとき、劣等感にさいなまれました(笑)これ、本当の話です。「読み取れない、わからない私が悪いのだと。」まずワンセンテンスの長さは、閉口しました。そうですね、英語の関係代名詞だと言われればわかるような気がします。慣れるためには、鏡花の頭の中に入らなければならないのですね。それがわかるのにまた時間がかかる。
一つの小説で『伯爵の釵』という名称を与えられたらは、最後まで『伯爵の釵』とそれは呼ばれると思うのですが、鏡花の場合は、「鸚鵡」になったりするのですね。人の場合も同じです。つまり鏡花の都合で(?)名称が変るのですね。それに「鏡花と戦争」のところで八面楼主人が指摘していますね。「不自然は鏡花氏の常弊なり」と。これは門田さんにメールでお尋ねしましたよね。『高野聖』の僧だけがなぜ魔物に変えられなかったのかと。まあ変えられたらお話は終わってしまうのですが、それが明確に語られていないのですね。そんなこんなで、鏡花という人は、なんというか。私にしたら、理解不可能な人だったのですね。それがあるとき、”氷解”という言葉がぴったりな文章に会うのですね。文章も出会いですね。
門田:いや、私も最初に読んだ時には、何がなんだか、さっぱりでした。多分、理屈で書いた魅力ではなく、「ああ、日本語が美しい」という思いだけで、ついつい繰り返して読んでいるうちに、鏡花の文章の麻薬にハマったのですね。ええ、いつかはわかりませんが、ふと「わかって」しまう時があるのでしょう。中島敦の書いているように(『鏡花氏の文章』)。
でも、それでは、対談になりませんね。鏡花自身が書いているように、「油絵」のような文章なのでしょう。油絵の一筆一筆を緻密に議論する人はいないでしょう。普通に遠くから鑑賞することでしょう。それを小説に求めるのが鏡花の文章なのではないでしょうか。でも、油絵の一筆と違って、細かく文章を言葉のレベルで鑑賞することも出来るのが小説の場合の問題なのです。ちょっと離れないと分からない小説は、読者にとってはとっつきの悪いものでしょう。
鏡花作品の入力をしていて、さすがに鏡花の文体が移るということはなかったのですが(そもそも私には無理)、移ってしまったら、さぞかし本職の時に困ったことでしょう。明確に短い文章をつなぐのが、科学の文章の基本ですから。
高柳:門田さんの「ああ、日本語が美しい」というのは、鏡花という人は、音律を大切にしたのですね。
『文章の音律』明治42年5月(未入力作品)より
「予は今の文章が眼にのみ訴へて、耳に聞かす文章でない、耳に聞かすなどいふ事を考へてもゐまいかと思ふ。(中略)音律といふ事は、文章の一機能である。文章に音律を没却して苟も文章とは云へない」
ところが私は、その眼に訴える文章が好きです。だから余計に鏡花の文章を理解できなかったのだと思います。ということで、世の中広いですから、鏡花を理解するのに困っているのは、私だけではないだろうという単純な発想で、文体に関するものの入力を決意しました。鏡花本人による本人の解読書とでもいいましょうか。
『小説に用ふる天然』より
「私の作などの中には、景色を見てから、人物を考へ出した場合が多い。『三尺角』や、『葛飾砂子』などは深川の景色を見て、自然に人物を思ひ浮かべたのです。然し天然を主にして、作意を害するやうな事は面白くありません。程よく用ゐたいものです」
『小説文體』より
「言文一致でごた/\と細かく書いたものは、近くで見ては面白くないが、少し離れて全躰の上から見ると、其の場の景色が浮んで來る、油繪のやうなものでもあらうか」
これらの文章の抜粋から鏡花の姿勢が理解できるのではないかと思います。つまり鏡花は、人間も風景の一つとして捕らえているのですね、「泉鏡花集成9」(ちくま書房)の解説で、種村季弘氏は、もっと適切な言葉で表現していらっしゃいます。「まず天然(景色)があって、人間はその添景として二次的に、いわば虫のように湧いてくるのである」と。妙な言い方ですが、作品を書く鏡花にとって人間は、風景にいる限り生きていようが死んでいようが大差はないのです。人間の内面を描写するのが文学と考えるものには、そこにズレが生じます。それが不自然という言葉になってくるのだと思うので
す。そこまでいって、やっと私は、鏡花の「迷宮」の入り口へ辿りついたのですね。
門田:文学が人間を描くものであるとするならば、鏡花の作品は全てその基準には達していないのでしょうね。しかし、文学に現れる人間像は所詮、ひとが見た人間であるのですから、大なり小なりずれが生じてくるものでしょう。そこで、鏡花は極端にその現実性を捨ててしまったのですね。
そういう意味で私に面白かったのは『作物の用意』の中の
「例へば茲に一人の人物を描くにしたところが其性格は第二、第一其人にならなければ不可《いけ》ぬと思ふと同時にまた一方には描かうと思ふ人物を幻影の中に私の眼前に現はして、筆にする」
という箇所です。つまり、鏡花の描く人物は鏡花のこころの中にある型に照らし合わせて正しい造形をされているのです。だからこそ不自然であり、違和感を感じさせるのでしょう。もっとも、作品に登場させるには「化粧」が必要とも言っていますね。初期作よりも後期の作の方が、不自然さが少ないのは、この「化粧」の技術が向上したのでしょうね。それでも、「こんな奴はいない」というレベルではあるのでしょうけど。
人物が風景の一部になっていることは、鏡花の作品が戯曲に向いていることとも無関係ではないと憶います。そう、鏡花作品の中では、人物はいきいきとしていることを求められてはいないのです。芝居の、それも人形芝居のように、作者の思うがまま動く事を要求されている人形のようなものなのではないでしょうか。
高柳:仰るとおり、鏡花の描く人物は鏡花のこころの中にある型に照らし合わせて正しい造形をされるのですが、それは、あくまでも景色の一つのパーツでしかないのですね。確かに後期の作品では、不自然さが少なくなりますね。明日公開の2作品はあまり抵抗なく読めました。(明日を楽しみにして頂くために題名を伏せます)かといって、景色から離れているのではないのですね。化粧が巧くなったのでしょうね。
鏡花と同郷で同門だった徳田秋声と比較してみると面白いのですね。ここで秋声を論じる余裕はありませんので、青空文庫に収録されている作品を読み比べて頂きたいと思います(徳田秋声の公開作品リスト)。そこでわかることは、秋声は、誰にでも書けることを誰にも書けない文章で書いたということであり、鏡花は、誰にも書けないことを誰にも書けない文章で書いたということではないかと思います。
門田:「誰にも書けないことを誰にも書けない文章で書いた」とは至言ですね。そんな鏡花を当時の作家たちはどうみていたのでしょうね。中島敦は『鏡花氏の文章』で絶賛していますね(志賀直哉との比較がちょっと面白い)。鏡花が弔辞を書いている芥川氏も『「鏡花全集」目録開口』で褒めちぎっていますね。
ただ、鏡花の文体とこだわりは特殊であって、鏡花の弟子である水上滝太郎などであっても真似の出来ない作家であったのでしょう。"One and only"という言葉がぴったりくると思います。
高柳:中島敦の目のつけどころ、志賀直哉との比較は面白いですよね。志賀の文章も主語がない。しかし簡潔で、ワンセンテンスが短い。志賀の文章で、『高野聖』を読みたいとは思いませんね。反対に鏡花の文章で『城の崎にて』を読んだらどうなるか。蜂が蜂でなくなりますね。(笑)それぞれ内容に合った文章なればこそ、読み継がれて来たし、これからも読み継がれていくのしょうね。後の作家では、谷崎潤一郎、川端康成、三島由紀夫らが、鏡花に惚れこんでいます。その中でも三島と比較してみたかったという気持ちはありますが、それは、何れということに。
さて、話は尽きませんが、対談はひとまずこの辺でおしまいにしたいと思います。この対談に登場した鏡花の作品の多くは青空文庫で読むことが出来ます。お時間のある方は、ちょっとこれらの作品を繙いてみては如何でしょうか。
序言
門田:鏡花特集、本日は『伯爵の釵』『怨霊借用』、そして『化鳥』(新字新仮名です。新字旧仮名も公開中です。この後のリンクは新字新仮名へとつなぎます)が公開です。『伯爵の釵』『怨霊借用』は大正期に発表されたちょっと恐い話です。『化鳥』は明治期の作品で、奥の深いところでは、ぞっとさせられる作品であると思います。ということで、鏡花作品に顕著なおばけの話をテーマに対談をすすめたいと思います。第5回の始まりです。
鏡花記念館へのリンク:
http://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/bunho/ikkinen/index.html
ちへんせんの鏡花記念館の紹介へのリンク:
http://gaku2003.hp.infoseek.co.jp/CHIHEI/BUNGAKUKAN/IZUMI.html
門田:鏡花の作品には妖怪や妖しの者が沢山出てくる印象がありますが、実はそのような雰囲気は多いのですが、明確に怪談と呼べるものは少ないのではないかと思います。その中でも『伯爵の釵』『怨霊借用』はおばけや妖しの者がはっきりと出てくるので、鏡花の怖がらせ方を解きほぐすにはちょうどよいテキストではないでしょうか。『伯爵の釵』では、妖しの者は神様のようですが、なかなか正体をあらわさないもどかしさは、フラッシュバック、カットバックの手法でテンポ良く進められることで緊張を保ったまま読み進められます。一方『怨霊借用』では、正に怪談的な怖がらせ方の典型が展開しています。
高柳:『怨霊借用』では、鏡花はちゃっかりお桂さんに『山吹』(青空文庫作業中)を読ませているんですね。ところで、これは以前からお尋ねしたいと思っていたのですが、門田さんのご専門であります、細胞学、遺伝学ですか?からみた鏡花の「おばけ」ってどんなものなのでしょうね(笑)
門田:専門は分子遺伝学なのですけど、存在が確定しないものは科学では扱えないのですが。
少し理屈っぽく分類してみると、鏡花作品には言うほど「お化け」は出てきていません。ここでいう「お化け」とは科学で扱えないものです。『草迷宮』の「まばたきの間の世界のもの」や『紅玉』の「烏」などですね。他は『夜叉ヶ池』の「白雪」、『竜潭譚』の「九ツ谺」などですね。これらは、全て地霊であり、土地に付随する異世界のものたちです。『伯爵の釵』に登場するのはこちらの例です。
鏡花作品で恐いのは、むしろ異世界の眷属ではなく、人のこころが生み出した怨念などの方でしょう。こちらも私の専門では扱えないのですけど。存在そのものではなく、典型的な怪談の手法により鏡花の作品では「怖がらせる」ことに成功しています。何回も登場している違和感をうまいこと、恐さにすり替えているのでしょう。『怨霊借用』はその典型です。
高柳:そうですか、門田さんの分野ではなかったですか。では、柳田国男や折口信夫に「おばけって何ですか」尋ねれば、これまた別の角度からそれぞれ異なった面白い答えが返ってきそうですね。(笑)二人と鏡花とのつながりは深いですから。特に柳田は、元々文学を志した人ですから、文学にも造詣が深かった。田山花袋と仲がよかったのですが、花袋が『蒲団』を書いてしっくりいかなくなるのです
ね。なぜか、花袋が、「作り話の面白さ」から離れていき、現実を追求しだしたかららしいです。鏡花の世界は、その柳田の言う「作り話の面白さ」なんですね。門田さんから薦めて頂いた鏡花の英訳本"JAPANESE GOTHIC TALES Izumi Kyoka" (Translated by Charles Shiro Inoue) のIntroduction の冒頭でThe comparison can be misleading—と断った上、アメリカの文学者がエドガー・アラン・ポーを研究するようにして、泉鏡花を日本文学では位置付けると書いています。ただし根底に大きな違いがあると指摘もしています。しかし"Gothic"という接点がある。というのですね。
門田:"Gothic"という点では、怪奇小説と見られるのも仕方がないと。確かに鏡花の日本語の美しさ(これは第6回で話します)を省いたら、怪奇小説、伝奇小説の側面が浮き出てくるのでしょうね。英語に直した故に、見えてくる点ですね(気付かないのは私だけ?)。
怪奇小説という意味では、「お化け」を使った驚かせ方を考えるのに、本日公開の『伯爵の釵』『怨霊借用』は面白い例だと思います。『化鳥』は怪奇小説とも伝奇小説とも言えないのですが、そこはかとなく恐い小説だと思います。
『伯爵の釵』は、その内容があくまで幻想的なイメージを壊さずに進みます。水上滝太郎氏は、この作品を「鏡花そのものの目に映じた幻影」であると言っています。しかし、「お化け」という意味では、その存在が随所に明確に現れております。神様なのかもしれませんが。その一方、『怨霊借用』は現実的な進行の中で、明らかに作り物である鬼などの「お化け」が現れますが、本当に作り物?という不安をあおり、実は、という形式で驚かせています。怪談としては、『怨霊借用』の方が優秀なのでしょうね。描写と幻想の点では、『伯爵の釵』が上でしょうけど。
高柳:『伯爵の釵』は、「お化け」−「人間の形」、実体は「・・・・」というパターンですよね。イメージ的に折口が飛びつきそうな話でしょうか? 『怨霊借用』は、「お化け」−「異様な形」、実体は、「・・・・」というパターンですよね。イメージ的に柳田が飛びついてくれそうな話でしょうか?(笑)両方とも『草迷宮』、『高野聖』にでてくる異界の住人とは違いますよね。『眉かくしの霊』とも違う。道理のあるものとないものと区別でき、その下に細分化していくとツリー状の図式ができるのかもしれませんね。
門田:長編ではともかく単発の短編では、理《ことわり》とでもいうべき異界の住人の存在を描く間がないのでしょうね。実は、恐さの原因、理《ことわり》だけを描いているのが『化鳥』なのではないでしょうか。判断は読者にまかせる、と。それをうまく覆い隠しているのが、口語体の文章であり、少年の一人称なのではないでしょうか。
道理のありなしという点では、『伯爵の釵』『草迷宮』は道理なし、『怨霊借用』『高野聖』は道理あり、だと思っています。道理ありの方は、どうしても日本の風土故か、因縁話になってしまうのですよね。『眉かくしの霊』は道理がありそうなのですけど、よくよく考えてみると、不条理なのですよね、あそこで登場するのは。
あとは好みの問題かもしれませんが、私は道理なしの怪奇譚の方が好きです。道理=因縁で、しがらみのない恐い話の方が、美しく感じるのです。
高柳:『化鳥』は、「母への思慕」を軸に、「人間とは何か」という根本的問い、その彼らだけの秘密の答えだけが、アニマへ通じるのですね。そのためには、少年は、死と再生を潜り抜けなければならないのですね。その怖さですよね。
門田:『化鳥』は、鏡花初の口語体小説なのですが、明日公開の雑記の中で鏡花自身が言っているように、油絵のようなぼんやりした情景が描かれています。その実、形式は従来の観念小説の形をとっているのです。小学校の先生などの普通の大人とのやりとりを見ればわかるでしょう。そして、死と再生をくぐり抜けてしまったお母さんの恐さは、その独白によく現れています。実は、入力していてちょっと恐くなったところなのです。
口語体にした利点は、観念小説独特の書き割りのような舞台(よい意味ではっきりしている)が、油絵のようなぼんやりしたものになって、「母への思慕」という鏡花特有のモチーフが浮かび上がってくるところです。「翼の生えた美しい姉さん」というイメージは、文語体では描写が難しいでしょう。それにしても、鏡花は謎を謎のままにしておくことが好きですね。何度読んでも「翼の生えた美しい姉さん」がなんだったのか、私にはわかりません。幾つか想像することは出来ますが。
高柳:そうですね。くぐりぬけようとするものと潜り抜けてしまったものと。少年が流されていくときに、ちらっと母の姿が見えるでしょう。あの瞬間が、この話で一番怖いと思うのです。ひょっとしたら傘が川へ流れていくことが、何かの合図で、母は、猿が少年を川へ落とす羽目になるということを知っていたのではないのか。流されていく少年を、その五感で知っていたのではないのか。そうやって一端死ぬのだと。ただ、そこでひょっとしたら還ってこれないかもしれないのですよね、再生できるという保障はない。そこで母も試され、子も試される。何に?
「翼の生えた美しい姉さん」は、少年は、羽根がないからと否定します。しかし母の化身かとも思えるのですが・・・それが母の試練なのではと思いました。それとも母の再生も助けた永久の物でしょうか?そうすると 連日マンガに話が行ってしまうのですが、今度は、手塚治虫の世界になっていきますね。(笑)真面目な話、これを読んでいて、『火の鳥』がちらっと頭を掠めました。
門田:どうも私には「死と再生」のイメージをあてはめなくても解釈できるように思います。またもやマンガの話で恐縮ですが『ボーダー』(狩撫麻礼原作、たなか亜希夫画)というマンガに出てくる主人公のいつものセリフに「あっちの世界」と「こっちの世界」という、意味としては「世間に迎合して生きるかそうでないか」という意味合いの言葉があるのです。母は、「死ぬ思い」をして世間の欺瞞を許すことのない世界に身を置いています。そして、子供をその世界観である、悪い意味で世界をまっすぐに見ることを教えています。川で溺れることなくとも、少年はその世界に身を置いているのです。少年の一般の大人に対する態度は、『ボーダー』の主人公の語る「あっちの世界」の描写に似ていると思います。
とすると、川で溺れることは何を意味するのか。私には、それは「死と再生」ではなく、「翼の生えた美しい姉さん」という「こっちの世界」での救いというか、極限への扉を開ける役割を果たしていると思うのです。「死と再生」のモチーフで解釈するのならば、少年は川から助かったところでそのイニシエーションをくぐり抜け悟ってしまってもよいのですが、少年は「翼の生えた美しい姉さん」の幻影を求め続けます。そういう意味では「翼の生えた美しい姉さん」が「死と再生」のモチーフであり、川で溺れることはその一段階に過ぎないように思えるのです。
少年は母のような恨みに縛られた世界から、さらに向こうにいってしまっているように思えるのです。
高柳:「世間に迎合して生きるかそうでないか。」そうですね、それを母は子に説きます。そのズレに子どもは気づき、母の方を信じるわけです。「子供をその世界観である、悪い意味で世界をまっすぐに見ることを教えています。」の「悪い意味」とは?
門田:「世間一般の常識」にまっすぐな視線でその欺瞞を暴いてしまう少年の指摘は、『裸の王様』のようなものでしょう。しかし、その根底にある世界観は、母の語るものです。すべてを平等に、まっすぐに見ているような少年の視線の奥底にあるものは、孤独です。母が選んだ、「世間に迎合しない生き方」とは一人の殼に閉じこもることです。「悪い意味」と言ったのは、「世間に迎合して生きるかどうか」とは別に、他者の存在を受けいれることを拒絶したからこそ、得られる「まっすぐな視線」ではないかと思うからです。そうでなければ、少年は苦悩しないでしょう。世間とのズレは母の存在が打ち消してくれます。それでも少年は満ち足りないのであり、「翼の生えた美しい姉さん」を求めるのでしょう。まあ、最後は「母」の存在に満足し、悟ってしまっているのかもしれませんが。
高柳:『化鳥』の話をすると一晩でも語り明かせそうなのです。(笑)
他者の存在を受けいれることを拒絶したからこそ、得られる「まっすぐな視線」それは、あくまで母の視線です。それを少年は良く知っています。だから「お母様は、嘘をおっしゃらない」と何度もいいます。あたかも自分に言い聞かせるように。そういわないと獲得できないものがあります。それが孤独というふうに言い換えることができるのもかもしれませんね。そこまでは、門田さんと同じ読み方です。
—「翼の生えた美しい姉さん」という「こっちの世界」での救いというか、極限への扉を開ける役割を果たしていると思うのです。—
極限への扉というのは、何に向って開かれるのでしょうか?
門田:母のいる世界が閉塞したものであることは、少年も薄々気付いているのではないでしょうか。だからこそ、この世界の理というか正しさの証のようなものを求めているように私には受け取れます。この例えが正しいかどうかわかりませんが、「こっちの世界」での救い、そして極限への扉とは、仏教でいう「悟り」のようなものだと思います。そうすると、『化鳥』の少年は、母の怨念(怨念ですよね)を、あたかも宗教によって救っていることになります。母の存在を「救い」と重ね合わせることによって少年は救われ、そして、少年の存在によって母もまた救われると。
ただ、この小さい世界の幸せは、幸せなのでしょうけれど、欺瞞ではない世間一般の常識から考えても、儚いものですよね。実は、この世界の幸せを認めるかどうか、がこの作品でも最も根源的に問いかけられているのではないでしょうか。そして、それは鏡花の「母への思慕」というモチーフを肯定するかどうか、にも関わってくると思います。
高柳:孤独になっていくということは、一つの証明をしていくことでもありますよね。生き物は平等であるということを教えた母親の言葉を証明するために、「お母様は嘘をおっしゃらない」という信念で、ひとつひとつ母の正しさを証明していきます。
しかし川から助けてくれた人を尋ねられて、母は困惑します。そこで少年は、困惑した母に疑問をもちながらも、正体を知ってはいけないのだと悟ります。自分には母がいるのだからと。母以上の人だと悟ったのでしょう。自分の中で母、以上の人を作ってはいけないのだと。
まずなぜ少年が、川で流されなければならないのでしょうか? 母は、息子に助けた人を尋ねられて、なぜ困惑しなければならないのでしょうか? もし宗教だとしたら、「仏様が」とか「阿弥陀様が」で片付けるをすると思うのです。またそれが当時において自然な言葉だとも思います。この作品に宗教の匂いを私は感じ取ることができません。もっと原始的なもののような気がします。
いつのまにか・・「おばけ」がどこかへ消えてしまいましたね。(笑)
門田:ああ、本当だ。まあ、こういうのもアリの対談ですからよろしいのではないでしょうか。
最後に一つだけ。宗教の原型である信仰というものを当てはめるのも難しいでしょうか。むしろ、母は宗教さえ否定しているということに起因しているように思います。
さて、話は尽きませんが、対談はひとまずこの辺でおしまいにしたいと思います。この対談に登場した鏡花の作品の多くは青空文庫で読むことが出来ます。『化鳥』は、新字旧仮名、新字新仮名の二つの文字遣いが公開されていますので、その違いもお楽しみ頂けると思います。お時間のある方は、ちょっとこれらの作品を繙いてみては如何でしょうか。
序言
門田:鏡花特集、本日は『売色鴨南蛮』『小春の狐』『みさごの鮨』『鷭狩』が公開です。大正期の作品を集めてあります。妖しの者が登場する小説とともに鏡花の作品に多い、「情念」の世界がかいま見ることが出来るではないか、と思われる小説4編であると思います。鏡花作品に頻繁に現れるモチーフである「情念」に関して対談をすすめたいと思います。では、第4回のはじまりです。
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門田:4作品は、1920(大正9)年から1924(大正13)年に掛けて発表された作品です。大正期の鏡花といえば、『眉かくしの霊』が有名ですが、他の作品はあまり知られておりません。そういう意味でも、青空文庫に収録するにあたり、大正期の鏡花を中心に入力作業を進めておりました。この4作品の中では、『売色鴨南蛮』は比較的有名で、短編集にも取り上げられ、また英訳本には"OsentoSokichi"という題名で英訳が収録されています。この4作品、別に妖怪は登場しないのですが、「情念」の世界の描き方は、なかなかに恐いものがあるように思います。
高柳:本日公開の4作品の中で、『売色鴨南蛮』だけが異質のような気がします。惚れた男のためにわが身を厭わない女性が出てくるという設定は同じですが、これだけは、『草迷宮』に近い。なぜ近いか? 隘路の奥に女性が棲んでいるんですね。入り組んだ向こうに居るのですね。それはどこか子宮を思わせます。だから母はわが身を捨てて、子を庇う。警察が踏み込んだときのお千さんの行動ですね。あれは母と子の関係とも見えます。
門田:手法として『売色鴨南蛮』は回想が主骨格になっているからではないでしょうか。『小春の狐』『みさごの鮨』は回想/フラッシュバックではなくカットバックでテンポ良く進んでゆきますから、迷宮を感じさせないのでしょう。個人的には、どの作品にも「異界」は出て来ないが「情念」が強くにじみ出ているように感じます。
私が注目したいのは、『鷭狩』です。確かに「尽くす女」ではあるのですけど、最後の場面で、その関係が逆転しているのが気になります。静かながら、一番「情念」が恐いと感じました。作品の出来としては、『売色鴨南蛮』が一番かな、と思いますが。
高柳:『鷭狩』、私は、今日の公開作品の中では一番好きですよ。最後にいとしい男の小指を食いちぎるんですね。究極の話ですよね。こんな女性がでてくる作品って他にありましたか?
門田:ある意味で強い女性が出てくる作品は少ないでしょう。強そうに見せて、実は、という女性が多いですからね。包容力のある(母のような)女性は多くても、『鷭狩』のような女性はいないのではないでしょうか。ええ、私も全作品を覚えている訳ではないので(繰り返しになりますが)。鏡花作品の男性は、過去においてだらしなくても現在ではしっかりしているというパターンが多いのですが(『売色鴨南蛮』など)、『鷭狩』では回想手法を使わないが故に、男が情けないままになってしまい、女性の強さ、そしてけなげさが浮き彫りにされているのですよね。
『鷭狩』の鮮やかなラストに通じるという意味では『国貞えがく』のラストが印象的です。
高柳:『鷭狩』は、最初あまり色彩がないのですね、ところが主人公の男が、「鷭」が湖畔で泳ぐ絵を描いて大きな展覧会に入選したという。そこで読者は、「鷭」という全身黒い水鳥が湖畔で泳ぐ姿を思い浮かべます。そこから一気に鮮やかな色彩が飛び込んでくるのです。その鳥のために女は、血を流します。一端白々と明ける白山の薄紫の霧で色彩が淡くなる。その淡さは一瞬にして消されます。ラストに女が男の指を食いちぎる、パッと飛び散る男の血。その血が女の口元から。という実に鮮やかな手法です。
門田:場面の切り取り方がうまいのが鏡花の作品の特徴でしょうね。だからこそ、戯曲に向いているのでしょう。短編にしても長編にしても、その筋立てではなくある場面がくっきりと印象に残るのは文学としてはどうかと言われそうですが、鏡花の好きな人にはたまらない魅力でしょうね。
さて、この4作品をまとめたのは、発表時期とその筋立てに「お化け」が出て来ない、という共通項があったからです。筋立てとしては、男女関係をいろいろな場面で描いている4作品です。しかし、すでに、話していますように、その内容は結構違いがあります。
『売色鴨南蛮』は、主人公の描き方に初期の鏡花の作品の色合いが残っています。そして、物語の時間は、電車の待ち時間のわずかな間に回想を挟む事で遠い過去の話が展開します。他の3作品は、「回想」という観点では、『小春の狐』にわずかに昔の思出話が出てくるくらいで、あまり過去へのベクトルはなく、現実時間の中でストーリーが進行します。
『小春の狐』では、鏡花にしては珍しい妙に淡い恋心を描いているようです。もっとも、やはり「母への思慕」に通じる年上の姉さんへのあこがれが基調にはなっていますが。「淡い」と書いたのは、小説としてフィクションの体裁はとっていながら、どこか随筆のような味わいのある作品であるからなのではないでしょうか。随筆というよりは紀行文ですね。『城崎を憶う』のような。
『みさごの鮨』は、「北国一」の姉さんと「雑貨店」の姉さんの対比が面白いですね。鏡花作品の典型と見られるのは、実は「北国一」の姉さんだったりします。また、最後で、阿弥陀様のお顔を「そんなもの見とうはない。」と言わせていますが、鏡花自身は敬けんな仏教徒だったようですので、少し驚きました。『七宝の柱』を読んだ鏡花の印象と妙に食い違っています。
そして、『鷭狩』は、夜中から朝方までの短い時間にストーリーが進行して鮮やかに終わります。最後の段落の前の時間の飛ばし方が絶妙です。男が情けないのは、『木の子説法』などにも見られますが、『鷭狩』の身勝手さは、名古屋の旦那の身勝手さとともに、印象が深いです。姉さんにとっては、名古屋の旦那も主人公も同じようなものなのでしょうね。
高柳:私は、岩波の鏡花全集なら評論が収まった28巻と旧全集から外れた作品や随筆が収まった別巻が欲しいというちょっと外れた鏡花ファンなのですが、『小春の狐』を読んでいて、別巻に収まっている『幼い頃の記憶』(明治45年5月)の話を思い出しました。5歳の鏡花は、母と連れられて船に乗っているのですね、そこで、「如何にも色の白かったこと、眉が三日月に細く整つて、二重瞼の目が如何にも涼しい、面長な、鼻の高い、瓜実顔」の女性に合うのですね。後に鏑木清方が描く鏡花の挿絵の絵のような女ですね。きっとそれが、鏡花の初恋?でしょう。
『みさごの鮨』は、仰る通り、「北国一」のねえさんが典型ですね。お蔦さんみたいな。鏡花は、金沢出身です。なんといっても北陸は、真宗王国、それは根強いものがあったと思います。しかしこの場合は「そんなもの見とうない」でしょうね。あの世よりこの世。あの世にいく必要のないものがあの世に行かなければならない。世の中、仏もあったものではないと。
『鷭狩』の姉さんにとっては、名古屋の旦那も主人公も同じようなものなのでしょうね。という門田さんの文章は、思わず「御意」と答えたくなる文章ですね。主人公への思いのほうが、僅かに勝っていたということでしょう。自分の人生を諦めていた女が、ふと出合った僅かな真実。そのために彼女は決心するのでしょうから。
門田:鏡花作品の「男性からみた女性像」は、どう切り開いても「母への思慕」に辿りついてしまうのでしょうね。このキーワードで見てみるとどの作品も、どうしても女性に母を重ねあわせていることになってしまいますね。この回の題名は「情念の世界」としてみたのは、その切り口をちょっと変えてみるとどうなるのか、を考えてみたかったのです。その切り口とは「女性の中の想い」です。男性からみた女性像に変化はないでしょう。しかし、その女性の中では何が起こっているのだろう、何を考え、思っているのだろう、と考えてみると、決して通り一遍な、ステロタイプな女性像ではないように思うのです。
つまり、女性像としては、『売色鴨南蛮』『小春の狐』『みさごの鮨』『鷭狩』、どの作品に登場する女性も「けなげな」、そして「母」のイメージを投射した女性であるでしょう。しかし、女性の中の想いはどうでしょうか。『鷭狩』『売色鴨南蛮』では、人生をあきらめているなかで、正反対の選択をします。『みさごの鮨』では、「北国一」のねえさんは、決して人生をあきらめません。鏡花が想い描き、憧れた女性の中に何を盛込んでいたのか、私は、「情念」の深さをいろいろな程度で盛込むことで、キャラクター造形を行っていたように思います。その匙加減が面白いのではないかと。
高柳:その匙加減で、情念の表れ方が違うのですね。母という原級があり、それは最上級でもあるのですね。その幅だけ、鏡花の作品の女性は生きることができるのですね。でもこの4作品の4人の女性、全部一人の女性だったら面白いですよね。相手によって、自分を変える。情念の形を変えることができる。『高野聖』の魔物の女は、男を変える。男を変えた動物の性格にするわけですね。そうやって男を替える。こういう読み方をすると鏡花における女性像も変わってくるかもしれませんね。
門田:鏡花の中では、一人の女性なのでしょうね。その女性のいろいろな側面を出してゆくことで、作品に幅を持たせていると。でも、その女性とは、現実の女性ではなく、母に代表される鏡花の心のなかのイメージなのでしょう。イメージだからこそ、奥深く様々な側面を見せることが出来る。極端な例えながら、『銀河鉄道999』(松本零士 作)のメーテルのような存在が鏡花のこころにはいたのでしょうね。
さて、話は尽きませんが、対談はひとまずこの辺でおしまいにしたいと思います。この対談に登場した鏡花の作品の多くは青空文庫で読むことが出来ます。鏡花作品に登場する女性像もいろいろですから、そんなことを気にしながらの読書もおつなものでしょう。お時間のある方は、ちょっと鏡花の作品を繙いてみては如何でしょうか。
座頭と検校をキーワードに青空文庫を検索してみました。
泉鏡花『歌行燈』
中里介山『大菩薩峠・駒井能登守の巻』
佐々木味津三『右門捕物帖・袈裟切り太夫』
佐々木味津三『右門捕物帖・生首の進物』
森鴎外『山椒大夫』
岡本綺堂『青蛙堂鬼談』
芥川龍之介『きりしとほろ上人伝』
夏目漱石『彼岸過迄』
太宰治『新釈諸国噺』
太宰治『盲人独笑』
……予想以上の収穫!
時代とその先を読み取っていきたいと思ってるひとたちへおすすめ
(意味不明)
序言
門田:鏡花特集、本日は『海城発電』『凱旋祭』『女客』『妖僧記』が公開です。『海城発電』『凱旋祭』には戦争が登場します。といっても、日清戦争でありますが。「戦争」を鏡花がどう取り扱っているのか、そして鏡花の作品で有名な観念小説との関連などについて、高柳典子さんと対談をすすめたいと思います。では、第3回の始まりです。
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門田:『海城発電』は、1896(明治29)年鏡花24歳の時の作品ですが、同じ年の書かれた『琵琶伝』(青空文庫作業中)とともにその内容の故に、最初の岩波書店版の全集(1940(昭和15)~1942(昭和17)年刊行)には収録されず、1976(昭和51)年の全集第2刷の際に別巻に収められました。『凱旋祭』も1896(明治29)年の作品です(こちらは最初の全集にも収録されています)。日清戦争は、1894(明治27)年から1895(明治28)年ですから、その翌年に『海城発電』『琵琶伝』『凱旋祭』は発表されたことになります。『女客』は1905(明治38)年、『妖僧記』は1902(明治35)年の作品です。『女客』以外は、文語体で書かれた作品です。
高柳:『海城発電』は、SF小説のような題名ですよね。最初この題名をみたとき、海の中の城で発電するとはどういうことなのか?と思ったものでした。異界と出入り自由の鏡花のことですから、海の中の異界の話かと。(笑)しかしこれは、中国の「海城」発の電報ということなのですね。最後まで行かないとそれがわからない。手元のある資料で同時代評として八面楼主人(詩人・小説家|山崎湖処子《やまざきこしょうし》1922年没)が「国民之友」第20号(1896年1月発行)面白いことを書いているのです。一部抜粋します。
ーー不自然は鏡花氏の常弊なり、『海城発電』は不自然の最も甚だしきものなり。
嗟これ渠の書肆 に逼られて、苦心経意の暇を得ざりしに由るにあらざるを得ん哉。
然れども世界主義と国家主義の撞着、斯の如き大にして新たなる題目を捉へて筆を
着けたる鏡花氏の功は、決して之を没すべからず。ーー
鏡花の不自然に関しては語ることが多すぎて、一晩かかります。(笑)八面楼主人も指摘しているように世界主義と国家主義の撞着というのが意外でした。人間の醜さを異界で反映しているのが鏡花だと思い込んでいたからです。ただこの『海城発電』とはそういうことのなのだろうか?と思います。この話の題材、軍部と看護員でなくてもよかったのではないのでしょうか?
門田:『海城発電』という題名には、私もだまされました。似ている文字列で『海神別荘』(青空文庫作業中)なんて戯曲もあるので、てっきりそういう話かとおもっておりました。でも、実際の内容は、鏡花初期の観念小説の系譜につらなる小説でした。観念小説とは、『夜行巡査』『外科室』に代表される極端な状況における人間の判断をせまるような小説です。『海城発電』で、ぶつかっているのは、一般に正しいとされている常識とある確固たる理念ではないでしょうか。一般に正しそうに見えることの欺瞞をあらわにするために、軍部(の一部)が選ばれているように思います。「正しそうに見えることのあいまいさ」というモチーフは、『多神教』という戯曲でも取り扱っています。小説のスタイルとしては、第三者の視点を導入している点が面白いですね。『凱旋祭』も、全くの第三者の視点からの手記(手紙)という形式ですね。
高柳:常識と理念のズレですね。そうなんでしょうね。ただ私は、もし日清戦争がなくても、私は、鏡花はこれを書いたのではないかとおもうのです。それはもちろん軍部と看護員ではないですね。『海城発電』は、密室劇ですよね。鏡花の密室劇って他にありましたか? 鏡花作品を全部読破しているわけではないので、不勉強の至りでもうしわけありません。
門田:はい、日清戦争という題材は、極端な状況の一例として登場しているので、私もそう思います。そういう意味では、鏡花が戦争をどう捉えていたのか、を知る材料にはならないということですね。『予備兵』という作品では、戦争の英雄を肯定的に捉えていますから。「恋愛」に関する常識と理念のズレを扱ったのが、『多神教』です。ある意味であの神様の言葉は痛快です。
密室劇ということならば、鏡花の作品のほとんどがあたるのではないでしょうか。私も全作品を読んでいる(覚えている)訳ではありませんが、青空文庫収録の作品でも、『薬草取』は山の中というオープンな状況でありながら、妙に密室を感じさせます。『半島一奇抄』では舞台はタクシーの中のみです。どちらも回想でいろいろな場面が出てきます。『木の子説法』も芝居小屋の中で話が展開します。登場人物が限られて、大きな場面転換がないので、どれも密室劇のように感じてしまいます。
高柳:そうなのですね、だから戦争ということであれば、『凱旋祭』は戦争そのものを描写しない方法をとっているのですね。手紙という形式で、書き手の目を通した凱旋祭。浮かれる人間が、浮かれるほど、少尉B氏の妻の悲しみがあるのですね。どちらに比重をおいたか、それとも比重など無関心であったのか、それはわかりません。わかりません、『凱旋祭』は、鏡花の中では稀有な作品なのではないでしょうか? ごめんなさい、『予備兵』が未読なので、そう感じるのかもしれませんね。
門田:戦勝に浮かれる多数の人物というのは、鏡花作品によく出てくる個ではなく全体を重視する人物であり、よく出てきます。『夜叉ヶ池』の村人などはその典型(自分の都合を全体の都合にすりかえてしまう)。『凱旋祭』の人物造形は、決して稀有ではないのですけれど、あの形式は稀有でしょうね。成功しているかどうかは別として。鏡花としては珍しく会話ではなく描写中心に物語が進行していますし。
高柳:正直な話、対談をするというので、幾作品かを慌てて読みました(笑)その中の一つだったのですが、何の迷いもなく私の中に入ってきたのは『凱旋祭』だったのです。会話がないというのもありますが、描写だけの力なんですね。しかしルポではないので、勿論虚構だと思います。思いますが、私は、この短い文章に「凱旋」という言葉の裏表まで書いてしまう鏡花の別の力を知ったような気がします。もしこれが、こういった文章だけを書く人だったらそうも思わないのでしょうが、異界出入り自由自在、何でもアリのような幻想作家泉鏡花が書くから感動してしまうのです。
『妖僧記』の話もしないといけませんね。私は、これちょっと好きなんですよ。この妖僧、ちょっと可愛げがあるでしょう。最後に墓の前にいてお通さんを驚かすところなんか。
門田:『凱旋祭』は、『草迷宮』のような多視点で何かが浮かびあがってくるのではなく、あくまでも一人の視点(しかも手紙)の描写のみで、「凱旋」を描ききったことは、さすがですね。じっくりと読むとどこが虚構なのか、ということを話し合えると思いますが、まあ、その辺は本職の研究者に任せましょう。
『妖僧記』の妖僧の可愛げというのは、『草迷宮』の茄子がきゅーと鳴くのに似たものでしょうね。実は、この小説も鏡花の典型である「墓参り」小説だったりします(第7回にて話します)。
高柳:そうなんですよ。茄子がきゅーと鳴くあのお茶目な可愛さですね。でも茄子の鳴いたのを聞いてみたい(笑)「鏡」というものの魔力も中々です。人間が最後「ぎょ!」とするでしょう。鏡花の作品でこんなちょっとお茶目で人間が最後に「ぎょ!」として終わるのってありましたか?
門田:「それを食いなすったか」と冷静にツッコミを入れる小次郎法師がいい味を出しています。
最後の場面で驚かせられるのならば『眉かくしの霊』や『古狢』があります。あとはどうでしょうか。私も全作品を覚えている訳ではないので。
「お化け」の話は第5回のテーマですが、鏡花のお化けは、不条理なお化けと道理のあるお化けがあるように思います。こわいのは道理のあるお化けで、可愛く感じるのは不条理なお化けのように思います。
高柳:話題がちょっと賑やかな方へ行ったようです。「鏡花と戦争」そして観念小説ということでしたね。観念小説と広辞苑を繰ると泉鏡花の『外科室』と書いてあるほど、日清戦争を境に風靡した一つのジャンルですね。本当はもっとそれに触れなければならなかったですね。逆を言えば、その方面に関しては、十分研究されているのでしょうから。
門田:「観念小説」という名前は当時の文壇がつけたもので、鏡花が自称していたものではないように思います。一つのスタイルとして(小説の作法というか、形式として)あの形をとっていたように思います。形式はどうあれ、自分の感性をそのままに言葉にすることに取憑かれていたのではないでしょうか。語らないではいられない、といったような。
文章の特殊性もあり、感性の特殊性もあり、そしてこだわっていた何か(言葉にすれば「母への思慕」となるのでしょうか)があり、多重の構造の中で、鏡花の作品は特殊であったのではないかと思います。
さて、話は尽きませんが、対談はひとまずこの辺でおしまいにしたいと思います。この対談に登場した鏡花の作品の多くは青空文庫で読むことが出来ます。お時間のある方は、ちょっとこれらの作品を繙いてみては如何でしょうか。
序言
門田:昨日より始まりました鏡花特集、本日は『紅玉』『錦染滝白糸』が公開です。戯曲2編ということで、戯曲作家としての鏡花の側面に焦点をあて、対談をすすめたいと思います。ということで、本日のお題は「大戯作者につき」です。では、第2回のはじまりです。
鏡花記念館へのリンク:
http://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/bunho/ikkinen/index.html
ちへんせんの鏡花記念館の紹介へのリンク:
http://gaku2003.hp.infoseek.co.jp/CHIHEI/BUNGAKUKAN/IZUMI.html
門田:『紅玉』は1913(大正2)年鏡花41歳の時、『錦染滝白糸』は1916(大正5)年鏡花44歳の時の、作品です。鏡花の戯曲は、青空文庫に『夜叉ヶ池』『湯島の境内』が収録されています。戯曲の数自体はそれほど多くないのですが、場面場面のインパクトの強いものが多いことと、戯曲という形ではなくとも演劇に取り上げられることが多かったためか、鏡花の戯曲は有名です。
高柳:鏡花を「大戯作者」と言ったのは、折口信夫ですね。
『鏡花との一夕』(来年公開予定)を門田さんに読ませて頂いて、この言葉を見たときは、思わず肯いてしまいました。全くそうなんですね。小説として書いている作品でも、戯曲なんですね。『草迷宮』もそうでしたが、主語がない。主語がないから、誰のことなのか掴むのに読み手は苦労するのですね。
鏡花にすれば、小説も戯曲も同じだったのではないか? 小説などは、鏡花の頭の中で映像ができていて、それを文章にするから不都合がおきるのではないかと思うのです。その文章に関する話はゆっくり後日することにして、『紅玉』、これ、ファンタジーですね。
門田:『紅玉』は、現実とそうでない世界(うまい言葉が見つからないです)の境目が不明確なところが、ファンタジーと捉えられる一因でしょう。境目のバランスがうまいので、よく出来た作品ではないかと思います。視点がコロコロ変わる眩惑感が心地よいですね。
一方『錦染滝白糸』は、『義血侠血』の登場人物を使ったアナザーストーリーとでも言うべき作品です。内容が『義血侠血』と全く異なっているので、戸惑う方も多いかと思います。『義血侠血』は、「滝の白糸」の題名で、新派の舞台にかけられて好評であった作品で、現在でも舞台にかけられることは多いです。「滝の白糸」自身は鏡花が脚色した台本はありません。ごく一部のみ、「鏡花全集 第二十六巻」に「かきぬき」として収められた舞台脚本があるのみです。なんで、鏡花が『錦染滝白糸』を書いたのか、私にはわかりません。有名な『湯島の境内』は、『婦系図』の一場面を戯曲化したものですが、こちらは内容の齟齬はありませんが、『湯島の境内』からは『婦系図』の全貌を知ることは不可能である点で、『湯島の境内』も特殊な作品と言えるでしょう。
高柳:なぜいきなり「烏」なのか、と考えたら此話はダメなんですね。鏡花の頭の中に入っていかないと。まずそこがわかるのに、不器用な私は苦労しました。視点がコロコロ変る幻惑感に負けそうです。(笑) 一方仰ると通り鏡花あっての新派か、新派あっての鏡花か。私、幼い頃、うっすら覚えているのですが、記憶違いだったら失礼します。先代の水谷八重子さん、つまり今の水谷八重子さんのお母さんですね。テレビで、その先代が「滝の白糸」の太夫水島友をやっていらして、扇子から水がでているのですね。テレビカメラがその姿に段々近づいていくんですね。その水が描く曲線と先代の八重子さん、そのときもうかなりお年だったと思うのですが、首の皺にアンバランスを感じたのをどうしてか今でも覚えています。その水谷さん演じる太夫も、『婦系図』のお蔦さんも、好きな男に尽くすんですね。それが、鏡花の描く女性像の一つのパターンですね。
門田:『紅玉』のストーリーの展開の早さは、舞台を想像すると少し補えると思います。もともと、戯曲ですから、小説よりもテンポが早くなっていますから。
偉そうな事を言っておりますが、私は「滝の白糸」の舞台を見た事はないのです。初代 水谷八重子さん主演で映画にもなっているようですね(1946年)。『義血侠血』「滝の白糸」の水島友も、『湯島の境内』『婦系図』のお蔦さんも鏡花の作品の典型的な女性像であるのは確かですが、原作である『義血侠血』『婦系図』のメインストーリーやテーマとは少し捉え方がずれています。このへんのずれも面白いところで、特に『義血侠血』には尾崎紅葉の影響が強いですから、鏡花が本当に描きたかったことは何か、というのは面白い問いになるでしょう。「滝の白糸」は鏡花の許可を得る事なく、新派が舞台化したという話も聞きますから、新派の取りあげ方が鏡花へ及ぼした影響は大きいでしょう。だからこそ、『湯島の境内』などという長編の一場面のみを脚色した作品があるのでしょう。そう考えても、『錦染滝白糸』はどう捉えていいのか、悩む作品です。「かきぬき」には原作に忠実な脚本の一部が残っているのですから。
高柳:『湯島の境内』のように一場面のみ脚色するというのは、よほどあの場面が気に入っていたのでしょうね、一方『義血侠血』には、尾崎の影があり、「滝の白糸」は勝手に?新派が取り上げた。それへの反発が『錦染滝白糸』なのでしょうか?だから一場面とりあげるのではなく、結末を書いた、ということでしょうか?『義血侠血』「滝の白糸」は自分の中では結末ではないのだと。
門田:まず『湯島の境内』についてですが、あの場面が芝居で有名になったので、戯曲を書いたのではないでしょうか。本人が好んでいたのかどうか、私にはわかりません。しかし、『金色夜叉』の熱海の海岸の一場面とともにとても有名な場面になってしまいましたよね。
一方、『錦染滝白糸』は、尾崎の手の入っていない鏡花オリジナルの『義血侠血』とも結末が違っているようです。ただ、オリジナルの執筆時期からかなり経過して、『錦染滝白糸』も『湯島の境内』も執筆されていますから、その間に鏡花自身の捉え方が変わったのかもしれません。そういう意味で面白いのは、『日本橋』です。鏡花オリジナルの小説があり、鏡花の手になる完全版脚本があるのは『日本橋』のみなのです(小説、戯曲ともに青空文庫作業中)。
もともと鏡花の文章は戯曲の色合いが濃いのですから、「戯曲」にするという観点から鏡花の作品を考えてみるのは面白い視点かもしれませんね。
高柳:『日本橋』だけなのですか。もっと沢山ありそうな気がしていましたが。鏡花は戯曲に関しては、3パターンもっていたということですか?『紅玉』のようなファンタジーと言えるようなもの、『滝の白糸』のような新派の舞台向きなもの、そして『夜叉ヶ池』『天守物語』のような異界もの。幅が広いですね。ファンタジーを除けば、共通項目は「女性が心底男に尽くす」ということですね。いいかえれば、男は尽くして欲しいわけですから、鏡花の芯である「母への思慕」でしょうか? あえて個人的な好みを言わせてもらえば、『夜叉ヶ池』『天守物語』がいいですね。異界との交信ものこそ映像としての醍醐味がありますから。映画を見ました。それから読みました。(笑)
門田;鏡花の戯曲作品はそれほど多くありません。また、記憶が不確かですが『天守物語』は鏡花の生前には舞台にかけられなかったと思います。『日本橋』に関しては『原作者のみた日本橋』なんて短文が残っていますから、読んでみると面白いかもしれません。
共通項目である「女性が心底男に尽くす」というのは、鏡花が母に甘えたかったのでしょうね。
『夜叉ヶ池』に関しては、もとネタが『沈鐘』であるという話ですが、実は鏡花はこの『沈鐘』の翻訳もしています。長いので読むのは大変かもしれませんが。
高柳:最初、私は、鏡花にしたら、小説も戯曲も同じだったのではないか。と書きました。映像的に浮んででくると。小説は、文章に拘ってきますから、後日話すことにして、こうやって戯曲について話してみると、鏡花は、場面が、情景がパッと浮んで繰る作家だったのでしょうね。そこに文字を、言葉をのせていっていたのですね。巧く表現できませんが。場面があって、台詞をつけるとでも言ったほうがいいのでしょうか。
そういったこととは別に、役者さんが脚本を手にしたとき必ずするように、台詞、ト書きを読み込み、登場人物の心理を細かく読み解くという作業をしてみたいと思うのは、新派の舞台作品より、異界交信物ですね。ただ、これを言ってはおしまいなのでしょうが、やっぱり戯曲というのは、紙の上で読むより、観るものだと思います。脚本、演出、役者、装置との微妙なバランスの総合芸術ですね。でもなかなかこの大戯作者の作品を観る機会がないのが残念です。
門田:私も鏡花の舞台を見る機会には恵まれそうもありません。ですが、舞台になってしまうと他の人の解釈が入ってしまうので、「これは違う」とか言いそうなので、見ないでいるのもよいかな、とも思います。
さて、話は尽きませんが、対談はひとまずこの辺でおしまいにしたいと思います。この対談に登場した鏡花の作品の多くは青空文庫で読むことが出来ます。お時間のある方は、ちょっとこれらの作品を繙いてみては如何でしょうか。
ずいぶん前のことになりますが、衣食住の日常を明治から昭和まで調べるというしごとをしました。
食についての明治から大正にかけての歴史をみると、ひとがすぐに死んでしまうことにおどろきます。食べるものがなくて死ぬ。なにか食べては中毒で死ぬ。あらゆる食べ物には黴菌が棲息していて、食べると死ぬこともある。その黴菌を殺すための薬は人をも殺す。漆や銀の食器からは毒がでる。伝染病で死ぬ。こういうことで一度に何人ものひと(ときには何万人も)が死んでいたのです。病人や子供に与えられていた滋養あふれる「牛乳」というものだって、中身の半分は米のとぎ汁だったり。
そのような日常でしたから、泉鏡花が黴菌恐怖症だったという記事をどこかで読んでも不思議には思いませんでした。滅菌には煮沸がよいといわれていたので、夏でもぐらぐらに沸かした酒を飲んでいた、というのです。たしかに黴菌は死んだかもしれないけれど、沸かしたお酒はおいしかったのかな。このエピソードが神経質そうに見える鏡花の写真とぴったりだったことも印象に残っています。鏡花の命日に記憶の抽斗から出てきた、鏡花についてのちいさな思い出です。(笑)
序言
門田:本日は泉鏡花の命日です。追悼の意味を込めて、青空文庫で泉鏡花の作品を一週間連続で公開して欲しいとお願いしたところ世話役の方々から快諾を得ました。(ちょうど校了ファイルがたまっていましたので)。それに合わせて、公開される作品に関して、ここaozorablogに何か、書こうということにしました。自分一人ではなかなかにつらいので、高柳典子さんと対談という形式をとってみました。これから一週間、皆様、おつきあいをよろしくお願いします。第1回は『草迷宮』と取り上げました。
鏡花記念館へのリンク:
http://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/bunho/ikkinen/index.html
ちへんせんの鏡花記念館の紹介へのリンク:
http://gaku2003.hp.infoseek.co.jp/CHIHEI/BUNGAKUKAN/IZUMI.html
門田:さて、今回の鏡花特集は、ちょうど校了になっていた作品、命日に合わせて公開したい作品を7日間に渡って少し意図を持って並べてみました。本日、命日に『草迷宮』を選んだのは、ずばり私のもっとも好きな鏡花作品だからです。
少し、『草迷宮』の思出を語っておきます。今から15年ほど前に、初めて読んだ鏡花作品がこの『草迷宮』でした。あまりにも複雑な話の構造故に、今一つ理解できなかった記憶があります。しかし、文章の美しさに魅了された記憶も鮮明です。
高柳:私は、門田さんの作品を校正させて頂いて始めてこの作品に触れたのですが、最初、話の構造の複雑さに数歩退いてしまいました。しかし鏡花の「母への思慕」が芯としてあり、その周りを螺旋状に物語りが進行しているのだと思いました。磁石のコイルを想像して頂ければよろしいかもしれませんね。文体に関しては、既に話をしてもいいのかどうか、先が長いので、(笑)
門田:文体に関しては、適宜いろいろなところで話をしましょう。今回は「物語の構造」について主に話をしましょう。「物語の中のうた」についても話し合えそうですね(手毬唄など)。
この作品の構造のややこしさは、鏡花お得意の「回想」を多様していることに起因しています。実は、物語の実時間では、主人公の小次郎法師が、茶店に寄って、秋谷邸に一晩滞在するだけなので、実質一日のお話なのですよね。それが、回想を多用するために、十数年からつい昨日までのいろいろな時間軸の話が錯綜することになっています。高柳さんがおっしゃるように、芯がしっかりしているから作品として成立しているのでしょうね。
高柳:小説の中で「エピソード」を語るという行為については、最初この『草迷宮』については、構造の複雑さを除けば、何処かで読んだ話に似て居ると思いました。それが何であるのか思い出せなかったのです。何気なく「泉鏡花」でネット検索をして、辿り着いたサイトにあった、富山大学の跡上先生の「『草迷宮』と『吉野葛』をあわせて論ず」を読んだときにはっとしました。谷崎潤一郎の『吉野葛』なのですね。母への思慕を軸に、吉野川を「私」と津村は遡っていくのですから。そのあいだ津村の口から静香御前が愛用したという「鼓」に纏わる話がでてきたりします。以前読んだときは、図書館だったので、今度は、『吉野葛』を買いました。(笑) ただ『吉野葛』は川を素直に遡っているので、時間もゆっくりと戻っていくのですね。ところが『草迷宮』の時間軸の錯綜ということに慣れるのに時間がかかりました。まるでSF小説のようなのですね。鏡花はなぜこの複雑な構造にしなければならなかったのか? それは鏡花の文学への姿勢に近いことでしょうから、後日話をすることにして、一体、その時間軸の中心にいるのはだれなのか?
門田:時間軸の中心にいるは誰なのか、という疑問にはいろいろな答えがあると思います。その疑問へ一つの回答を示す前に、「回想」に関してもう一言付け加えておきます。確かに鏡花作品によく使われる回想という手法は、映画におけるフラッシュバックのようなもので、ありふれたものでしょう。しかし、『草迷宮』における時間軸の錯綜は、回想という過去へのベクトルだけではありません。葉越明の未来さえも語られているのですから。
過去も未来も自由自在に動いてゆく時間軸の中心にいるものは誰なのか。この問題を「錯綜しているように見える時間軸を正しく受け止めているものは誰なのか」と問い変えてみると、その答えは少しはっきりします。私見ですが、錯綜しているように見えるのは人間の目から見ているからなのではないでしょうか。『草迷宮』の時間軸を支配しているのは、まばたきの世界にいる妖しの者たちなのではないか、と思います。
SF小説との対比は面白い着眼点ですね。実は、『草迷宮』に出てくるある設定はSF(荒巻義雄『白き日旅立てば不死』)に使われているのです。「まばたきの間の世界」という設定です。もっとも、そのSF作品では、「映画のフィルムのコマの合間にある世界」と少し現代風にアレンジされていましたが。「まばたきの間の世界」の者たちという設定は、通常の怨念とか幽霊とかとは違って、実に味わいのある妖怪を作り出していると思います。
高柳:『草迷宮』の時間軸を支配しているのは、まばたきの世界にいる妖しの者たちなのではないか、そうですね、私もそう思います。しかし、私は、この話の構造を考えるとき、最初にでてくる茶店の老婆、法師に語る老婆の存在も気になります。時間軸を支配しているのは妖しの者だとして、彼らと老婆との関係はどうなるのでしょう。”語る”という行為、なぜ語ることができるのだろうか? と考えたとき、決して無関係ではないのではないか。迷宮の外の時間を操っているのは、その老婆です。中へ誘うのも老婆だからですね。時間軸が二つあるのだと思います。お互いの時間軸の交叉する箇所は、「母」でしょうね。『草迷宮』の中にでてくる女性は、二人しかいないのですよね。(うめき声だけの新造さんは除く)
門田:確かに老婆は気になる存在ですね。螺旋構造の「迷宮」への案内役のように思います。老婆が「迷宮」の入り口にいるとすると、葉越明の幼なじみであった妖怪は「迷宮」の奥深く、深淵にいることになりますね。老婆と幼なじみだった妖怪の共通点は子を残すことがないことでもありますね。共感しあうことはありそうです。
妖しの者たちの時間については、「時間軸支配」とは違った観点で考えられることがあります。過去、そして未来をも自在に覗いている彼らにとっては時間とは流れていないようなものなのではないでしょうか。そのことの一つの傍証として、妖しの者たちの時間、世界はモノクロのように思います。外の世界では、たとえ回想であっても、手毬の七色の鮮やかさが強調されていますが、妖しの者たちの世界では、色に乏しいように思います。もっとも活躍の舞台が夜だから仕方がないのかもしれませんが。その中でも紅の色だけが妙に強調されているようにも思います。
高柳:老婆と幼馴染だった妖怪は、表裏といったほうがいいかもしれませんね。だから最後まで行き、また出発点に還る。また同じ話が始まるのですよ。旅の僧が茶店に立ち寄り・・と。老婆はまた淡々と話すのでしょう。門田さんは、色のことをおっしゃったので。鏡花といえばやはり色彩の世界。しかしそれは、生者の世界なのではないでしょうか? 『外科室』などは、看護婦の制服、伯爵夫人の着ている物が鮮やかに描写されていたように思いますが、例えば『高野聖』で聖が迷い込んだ世界は、決して色彩豊ではありませんよね。其の中で、紫陽花の紫が強調されているのではなかったでしょうか? 一点のために他を殺すという手法なのでしょうね。
門田:『草迷宮』では、七色の手毬が際立っていますね。また、夜の世界では、どうしても血の紅が目立つ趣向になっているようです。
話し込んでしまって客商売を忘れている老婆は、確かに怪しい存在です。でも、秋谷邸の妖怪ではなく、長年子産石の番をしていたがために、そこに根付く「何か」になってしまったように思います。明さんの幼なじみだった人とは共感しているようには思いますが。
小次郎法師と『高野聖』の法師を比べてみるのは面白いですね。どちらも部外者でありながら、その立場、螺旋構造の中での位置づけは、少し違いがあるように思います。如何でしょうか?
高柳:門田さんがご指摘のように、茶店の老婆ー幼馴染ー将来、明を慕うという令室。すべて既婚者であり、”子”がないですね。なぜなら明という”子”があるからですね。本当に明は大人になるのだろうか、永久に若者のままなのではないのか。「母」という幻想から抜け出ることができないのではないのだろうか。女性たちが抜け出させないのではないか。と思ったりします。でも、なぜ手毬歌がポイントなんでしょうね。ところで小次郎法師は、やがて列車の中で誰かにこの話をするのだろうかどうなのだろうかとおもったことがあります。(笑)小次郎と高野聖は、どちらも異界を経験します。位置付けって、異界の住人(?)との距離感ということですか?
門田:『高野聖』の法師は、異界に迷い込みますが、その異界を壊すことも、その深淵を覗くことも出来ません。一方、『草迷宮』の小次郎法師は、異界の深淵を覗き、その謎解きをただ聞いています。どちらも傍観者ではあるのですけど、少し違うように思います。
『高野聖』に後日談はありませんが、飛騨の異界を語った法師は、再びその異界を訪ねて、壊してしまいたいと思っているのではないか、と思ったことがあります。ですので、むしろ『草迷宮』の葉越明に重なるところが多いのではないか、と思います。葉越明こそ、偶然秋谷邸を見つけて、その崩壊のきっかけになる存在ですから。
手毬唄は、『草迷宮』の螺旋状の異界の案内役を担っていると思います。
高柳:先ほどなぜ「手毬歌」というアイテムを鏡花は使ったのだろうって書きましたが、毬をつくという行為は、地面を“いたぶる”ことだと思うのです。それは、イコール地面の下に棲むものを揺り起こす。そして語りかける。手毬歌の歌詞は美しいが、残酷です。そういう意味でも、キーポイントが手毬歌でなければならかったのかなと思います。
門田:手毬唄自身の意味はともかく、あの言葉の調子が異界へと誘う鍵になっているのではないかと思います。秋谷邸に怪異が現れてから子供たちにはやりだすわらべ歌も同様でしょう。
そして、手毬自身は、螺旋構造の核として「母への思慕」を表すキーアイテムとして機能しているのではないでしょうか。球または円のモチーフが随所に登場するという意味では『歌行燈』の月と同様の意味を持っているのではないでしょうか。
高柳:そうですね。で、螺旋構造の核として「母の思慕」ということで、門田さんとのお話も振り出しになったわけですね。それで、また時間軸の話をして・・・と(笑)
さて、螺旋構造のように話は尽きないのですが、この辺りでひとまず対談はおしまいにしたいと思います。この対談に登場した鏡花の作品は全て青空文庫で読むことが出来ます。お時間のある方は、ちょっとこれらの作品を繙いてみては如何でしょうか。
答え:著者に著作権があるのと同じように、翻訳者にも著作権があります。その保護期間も翻訳者が亡くなってから50年です。つまり、外国の文学作品の場合、著者と翻訳者の両方の権利が切れた場合にのみ青空文庫に掲載させることができます。
ただし、すでに著者の権利の切れた外国の作品に関して、翻訳者がその翻訳作品の公開を許せば、その限りではありません。青空文庫に掲載されている多くの海外作品は、翻訳者が「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に同意した上で作品を公開しています。
※外国の著者の保護期間も日本の基準に合わせて、死後50年+戦時加算(下の項参照)だけ権利が保護されます。
【例】ルーシー・モード モンゴメリ著、村岡花子訳『赤毛のアン』の場合
著者、翻訳者の生没年は、
・ルーシー・モード・モンゴメリ(1874.11.30-1942.4.24)
・村岡花子(1893-1968)
になります。
ということは、一見、著者の権利が10年前に切れているように見えますが、外国の著者の場合、戦時加算(下の項参照)も考慮しなければいけません。モンゴメリの権利が切れたのは今年、2003年5月22日です。しかし、どちらにしろ、翻訳者の権利が切れていません。青空文庫にこの『赤毛のアン』を掲載することができるのは、翻訳者の権利が切れる2019年1月1日になります。
※戦時加算
第二次世界大戦後の平和条約において、連合国ないし連合国の国民の知的所有権の保護期間について、わが国(日本)が戦時中に保護していなかった期間を通常の保護期間に加算する、という取り決めがなされました。
その期間は、条約の批准時期に基づくため国によって異なりますが、アメリカ、イギリス、フランス、カナダなどは3794日(約10.5年)になります。つまり、これらの国々の著者の場合、保護期間の計算をする上で、通常の50年に約10.5年を加算しなければいけません。
「本とコンピュータ」の仲俣です。
野口さんに、ここにもエントリーできるようにしてもらいました。
すでに顔見知りの人も多いですが、初めての人もよろしく。
バスケさんから、以下の集いの情報をもらいました。
いきなり今日なので無理かもしれませんが、興味のある方はいらしてください。
ぼくは行くつもりです。
http://www.metamix.com/archives/000496.php
Link Knowledge! レクチャーシリーズ 第1回
「ウェブログ、モブログ、パーソナル・ウェブサービス」
最近話題のウェブログの今とまだ見ぬ可能性を探る - XML、メタデータ、ナレッジ・シェアリング、ソーシャル・ソフトウェアへの視点
開催日: 2003年9月4日、 19:00 開場、 19:20 スタート
場所: SteelCase ワーキングショールーム (地下鉄日比谷線 広尾駅より3分)
東京都港区南麻布5-2-32 第32興和ビル4階
http://www.steelcase.co.jp/jp/
レクチャラー:
・田口和裕 - 翔泳社発行「ウェブログ入門」著者
http://www.rickdom.com/
・平田大治 - インプレス発行「ウェブログ入門」著者
http://uva.jp/dh/mt/
会費: 2,500円
ドリンク・軽食付き(ワイン、ソフトドリンク、サンドイッチなど)
「本を読むってのは密やかな経験なんだ。だれかにあんなに近づけるのは、ほかにはセックスしかない。いや、セックスだってあんなには近づけない」(J・G・バラード)
「水牛のように」を2003年9月号に更新しました。
月のおしまいの日は水牛の更新のための作業をするという気持でむかえます。8月31日朝もそう思いながら朝日新聞をながめていたら、このコーナーでおなじみの国際ボランティアセンターの佐藤真紀さんの名前を天声人語と家庭欄の2箇所で見つけました。佐藤さんからの最新のメールではヨルダンで難民問題をあつかっているとのこと。どこにいても通信手段さえ確保できれば、かならず原稿が届くようになってすでに一年半くらいたつので、いまやそれが当然のようにも思えて、毎月心待ちにしています。「たった9歳の少年がおわされた苦悩はあまりにも大きい。戦争をやっている大人たちに実感はない。」
スラチャイの花の話が完結しました。いつかかれの朗読のCDも作ってみたいと思っています。もちろんタイ語で。よろこんで賛成してくれるような気がします。
ことしおこなう予定だった「可不可III」がすこしかたちをかえて戻ってきました。公演時期はまだ決まっていません。来年度の、たぶん後半のいつか。インドネシアと東京で。
青空文庫からのゲストは今月はお休みです。来月は誰が登場するか、楽しみにしていてください。
「水牛通信電子化計画」は1984年4月号、1986年6月号を公開しました。
水牛通信とそのの近くにいたひとたちの日記だけを載せることに決め、ガラリと誌面一新した最初の号が1984年4月号です。ネットではめずらしくもない日記という形式ですが、雑誌では画期的なことだったのです。こうして何人かのものがまとめられていると、同じ場面にいあわせた複数のひとが、同じようでいながらそれぞれほんの少しずれたことを考えていたことがわかります。1986年6月号は読書特集といったおもむき。独断と偏見による本の紹介はそれを読むだけでもおもしろいものです。
この2冊が意外にもネットにフィットしているのは、どちらもにもちいさな規模の収斂があり、そのためにゆるい編集がなされているからです。
青空文庫の蔵書がふえてくるにつけ、使う(読む)ための工夫があるといいと思ってきました。今月の2冊はそのためのヒントにならないでしょうか。たとえば、ある年をキーワードに複数の作品を集めて読んでみる。一つの作品を複数のひとで読んでみる。など。そうしたちいさな読書プロジェクトがたくさんあると楽しそう。せっかくの蔵書を活用しないとね。
「水牛の本棚」は夏休みです。
それではまた!(八巻美恵 suigyu@collecta.co.jp)